7月21日 腸内細菌叢を指標に栄養失調治療食を設計する(7月12日号Science掲載論文)
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7月21日 腸内細菌叢を指標に栄養失調治療食を設計する(7月12日号Science掲載論文)

2019年7月21日
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腸内細菌叢に関する論文は溢れかえっており、メディアもその重要性を伝える報道を行なっているが、あまりに増えすぎてただ流行りを追いかけている様な論文が圧倒的に多い。逆に流行りを追いかける泡沫研究が多いほど、優れた研究者が目立つことになる。そんな中の一人で、論文を読んでいつも一味違うことを感じるのがワシントン大学のJeffrey Gordonの研究で、特に開発途上国の低栄養に関する研究は地球を救うという強い意図が感じられる。

今日紹介する彼のグループの論文はバングラデッシュの低栄養の子供を徹底的に研究して治療食を開発する膨大な研究で7月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Effects of microbiota-directed foods in gnotobiotic animals and undernourished children(腸内細菌叢を標的にした食品の無菌動物と低栄養児童への影響)」だ。

この研究では、まずWHOなどが推奨する食事療法で治療されたバングラデッシュの急性栄養失調の幼児343人を解析し、現在の食事療法では症状は一旦改善するが、完全に正常化せず、様々な指標で検出できる慢性的低栄養状態に移行してしまうことを発明らかにし、新しい補助食の開発の重要性を認識している。

ただどの様に補助食を開発するかが重要で、この研究ではそれを慢性的な低栄養に移行した幼児の腸内細菌叢の中の特徴的な細菌の組み合わせを移植した無菌マウスの成長を指標に、バングラデッシュで用いられている補助食を中心に作成した14種類の補助食をスクリーニングし、どの様な構成成分が良いかを調べ、地元にあった補助食を完成させている。書くのは簡単だが、細菌叢から生化学検査まで徹底的に調べており、調べる対象は少ないが、パラメータが多く薬剤開発と同じぐらい膨大な作業だと感心する。

また薬剤開発と同じ様に、プロトタイプにさらに細かい微調整を繰り返して最終的に補助食を完成させている。もちろん植物成分で開発途上国でも十分賄える値段を目標に開発されている。

さらに驚くのは、無菌マウスでの様々な検証に加えて、前臨床の最後に、無菌ブタに14種類の菌を移植して開発した補助食の効果を確かめ、体重の増加とともに血中アミノ酸の上昇が高まることを示している。

そしていよいよバングラデッシュの子供に対して3種類の補助食の効果を調べ、最終的にMDCF-2の開発に成功している。

なん度も繰り返すが膨大な実験と、この研究室ならではの多くのテクノロジーやノウハウの詰まった論文で、おそらくここまでのことができる研究室は他にはないだろうと思う。しかし、これだけの資源と努力を開発途上国の子供を守る研究に惜しげも無く投入しているのには本当に頭がさがる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月20日 NK細胞に対する抵抗性が白血病の幹細胞を決める(7月18日Nature オンライン掲載論文)

2019年7月20日
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急性骨髄性白血病にも幹細胞が存在し、これが様々な治療に対する抵抗性の元凶であることをトロントのJohn Dickらが示したのは、ずいぶん昔のことだが、この結果はまだ治療に生かされていない。このため、骨髄移植が難しい高齢者の急性骨髄性白血病は根治のための方策が整っていない。

これまでこの白血病幹細胞(LS)を他の細胞から区別する様々なバイオマーカーが開発されてきたが、今日紹介するバーゼル大学からの論文はNK細胞の標的に発現しているNKG2D ligand(NKG2DL)がこれまで以上に利用価値の高いマーカーになることを示した研究で7月18日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Absence of NKG2D ligands defines leukaemia stem cells and mediates their immune evasion (白血病幹細胞はNKG2Dリガンドを発現せず、これにより免疫系から逃れている)。

これまで白血病幹細胞(LS)の治療抵抗性は、増殖能や生存といった観点から研究されてきたが、免疫中心に癌を考える様になった現在を反映して、この研究では最初から細胞障害性のT細胞やNK細胞に認識できないことがLSの条件だと決めて研究を行なっている。

これまでもガンの免疫回避とNKG2Dの関係を調べる研究はあったが、この研究ではNKG2D分子が認識できる全てのリガンドを網羅するため、NGK2D分子に免疫グロブリンFc部分を結合させた分子への結合でNGK2DLを検出している。おそらくこれが、この研究のミソといえる。

結果は、177例のAML患者さんで、様々な割合でNKG2DL陰性細胞が存在し、これがLSとして働いていることを突き止める。そして、試験官内の実験系ではあるがNKG2DL陰性細胞は、NK細胞によるアタックを受けないことを示している。

また、これまでLSの検出に使われてきたCD34を発現していない白血病でもこのマーカーを用いてLSを特定できることを明らかにしている。

そして、NKG2DL陽性と陰性の細胞の遺伝子発現を比べ、NKG2DLの誘導がPARP1と呼ばれるDNA損傷などで誘導されるポリADPリボシル化酵素で抑えられていることを明らかにしている。すなわちPARP1がLS 状態を維持するための重要なシグナルであることを示している。

この結果に基づいて、PARP1阻害剤をNKG2DL陰性細胞に加えると、NKG2DLの発現を誘導することができ、白血病の増殖がNK細胞などで抑えられる様になることを示している。

実際には通常の治療を行った時の再発を遅らせられるかなど、実験して欲しいところだが、少なくとも現在行われているNK細胞移植治療にはPARP1阻害剤は効果が予測できることから、より治療に近いところにあるガンの幹細胞マーカーだと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月19日 Pink/Parkinが関わるパーキンソン病は自己免疫病か?(7月18日Natureオンライン版掲載論文)

2019年7月19日
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パーキンソン病の多くは遺伝的ではないが、PinkとParkin遺伝子の欠損による遺伝的パーキンソン病も存在する。これまでの細胞生物学的研究からPinkとParkinがParisという分子を介して神経細胞のミトコンドリア変性に関わるのではとする考え方が通説で(http://aasj.jp/news/watch/6449)、私もそう考えていた。

ところがこの通説に対し真っ向から挑戦したのがモントリオール大学の研究で、ミトコンドリアの一部が離脱したミトコンドリア小胞の形成にPink/Parkinが関わり、これによりミトコンドリア分子の一部が抗原として提示され、それに反応するT細胞が神経細胞を障害してパーキンソン病が起こるとする説が2016年にCellに掲載された(http://aasj.jp/news/watch/5450)。

今日紹介する同じモントリオール大学からの論文はこの2016年の研究の続きで、2016年明確でなかった自己免疫反応の引き金が腸内の細菌によることを示した論文で昨日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Intestinal infection triggers Parkinson’s disease like symptoms in Pink1 −/− mice (腸内の細菌感染によってPink(-/-)マウスにパーキンソン病様症状が起こる)」だ。

さて、Pink/Parkinに変異があると、人間ではほぼ100%パーキンソン病が発症するが、遺伝子ノックアウトマウスではほとんど異常が起こらない。結局この違いは、人間では寿命が長いために細胞にストレスが蓄積して病気が発症すると説明してきた。

この研究ではミトコンドリアに発現させた外来抗原がMHCに提示されるまでのプロセスをPink(-/-)マウスで解析し、マクロファージがグラム陰性細菌により刺激された時のみ、ミトコンドリア抗原が細胞表面に提示されることを突き止める。

これは、ミトコンドリア小胞の産生を誘導するSNX9の発現が高まるからだが、通常この分子はPink/Parkinによりリン酸化され分解される。ところがPinkが欠損するとこの抑制が効かず、抗原提示が高まることになる。

次にPink欠損マウスの感染実験を行い、Pinkが欠損していても感染防御自体は全く正常と変わりはないが、Pink欠損マウスだけでミトコンドリア抗原の細胞表面での発現が起こり、キラーT細胞を誘導することを示している。また、この抗原特異的なT細胞は脳へ移動することもマウスで示している。

そして、感染後4ヶ月目には一過性ではあるが、L-dopaで治療可能なパーキンソン様運動障害が見られることを示している。じっさい、感染後6ヶ月では線条体の4割のTH陽性細胞が減少する。ただ、これらの異常は時間とともに回復する。

結果はこれだけで、人間に当てはめて考える時、人間でのミトコンドリア抗原は何かを特定すること、そしてマウスではなぜ一過性で回復するのかについて説明する必要があると思う。後者については、人間はSPFマウスと異なり常に細菌感染に晒されているため、この様な変化が繰り返すことを理由の一つに挙げている。

何れにしても、もし免疫反応が細胞変性の原因なら、多発性硬化症と同じ様な治療法を試してみる可能性が出てくる。この研究の真価は、治療実験が成功して初めて明らかになる様に思う。

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7月17日 アウストラルピテクス幼児の食生活を推定する(7月15日Natureオンライン掲載論文)

2019年7月18日
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男女差の体格がなくなり、犬歯が退化した直立原人が誕生する前の人類は、アウストラロピテクスと総称されるが、そのうちの200~300万年前に南アフリカに生存していた種類が、アウストラロピテクス・アフリカヌスだ。もちろんこの時期になると、遺伝子を調べることなど夢のまた夢で、時代測定と形態の比較、そして石器の解析が研究の中心になる。

しかし現代の分析手法が、このアイソトープの組織内分布パターンを解析できる能力があり200万年以上前のアウストラルピテクス幼児の食事まで分析できるとは、今日紹介するオーストラリア・サザンクロス大学を中心とした論文を読むまで、想像だにしなかった。タイトルは「Elemental signatures of Australopithecus africanus teeth reveal seasonal dietary stress(アウストラロピテクス・アフリカヌスの元素解析により食料の季節的ストレスが明らかになる)」だ。

方法を読んでみると、歯の切片を切り出した後、レーザーでそれぞれの場所から小さなスポットを採取して、質量分析器で調べ、 結果を組織状に再マップし直す方法が用いられている。この方法で、成長に従ってカルシウムが沈着する歯のそれぞれの場所のバリウムとカルシウムの比を調べると、母乳を飲んでいた時期がわかるらしい。もちろん自然界にバリウムは多く含まれているが、消化管での摂取の選択性のためか、なぜか母乳を飲んでいた時にバリウムの比が高まり、離乳してしまうとバリウムはほとんど歯に蓄積しなくなる。

なるほどと感心するが、実際この方法は現存の野生動物や、ネアンデルタール人などの離乳時期を調べたりするのに広く用いられてきた様で、要するに私が知らなかっただけだ。あまりゲノムばかりに心を奪われていると、考古科学の進展を見失うことがよくわかった。

従って、この研究はこれまで確立された方法をそのままずっと古いアウストラロピテクスで試してみたという話になる。

結果だが、まず離乳時期が大体6~9ヶ月の間ということがこの解析からわかる。まず一年を超えることはなかった様だ。人間では18ヶ月までなので、だいぶ短いといえる。

ただ人間と全く異なるのは、授乳時期でもバリウム/カルシウム比が3~4ヶ月のサイクルで変化することで、リチウム/カルシウム比をとっても同じ様なサイクルが見られる。

結果はこれだけで、これまでのサルの歯を用いた同じ手法の研究などと比較しながら、このサイクルがサバンナで暮らしていたアウストラピテクスの食料調達の季節性を反映しているのではと結論している。すなわち、サバンナでは乾季になると食料の調達が難しくなる。従って、ミルク以外を摂取する様になっても、食料調達が減った時は母乳への依存性が高まることを示している。

この説の可能性が高いことは、同じ方法で解析した野生のオランウータンではこのサイクルが見られるが、人間に飼われているオランウータンにはこのサイクルは消失する。

以上のことから、アウストラロピテクスの住んでいた南アフリカのサバンナの厳しい状況が推察できるという話だ。しかし、これほど精密な元素分析が可能になっていることに驚いた。

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7月17日 自閉症発症につながる新しい変異の解析方法(Nature Genetics 6月号掲載論文:Vol51:973 )

2019年7月17日
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自閉症の遺伝性は高く、これまでも大規模なゲノム解析が行われ、様々な遺伝子が複雑に絡んだ一つの状態、すなわちneurodiversityの概念形成に大きく寄与してきた。ただ、発症には他にも両親には見られないが子供だけに存在するde novo変異の関与が示唆されている。このde nove変異の特定には、両親、本人、そしてASDを発症しなかった兄弟姉妹の遺伝子を比べることが必要になるが、これまで何度か紹介したシモン財団では、このような組み合わせをなんと1700家族について集めており、そのゲノムが公開されている。このセットを用いてこれまでも、ASD発症に関わるタンパク質へと翻訳される遺伝子(エクソーム)変異が認められて、データベースの重要性が示されていた。

しかし、エクソーム解析だけではこのデータベースは宝の持ち腐れで、実際には翻訳されない部位(イントロン)の変異も比較的容易に発見できる。ただ、イントロンの変異の場合、その変異の発症への寄与度を推定することは容易ではない。実際には、モデル細胞や動物を用いて、その場所の機能を調べていくしかないように思えた。

今日紹介するプリンストン大学からの論文はこの課題をこれまでのデータベースから集めた情報だけでやり遂げようとする研究で6月号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Whole-genome deep-learning analysis identifies contribution of noncoding mutations to autism risk(全ゲノムレベルの深層学習によって自閉症リスクにつながるノンコーディング変異が特定できる)」だ。

この研究では、シモンズ財団のデータベースを用いると、細胞の機能変化につながると予想できるイントロンのde novo変異を13万近くリストできる。問題は、このうちどれがASDリスクとなる可能性があるかをどう調べるかだ。この研究ではENCODE プロジェクトで蓄積している様々な細胞のエピゲノムのプロファイル(クロマチンの状態、転写因子の結合、ヒストンマークなど)データを、深層学習させ、この中からイントロンの機能的寄与度を推定するAIを構築し、このAIがASDリスクについて、意味のある推定ができるか確かめている。ある意味では、この研究はイントロンの機能を推定するAI構築が目的で、そのテストにASDを用いていると言える。

まずASDを発症した子供と、発症しなかった兄弟、それぞれに見られるde novo変異をこのAIで解析して、ASDに限らず一般的細胞機能に寄与する変異の総数を調べると、明らかにASDを発症した子供の方が機能に関わる領域に変異が蓄積している。

次に、de novo変異がどの細胞に影響するかを調べると、ASD発症児のde novo変異は神経細胞での発現に関わる可能性が高く、またシナプス機能や発生に関わる機能に関わる変異が蓄積していることがわかる。また、新たに開発した他の分子との相互作用を推定する数理処理を用いると、ASDのde novo変異は、これまでASD発症に関わると考えられている遺伝子と関係している頻度が高いことを明らかにしている。

最後に、イン・シリコの実験だけでなく、解析からASDと関係すると推定される59のイントロンの変異について、神経細胞での転写活性を調べると、なんと96%が遺伝子発現の変化につながっていることがはっきりした、

機械学習の力をまた思い知る論文だが、解析だけではなく、どうすれば対処できるのかを支持できるAI を開発して欲しいと思った。

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7月16日 殺人:最後の一線を越える脳科学(7月5日 Brain Imaging and Behaviour オンライン掲載論文)

2019年7月16日
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犯罪は生まれか育ちかという議論は何度も行われてきた。凶悪犯罪の遺伝率は38%というこれまでの報告があり、様々な精神疾患と同じくかなり高い。ゲノム解析が始まってからは、犯罪者と相関する遺伝子が探索され、monoamin-oxidaseをはじめとする遺伝子の多型が報告されている。また犯罪者の脳構造を調べる研究も特にMRI検査が可能になってからは盛んで、このブログでも、明らかな脳損傷が犯罪を誘発する可能性について調べた研究を紹介したことがある(http://aasj.jp/news/watch/7800)。

今日紹介するNew Mexico大学からの論文も同じ線上にある犯罪者の脳研究だが、凶悪犯の中で殺人にまで至った犯罪者と、一線を超えなかった犯罪者を比べている点でユニークな研究で、7月5日にBrain Imaging and Behaviourにオンライン掲載された。タイトルは「Aberrant brain gray matter in murderers(殺人者に見られる灰白質の異常)」だ。

脳組織は細胞体が集まっている灰白質と、神経線維が集まっている白質に分かれるが、この差を浮き上がらせるT1-ScanというMRIの撮影法がある。この研究では、New Mexico とWisconsin州の犯罪者矯正局で続けられている、犯罪者の脳T1-scanを集めて、殺人犯、強盗や誘拐などの凶悪犯、そして比較的軽い犯罪犯の3グループの平均画像を算出し、比べている。

最も驚いたのは、米国の州の中には、犯罪矯正プログラムとして脳画像の収集が行われている点で、このおかげで800人を超す犯罪者、なんと20人の殺人犯のT1-scan 画像が集められている。ただ、実際に殺人を犯したのかどうか犯罪記録だけでは不十分なので、実際にインタビューして犯罪の状況、実際に殺人が行われたかについても念入りに調査している。

結果は明確で、殺人者では、他の犯罪者と比べた時、脳の極めて広い領域で灰白質の厚さが低下していることが明らかになった。これは殺人犯と凶悪犯を比べても、実際に殺人を犯してしまった犯人と、殺人未遂犯を比べても、この差が認められる。一方、比較的軽い犯罪者と、凶悪犯を比べてもこの差は認められない。この結果から灰白質の現象は、単純に犯罪意図だけではなく、最後の一線を超えてしまうかどうかと相関していることになる。

異常が見られる場所は大脳皮質の広い範囲に見られ、実際には感情に関わる領域、自己制御に関わる領域、社会性に関わる領域が含まれ、特にTheory of Mindと呼ばれる相手の心を読む意図に関わる領域だ。今後機能的解析や、テンソル解析による脳内の結合性に基づく、詳しい解析が行われると思う。

いずれにせよ、殺人を実際犯したかどうかだけでこれほどの差が出るのは本当に驚く。もちろん、この変化を遺伝的変化と決めつけてはいけない。育ちも大きな影響があることは間違いない。ただ、今回の結果は、麻薬の使用、基礎精神疾患、そして知能とは無関係であることも確認しているので、殺人という行為研究としてはかなり重要な結果だと思う。

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7月15日 ホモ・サピエンス出アフリカ時期の見直し?(7月10日号Nature オンライン掲載論文)

2019年7月15日
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ネアンデルタール人と我々現生人類の先祖は7-80万年前にアフリカで分離した後、独自の進化を遂げ、40万年前にはすでにユーラシアに移動していた。一方現生人類は約30万年前には現在の形にアフリカで進化していたが、ヨーロッパへの移動は5万年前ぐらい、アラビア半島からインドルートは少し早く10万年前というのが通説だった。しかし、DNA解析の限界から、この通説は出土した骨の年代測定と形態測定、そして石器の分類によって決められてきた。ただ、素人から見るとこの形態の比較などはとても難しい。例えば質問サイトQuoraにはネアンデルタールと現生人類の復元図が示されているが(https://www.quora.com/Were-Neanderthals-smarter-or-more-advanced-than-their-Homo-sapiens-counterparts-at-their-time)、素人目にこれが現生人類のバリエーションと言われてもほとんど違和感はない。

今日紹介するドイツ・チュービンゲン大学とギリシャ・アテネ大学からの論文は、南ギリシャで発見されていた20万年前の人類の骨が現生人類のものだと結論した研究で7月10日号のNatureオンライン版に掲載された。タイトルはズバリ「Apidima Cave fossils provide earliest evidence of Homo sapiens in Eurasia (Apidima洞窟の化石はユーラシアの最も早い時期のホモ・サピエンスの証拠だ)」だ。

だいたいこのような人騒がせな化石は地質年代がはっきりしない場所から出土する。この研究で詳しく調べられた2種類の頭蓋骨化石Apidima1(A1)とApidima2(A2)が出土した洞窟は、はっきりとした地層や石器がないため、おそらく洪水などで同じ場所に沈殿してしまった骨と考えられている。したがって、年代測定は同位元素検査のみに頼ることになる。

この研究では化石を磨く時に得られる断片を用いてウラニウムの取り込まれた年代を測定し、A1は20万年前、A2は17万年前、全く別の場所で土に埋もれ、その後Apidima洞窟に流された後、15万年前にセメント化が始まったと結論している。

あとはなかなか素人ではわかりにくい形態の比較で、現生人類の化石19種類、ネアンデルタール人の化石6種類、他に中石器時代のユーラシアとアフリカの化石を数種類比較に用いて、それぞれのApidima化石がどれに近いか調べている。

方法は、化石をCTで撮影し、断片のデータから全体をコンピュータで再構成し、再構成された頭蓋の様々な計測を数値化して、集まったパラメータの結果を例えば主成分解析を用いて分類している。かなりハイテクな画像診断システムだ。

そしてこのグループは、Apidima1はホモ・サピエンスに最も近く、Apidima2はネアンデルタール人に近いと結論している。

これが本当だと、これまで現生人類のヨーロッパへの進出が5万年前後としてきた通説が覆る。実際、アラビア・インドを通る南ルートの10万年よりはるかに早い。このことから、実際にはホモ・サピエンスの出アフリカはもっと早く、ネアンデルタールのいない地域で独自に進化していたが、その後ネアンデルタールに征服されるというシナリオになる。

面白いし、ロマンもあるが、やはり形態の比較だけでの結論がどこまで確かなのか、これが最も大きな問題だろう。実際同じ化石を分析したフランスグループは、Apidima1を直立原人と結論している。誰がどうこの論争に決着をつけるのか、まだまだこの分野は熱い。

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7月14日:阿吽の呼吸がどう生まれるか(7月11日号Cell掲載論文)

2019年7月14日
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狼がバッファローを襲う時の統制のとれた動きを見ると、私たちは司令官の指示による統制がうまく働いていると思うが、実際には各個体の個別の決断の積み重ねがあたかも指示によって動いているように見えるだけだ(これについてはJT生命誌研究館のブログに「コミュニケーションと言語」というタイトルでまとめてあるので参照してほしい。(www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000022.html)。従って、重要なのは各個体レベルでの決断が、他の個体の決断と一定の連関を持たないとうまくいかない点だ。すなわち、他の個体の動きを見、次のアクションを予測し、自分の行動につなげることが必要になる。

今日紹介するUCLAからの論文は個体同士の相互作用の時に生まれる脳内での連関を調べた研究で、私たちが阿吽の呼吸と呼んでいるような行動のルーツに関わる研究で、7月11日号のCellに掲載された。タイルは「Correlated Neural Activity and Encoding of Behavior across Brains of Socially Interacting Animals (社会的に相互作用をしている2個体の行動と相関しコードする神経活動)」。

この研究では、様々な状況で互いに反応し会っている2匹のマウスの背内側前頭前野に存在する多数の神経細胞の活動をカルシウムイメージングで同時に記録し、個々の神経の反応と、ビデオで撮影した行動との相関を数理的に調べることが方法の全てだ。ただ、一匹のマウスの脳の反応を調べる実験とは異なり、神経細胞の活動と相関させる社会活動のパラメーターは、行動の種類、自分の行動、相手の行動、などなど極めて複雑になる。そして、相関がみつかると、モデル化して実際に神経活動から、二匹の個体の行動をそれぞれ予測できるか確かめる事で初めて、意味のある相関であることを結論できる。

この操作を、2個体が競争し会って最終的に優劣がつく状態で、勝った方の神経活動と、負けた方の神経活動を調べ、脳内に2個体の関係がどう表象されるのかを見ている。詳細は省いて面白かった点だけを箇条書きにしておく。

  • ネズミが競争する時、押す時、引く時などそれぞれの行動に対応する神経細胞が存在する。押し切る方が勝負に勝つことを意味しており、押す時の興奮の方が引く時の興奮より強い。
  • 各個体の脳は社会行動中は確実に同期している。しかも、押す時に反応する神経興奮は、相手側では引く時の神経興奮と連動している。すなわち押し合っているときは連動せず、勝負が決まる時に連動する。ともに勝負の結末を認めるといった感じ。
  • 行動に直接関わる神経活動とともに、相手についての情報をコードする神経活動が行動の決断に関わっている。すなわち相手型の行動を読み取って決断に活かすプロセスに関わる神経細胞だ。このような神経細胞は、競争している時ではなく、それぞれ別々に行動している時に反応が見られる。競争していなくても、相手の行動を見ている。
  • この相手の行動をコードする神経細胞は、個体間の優劣にあわせた神経興奮の連動を調整する。わかりやすくいうと、強い方の神経興奮はあまり相手の行動に影響されないが、弱い方の神経活動は強い方の行動により影響される。すなわち、相手の行動をコードする神経細胞の寄与度が大きい。

パラメーターが多すぎて、本当にどこまで正しいのか素人には判断が難しいが、勝負を繰り返すうちに、相手の表象が脳内に形成され、最終的に勝ち組、負け組に固定されていく様子がわかる気がする。結論としては、阿吽の呼吸での協力というより、個人間で優劣を自然に納得する過程の研究といえる。

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7月13日 ホヤ発生過程のsingle cell transcriptome(Natureオンライン掲載論文)

2019年7月13日
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20世紀、ネズミやモルモットといった実験動物に加えて、その時その時の必要性に応じて多くの生物がモデルとして実験室に持ち込まれ、研究された。分子遺伝学でみると、細菌やファージにはじまり、その後ショウジョウバエ、線虫、シロイヌナズナ、ゼブラフィッシュと拡大した。これらは発生学のモデルとしても重要で、突然変異体の形質を解析する遺伝発生学によって発生学は急速に進展した。もちろん分子遺伝学が使えない発生モデルの開発も行われた。アフリカツメガエルがその典型だが、ホヤもその一つだ。

脊索類のホヤは、脊髄動物が進化してくるプロトタイプとして研究が行われているが、細胞を標識する系統解析によって、原腸陥入前の胚に存在する110種の各細胞の運命が決定されていることがわかっている。その意味で、バーコードを用いて行うsingle cell transcriptome解析には最適の動物と考えていたが、ようやくプリンストン大学から今週Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Comprehensive single-cell transcriptome lineages of a proto-vertebrate (脊髄動物の原始形の包括的single cell transcriptomeによる細胞系列)」だ。

原腸陥入前からオタマジャクシ期まで10の異なるステージの胚からsingle cellを調整し、各細胞の遺伝子発現を総計9万個あまりの細胞で解析し、あとはそれぞれの関係を発現している遺伝子の重複などからつないでいく作業になる。

まずこれまでの細胞系譜の研究により明らかになっていた各細胞間の系列関係は完全にバラバラにした細胞の解析から、例えば前後といった構造的関係も再現できる。個体から分離した細胞を用いて発生を調べてきた経験から考えると、感慨が深い。ではこれまでの細胞系譜研究の成果は必要ないかと言われると、そうではないと思う。単一細胞解析だけでどこまで発生を再現できるのか、モデル動物とは全く異なる動物での研究が必要だろう。

特に圧巻は神経細胞の発生で、ほぼ完全な系譜を再現できると同時に、長い距離を移動して、構造からはわかりにくい細胞系譜についても明らかにすることができている。

また、発現しているシナプスでの神経伝達因子と受容体を組み合わせていくと、神経ネットワークの構築を決定することもできている。

他にも、ホヤ特異的な脊索からの筋肉の分化の様子、あるいは終脳が神経細胞とそれに隣接する上皮細胞が相互作用して新しい構造を作ることなどが示されている。

細胞系譜がここまで解析された動物でもこれほどのことができるとは、やはりsingle cell transcriptomeおそるべしという論文だった。

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7月12日 地道に続けられているジカウイルス感染の追跡調査(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2019年7月12日
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2015年から2016年に起こったジカウイルスに感染した母親から生まれた子供の多くが小頭症を発症したという報道は世界を震撼させた。このブログでもすでに7回ジカウイルスについての研究論文を紹介している。論文を読んで一番感銘を受けたのは、現代医学の実力だ。感染が報道されて半年も経たないうちに、クライオ電顕による構造解析がおわり、iPS由来の脳組織を用いて感染実験が行われ、小頭症発症のメカニズムの大枠が明らかにされている。

これらの研究から明らかになったのはジカウイルスが神経幹細胞に感染して殺すために、脳組織の発達が阻害されるという点だ。しかし、脳発達は極めて可塑的で、少々の異常は克服する可能性も高い。今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校と、ブラジル クルーズ財団との共同論文は、ジカウイルスに感染した母親から生まれた子供の追跡調査でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Delayed childhood neurodevelopment and neurosensory alterations in the second year of life in a prospective cohort of ZIKV-exposed children (ジカウイルスに暴露された前向きコホート研究で、2歳時点で神経発達と感覚系の変化があきらかになった)」だ。

この研究は2015-2016年の流行時に発疹などの症状があり、PCR検査でジカウイルス感染が確定した244人の妊婦さんの子供の胎児期からのコホート調査で、これまで子宮内での超音波検査結果などが継続的に報告されている。このうち223人が出産し、そのうち216人についてインフォームドコンセントが得られ、2年間追跡が行われた結果が今回報告された。

このコホートで出産時に小脳症を発症したのは8人で、これは予想通り。ただ、このうち3人は正常化している。2人については頭蓋骨の早期の縫合を防ぐ手術が必要だったが、子供の脳の可塑性が高いことを示している。

しかし、生まれた時に異常がなくとも、30%以上の子供に脳の発達障害(認知障害、言語障害、運動障害のいずれか)。2歳時点での自閉症も2%にみられ、今後年齢とともに増加することが予想される。このように、胎児期での神経幹細胞は目に見えなくとも様々なネットワーク異常を誘導しており、この異常が今後悪化するのか、正常化するのか重要な点だ。

聴覚障害(12%)および眼底検査の異常(9%)も神経発達障害が広い範囲に及ぶことを示している。

リスク因子としておもしろいのは、男児の方が異常率が高い点で、ひょっとしたらASDが男児に多いこととの相関があるかもしれない。もちろん妊娠初期の感染は発症率が高まる。

おそらくこの研究の最も重要なメッセージは、初期に異常が認められても半分の子供が正常化する点だ。逆に、初期に異常がなくとも25%は異常が出ることもある。この様に、感染は胎児期でも、脳の発達様式で症状が変化していく点だ。

ウイルス感染が胎児の脳発達に影響することはすでにわかっているが、それでもこれほどダイナミックな変化が見られるとは予想できない。その意味で、この200人の子供をずっと見続けていくことは、小児の脳発達理解に大きく貢献することは間違いない。

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