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8月2日:進化から病気の遺伝子を割り出す(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2018年8月2日
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全ゲノムレベルのSNP解析や塩基配列決定により病気のリスクを前もって知る遺伝子診断が、一般の人にも広がりを見せているが、0.1%以上の人に見られる変異は全体の1000分の1に過ぎず、アミノ酸変異が起こっている変異のほとんどは、病気との相関があるのかないのかわからないまま、放置されているのが現状だ。

今日紹介するイルミナ社の研究所からの論文は変異の病気へのインパクトを進化の観点から推定できないか調べた研究で,ゲノム解析をリードするイルミナならではの論文だと感じた。タイトルは「Predicting the clinical impact of human mutation with deep neural networks (人間にみらる遺伝子変異の臨床的インパクトをニューラルネットワークAIで推定する)」だ。

この研究は、稀な変異が臨床的に問題があれば、進化の過程で淘汰されているはずだが、多くの場合、完全に淘汰されるには人間が発生してからの時間は短すぎるため、淘汰されずに低い頻度で残っていると考え、人間で見られる変異がサルや場合によっては他の動物にも存在するかどうかについて調べることで、淘汰の選択圧にさらされる変異かどうかわかるのではと着想した。

まず同じ遺伝子の変異で、アミノ酸変異を伴うものと、伴わないものの比率と、その変異の頻度を調べ、アミノ酸変異を伴う比率が高いほど頻度が低い事を確認している。ところが、サルにも人にも同じ変異が存在する場合を選んで調べると、稀な変異も、稀でない変異もほとんど比率が変わらない。すなわち、進化の過程をサルから見直してみることで、淘汰される変異かどうかを判断することができる。要するに、サルにも共通する変異があれば、病気のリスクは少ないというわけだ。

あとはこの結果に基づき、機械学習法で人間の変異と同じ遺伝子のサルでの変異情報とともに、病気についての情報をインプットして機械学習を行い、特定の変異についてサルの情報を入れるだけで、病気との関わりをかなりの確度で診断できるAIを作り上げている。その上で、これまで特定されてこなかった、脳に関わる疾患のリスクになる変異を14種類リストしている。

詳細を全て飛ばして紹介したが、人だけでなくサルと比べることで長い進化過程での淘汰圧を推定できるとしたアイデアがこの研究の全てで、このようなアイデアでAIを設計できるイルミナ社がこの分野をリードするのも当然だと納得してしまう。個人的に最も興味を惹かれたのが、こうしてAIが病気のリスクファクターとしてリストされた変異のほとんどは、小頭症など大きな発達障害に関わるものが多い中で、自閉症のリスクファクターとしてTBR1遺伝子変異もリストされている点で、この分子のサルでの変異がどのような行動につながっているのか、是非知りたいと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日:脳髄膜リンパ管システムの役割(Natureオンライン掲載論文)

2018年8月1日
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2013年、睡眠は脳内のリンパ管などの脳脊髄液排出機構を拡げて、覚醒時に脳に蓄積した老廃物が排出されるのを助ける役割があることを示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/608)。それまで、脳にはリンパ管のようなドレーンはないと考えられていたため、この論文はその年のサイエンス10大ニュースに選ばれたぐらいだ。今年になってこのシステムの機能を確かめようと、一睡もさせずに一晩過ごした被験者の脳に、なんとアルツハイマー病の原因の1つと見なされている、βアミロイドが蓄積している論文まで現れた(http://aasj.jp/news/watch/8330)。

今日紹介するバージニア大学からの論文は、この重要な問題をマウスモデルで研究するため、脳のリンパ管系の機能を低下させたマウスを作成し、その影響をしらべた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Functional aspects of meningeal lymphatics in ageing and Alzheimer’s disease(老化とアルツハイマー病での脳髄膜のリンパ管の機能的側面)」だ。

このグループはこれまで、脳内の老廃物を排出するのが髄膜にあるドレーンシステムで、遺伝子の発現からリンパ管と呼んで良いことを示してきた。実際、リンパ管の形成が押さえられているProx1(+/-)マウスでも脳のドレーン機能が落ちていることが示されている。この研究では、Visudyneと光を用いて管腔を詰まらせる方法を用いてマウス髄膜のリンパ管を塞ぐ方法を開発し、ドレーン機能と、脳機能の関係を調べることが出来る実験システムを作り上げている。

この操作で確かにドレーン機能が低下し、様々な大きさのタンパク質が脳内に蓄積しやすくなることを確認した上で、ドレーン機能の低下が脳機能に及ぼす影響を調べている。念のため、2週間おきにリンパ管の機能を除去する操作を2回繰り返し、そのあと広い場所でのマウスの行動、および2種類のテストによる記憶能力を調べている。この結果、ドレーン機能を抑制しても、マウスの一般的行動は正常マウスと同じだが、記憶テストは両方とも強く低下しており、ドレーン機能が脳機能,とくに記憶に重要であることが実験的に示された。

そこで、老化による記憶減退にもこのドレーン機能が関わっていないか調べると、老化マウスでは髄膜リンパ管が細くなりドレーン機能が低下していることがわかった。そこで、脳内にリンパ管新生を誘導するVEGF-Cを様々な形で投与すると、管腔が拡がり、ドレーン機能が復活し、新しい場所の記憶や、迷路実験に必要な記憶が正常化することがわかった。

最後にさまざまなアルツハイマー病でドレーン機能の役割を調べ、遺伝的アミロイド蓄積マウスの実験系で、リンパ管を塞ぐと、アミロイドβの髄膜リンパ管への蓄積が亢進することを見出している。そして、実際のアルツハイマー病の患者さんでも、髄膜リンパ管へのアミロイド蓄積が見られる事を発見している。

結果は以上で、老化による記憶減退や、アルツハイマー病でのアミロイド蓄積にドレーン機能が関わっている可能性が示唆され、おそらく初めて大脳のドレーン機能を担うリンパ管の役割が明らかになったといえる。最初、「本当かな」と見ていた大脳でのドレーン機能が少しづつ市民権を得てきたように思う。今後VEGF-Cゲルによるアルツハイマー病の進行抑制や老化による認知障害の改善などが本当に明らかになれば、大ブレークする可能性もありそうな気がしてきた。
カテゴリ:論文ウォッチ
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