一方、ガンでは変異がランダムに起こり、その中から細胞増殖をさらに助ける変異が選択されるため、このようなガンではRASに加えてさらに大きな代謝変化が起こっている可能性が高い。
今日紹介するテキサス・サウスウェスタン医療センターからの論文は非小細胞性肺がん,特に腺癌の悪性度を高めるLKB1遺伝子の欠損が加わることによるガンの弱点を探索した研究で5月30日号Natureに掲載された。タイトルは「CP1 maintains pyrimidine pools and DNA synthesis in KRAS/LKB1 mutant lung cancer cell (KRAS/LKB1変異を伴う肺ガンではCPS1がピリミジン合成とDNA合成を維持している)」だ。
これまでのゲノム解析で、KRAS変異にLKB1遺伝子はガン抑制分子として働き、LKB1遺伝子の欠損した腺ガンは悪性度が強いことが知られている。ところが、LKB1がガン増殖を抑えるメカニズムについてはまだよくわかっていなかった。この研究ではLKB1欠損のあるガンと、ないガンの代謝物を網羅的に探索し、窒素代謝による代謝物が大きく変化することを見出す。そこで尿素サイクルに関わる分子の発現を比べ、LKB1が欠損したガンではアンモニアを尿素サイクルに導入するCPS1遺伝子の発現が著明に上昇していることを明らかにする。
これは、CPS1がAMPKを介してLKB1の支配を受けているからで、多くの肺腺ガンで調べると、LKB1の発現とCPS1の発現が逆相関していることが確認される。
これらの結果を単純に考えると、LKB1が欠損すると、CPS1の発現が高まりアンモニアの代謝が促進され、細胞内のアンモニアを減らすことで細胞を保護していると考えられる。ところが、LKB1欠損の有無で細胞を比べても、アンモニアの蓄積が見られるわけではない。そこで、このCPS1の他の作用を探索し、CPS1の発現が上昇すると、がん細胞のピリミジン合成が上昇することを見つける。
この結果は、CPS1が高まるとアンモニアがcarbamoyl phosphateに転換される経路からピリミジン合成が行われるようになる一方、KRASはもう一つのピリミジン合成経路に必要なグルタミン分解を高める結果、KRAS,LKB1変異が重なったガンでは、ピリミジン合成がCPS1経路依存性になることで、RAS 活性化による代謝の脆弱性を補っていることが明らかになった。これに基づいて、CSP1のレベルを急に落とすと、がん細胞が増殖できなくなることを示し、この経路がガンの治療標的になることを示している。
このように、今後ガンのゲノム解析を通して、遺伝子の変異に応じたがん細胞の弱みを突き止め、治療に使えるプレシジョンメディシンが可能になることを期待させる。
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