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1月11日 ギャンブルする人間の脳(米国アカデミー紀要掲載予定論文)

2019年1月11日
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昨日はギャンブルするラットの脳の論文を紹介したが、今日紹介するのは、ギャンブル中にどのぐらい賭けようかなどと考えながら最終決断に至る時の人間の脳の活動を調べたジョンホプキンス大学からの論文で、タイトルは「Risk-taking bias in human decision-making is encoded via a right–left brain push–pull system (人間が決断する時のリスクの取り方の傾向は右脳と左脳の綱引きでコードされている)」だ。

人間の脳の活動記録は通常、MRIやPET、あるいはよりリアルタイムに記録したいときは脳波や脳磁図を使うのだが、この研究では昨日のラットと同じように、人間の脳にクラスター電極を留置して電気活動を長時間記録している。もちろん正常の人にこんなことはできない。てんかんの起こる場所を突き止めるために電極を留置された人を十人集め、コンピュータでカードゲームをやってもらってその時の神経細胞の興奮を調べている。もう少しわかりやすくいうと、賭け方のパターンを分析し、掛け方を強気弱気に分類し、それぞれに対する行動学的パラメータを定義した上で、それぞれと相関する脳活動を探している。

カードゲーム自体は簡単だ。自分に配られたカードの数を見て、コンピュータに配られた方の数より多いかどうか判断し、その判断に基づいて掛け金を決める。その後伏せられていた方はカードが開くと、勝てば実際にドルがもらえるようにしている。本当のお金がもらえるため、十分ギャンブルとしての雰囲気はあるゲームになっている。

さて、このゲームで賭ける時、最も着実なやり方は、カードの数が2、4のように低いときは、最低限の掛け金、8のように高いときは強気に出ればいい。ただ、ちょうど真ん中の6が出たときは、掛け金を増やそうかどうか迷うことになる。

実際、ほとんどの人はだいたい上に述べたような堅実な賭け方をするのだが、結構低い数字を引いているのに、強気で賭けたがる人もいる。また、堅実な人でも、6が来た時は、強気に出るか、弱気になるか迷うし、結果もまちまちだ。同じ人でもその時々で掛け金が変わる。、さらに、決断するのにも時間がかかる。

最後に、この様な行動学的解析から特定した強気、弱気のパラメータと相関する脳の活動をさがし、昨日ラットで紹介した辺縁系もl含む前頭葉の皮質に設置した電極で記録できる膨大な活動から、γ波として知られる高いサイクルの波長の中に、掛け方のパラメータと相関が見られる活動を発見する。そして何より驚くのは、強気のパラメータと相関して活動が高まるγ波は右側の前頭葉に選択的に現れ、逆に弱気のパラメータと相関するγ波の上昇は左側の脳で見られるという結果だ。この傾向は、一人を除いてすべてで観察されることから、一般的な現象と言っていいだろう。あたかも、強気と弱気を代表して右脳と左脳が綱引きをして最終的に掛け方を決めていることになる。

なぜこの様な結果が記録されるのかについては、全く理由がわからない。しかし、直感的に面白いし、今後脳障害とギャンブル依存症などの研究を通して、この可能性が研究されていく様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月10日 ギャンブルするラットの脳(1月2日号Neuron掲載論文)

2019年1月10日
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現役時代は神経科学が苦手な方だったので、引退してからは脳神経科学の論文を無理してでも読んで、苦手ができないようにしている。ただ、Optgeneticsなど新しい方法にはついていけるが、多くの神経細胞の記録を、様々なモデリングで検証したりする数理的方法にはなかなか馴染めないでいる。巷では猫も杓子もAIの話をするが、論文を読んでいると脳科学では、ずっと昔からAIと同じ手法が個々の神経活動と行動の相関(correlates)を調べる方法として定着している。神経科学の苦手意識をなんとか克服すると(間違っていることも多いと思うが)、神経科学には面白い話が溢れている。先週、ギャンブルに関する論文を2報も見つけたので、今日・明日と、両方紹介してしまうことにする。

今日はラットを使ってギャンブルをするときの脳を研究したウィーン医科大学からの論文で、1月2日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Activity of prefrontal neurons predict future choices during gambling(ギャンブル中の次の選択と相関する前頭前皮質神経活動)」だ。

この研究のハイライトは、ラットにギャンブルをやらせることに成功したことに尽きる。実際には、分岐部でリスクをとるか、安全を取るかの決断をさせるY字型の迷路でギャンブルの経路と、安全な経路を覚えさせる。リスクをとる必要がある経路では、褒美を4個もらえるが、その確率が変化するようになっており、その確率はギャンブルをしながら理解するようになっている。一方、リスクを取らない経路では、確実に褒美が一個もらえる。普通に考えれば、ラットは迷路の性質を理解した時点で、確実に褒美にあずかれる安全経路を取るように思うのだが、ギャンブル経路で何が起こるか訓練されると、リスクをとることがわかった。しかも、ギャンブル経路で褒美が出てくる確率が高い時ほど、多くリスクをとることもわかった。

あとは、このリスクをとるという決断と相関する神経活動を特定することになるが、この研究では報奨に関わるpre-limbic cortexに焦点を絞ってクラスター電極を設置し、1000ヶ所で神経活動を記録している。

Prelimbic神経は、リスクを取っているかどうか(どちらの経路を選んだか)に反応する集団、褒美の数に対して反応する集団、それぞれの相互作用に関わる集団などに分類できる。そして、かなりの数の神経が、何も褒美が得られなかった時に強く活動することがわかった。すなわち、ネガティブな結果に反応する。

次に記録した活動の中から、リスクを取るかどうかの決断と相関する神経活動を探すと、その前の結果(失敗の結果)を受けて、次にリスクをとってギャンブル経路を選ぶかどうかの決断と相関する神経集団が存在することを見出している。

その上で、pre-limbic皮質の活動をoptogeneticsで抑えると、ギャンブルする回数が増えることがわかった。すなわち、直前の結果を色々考えて、その上で決断した時に活動する神経細胞がprelimbic皮質に存在しており、これが侵されると、ギャンブル好きになるという結果だ。

話はこれだけで、残念ながら背景にある神経回路や分子メカニズムには全く踏み込んではいない。それでもラットがギャンブルをする系ができただけで十分面白いとレフリーも納得したのだろう。明日は、ギャンブルする人間の脳についての論文を紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月9日 複雑なクロマチン3次元構造は複製時にどう再構成されるのか?(2月7日号Cell掲載予定論文)

2019年1月9日
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転写や複製の基本的な仕組みについては、直接関わっていないと研究者でも意外とフォローしていない。私も現役の時はそうだった。ただ、現役をやめて広く論文を読むようになって、一番驚いたのは、核内で染色体が正確に折りたたまれ、また特異的な場所に納められていることで、TAD(topologically associating domain)の話として何度も紹介してきた。キーワードはHiCと呼ばれる立体構造の中で隣接する領域を特定する技術と、これを調節するCTCFなどの分子だが、私が現役の時代は読もうともしなかった分野だ。その意味で、今年も基礎の基礎と思われる領域も積極的に紹介していきたいと思っている。

今日紹介するのは、複製と染色体立体構造の両方の問題を扱ったフロリダ州立大学からの論文で、2月7日に発行予定のCellに掲載されている。タイトルは「Identifying cis Elements for Spatiotemporal Control of Mammalian DNA Replication(DNA複製の空間的時間的調節に関わるシス領域を特定する)」だ。

この研究の目的は、複製と核内の染色体の構造との関係を明らかにすることだが、そのために3次元構造とCTCFの結合が詳しく分かっている第16染色体の中央部にある領域に焦点を当てている。この領域には、ES細胞など未分化細胞の増殖に関わる重要な遺伝子が4種類も存在している。この領域は中央部に複製が早く始まるピークが存在し、そこから両サイドに複製のタイミングが徐々に遅れる構造になっている。

領域内の様々な部分を欠損させてこの複製タイミングのパターンが変化するか調べると、CTCF結合サイトを除去してもほとんどパターンは変わらないが、欠損すると複製のタイミングが早い領域が消えてしまう、著者らがEarly Replication Control Element(ERCE)と呼ぶ領域が、対象に選んだ領域内に3箇所特定された。そして、これらERCEが欠損すると、複製タイミングが遅くなり、TAD構造がはっきりしなくなり、そのゲノム領域が核内で転写が活性化されているAコンパートメントから、転写が抑制されるBコンパートメントにシフトすることが明らかになった。すなわち、複製タイミングを調節している領域は、その領域の核内でのトポロジーと場所決めに重要な領域であることがわかる。

またこのゲノム領域がAからBコンパートメントに移る結果、転写が強く抑制されるようになる。

最後に、ES細胞で同じようなERCEがゲノム全体にどのように分布しているのかについて、HiCのパターンや、転写の状態などから検索し、最終的に1835箇所のERCEを特定し、一部については同じような欠損実験を行い、 複製のタイミングを調節していることを確認している。

以上の結果から、今回特定されたERCEは複製のタイミングを調節するというより、TAD構造を維持し、染色体を転写が活性化されているAコンパートメントに局在させるのに重要な役割を持っており、核内のAコンパートメントの中で、隣接しあってネットワークを作っている。この結果ERCEが失われると、その領域が抑制的なBコンパートメントに押し込められ、結果転写だけでなく、複製のタイミングが二次的に影響されると結論している。要するに、CTCF結合部分だけでなく、染色体の核内での位置決めに関わるシス領域が見つかったという話になる。残念ながら、複製のタイミングを変化させる分子メカニズムについては、今回示しておらず、今後の課題と言える。しかし、CTCF以外に新しい染色体の活性化に関わるシス領域が発見されたことで、すぐに分子メカニズムも明らかにされると予想できる。しかし、この領域は頭の中でついていくのがますます難しくなっているのを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月8日:中高年の健康に対するサプリの効果(1月3日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2019年1月8日
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わが国のテレビや新聞にはさまざまな健康食品やサプリの宣伝が溢れている。この購買層として標的になっているのはほとんど中高年だが、この層に本当にそんなサプリが効果があるという証拠があるのか、いつも気になる。こんな気持ちから、効果が当たり前と思われているサプリや健康食品の成分について疫学的に調べた論文はできる限り紹介しようと考えている。時に、同じ成分を販売している企業にとっては邪魔な記事を書くことになる。事実、記事に対して脅迫めいたメールを送りつけられたことがある。もちろん企業自体がそんなバカなことをすることはない。もともと論文を紹介しているだけだから、論文には反論論文を書くしかない。しかし不思議なことに、企業の気持ちを汲む学会やメディアが存在して、メールを送りつけたり、反論記事を書く。こんな経験をしたためか、逆に今後も科学的にサプリや健康食品の科学的検討を行った論文は是非とも紹介したいと、天邪鬼精神に火がついている。

今回紹介するのは、わが国でも多くの企業が販売しているサプリの典型のオメガ脂肪酸とビタミンDの中高年のガンや心臓病予防効果に関するハーバード大学からの研究で1月3日号のThe New England Journal of Medicineに掲載されている。2報に分かれているが同じ対象についての治験研究で、「Marine n−3 Fatty Acids and Prevention of Cardiovascular Disease and Cancer (海洋の n-3脂肪酸と心血管疾患とガンの予防効果)」と「Vitamin D Supplements and Prevention of Cancer and Cardiovascular Disease(ビタミンDサプリメントの心血管疾患とガンの予防効果)」だ。

研究はオメガ脂肪酸とビタミンD の中高年の健康への影響をみるシンプルな研究だが、大規模な無作為化二重盲検治験だ。40000人近くの中高年をリクルートし、最終的にその中から条件を満たす2万5千人を無作為化し、オメガ脂肪酸(EPA+DHA合剤)群と、偽薬群にわけ、約5年フォローしてガン、心血管疾患、そして死亡者の発生を調べている。また、同じ対象を全く同じようにビタミンD投与群と、偽薬群にわけているので、実際には、オメガ脂肪酸とビタミンD両方、それぞれどちらか、あるいは偽薬のみの4群に分かれていることになる。従って、4群別々に検討することが必要なのだが、結果が飲んでも飲まなくても、どちらもガンの予防、心血管疾患の予防、そして死亡数に全く影響なかったため、それぞれの効果を調べる以上の解析は行っていない。

すなわち結論を繰り返すと、両方のサプリとも、中高年の2大疾患を防ぐという意味ではあまり効果が得られないという結果になる。

ただこの結果は、オメガ脂肪酸やビタミンDの一般的重要性を否定しているのではない。これらが脳の発達に重要な役割を演じていることは、多くの科学的研究により証明されている。しかし、これは胎児期や発達期の話で、中高年のガンの発生予防や心血管疾患予防効果をうたうには調査が必要だった。この課題に対し世界トップクラスの代表ハーバード大学医学部が、サプリの治験のようなあまり人のやりたがらない問題にコミットし、やり遂げたことには頭が下がる。中高年を対象にサプリメントとしてこれらを販売している企業にとっては残念な、ネガティブな結果に終わったが、ネガティブ結果であってもNEJMは重要な研究として掲載を決めた。

毒でなく本人が満足しているなら、わざわざ検証しなくてもという考えもあるだろう。また医療用医薬品と比べれば目くじら立てるほどの価格でははないという声も聞こえてくる。しかしそんな声を意に介さず、わかっていないことはあくまで追求するという医学者魂を感じさせる論文だった。すでに、高齢になってからの低用量アスピリンに効果がないという治験結果が同じNEJMに昨年発表された。今年も同じような治験論文が発表されると期待しており、積極的に紹介したいと考えている。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月7日 膵臓ベータ細胞の数を増やす(3月5日掲載予定Cell Metabolism掲載論文)

2019年1月7日
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私たちのNPOの一つの目標は患者さん団体の活動を、専門知識を通して助けることで、当然の帰結として患者さんへの応用が近いと思われるような論文は見つければ優先的に紹介しようと、いつも目を凝らしている。昨年最も感銘を受けたのが、慢性脊髄損傷患者さんをプログラムできる硬膜外刺激システムとリハビリで自立歩行を可能にしたメイヨークリニックや、ローザンヌEPFLの臨床実験だった。折も折、わが国では岡野さんのiPS由来神経幹細胞による急性脊損の治療が大きく報道されていたが、紹介記事の中で各メディアが枕詞のように「治療法のない脊髄損傷」と述べているのを聞くと、我が国の大手メディアが自ら知識を積み重ねる能力を完全に喪失していることがよくわかった。その意味で、これからも、治療につながる最新の研究を紹介したいと思っている。

そんな中でも、I型糖尿病は多くの治験が現在でも進みつつある、もっとも期待が持てる分野だと思っている。昨年の暮れ、熊本で開催されたIDDMネットワーク子ども会議に参加した時、子供達の生の声を改めて聴くことができたが、早くインシュリン・ポーチを持って学校に行かなくてもいいようお手伝いができればと思った。

今日紹介するニューヨーク・マウント・サイナイ医科大学からの論文は、ヒトの膵島を増殖させる方法の開発で、かなり有望だと思うとともに、この分野のフォローができていなかったなと反省した。タイトルは「Combined Inhibition of DYRK1A, SMAD, and Trithorax Pathways Synergizes to Induce Robust Replication in Adult Human Beta Cells (DYRK1A, SMADそしてTrithorax経路の抑制が組み合わさるとヒトβ細胞の強い増殖が誘導される)」で、3月5日に発行予定のCell Metablismに掲載された。

全くフォローできていなかったが、β細胞の増殖に関しては最近大きな進展があったようで、すなわちDYRK1Aと呼ばれるリン酸化酵素を抑制することでβ細胞を試験管内、体内の両方で少しではあるが増殖させられることがわかっていた。この研究では、このDYRK1A阻害の効果がTGFβに関連するシグナルを阻害することでさらに高められるのではと着想し、先ず死体から得られた膵島にDYRK1A阻害剤(DYI)とTGFβシグナル阻害剤(TGI)を組み合わせて加えることで、ベータ細胞の増殖がDYIだけよりさらに高まることを発見する。同じ結果は、この2種類のシグナルに対する現在得られるどの阻害剤を用いても再現でき、またES細胞由来のベータ細胞を用いても再現できることも確かめている。

次にメカニズムについて検討し、この阻害剤の組み合わせにより細胞周期を抑制するCDKN2B, CDKN1A, CDKN1Cが抑えられ、その結果細胞周期が回ることを発見する。また、TGFβシグナルの下流の転写因子SMADは染色体を活性型にするTrithorax複合体をこれら分子の上流にリクルートしており、このシグナルが阻害されることで、細胞周期抑制分子の転写が抑制され、その結果β細胞が増殖することを示している。

そして最後に、マウスモデル、および糖尿病マウスにヒト膵島を移植した実験系で、生体内でも同じ処理により膵島のベータ細胞数が増殖することを示している。

結果は以上で、ベータ細胞を増殖させるという点から見るとかなり有望な方法が開発されたと思える。ただ、1型糖尿病のβ細胞の場合、常に免疫反応による炎症やERストレスにさらされているため、両方の阻害剤をそのまま体内に投与すると言うのは、阻害剤の副作用、そして増殖させてもすぐに免疫系のアタックを受けるため、薬剤の効果が得られないという問題があるだろう。しかし、膵島移植のため採取した細胞数を試験管内で増やしてから移植する治療法のためにはかなり有望ではないかと思う。膵島移植については、他にも明るい話題が多い。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月6日 メラノーマに対する免疫反応の場(Natureオンライン掲載論文)

2019年1月6日
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今年もがん免疫は、トップジャーナルの中のかなりのシェアを占めるようになるのではないだろうか。注目するというより、否応無しに目に飛び込んでくる。ただ、チェックポイントの話で終始する我が国のメディアからは決した触れることができないほど、多様な論文が発表され、この分野の力を感じさせる。この中には、現在のトレンドから見ると古い素朴な研究で、あまりトレンディーに見えないがそこが新鮮な論文もある。そんな例が今日紹介するオーストラリアのメルボルン大学からNatureに発表された皮内でのがん免疫反応を調べた研究だ。タイトルは「Tissue-resident memory CD8 + T cells promote melanoma–immune equilibrium in skin(組織内に常在するCD8陽性T細胞がメラノーマとの皮内でのメラノーマとの並行関係を強める)」だ。

次に、この免疫反応に関わるT 細胞について検討し、組織内に常在するメモリーキラーT細胞が誘導され、顔の周りに集まっていることを明らかにする。そして皮内を観察できるビデオを用いて、この細胞が皮内を動き回ってガンの存在をサーベイし、ガンを抑えていることを発見する。

この研究のきっかけは極めて素朴だ。メラノーマは皮内で発生し増殖するので、ガンを移植するとき注射しやすい皮下組織ではなく、皮膚の層の中に皮内注射してみたらどうだろうと着想し、皮内注射された場合はガンに対して強い免疫が誘導され、がんの増殖が抑えられることを発見する。しかも、メラノーマは完全に除去されるのではなく、増殖しないまま、5ヶ月以上皮内に止まっていることが明らかになった。

最後に、この細胞だけが癌をサーベイし、がんの発生を抑えてくれる細胞か確かめるため、少し凝った実験系を用いている。まず、ウイルス抗原で免疫し、同じウイルス抗原を持ったガンを移植して前以て誘導したT細胞の効果を調べる実験系で、全身を循環しているキラーT細胞を抗体で除去し、組織に常在するT細胞だけでガンに対する免疫反応が起こるか調べ、全身を循環するT細胞がなくても組織に常在するT細胞があればガンの増殖を抑制できることを示している。加えて、この反応にTnfαやインターフェロンが関わることも示しているが、データ自体は完全でないように思った。

以上、そのメカニズムはともかく、皮内に抗原特異的記憶細胞が存在し、それが皮膚の中をサーベイして、キラー活性を含むさまざまなメカニズムでガンを殺しているが、ガン自体も完全に除去されるわけではなく、増殖はしないがじっと皮内で免疫の低下を待っているといったシナリオを提案し、ガンの局所についてもっと調べる必要があることを示唆した論文だと思う。

ちょっとタイムスリップしたのではと思うほど、結構クラシカルなガン免疫研究で、基本的には、ガン細胞を皮内に移植したという素朴さがこの研究の最大の売りではないかと思う。このように、ガン免疫研究は極めて多様になり、活性化している。これからも、さまざまな領域の研究を紹介したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月5日:生命以前のRNAワールドを合成する(12月26日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2019年1月5日
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現役を退いた後、最も時間を割いたことが、生命の存在しなかった38億年前の地球で生命誕生に必要な分子がどのように作られているのかについて、自分なりに理解することだった。1年近く、文献を読み漁った結果、自分でも十分納得できるシナリオが存在し、少しづつ実験的証拠が積み重なっているということがよく分かった。もちろん一つのシナリオが間違いなく地球上で起こったということは証明できないが、それでも無生物から生物というabiogenesisが十分自分でも想像可能な過程だということがわかった。この分野については学生さんもなかなか系統的に習っていないようなので、今では機会があれば講義もしている。そんなわけで、abiogenesisは個人的に特に注目する分野になっている。

今日紹介するのはAbiogenesis分野の大御所ハーバード大学Szostakの研究室からの論文で、酵素なしにRNA複製が起こる条件を探った研究で12月26日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Inosine, but none of the 8-oxo-purines, is a plausible component of a primordial version of RNA (Inosineは原始的RNAの成分になる可能性があるが、8-oxo-purineが成分になる可能性はない)」だ。

RNAワールドが成立するためには、水の中で定常的にRNAが合成され、それがランダムに重合するだけではなく、出来たポリヌクレチドを鋳型に重合する必要がある。そのためには、どうしても水素結合でペアリングできる最低4種類のリボ核酸を合成することが必要になる。

このリボ核酸のabiogenesisについては2009年マンチェスター大学のサザーランドの研究室からこれまで考えられていた複雑な経路とは全く違うピリミジン合成経路が示され(Nature 459:239)、この経路を基本にプリンについても様々な合成経路が考えられるようになっている。その一つが8-oxo-purineで、ピリミジンと同じ中間体から合成でき、またピリミジンとペアリングできることが2017年に示された。

この研究では、この化合物を用いてRNA複製が可能かどうか調べた研究で、もちろん酵素を全く使わないでRNA複製を行わせる合成系にこの分子を(実際には重合しやすいように活性化したヌクレオチドにして加えている)加えると、複製がほとんど進まず、さらにエラー率が極めて高いことを明らかにしている。すなわち、いかにabioticに合成できても、複製に使えなければRNAワールドは成立しない。

代わりにSzostakらが示したのはイノシンで、ピリミジン(アデニン)からdeaminationでabioticに合成することができ、同じ複製実験系でシチジンと正確にペアリングして複製できるという結果だ。

このように、一歩一歩可能性を積み上げるという分野で、まだまだマニアックな分野で、しかも基本的には有機化学で、全く苦手な分野だが、abiogenesisと思うだけでなんとか理解しようと今年も面白い論文が紹介できたらと期待している分野だ。


カテゴリ:論文ウォッチ

1月4日 自閉症と表情(Autism Research 2018 12月号掲載論文)

2019年1月4日
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論文ウォッチを始めてから、なるべく広い分野の生命科学を紹介しようと思っているが、それでも選ぶ論文には個人的興味というバイアスがかかっている。年初に当たって、みなさんに「私」というバイアスを知ってもらう意味で、新年に際しわたしが特に興味を持っている分野の論文をいくつか紹介しようと思う。

最初の分野は自閉症スペクトラムに関する論文で、できる限り多くの論文に目を通したいと思っている。理由は、人間の社会性やコミュニケーションについて多くのことが学べること、ゲノムから脳科学そして行動心理学まで幅が広いこと、そして何よりも今後様々な治療法が生まれると個人的に信じているためだ。ぜひ今年もこの分野のいい論文を紹介したいと思う。

さてその最初だが、オリジナル論文ではなく、自閉症スペクトラムの表情についての多くの文献をもう一度まとめ直したメタアナリシス論文を取り上げる。カナダ。シモンフレーザー大学からの論文で、昨年のAutism Research12月号に掲載された。タイトルは「Facial Expression Production in Autism: A Meta-Analysis (自閉症での顔の表情の表現:メタアナリシス)。

当然ながら表情は言葉と並ぶ重要なコミュニケーション方法だ。当然社会性や他人との関係に障害がある自閉症スペクトラム(ASD)で障害されていることを示す多くの論文があるだろうと直感的に思う。ただ、1−2編の論文で済まさず、これまでの研究を集めて、自分の目で見直し、様々な結果を再集約するのがこの研究で行われたメタアナリシスだ。
(オリジナルではないと敬遠する向きもあると思うが、特に臨床現場では重要な手法だ。さらに最近では、ウェッブ上に多くのゲノムデータが蓄積されてきているので、これらのデータを集めて計算し直す、メタゲノム論文も多く見受けられるようになった。臨床研究に関わっている多くの若者には、ぜひトライして欲しい方法だ。)

この研究では1967年からの自閉症と表情に関する研究論文1309編から、安心して使えるデータを利用できる論文37編を拾い出し、これらの論文を自分の目でまとめ直している.以下に述べるように結論は単純だが、実際にはそれぞれの論文で使われている概念を統一し直し、研究の仕方をカテゴリー化し、最終的に同じ土俵で比べられるようにする作業は大変で、十分オリジナリティーの高い研究だと私は思う。

この努力の結果を箇条書きにすると以下のようになる。
1) まず、ASDと典型的な人の間には、質的にはっきりした差が認められる。ただし、急な感情的刺激に対する反応の強さや速さなどには差が認められない。
2) 質的な差異についてみると、自然の表情がぎごちないとか機械的などと記述され、また特定の表情を意図的に作ることはうまくない。
3) 社会的な慣習になっているような表情を作るのはうまくなく、また他の人に表情を合わせるのも困難を伴う。
4) 一般的に、自然に出てくる表情の差の方が、何かに反応して出てくる差よりも大きい。
5) 表情の差は、年齢を重ね、知的に成長することで解消に向かう。
これらの結果から、ASDの表情の変化は、社会性や他人とのコミュニケーションの問題をそのまま反映する窓になると結論している。そして、表情をより客観的な指標で評価することで、画像解析や、ほかの生物学的検査との相関研究も可能になる。その上で、より個人に即した記述を重ね、neurodiversityの背景を知り、特にアレキシサイミアとして知られる感情認知障害の理解にも大きな貢献ができると締めくくっている。

このように、ASD研究は多岐にわたっていることが理解していただけたと思う。今年も多くのASD研究を紹介したいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月3日:食べる喜びの調節回路(Cell Metabolism 4月2日掲載予定論文)

2019年1月3日
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さて正月の最後として、昨日の「酒」の話に続いて、「食」についての論文を紹介しようと探していたところ、4月掲載予定というかなり早くから先行出版されていた論文を見つけることができた。私の第二の故郷とも言えるドイツ ケルンにあるマックスプランク代謝研究所からCell Metabolismに発表された論文で、タイトルは「Food Intake Recruits Orosensory and Post-ingestive Dopaminergic Circuits to Affect Eating Desire in Humans (食べ物の摂取は味感覚と食後のドーパミン回路を介して人間の食への欲望を変化させる)」だ。


ずいぶん前に生命誌研究館のブログに、私たちの満足や喜びが、中脳辺縁系のドーパミン回路を中心に、行動への欲望を高めるWanting回路、満足に関わるLiking回路、そして これらを更に高次の脳回路につなぐlearning回路から調整されているBerridge&Kringelbachの研究を紹介した(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000010.html)。一般の人には少し難しいかもしれないが、これを読んでいただくと、中脳辺縁系だけでなく、脳全体に散らばった様々な領域が快感を調節する複雑な回路を形成していることがわかってもらえると思う。ただ、このブログで紹介したのはほとんどラットなどについての話で、人間の快感回路についての論文は少ない。


この研究では健康成人ボランティアのミルクセーキと味のない飲み物を舌先に流し込んだ時の脳の興奮を機能的MRI(fMRI)で、また快感にもっとも深く関わる領域内でのドーパミンの遊離をドーパミン受容体に結合してドーパミンと競合する放射性racloprideを用いたPETで測定し、それらを総合して美味しいものを食べた時に脳全体に散らばる快感回路がどう働くのかを調べている。


実験は徹底しており、味覚だけが刺激されるように、舌先にカテーテルでミルクセーキが流し込まれるようにしている。これにより、視覚などの複雑な回路は対象から除外できる。ミルクセーキも、4種類の味の中から快感反応が最も高いものを選び実験に用いている。


以上の方法で記録すると、脳の様々な領域の活動やそこでのドーパミンの遊離が記録できるが、活動範囲は多岐に渡っている。この研究では、これまでの研究に基づきWanting, Liking, Learning領域として分類し、結果を解釈している。


さて結果だが、

1) ミルクセーキが流し込まれるとすぐに味覚感覚の満足に関わる領域でドーパミン遊離が検出できる。

2) 摂取後しばらくして最初の反応が収まった頃、もう一度様々な脳領域でドーパミン遊離が観察される。

3) ドーパミンが遊離される早い反応と遅い反応に関わる領域はそれぞれ異なっている。

4) この中で、味覚感覚後すぐにドーパミン遊離が観察されるWantingに関わる領域(例えば前帯状皮質)でのドーパミン遊離は、食後におこる例えば被蓋でのドーパミン遊離と逆比例している。

などなどだ。


これらの測定結果から、食べてすぐのWantingやLiking反応は、食後に消化管などからの体性刺激は被蓋を介して高次脳機能に働いて摂食行動を抑制して、食べるのを適量に抑えるが、最初から期待が高く前帯状皮質などの興奮が高まると、被蓋の活動が抑えられる結果、余分に食べてしまうと解釈している。


なるほど、今日はお正月と思ってしまい、視覚からも期待が高まってしまうと、ついつい食べすぎになる理由がよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月2日 ほどほどの酒は心臓にもいい(12月28日JAMA Network Open掲載論文)

2019年1月2日
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元旦だけは朝から飲む日で、おとそ少々では済まない私のような酒飲みにとってお正月にふさわしい論文はと探して見た。と、いいタイミングで、高齢者の心不全患者さんにとってもほどほどのお酒は飲んでも問題はないことを疫学的に示したワシントン大学からの論文を見つけた。タイトルは「Association of Alcohol Consumption After Development of Heart Failure With Survival Among Older Adults in the Cardiovascular Health Study (心血管健康研究に参加した高齢成人での心不全発症後のアルコール消費と生存率)」だ。

この研究はもともと5888人の65歳以上の高齢者を追跡するコホート研究の一環で、この中で心不全を発症した393人についての詳しい調査だ。この研究では、特にアルコールについては詳しく調べており、全く飲んだことがない、以前飲んでいたが今は飲んでいない、一日一杯程度以下、一日一杯以上と4段階に分けて、ほぼ毎年調査している。 まず、心不全と診断された人のアルコール消費動向だが、少なくとも心不全と診断された高齢者でアルコールを飲んでいなかった人が、264/393(67%)と多い印象だ。米国の人は結構飲むのかと思っていたら、そうではなさそうだ。しかも、飲む人は高学歴、高所得者が多い。個人的には、高学歴、高所得の米国人は、強い意志で節制した生活を送っているのかと思っていたが、逆のようだ。確かに、高学歴の典型といえる国際会議で、お酒を飲まない人をあまり知らない。

しかしアルコール消費と心不全の発症率の相関を調べるのは難しいようだ。実際コホートを始める65歳まであまりにも多様な酒との付き合いがあるだろう。そのため、ほとんどアルコール中毒に近い例を除いては、なかなか相関を調べられないのだろう。

代わりにこの研究では、心不全と診断された後のアルコール消費と、その後の生存年数との相関を調べている。心不全と診断された時の平均年齢は78歳ぐらいで、平均7.5年生存している。心不全と診断されても、結構長生きできることがよくわかる。

さて肝心の結果だが、心不全と診断された後も、一日一杯程度の(だいたいワインで170ml程度)ワインを飲んでいる人の方が、全く飲まない人より生存日数が高い(3045日 vs 2640日)。ただ、この量を超えると、生存日数は下がるが、毎日一杯以上飲んでいる人でも、全く飲まない人より生存日数が長いという結果だ(2806日 vs 2640日)。

酒好きから見た時「心不全と診断されても飲んでいいのか」と嬉しい宣告だが、もちろん数が少ない点や、学歴や収入と、酒の消費量が相関していることから、全てが酒で決まっているわけではないことは心すべきだろう。でもそれを割り引いても、ほどほどなら心臓にまず悪いということはないようだ。

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2019年1月
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