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5月30日:気持を集中させ記憶を高める過程のメカニズム(Nature Neuroscienceオンラン掲載論文)

2018年5月30日
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私たちには視覚を通して膨大な情報が刻々入ってきており、その大半は意識されずに通り過ぎる。さらに、その時点で見たという意識があったとしても、殆どが記憶に止まらない。実際、美術館へ絵を見に行っても、美術館から出たときには記憶に残る絵はそれほど多くない。こんなとき、スマフォで写真をとるだけで、絵を記憶にとどめやすくなることが知られているが、注意をむけることで記憶は間違いなく高まる。 この過程は、見たという認識を注意により変化させる過程と、変化した認識を選択して記憶する過程に分けることが出来る。見たという認識を変化させる過程は、視覚野で見るという認識の神経活動を高めることで行なわれるが、注意を向けて刺激を高めた表象を選ぶのは前頭葉の注意に関わる領域で、視覚には直接関わらないと考えられる。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、それぞれの過程に関わる人間の脳領域を、脳内に留置した電極で記録する脳活動を分析した論文でNature Neuroscienceにオンライン出版された。タイトルは「Attention improves memory by suppressing spiking neuron activity in the human anterior temporal lobe (注意することで側頭葉前部のスパイク神経の活動が抑えられ記憶がよくなる)」だ。

画面に現れる単語を記憶してもらう時、単語が現れる前に☆印で注意を喚起することで記憶が高まるが、この研究では、癲癇の発生源を特定するために脳内に電極を設置した患者さん18人でこの一連の過程での神経活動を、側頭葉前部、側頭葉後部、そして前頭葉で記録を取っている。実際には、☆印を見た時から単語を見た時にかけて起こる神経興奮を脳波として記録しているが、4人の患者さんについては各神経の興奮をスパイクの数として記録している。誰でも海馬でも見たいと思うかも知れないが、あくまでも診断のために設置する電極なのでそれは叶わない。

それでも多くのことが分かる。注意により視覚が選択される前頭葉の注意領域では、⭐︎印で注意を喚起した後で単語を見た時だけ興奮が高まっており、視覚事態には反応せず、注意を喚起された視覚の表象の選択に関わっているのがわかる。一方、視覚にすぐに反応する側頭葉後部では、全ての視覚刺激に反応しているが、注意を喚起された時はより高い興奮が起こっており、目からの刺激に早期に反応する領域ですでに注意を向ける影響があるのが分かる。そして最もおもしろいのが、側頭葉前部で、⭐︎印を見る、見ないに関わらず、単語に対しての反応はほとんどないが、☆印を見た後、単語を見るまでの間、神経興奮が強く抑制されており、注意を視覚野へ振り向けるハブになっていることがわかる。

この領域は単語自体には反応していないので、注意を向けるという準備に関わる領域であることが想像される。個別の神経活動の記録でも、☆印を見たときだけ、スパイクの数が大きく低下していることが分かる。また、この低下は実際の単語を見ている時まで続いており、視覚の選択のためのシグナルがここから送り続けられていることがわかる。

以上の結果から、注意が喚起されると側頭葉前部の興奮が低下することが、視覚のシグナルを高め、記憶への選択が行われている事が想像される。

通常なら話はここで終わるのだが、この研究では癲癇の発生源を切除する治療により側頭葉前部を除去した患者さんで本当に注意による見たものの記憶が低下するか調べ、この領域を切除すると、注意を向けても記憶が高まらないことを示している。

以上、注意と意識とは別のものだが、人間の意識を理解するための重要な一歩ではないかと考えながら読むことができた。しかし、脳内で多くの神経細胞が合理的に活動しているのを知ると感動する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月29日 転移に特異的な薬剤は開発できるか?(5月16日Science Translational Medicine掲載論文)

2018年5月29日
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ガンが発生場所にとどまって増殖するだけなら、対応も楽だ。周りの組織の圧迫や、血管リモデリングなどいろいろ問題は出てくるにせよ、大きくなれば切除することで、制御できると思う。実際良性のガンの中には、何キログラムにも及ぶ大きさに達するものも存在するが、場所さえ問題なければ命に別状はない。しかし、多くのガンではそうは問屋が卸さない。転移がおこるからだ。転移によりガンが身体中に散らばって取りきれないという問題とともに、転移性を持つと同時にガンがさらに悪性になることも知られている。従って、ガン、特に進行癌を制圧する一つの鍵が、転移の抑制になる。

今日紹介するカンサス大学からの論文はズバリ転移ガンの弱みを標的にする薬剤の開発研究で5月16日発行のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Metarrestin, a perinucleolar compartment inhibitor, effectively suppresses metastasis(perinucleolarコンパートメントの阻害剤Metarrestinは効果的に転移を抑制する)」だ。

この研究では、転移ガンで核小体近くにできる核内構造物perinucleolar compartment (PNC)が高率にみられることに注目し、PNC形成を阻害できれば転移ガンを制御できるのではと着想している。これまでの研究でこの構造にpolypyrimidine track binding protein (PTP)が濃縮していることが知られている。そこで、PNCに存在する分子PTP遺伝子にGFPを結合させたキメラ遺伝子を導入してPNCをモニターできるようにした転移ガンにさまざまな化合物を加え、PNC形成阻害する化合物をスクリーニングし、in vivoでも利用できる性質を持った化合物が見け、それをmetarrestinと名ずけている。

Metarrestinをガン細胞に加えると、PNCの形成を抑え、増殖も強く抑制できる。ところが、PNCの形成されない正常細胞株に加えても、増殖抑制はない。さらに、膵臓癌を移植するモデルシステムで、転移を抑え、ガンを移植したホストの生存を大きく伸ばすことができる。驚くのは、移植腫瘍モデルで転移を強く抑えても、最初に移植したガン細胞の増殖には大きな影響がなく、まさに転移を特異的に抑える薬剤が出来たことになる。

他のガンでも同じ結果が得られることを確認した上で、最後にmetarrestinの作用機序について調べている。詳細は省いて結果をまとめると次のようになる。

核内でMetarrestinにより最も影響を受けるのが、RNAポリメラーゼIによるリボゾームRNAの合成で、一般的な転写に関わるポリメラーゼIIへの影響は全くない。これは、metarrestinがポリメラーゼI複合体を壊す働きがあるからで、完全に証明できているわけではないが、metarrestinが直接eEF1aと結合することで、リボゾームRNAに関わる転写を抑え、PNCの形成を阻害するのではと考察している。

メカニズムについては、さらに研究が必要だと思えるが、ガン特異的化合物という点では、かなり期待できる感じがする。さまざまな癌に効くし、転移巣により効果がある。メカニズムも、悪性のガンとして増殖するときどうしても無理がたたるポイントを狙った治療である点も合理的に思える。完治に持っていける薬剤には思えないが、延命効果は期待できそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月28日 オキザゾロンの意外な作用機序(5月17日号Cell掲載論文)

2018年5月28日
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オキザゾロンといっても、化学者ならともかく、生物学者には馴染みのない化合物ではないだろうか。ところが古い世代の免疫学者にとっては、皮膚の接触性過敏症を研究する時、おそらく最もポピュラーな分子だった。私がお世話になっていた桂さんの教室は遅延性過敏症のメカニズムに力を入れていた時期があり、その時皮膚科から研究に来ていた高橋千恵さんがこの化合物をお腹に塗布して、免疫を誘導していたのを今でも鮮明に覚えている。同じオキザゾロンを食べさせて、腸の炎症を誘導する実験系があることも聞いていたが、接触性過敏症と特に変わることはないだろうとあまり深く考えたことはなかった。

オキザゾロンは若い時の思い出だが、オキザゾロンによる腸炎に、遅延型過敏症のようなT細胞によって媒介される抗原特異的反応だけではない、NKTを介する経路が重要な役割を演じているとする論文がハーバード大学から5月17日号のCellに発表され、その内容に驚いた。タイトルは「Dietary and Microbial Oxazoles Induce Intestinal Inflammation by Modulating Aryl Hydrocarbon Receptor Responses(食物や細菌由来のオキザゾールはAhr受容体を変化させて腸の炎症を誘導する)」だ。

この論文は少しわかりにくい。この理由は、研究が二つの流れからできているためで、一つはオキザゾロンによる腸炎のメカニズムで、もう一つはオキザゾロンと同じメカニズムで腸炎を誘発する食品や細菌由来の化合物の探索だ。論文の順序を無視して、まずオキザゾロンの腸炎誘導のメカニズムから説明しよう。

まず重要なことは、これまでの研究でオキザゾロンにより誘導される腸炎には、抗原特異的免疫システムに加えて、千葉大学免疫におられた谷口さんたちが発見されていたNKT細胞が関わることがわかっていた点だ(全く知らなかったが)。

この研究では、オキザゾロンが直接腸管上皮に働きかけて、NKTシステムを変調させるというモデルに基づき、オキザゾロンによって腸管上皮に誘導される遺伝子解析を手がかりに順番に反応経路をさかのぼり、オキザゾロンがまずトリプトファン代謝に関わるインドールアミンオキシゲナーゼに直接結合して活性を変化させ、トリプトファンからAhrと呼ばれる核内受容体のリガンドを合成する。このリガンドで活性化されたAhrにより、NKT細胞の刺激分子CD1dにリピッドリガンドをロードするMttpの発現が抑制され、NKTとの相互作用がおちる結果、炎症を抑えるIL-10の発現が低下して、炎症を悪化させるというシナリオを示している。話はかなりややこしい。 Ahrはダイオキシンにまで反応する核内受容体で、多様な作用を示すが、今回明らかになった腸炎の誘導カスケードは、オキザゾロンに特異的な反応らしく、なぜAhrでこの様な特異性がでるのかについては不明のままで、これも理解を複雑にしている。要するに、オキザゾロンでCD1dが上皮表面に提示されるのが抑制され、NKT1と上皮との相互作用が落ちると、炎症が上がるという直感に反するシナリオで分かりにくい。

さて、もう一つの流れは、腸炎を誘導する食品、農薬、そして腸内細菌にオキザゾロンとメカニズムを共有する分子があるかについてで、構造解析から、カビに対する農薬ビンクロゾリンをはじめ、いくつかの化合物を同定している。重要なことは、これら化合物が、食品や細菌に含まれる事で、今後上皮細胞モデルを用いた方法で、腸炎誘導の可能性を確かめていく必要があると思う。農薬はともかく、一般食品や、腸内細菌がこのような炎症誘導性分子を含んだり、作るとしたらこれは大変だ。医師も、この可能性を頭に置いて、今後診察する必要があるだろう。

以上、オキザゾロンもNKTも私達の世代には馴染みの現象だったが、その機能は予想とは全く違っていた点で面白かった。とはいえ、研究として入り口に立った所という感じで、まだまだ納得出来ないところが多い。またここまで複雑に考える必要があるのか、まだしっくり来ない。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月27日 瞳孔反射で自閉症スペクトラムを早期に発見する(5月7日Nature Communicationオンライン掲載論文)

2018年5月27日
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昨日に続いて、自閉症スペクトラム(ASD)についての論文を紹介するが、今日は瞳孔反射という極めてシンプルな検査法で、ASD発症リスクを早期に発見できるという、ある意味では意表をつく論文だ。

目は口ほどに物を言うと言うように、瞳孔を観察することで、対象が興味を持っているかどうか調べることができる。言葉でのコミュニケーションが取れない場合に、瞳孔の大きさを興味を示しているかどうかの科学的指標として使っている研究もある。当然、外界への注意に問題があるASDを瞳孔から調べることは以前から行われ、ASDの児童や成人では瞳孔反射が遅くなっていることが報告されている。

今日紹介する論文を発表したウプサラ大学のグループも同じようにASDリスクと瞳孔反射の関係に興味を持ち研究を続ける中で。家族歴からASDのリスクが高いと推定される10ヶ月令の乳児が、児童や成人とは逆に、瞳孔反射が早いことを見出し、2015年に発表している。しかしこの論文では、ASDリスクが高いというだけで、ASDとは無関係の可能性もある。そこで、瞳孔反射が亢進していた乳児から実際ASDが発症するかを追跡したのがこの論文だ。タイトルは「Enhanced pupillary light reflex in infancy is associated with autism diagnosis in toddlerhood (乳児期の瞳孔反射の亢進は幼児期の自閉症診断と相関する)」だ。

自然の状態で乳児の瞳孔反射を調べるのは簡単ではないが、この研究ではトビー社の視線追跡装置を用いて、自然状態で反射を繰り返し測定し、データを取っている。最初の論文では、先に生まれた兄弟にASDがいる場合をハイリスク群、全く家族歴がない群を通常群として瞳孔反射を測定し、ハイリスク群で反応が早いことを報告しているが、この研究では同じ対象をASDの発症を判断できる3歳児になるまで追跡して、瞳孔反射とASDの発症とが相関するか調べている。

昨日述べたように、兄弟でのASD発祥一致率は高く、追跡できた147人のハイリスク群の中から3歳時で29人(20%)のASDが発症している。一方通常リスク群40人からはASDの発症はなかった。

この研究ではこの追跡結果に基づき、乳児期の瞳孔反射の結果を、ASDを発症した乳児、ハイリスクでも発症しなかった乳児、通常リスクの乳児の3群に分けてプロットし直し、瞳孔反射とASD発症の相関を調べている。結果は極めてシンプルで、ASDを発症した乳児は、ASDを発症しなかったハイリスク群の乳児と比べても瞳孔反射速度が高まっており、通常児と比べるとその差はもっとはっきりし、平均で20%ぐらい上昇する。次に、2種類のASD診断指標を用いて、症状の強さと乳児期の瞳孔反射の相関を調べると、はっきりと相関が見られる。そして、瞳孔反射の年齢による変化はASD発祥群で最も大きい。

もちろん他の臨床検査と同じで、通常児とASDの間でオーバーラップは大きく、傾向は見られても、これだけで診断するとなると、かなりな異常値を示す乳児に限られる。おそらく、個人間の差の原因を取り除いた検査の開発が必要だろう。とはいえ、乳児期のこのような単純な反応がASD発症が関わるという発見は、現在進むMRIなどの脳構造研究と相関させることができると、ASDのメカニズム理解や診断に大きく貢献する予感がする。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月26日 最近の自閉症研究まとめ(5月22日号JAMA Psychiatry掲載総説)

2018年5月26日
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今日、明日と自閉症についての総説や論文を紹介したい。最初はJAMA Psychiatryに掲載された総説で、自閉症研究の現状をコンパクトにまとめている。コロンビア大学、NY自閉症研究センター、やエール大学の専門家が書いている。タイトルは「The emerging clinical neuroscience of autism spectrum disorder (新しく現れてきた自閉症スペクトラムの臨床神経科学)」だ。

現役を退いてすでに5年を超えたが、分野を問わず論文を読んでいて実感するのが、自閉症スペクトラム(ASD)についての研究の進展だ。私が門外漢であるためより興味を惹かれることもあるが、多くのテクノロジーが集められて研究が進んでいるアクティブな領域であることは間違いない。ただ、実際の治療に携わる医師や心理士、教育者は、なかなか最新の研究をフォローするだけの余裕がないと思う。そんな人たちにわかりやすく最近の研究を紹介したのがこの総説だ。もちろん、一般の研究者にとっても、神経科学からASDの輪郭を掴む目的には良い総説だと思う。

ASDは症状も、原因も極めて多様な病気で、その数も米国では1−2%と驚くべき数に達している。重要なのは多様性にもかかわらずASDとしてまとめられる症状を共有していることだ。。しかし、このことは、ASDと診断して満足してしまうと、多様性を見失い治療の可能性を失う事すらありうることを意味する。この総説では冒頭に16p11.2欠失症候群とASDの併発している症例を例にあげ、生物学的原因を丹念に調べれば、この遺伝的変化に認可されているリスペリドンやアリピラゾールによる治療も可能であることを強調し、ASDの生物学についての知識の重要性を説いている。その上で、1)遺伝要因、2)環境要因、3)脳イメージ、4)疾患モデルについてまとめている。

1) 遺伝要因
一卵性双生児で発症の一致率が50−80%、兄弟では25%という数字は、ASDが多様であっても特定の遺伝子の組み合わせを反映した状態であることがわかる。このことから、遺伝的変異をゲノム全体について特定できる新しいゲノムテクノロジー(マイクロアレー、エクソーム解析、全ゲノム解析)に大きな期待が集まり、多くの研究が行われた。

この結果、多くの神経機能に直接関わる分子や、その分子の発現に関わる分子の変異(点突然変異、欠失、重複)などがASDの発症に関わることがわかった。ただ問題は、200近い大きな領域にわたる遺伝子変異、一塩基レベルの変異に至っては何百もの変異がASDと相関することがわかり、単純な分子レベルの因果性を想定することができない点だ。すなわち、発症メカニズムも極めて多様だ。

このようにASDを、遺伝性が高いが、分子メカニズムが多様である状態として理解すると、ゲノム検査の重要性は明らかで、これによって初めてそれぞれのゲノムに応じた治療が可能になる。てんかんや知能の低下がある場合はいうに及ばす、ASDの疑いがある場合はほぼ全員にゲノム検査が行われることが必要になる。

2) 環境要因
一卵性双生児の場合でも発症が一致しないことは、生前生後の環境要因も無視できないことを示している。この隙間に、「はしかワクチンが自閉症を誘発する」というWakefieldの世紀の大捏造が生まれたわけだが、例えば早産でASDのリスクが高まることは脳発生に影響を及ぼすあらゆる外的要因がASDの誘因になることを意味している。事実、科学的な疫学調査で、早産、低酸素、虚血、母親の肥満、糖尿など内的要因がASDリスクを高めることが証明されている。外的要因のリストも膨大になっている。ただ明らかに神経細胞の発達に影響する薬剤を除くと、内因性の要因と比べて因果性の特定が難しく、今後iPS由来の神経細胞などを用いた研究で因果性を調べることが必要になる。

3) 脳のイメージング
MRIによる脳領域間の結合の検査を始め、脳イメージングのテクノロジーは急速に発展し、これまで測定が難しかった幼児でも検査が可能になっている。この結果、脳内の変化の多くが生まれる前発達期に起こっていることがわかってきた。このおかげで、場合によっては6ヶ月という速さで診断する可能性も生まれている。

イメージングで明らかになった最も重要な発見は、ASDの子供は生後6ヶ月から12ヶ月にかけて脳皮質が拡大することで、シナプスの剪定の低下などが議論されているが、今後の研究が待たれる。同じように、2−4歳までの発達期でも、扁桃体をはじめ社会性に関わる様々な領域が拡大するとともに、各領域の結合性は逆に低下する場合が多い。一方、皮質下の神経結合は高まっているという報告があり、局所的回路が高まる一方、広い領域の結合性が低下するのがASDの特徴ではないかと考えられている。ただ、この検査でASDを明確に診断できるかというと、脳の構造の多様性は大きく、イメージングだけで診断するのはまだ難しいことも理解する必要があるだろう。

4) 疾患モデル。
コンピュータで再構成するインシリコのバーチャルモデルから試験管内まで、様々な疾患モデルが開発されてきた。特に遺伝的要因によるASDモデル動物は、脆弱性X、Rett症候群、MECP2重複症など多くが作成され、研究に用いられている。最近では、MECP2欠損のサルのモデルの開発も可能になっている。従ってASDを多様な症状の集まりとして考える場合、それぞれの症状に対応する動物モデルは今後も役に立つと思われる。特に、薬剤や遺伝子治療の可能性を試すときには動物モデルは必須で、動物の脳は人の脳とは異なると片付けるのは問題がある。

もう一つ重要な領域は、インフォーマティックスで、膨大な遺伝子データと、症状や、イメージング、さらにはiPS由来の神経細胞反応性などを統合した人工知能を開発すべく、研究が加速している。

以上が内容だが、この総説のメッセージは、Kannerが自閉症を定義した時代には考えられなかった、ASDの生物学が急速に進んでいることに尽きる。ここに書かれていることは、私のブログでも数多く紹介してきたが、本当によくまとまっているので、この分野に関わる方にぜひ読んでほしい総説だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

2017年度(平成29年度)決算報告書(貸借対照表・財産目録・活動計算書・注記)

2018年5月25日
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以下に、2017年度AASJ決算報告書を公開します。クリックして閲覧ください。 決算報告書
カテゴリ:活動記録

5月25日:防御機構IgAを利用して腸内に棲みつく細菌(5月18日号Science掲載論文)

2018年5月25日
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人間でも細菌でも、集団として一つの社会を形成している時、社会全体を見ることも重要だが、個別の単位をサンプリングして調べることなしに、全体を理解することはできない。このことは、腸内細菌叢の研究の歴史を見ているとよくわかる。それぞれの時代でどちらかにより重点が置かれるが、必ず揺り返しが来る。何度も述べているが、細菌叢の研究で今トレンドになっているのは、個別の細菌とホストの関係を徹底的に調べる方向性だ。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は腸内細菌叢に常在する一部の細菌は腸内に棲みつくためにホストの免疫反応を利用していることを示す研究で5月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「Gut microbiota utilize immunoglobulin A for mucosal colonization(腸内細菌は免疫グロブリンAを粘膜への定着に利用している)」だ。

このグループは、私たちの健康に良い影響を及ぼすことが知られているBacteroides fragilisを無菌動物に摂取させ、粘膜に定着する条件を調べており、この研究から定着の悪い変異細菌株を分離し、この変異が細菌の莢膜の構成成分であるポリサッカライド(PS)、PSAとPSC合成に関わることを発見する。また、この株では正常のPSBが合成できない細菌株はさらに腸内への定着効率が低下する。

PSは様々な免疫反応を誘導できる分子であることがわかっているので、PS合成により免疫反応が誘導され定着が上昇する可能性を探る中で、一般的な細菌に対する免疫や炎症誘導性がメカニズムではなく、このPSと反応するIgAが誘導されることが定着を促進させることを発見する。この可能性をさらに確かめるため、免疫系が欠損したマウスやIgA欠損マウスで調べると、正常細菌でも定着が落ちること、この低下はPSに対するIgA を加えることで元に戻ることを示している。すなわち、PSに対するIgAは細菌の増殖にはほとんど影響ないが、粘膜への定着に必須であることがわかった。

ただ、IgAの細菌への影響を調べると、同じようにIgAがあると定着率が上がる細菌と同時に、IgAが存在すると粘膜への定着が阻害される細菌も存在する。すなわち、IgAは細菌を助ける場合と、細菌からホストを守る働きを演じ分けていることもわかる。

以上の結果は、ホストの免疫が誘導されることが、単純に細菌に対する防御ではなく、細菌の定着にも使われていることを示唆している。この研究でも示されているが定着するためには、細菌が塊を作る必要がある。この塊の形成をIgAが助けている。もちろん同じ現象は、毒性のある菌でも見られることが予想されるため、結局は良い菌と悪い菌を特定し、良い菌だけを増やすためのIgAの利用法を開発することが重要だろう。特にIgAは母乳にも含まれる。もしこの段階で母乳の助けを借りて、将来体を守ってくれる細菌を増やす方法が見つかれば、腸を育てる健康法の感性に一歩近づくような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月24日:免疫に頼らずガンの根治は可能か(5月31日号Cell掲載論文)

2018年5月24日
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根治切除術が不可能なメラノーマの場合、最近では多くのメラノーマでガン化に関わるBRAF変異があっても、最初から免疫チェックポイント治療が行われるケースが増えてきたと聞く。確かに、BRAFの変異に対する分子標的薬と、その下流に効果があるMEK阻害剤の登場は、メラノーマの治療を大きく改善したが、残念ながら薬剤耐性のガンが現れ再発する。一方、チェックポイント治療でも再発はあるが、ガンの進展が抑えられ期間も長く長期生存例も報告されてきて、最初からチェックポイントでという気持ちもわかる。

今日紹介するオランダガン研究所からの論文はなんとか分子標的薬だけで根治するための開発研究で5月31日発行のCellに掲載された。タイトルは「An acquired vulnerability of drug resistant melanoma with therapeutic potential(治療可能性のある薬剤耐性を獲得したメラノーマの脆弱性)」だ。

研究ではまずBRAF変異を持ち、変異BRAF阻害剤MEK阻害剤が効くメラノーマを試験管内で培養し、耐性を獲得する腫瘍を分離し、得られた細胞株の耐性獲得メカニズムを調べている。実際の臨床例でも知られているように、薬剤耐性株のほとんどが、結局はRas-MAPK経路の新しい突然変異で耐性を獲得していることを発見する。このような耐性に対しては、より広いスペクトラムのキナーゼ阻害剤を使うのが一つの考え方だが、このグループは新たに活性化されてきたRas-MAPK経路により活性酸素ROSが上昇している点に注目した。即ち、活性酸素が高いということは、それだけ細胞がストレスにさらされていることを意味し、これをさらに高めてやれば耐性を獲得したがん細胞を除去する可能性がある。

そこで、実際に臨床に使えそうなROS誘導剤としてヒストンの脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤を使って試験管内、ガン移植マウスモデル、そして実際の患者さんについて阻害剤耐性が現れた時に、HDAC阻害剤を加えてガンの増殖を抑えられるか調べている。さまざまな可能性を試しているので全てを紹介するのはやめて、要点だけをまとめると次のようになる。

1)BRAFやMEK阻害剤耐性腫瘍にHDAC阻害剤を加えると耐性腫瘍を殺すことができる。
2)MAPK阻害剤とHDAC阻害剤を同時使用を行うと、誘導されたROSがMAPKを活性化させるので、逆効果。
3)耐性が出たところで、MAPK阻害剤を中止し、HDAC阻害剤を加えると、耐性腫瘍を効率よく殺すことができる
4)HDAC阻害剤はROSを汲みだすポンプSLC7A11の発現を抑えることでROSの細胞濃度を上昇させる。
5)移植ガンの実験でも耐性獲得後HDAC阻害剤単剤で処理すると長期に進行を抑えられる。
6)人間の患者さんでも、同じ戦略が通用するが、現在まで調べることができた3例全例で半年ほどで腫瘍の増殖が観察される。

根治というにはまだまだだが、著者らは自信があるようで、HDAC阻害剤で増殖してくるのは、おそらくMAPK阻害剤に反応し、このサイクルを繰り返せばいいと思っているようだ。

薬剤を熟知して計画を進めている点はプロの仕事だと思う。ただCellに掲載されたのは、やはりヒトのメラノーマで一定の効果があった点が評価されたのだろう。免疫だけに頼らず、論理的に分子標的薬を使っていく方向は高く評価したいと思うが、実際どこまで有効か、現在治験が進んでいるようなのでそれを待ちたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

熟年生活講座パート①「人類の進化と言語」

2018年5月23日
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(公財)神戸いきいき勤労財団の主催で、今年も7月17日(火)から連続3週間(毎週火曜日)神戸市勤労会館で開かれる「熟年生活講座パート①」のご案内です。

180717_熟年生活講座

カテゴリ:セミナー情報新着情報

5月23日 ALSの進行をTregで抑える(Neurology: Neuroimmunology & Neuroinflammation 7月号掲載論文)

2018年5月23日
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ALSのメカニズムについては、様々な原因で運動神経自身が自発的に細胞死に陥るという考え方と、炎症反応により運動神経が障害されるとする考え方の2種類が並存しているが、実際にはどちらのタイプも存在しているのではと個人的には思っている。

炎症説を取る場合も、その原因には諸説あるが、免疫反応が関与すると考える人たちもいる。もしこれが正しいとすると、当然免疫反応を抑える調節性T細胞(Treg)を高めれば、病気の進行を抑える可能性が出てくる。実際マウスのALSモデルで、特異性を気にせずTregを増やしてマウスに注射すると、病気の進行を遅らせることが示されている。また進行の早い実際の患者さんではTregのマーカーFoxP3が上昇していることも知られている。

Tregは言わずと知れた、現在大阪大学の坂口さんの発見した細胞で、この細胞を診断や治療に使おうと、現在も多くの研究が進んでいる。もしTreg を注入するだけでALSの進行が少しでも遅らせられるなら、ALSはTreg発見が早くトランスレーションされた一つの例になると思う。

今日紹介する米国ヒューストンのメソジスト大学神経科学センターからの論文は、なんとマウスモデルで前臨床試験が終わったとして、実際のALS患者さん3例に、自己のTreg を移入する治療を行った第1相試験の報告で7月号のNeurology: Neuroimmunology & Neuroinflammationに発表された。タイトルは「Expanded autologous regulatory T-lymphocyte infusions in ALS(増殖させた自己調節性T細胞を 患者さんに移入する)」だ。

遺伝的要因の存在しないALS患者さんが三人選ばれている。それぞれALSの進行度を示すAALSスコアが162ポイント(最も症状が重い)のうち、50、65、68で、全て正常の30を超えているが、まだ初期段階を選んだと思う。

次に、注射するTregだが、患者さんの末梢血からTregを前以て調整、試験管内で増殖させている。こうして調整したTregを2週間おきに8回に分けて体重1Kあたり百万個注入している。3人ともこのプロトコルを最後まで完遂するだけの細胞数のTregが得られており、難しい治療方法ではなさそうだ。あと、注入後1週間に3回IL2を皮下注射し、体内でもTregの増殖を促している。

第一相試験の最も重要なポイントは、安全性だが、正直免疫反応が全体に抑えられることによる副作用は覚悟する必要がある。事実全員が何らかの感染性の炎症を経験し、特に脳神経症状が強い2番目の患者さんは誤嚥性肺炎を併発、50周目で治療を中断したが最終的には肺炎で亡くなっている。

全ての患者さんで、細胞移植後末梢血Treg数は上昇しているが、注射をやめると低下する。

さて肝心のALSに対する効果だが、注射を継続している間は確かにAALSスコアでみた進行が遅れていることから、著者らはポジティブな結果だと結論している。ただ、期間全体で見ると病気は確実に進行しているので、少しだけ進行を遅らせた程度の効果と言える。

以上が結果のすべてで、著者らはこの結果で十分第2/3相の臨床試験への基礎が固まったと考えている。今回は、全く無作為化されたコントロールをおいた実験ではないので、そのまま期待するわけには行かないことから、次の段階の試験を待つしかない。ただ、今後病気を防ぐ特異的Tregを特定し、増幅する可能性が生まれれば、かなり期待できるのではと個人的には考えている。幸い6月Tregの発見者坂口さんを呼んでシンポジウムを計画しているので、その際ぜひ可能性についての意見を聞いて見たい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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