今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、最終診断の決め手とまではいかないにせよ、正常グループと比べ、うつ病グループで平均値が確かに低下している検査を開発するポテンシャルがある研究で米国アカデミー紀要のオンライン版に掲載された。タイトルはAcetyl-L-carnitine deficiency in patients with major depressive disorder (アセチルL カルニチン(LAC)が大うつ病患者さんの血中では低下している)」だ。
この研究の目的の一つは、うつ病を血液検査で診断する方法の開発だと思うが、実際にはうつ病の発症にLACが関わることを明らかにすることが主目的という立て付けになっている。というのも、ネズミを用いたうつ病モデルで、ヒストンアセチル化を促進すると症状が改善され、特にヒストンアセチル化の促進因子の一つLACの血中濃度の低いマウスでは、LAC投与によりうつ症状が軽減することが知られていた。これは、ヒストンアセチル化により、シナプス結合に関わる遺伝子の発現が変化するためと考えられている。ただ、これらは全て動物モデルなので、まず人間の患者さんでLACが低下しているかどうかを調べるところから始めている。
コントロール45人、大うつ病患者71人の血中LACを調べると、血中LAC濃度の平均値は大うつ病で30%以上低下している。ただ正常の人でも数値が広く分布しており、ざっと見たところ、うつ病の人の75%は、正常値の分布とオーバーラップしている。しかし正常範囲から完全に飛び出した人たちが25%近くいるので、診断的価値もあるように思う。また、この違いは今回参加した2つの病院で同じように見られる。
さらに重要なことは、LACの値が、治療の困難なうつ病ほど低く、さらにこの難治性のうつ病の原因の一つである児童期の虐待の頻度とLACの血中濃度は明らかに逆相関していることが明らかになった。このことから、うつ病で児童期のトラウマによるエピジェネティックな変化が関わる可能性があり、これがLACの血中濃度に反映されているのかもしれない。ただ、エピジェネティックな変化は身体中で起こることから、この相関の意味については研究が必要だろう。
結果は以上で、LACがなんらかの形でうつ病に関わっている事はありそうだ。そしてLACはうつ病診断のための数少ない血液検査になる可能性も明らかになった。もしLACの低下が因果的作用を持っているなら、LACを補充することで、治りにくいうつ病の治療が可能になるかもしれない。もともと血中に存在する分子で、しかも脳血管関門を通ることから、おそらく臨床治験が始まっているか、計画されていると思う。メカニズムの理解は難しいが、それでも治療法の一つになる可能性は期待できる。
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