今日紹介するスタンフォード大学からの論文はマウスの脳を操作する光遺伝学を駆使してマウスの社会性とセロトニンの関係を調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「5-HT release in nucleus accumbens rescues social deficits in mouse autism model(則座核でのセロトニン分泌はマウス自閉症モデルの社会性の欠如を回復させる)」だ。
この研究では自閉症の人で見られる16番染色体の一部の欠損に対応するマウスモデルを用いて、このマウスが示す社会性の欠乏を治す回路を明らかにすることが目的になっている。このタイプの自閉症では、社会活動時のNAcへセロトニン神経の端末を送っている縫線核(DR)のセロトニン活性が落ちていることが知られており、これを正常化することで社会性を回復させることがより具体的なこの研究の目標になる。
研究ではまず、NAcとDRをつなぐセロトニン神経回路が社会性を支配しているか調べている。方法は、DRのセロトニン神経に光で興奮させるチャンネルロドプシンを発現させ、この刺激によりセロトニンがNAcで分泌されると社会性が高まるかを調べている。例えば、DR領域に光を当てても、またNAcに来ているDRからのセロトニン神経端末に光を当てても、同じように社会性が高まることから、DRからNAcへ伸びるセロトニンニューロンであることが確認される。もちろん、光遺伝学的にこの神経結合を阻害する実験も行い、社会性が低下することを確認している。
次は16p11欠損を再現した自閉症モデルでこの回路を調べている。この研究では生まれてからこの領域を欠損させるモデルを用いているが、確かに社会性の低下が見られると同時にDRのセロトニン神経細胞の興奮が強く押さえられていることがわかる。そこで、この神経を光遺伝学的に刺激してセロトニンを分泌させた時に症状が改善するか調べ、期待通りNAcに来ているDRの端末を刺激してセロトニン分泌を誘導すると社会性が改善する。同じマウスで他の行動も調べているが、基本的には社会性特異的に回復が見られる。また、同じDRから他の領域に伸びているセロトニン神経を活性化しても、社会性の回復は見られず、この回路特異的に社会性が支配されていることがわかる。
次に、セロトニン分泌刺激が長期的回路形成に関わるかどうかも調べている。もちろん、セロトニン分泌の効果が長く続けば言うことはないが、残念ながら社会性の回復は、神経細胞が刺激されている時だけ見られる一過性のものだ。最後に、セロトニン受容体の刺激剤CP93129を投与してもこのマウスの社会性欠乏を治療できることを示している。
以上が結果で、個人的にはこのような研究がこれまで行われていなかったのかと意外な感じを持ったが、これまでの考えに沿った研究結果で、オキシトシンによる治療も十分期待できると思う。しかし、この研究はセロトニン分泌により、長期的な変化を誘導するのが難しいことを示しており、オキシトシンも常に必要とされるのかもしれない。
しかし、この研究では直接CRのセロトニン神経を刺激する実験が行われているため、その上位にある神経結合に治療可能性がないかを調べることも重要になる。最後に、この研究では16p11が確かにセロトニン神経の興奮低下であることを示しているが、実際の患者さんのように、最初からこの遺伝子異常を持っていた場合、脳回路に変化がないのかも確認する必要があると思う。いずれにせよ、これまで期待した通りの結果になり、ホッとする研究だった。
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