ALSの治療標的を確かめるにはモデル動物が必要で、前回はC90RF72遺伝子内のGGGGCC繰り返し配列が何百倍にも増幅するタイプのALSモデルが用いられた。このタイプは原因遺伝子が明らかになっているALSのかなりの部分を占めているが、おそらく半分以上の患者さんには対応できない。同じようにALSモデルとしてSOD1と呼ばれる遺伝子の変異マウスが使われるが、この場合多くて5%程度の患者さんが対応できるだけだ。ただ、両モデルともアンチセンスRNAを用いて原因となる分子の発現を低下させると、生存期間が延長することが確認できている。
従って、もっと多くの患者さんでの病気のメカニズムを突き止めて、治療標的を開発するための研究が進んでいる。今日紹介する論文では、TDP-43と呼ばれるRNA結合タンパクが、ほとんどのタイプのALSで細胞内のストレス顆粒に蓄積していることに着目して、この蓄積を抑える方法の開発にチャレンジしている。ただ、残念ながらTDP-43は細胞の生存に必須であるため、直接標的にすることは難しい。そこでこの研究では酵母とショウジョウバエで明らかになったTDP-43の蓄積にataxin-2が関わっているという発見をもとに、同じことをマウスのような高等動物で再現できるか調べている。
研究ではまず正常ヒトTDP-43を脳細胞で過剰発現させたトランスジェニックマウスを用いて、ataxin-2ノックアウトと掛け合わせることで運動神経障害を抑制できるか調べている。これまでの研究でTDP-43を過剰発現させるだけでマウスは急速にALSを発症1ヶ月で死ぬことがわかっている。
結果は予想通りで、ataxin-2遺伝子が完全欠損したマウスでは病気の発症は遅れ、生存期間も400日以上に伸びる。片方のataxin-2を欠損させるだけでも生存は40日程度に伸びる。すなわち、完全にataxin-2を欠損させ、早期に治療すれば病気の発症を抑制することが可能だ。
次にヒト細胞を用いて試験管内でataxin-2の機能について調べ、ataxin-2がTDP-43ストレス顆粒と呼ばれる構造に連れてきて沈殿させることを確認し、ataxin-2に対するsiRNAでストレス顆粒の生成を抑えることを示している。また、ataxin-2遺伝子欠損マウスの脳内で、TMP-43がストレス顆粒に蓄積しないことを示している。
これらの結果をもとに、TDP-43トランスジェニックマウスが病気を発症する直前に脳室内に一回だけアンチセンスRNAを投与する実験を行い、生存期間が平均で35%延長し、一部は120日以上生存することができることを示している。今後、もっと早い段階での治療や、繰り返し投与などさらに実験が行われることを期待する。
このように、変異遺伝子を見つけて治療標的にしなくとも、タンパク質がストレス顆粒に蓄積するのを抑制することができれば、病気の進行を遅らせることができることを示した点でこの研究は重要だ。
同じ号のNatureにユタ大学のグループがCAGリピートが増幅する脊髄小脳失調症の進行を同じataxin-2に対するアンチセンスRNAが有効であることが示されており、ALSのみならず他の神経変性疾患にも同じ戦略が利用できることを示す論文を発表している。まだ動物モデルの段階だが、かなり期待が持てる治療標的が見つかったと言える。
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