しかし、腸内細菌の実際の機能が明らかになり、何が効果の元かが明らかになると、腸内細菌自体を遺伝子編集で変化させ、望ましいバランスだけでなく、体に有益な分子を産生させるということが可能になる。実際2014年このコーナーで紹介した論文では遺伝子操作した大腸菌を移植すると、マウスの食欲が抑制されるということが報告されていた(http://aasj.jp/wp-admin/post.php?post=1755&action=edit)。この時、今後続々この様な遺伝子改変細菌移植治療が報告されるのかと思っていたが、その後ほとんど同じ様な報告を目にすることはなかった。
今日紹介するイエール大学からの論文は久しぶりに目にしたこの方向性の研究で4月20日号のCellに掲載された。タイトルは「Engineered regulatory systems modulate gene expression of human comm.ensals in the gut(デザインした遺伝子発現調節システムにより人間の腸内常在細菌の遺伝子発現を変化させる)」だ。
論文を読んでみると、なぜ細菌の遺伝子操作を通した腸内細菌叢の介入が進まなかったのかわかった。前に紹介した様に大腸菌を操作して移植する方法はたやすい。しかし、人間の腸内細菌叢の大半はBacterioidetesとFirmicutesで、おそらく大腸菌はいくら自由に操作できても安全に腸内で維持することが難しかったからだろう。残念ながらこれまで使用されてきた大腸菌の操作システムは、Bacterioidetesなどの遺伝子操作には役に立たず、Bacterioidetesにも使える操作法を新たに開発する必要があった。
全ての詳細を省くが、この研究はBacterioidetesでの遺伝子発現をテトラサイクリンの濃度依存的に、何万倍に達するまで誘導することが可能な実験系を開発している。この方法は、ほとんどのBacterioidetesで利用可能で、細菌の本来持つ遺伝子群の発現を調節することができ、無菌マウスのみならず、複雑な腸内細菌叢の中でも働くことができる。最後に、腸内でのシアル酸遊離をシアリダーゼの発現を調節できるBacterioidetesを用いて調節できるか調べている。残念ながら、シアル酸遊離は、原料となる糖鎖が必要で、酵素活性をあげたから無限にシアル酸の濃度が高まるわけではないが、操作は可能であることを示している。
結果は以上で、まだ始まったばかりという印象だが、常在細菌の操作法を開発できたという点で、今後細菌叢を実験的に介入する研究が増える様に思える。もちろんこの先には、新しいプロバイオが視野にあるのだろう。
これまでプロバイオというと数多くの細菌株の中から一つを選ぶという方法で行われ、実際にはなぜその株が一番いいのかという根拠に乏しかった。しかし、この様な方法が開発されると、従来の方法は淘汰される危険性さえある。
一方、常在細菌の遺伝子操作は、組換え食物と同じ問題を抱える。また、人間に移植するということは、組換え体の封じ込めができないことも意味する。この問題も早めに議論を始めた法が良さそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ