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8月4日:single cell transcriptomeを用いたガン免疫機能の包括的解析(8月23日号Cell掲載予定論文)

2018年8月4日
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クリスパー、光遺伝学、クライオ電顕など、現代の生物学の進展を支える新しい技術は数え切れないが、最近目立つのが単一細胞の遺伝子発現を調べるsingle cell transcriptome (SCT)のあらゆる分野への浸透だ。もちろん単一細胞レベルで遺伝子発現を網羅的に行うことはこれまでも行われ、私たちのラボでもかなり古くからチャレンジしていた。ただ、それを何万もの細胞で行うことは、一個一個の細胞を別々に調べる方法では限界があった。ところが最近、まず個々の細胞のRNA増幅の際、細胞ごとのバーコードを組み込んで、遺伝子配列決定は全部まとめて行い、後からバーコードにより各細胞に分類し直す方法が開発され、組織などの大きな集団に存在する細胞の性質をこれまでとは違うレベルで調べることができるようになった。結果、発生学での細胞多様化過程や、がん組織の解析など、この方法を用いた研究がトップジャーナルで掲載されない日がないほど急速に新しい知見を生み出している。あまりの勢いに、昨年Molecular CellにSCTの様々な方法の比較した論文が出るほどだ(Molecular Cell 65:631, 2017)。

この方法の利用が期待される領域の一つが、がん免疫に関わるリンパ球の解析で、さまざまな遺伝子発現とともにT細胞受容体(TcR)のレパートリーを同時に調べることで、がん組織や全身での免疫反応を解析することが可能になる。今日紹介するニューヨーク、スローンケッタリング研究所からの論文は乳がん患者さんでまさにこれを行なった研究で、8月23日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Single-Cell Map of Diverse Immune Phenotypes in the Breast Tumor Microenvironment (乳がんの微小環境に存在する多様な免疫形質の単一細胞地図)」だ。

この研究ではオイルドロップ内でバーコードをつける方法を用いてSCTを行なっているが、一人の患者さんにつき、がん組織、正常組織、末梢血、リンパ節と4箇所からCD45陽性細胞を取り出し、そのSCTを行なっている。

当然各患者さんで多様な細胞の浸潤が存在することがわかるが、この研究では正常組織に存在する血液細胞を調べることで、8人のがん組織に共通の性質を抽出するソフトを開発し、ガンに対する免疫反応の一般的特徴を調べている点が重要だ。それでも結果は膨大で、詳細は全て省いて、気になった点だけを列挙しておく。

1)正常組織と比べ、ガン組織には通常免疫、自然免疫などさまざまな細胞が存在し、明らかにガンと周りの組織が活性化シグナルとして働いていることがわかる。
2)遺伝子発現から見ると、T細胞が活性化されているだけでなく、最終成熟分化が進行していること、そして低酸素反応が起こっていることが共通の特徴としてみられる。
3)期待通り、T細胞の性質のかなりの部分はそれが発現するTcRにより決まっている。すなわち、がんに対する反応のレパートリーを決定できる可能性がある。また、多様なTcRが検出されることから、多様な抗原に対する反応が、ステージとともに変化しながら進んでいくことがわかる。
4)予想以上に、多様な調節性T細胞(Treg)が存在し、ガン免疫の制御にはこの多様性を理解して、これまで以上にTregを制御する方法の開発が必要になる。
5) ガン組織のマクロファージも、単純に活性化型に変わるというものではなく、M1,M2両方のマクロファージが共存しており、この点の理解もガン免疫療法をさらに発展させるためには重要な問題になる。
他にも、内容の多い論文で、著者ですらこれを全て解析し尽くすのは難しいと思う。いずれにせよ、レパートリーとT細胞の遺伝子発現を同時に細胞レベルでマップする技術は、ガン免疫療法を大きく進展させることは間違いないと思う。そして、まだまだガン組織の免疫に関しては理解しなければならないことはおおく、今後、嵐のようにこの分野の論文が出てくることが予想され、それらは全て患者さんに直結していくだろう。逆に、今日行われている治療法も、明日は新しい方法に置き換わる可能性も高い。大きなうねりを感じてエキサイトしている。
カテゴリ:論文ウォッチ
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