この方法の利用が期待される領域の一つが、がん免疫に関わるリンパ球の解析で、さまざまな遺伝子発現とともにT細胞受容体(TcR)のレパートリーを同時に調べることで、がん組織や全身での免疫反応を解析することが可能になる。今日紹介するニューヨーク、スローンケッタリング研究所からの論文は乳がん患者さんでまさにこれを行なった研究で、8月23日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Single-Cell Map of Diverse Immune Phenotypes in the Breast Tumor Microenvironment (乳がんの微小環境に存在する多様な免疫形質の単一細胞地図)」だ。
この研究ではオイルドロップ内でバーコードをつける方法を用いてSCTを行なっているが、一人の患者さんにつき、がん組織、正常組織、末梢血、リンパ節と4箇所からCD45陽性細胞を取り出し、そのSCTを行なっている。
当然各患者さんで多様な細胞の浸潤が存在することがわかるが、この研究では正常組織に存在する血液細胞を調べることで、8人のがん組織に共通の性質を抽出するソフトを開発し、ガンに対する免疫反応の一般的特徴を調べている点が重要だ。それでも結果は膨大で、詳細は全て省いて、気になった点だけを列挙しておく。
1)正常組織と比べ、ガン組織には通常免疫、自然免疫などさまざまな細胞が存在し、明らかにガンと周りの組織が活性化シグナルとして働いていることがわかる。
2)遺伝子発現から見ると、T細胞が活性化されているだけでなく、最終成熟分化が進行していること、そして低酸素反応が起こっていることが共通の特徴としてみられる。
3)期待通り、T細胞の性質のかなりの部分はそれが発現するTcRにより決まっている。すなわち、がんに対する反応のレパートリーを決定できる可能性がある。また、多様なTcRが検出されることから、多様な抗原に対する反応が、ステージとともに変化しながら進んでいくことがわかる。
4)予想以上に、多様な調節性T細胞(Treg)が存在し、ガン免疫の制御にはこの多様性を理解して、これまで以上にTregを制御する方法の開発が必要になる。
5) ガン組織のマクロファージも、単純に活性化型に変わるというものではなく、M1,M2両方のマクロファージが共存しており、この点の理解もガン免疫療法をさらに発展させるためには重要な問題になる。
他にも、内容の多い論文で、著者ですらこれを全て解析し尽くすのは難しいと思う。いずれにせよ、レパートリーとT細胞の遺伝子発現を同時に細胞レベルでマップする技術は、ガン免疫療法を大きく進展させることは間違いないと思う。そして、まだまだガン組織の免疫に関しては理解しなければならないことはおおく、今後、嵐のようにこの分野の論文が出てくることが予想され、それらは全て患者さんに直結していくだろう。逆に、今日行われている治療法も、明日は新しい方法に置き換わる可能性も高い。大きなうねりを感じてエキサイトしている。
カテゴリ:論文ウォッチ