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8月18日:新しい血小板増加因子(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2018年8月18日
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骨髄造血抑制は、抗がん剤など薬剤による副作用の中でも最も深刻なもので、血液の種類を問わず殆どの細胞が減少し、放置すると貧血、感染症、失血などで死に至る。しかし、20世紀に発見された造血因子により、輸血以外に対処方法がなかった私が病院で働いていた頃と比べると、適切に処置することが可能になったと思う。この造血因子臨床応用には我が国も重要な役割を果たし、エリスロポイエチンやGCSFはその成果だと言える。ただ、各社が熾烈な競争を繰り広げ、最終的にキリンに軍配が上がった血小板増加因子トロンボポイエチンは、臨床医から最も待ち望まれた造血因子であったにもかかわらず、中和抗体や血小板が増加しすぎて血栓を作るなど、深刻な問題が明らかになり、臨床応用は中止された。代わりに現在では、トロンボポイエチンと同じ作用を持つTPO作動物質が開発され、対処が可能になった。この歴史を振り返ると、いかに分子生物学が医療を変えたか、この時代我が国の研究が生き生きしていたか実感することができる。

などとノスタルジックに話をすると、造血因子開発はもうないのかと思って意しまうが、まだまだそんなことはなく、役に立つ因子を見つけられる事を示す論文がスクリプス研究所から発表された。タイトルは「Tyrosyl-tRNA synthetase stimulates thrombopoietinindependent hematopoiesis accelerating recovery from thrombocytopenia(チロシルtRNA合成酵素はトロンボポイエチンとは独立に造血を促し血小板減少症の回復を促進する)」だ。

アミノアシルtRNA合成酵素(ssRS)は核酸からタンパク質を翻訳する過程に必須の酵素で、アミノ酸をそれに対応するtRNAにロードする役割があるが、これとは全く異なる機能を併せ持つ分子が知られているらしい。このグループが注目しているのがタイトルにあるチロシルtRNA合成酵素で、これが分解されると著者らがYRSと呼ぶペプチドが分離する。YRSは血中に多く存在し、血小板にも結合していることから、著者らは血小板増加因子として利用できるのではと考え、この研究を行っている。

まず活性化型の変異YRSを合成し、この血小板増加作用をマウスで調べると、トロンボポイエチンとは異なる経路で血小板の元、巨核球を刺激しSca1+F4/80+という特殊な分化細胞を誘導して増殖させ、血小板を増加させることを明らかにしている。さらに、このメカニズムは生体の貧血に対する反応として働いている生理的過程であることも示しており、YRS投与が決して非生理的過程を誘導しているわけではないことを示している。

残るは作用メカニズムだが、これは複雑だ。YRSが直接巨核球に働くのではなく、まず他の血液細胞に働きかけ、そこから分泌される因子により増殖が起こる。このことは、iPSから誘導された巨核球幹細胞を用いた実験で確認される。一方、YRSは自然免疫に関わるTLRに結合してIL-6をはじめとする様々な因子を誘導する。この2つの実験から、YRSはまず単核球に作用して自然免疫を活性化し、この過程で分泌されるIL-6やVEGFが巨核球を刺激し、血小板産生を増加させると結論している。以上をまとめると、YRSは造血が低下するようなストレスに反応してssRSが分解されて作られ、骨髄での自然免疫活性化を通して、血小板を増加させる、一種のストレス反応過程に関わることになる。

全く新しい血小板増加因子が発見されたのかと期待して読んだが、尻切れとんぼの印象だ。ただ、個人的には生命情報のコードを理解するカギになるssRSが、他の分子機能を持っており、特にストレス反応に関わっているのはなんとなく納得できる。もちろん、トロンボポイエチン受容体の変異による強い血小板減少症の巨核球を刺激することもできるようなので、一定の臨床効果は期待できるかもしれない。もともと、血小板を増加させるための治療は血栓という副作用に悩まされる。YRSとTPO受容体作動因子と組み合わせることで、新しいプロトコルが生まれるなら、もう少し広い臨床応用も期待できるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ
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