7月11日 頸部脊椎損傷による四肢麻痺の手の機能を神経移植で再建する(7月4日 The Lancetオンライン掲載論文)
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7月11日 頸部脊椎損傷による四肢麻痺の手の機能を神経移植で再建する(7月4日 The Lancetオンライン掲載論文)

2019年7月11日
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様々な脊髄損傷治療法が開発されているが、慢性期の患者さんに有効であることが示され、なおかつ治療法が論理的なのは、プログラムされた硬膜外刺激とリハビリを組み合わせた治療法だと思っている。ただ、わが国でほとんど紹介されないので、今月の27日、患者さんたちとYouTubeで最近の研究を解説する予定にしている。

この様な研究は、再び歩くための治療法になるが、今日紹介するオーストラリアのモナーシュ大学、メルボルン大学などから共同で発表された論文は、、頚部の脊髄損傷による四肢麻痺の腕の機能を、局所の神経移植で治療する試みで7月4日号のThe Lancetに掲載された。「Expanding traditional tendon-based techniques with nerve transfers for the restoration of upper limb function in tetraplegia: a prospective case series(四肢麻痺の上肢機能の再建のための腱移植を基盤にした術式を神経移植で拡大する)」だ。

恥ずかしいことに脊髄損傷で抹消神経の移植療法が行われてきたとは全く知らなかった。しかし言われてみると、腕の筋肉支配は結構複雑で、C4は肩、C5は上腕外側、C6は肘から手にかけて支配されている。とすると、C4,C5部位の損傷の場合、後方の支配神経を、まだ生きている前方の神経に移すことは十分考えられる。もちろん神経支配は個性が多く、それぞれの患者さんに合わせて行われるが、この治験では主にC4,C5の脊髄損傷で四肢麻痺に陥った患者さんの上皮の機能を、肘を伸ばすという機能、手で掴むという機能に絞って、回復の難しい支配神経を、回復が望める支配神経に移し替える移植手術をおこなっている。

実際にはプロの手術の話で、私もほとんど術式を理解しているわけではないが、これまでよく行われていた神経と腱を筋肉に移植する方法と異なり、上部の神経移植だと多くの筋肉の支配を復活させることができる様だ。この研究では、腱移植を組み合わせたり、神経移植だけにしたり、複数の組み合わせを試している。

結果は上々で、障害を受けてから18ヶ月以内の16人の患者さんに総計59本の神経移植を行い、2年後の経過を観察すると、3例を除いて、全ての人で肘を伸ばし、ものを掴む機能が改善し、その結果室内での移動や、トイレ内での車いすからの移動など、車いすは必要だが、自分でかなりのことができる様になっている。

また腱移植の場合は力が出るが、神経移植の場合はスムースな動きが回復するなど、今後に役立つ結果も多く得られている。

結果の詳細を省くが、専門家の神経移植手術で、四肢麻痺の上肢機能を一部回復させることで、生活上はかなりの改善が見られるという話だ。現在失われた脊髄のギャップを埋める話のみに注目が集まっているが、可能なことは全て試して少しでも機能を向上させる努力も大切なことがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月10日 アルコールは長生きの元(Alcoholism: Clinical and Experimental Researchオンライン掲載論文)

2019年7月10日
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このブログも多くの方に読んでいただきやりがいを感じているが、今日は自分のために、気楽に書いているので、あまり参考にしないでほしい。さて、若い時から酒は好きな方だったが、毎日晩酌をする様になったのは50を過ぎてからだった。量としてはほどほどなので、ストレスを感じるよりは体にいいかと勝手に納得してこの習慣をやめようとは思はない。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、高齢になってからは間違っても禁酒しないほうがいいという驚くべき論文で、酒好きの私ですら本当かと今だに疑っている。タイトルは「Alcohol Consumption in Later Life and Mortality in the United States: Results from 9 Waves of the Health and Retirement Study(米国での引退者のアルコール消費と死亡率:9回の健康と引退コホート対象者の調査研究)」だ。

この研究は平均60歳の退職者コホート研究の参加者を1998年から、2014年にかけて追跡している。この研究を始めるときにインタビューを行い、毎日のアルコール消費について、全く飲まない、現在禁酒中、たまに飲む、中程度飲む、かなり飲む、の5段階に分けてその後の生存カーブをプロットしている。

驚くことに、男女共中程度に酒を飲むほうが、ほとんど飲まないより生存率がはっきり高い。たまに飲む人と比べても良い。最悪は、あとから禁酒をした人で、かなり飲むと答えた人よりも生存率が低い。

あとから禁酒するというのは、病気など様々な理由の結果だと考えられるので、この様な要因を加味して死亡リスクを計算し直しているが、結局途中から禁酒した人が最も死亡リスクが高く、中程度に飲んでいる人が最も低い。驚くことに、酒を口にしたこともないという人より、中程度にたしなむ人の方が長生きだ。

話はこれだけで、この結果はアルコール消費は死亡リスクをたかめるというこれまでの研究と真っ向から対立するが、著者らはこの研究はこれまで行われた中では、16年しっかり対象者をフォローした最も大規模な研究であると、自信を持って「退職後少なくとも80歳ぐらいまでのアルコールは体にいい」と結論している。

もちろん、他に修正すべき対象のバイアスはあるかもしれないし、この結果は統計の罠で、いつかひっくり返るかもしれない。そのため繰り返すが、今日の論文紹介は自分のためだけに書いてみた。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月9日:すい臓ガンの免疫治療効果を高める薬剤の開発(7月3日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年7月9日
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このブログでもすでに60編近い膵臓ガンについての論文を紹介したように、膵臓癌は今も医学に立ちはだかる大きなハードルだ。これらの論文のなかには、ある程度有望な治療法の開発も含まれているが、なかなか完治というところまで至る治療法は動物モデルでも難しく、特に画期的新薬として世にでるまでには至った治療薬はまだないとおもう。

その意味で今日紹介するワシントン大学からの論文は全く新しい発想の治療薬の開発で期待が持てる印象を持った。タイトルは「Agonism of CD11b reprograms innate immunity to sensitize pancreatic cancer to immunotherapies (CD11b分子を活性化する作動薬は自然免疫システムをプログラムし直し、膵臓ガンの免疫治療感受性を高める)」だ。

膵臓ガンは、間質に強い繊維化と白血球の浸潤が特徴で、これが抗がん剤やキラーT細胞の浸潤を妨げて、ガン治療を難しくしていると考えられてきた。したがって、ガンの間質は膵臓ガン制御の重要な標的になっている。この研究の著者らは、膵臓ガン間質に浸潤する白血球がCD11bを認識できるインテグリンを発現していることに注目し、この分子を活性化することで血管への接着を促進し、ガンへの浸潤を抑制することで、ガンの間質制御を通した治療が可能ではないかと着想した。そして、経口摂取可能な低分子化合物ADH-503を開発した。

この研究では、まずADH-503投与により、様々な膵臓ガンモデルの間質への白血球浸潤が抑えられ、その結果間質でのコラーゲン産生が低下するとともに、自然免疫系が免疫誘導型へとリプログラムされ、結果としてガンに対するキラーT細胞が誘導されることを確認している。

あとは、実際のガン治療の状況を作って、ADH-503の効果を確かめることになる。結果をまとめると、

  • ADH-503単独ではガン自体への作用はないが、間質の変化を通してガンの増殖を抑制することができる。
  • ジェムシタビンとパクリタクセルの組み合わせで行う膵臓ガン治療にADH-503を組み合わせると、完治はしないが生存期間を倍に伸ばすことができる。また、放射線照射と組み合わせても、強い腫瘍抑制が可能になる。
  • 抗PD-1抗体と組み合わせると、ガンを完全に抑制できる。また抗41BB抗体を用いたT細胞活性化治療でも、同じ様に完治を誘導できる。

で、要するに免疫反応を強く誘導することが可能になり、チェックポイント治療はT細胞刺激治療と組み合わせると、ほぼ完璧な腫瘍抑制がかのうになると結論している。

使う量も60mg/kgと大量で、薬剤としてはまだまだ最適化できると思うが、インテグリンを刺激するという逆転の発想が、これまで難しかった膵臓ガンの免疫治療が可能になることを予感させる面白い仕事だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月8日 ウイルス感染で脳に残される入れ墨(6月26日号Science Translational Mecidine掲載論文)

2019年7月8日
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多発性硬化症は脳神経細胞のミエリンに対する自己免疫反応だが、多くの自己免疫病と同じで、病気が発症するまでのメカニズムはよくわかっていない。やはり他の自己免疫病と同じで、ウイルス感染が最初の引き金になる可能性は何十年も指摘されているが、一部の症例を除いてそれを示す動かぬ証拠は捕まらない。

今日紹介するジュネーブ大学からの論文は、この問題の重要な手がかりが示せたかもしれない動物研究で、6月26日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Brain-resident memory T cells generated early in life predispose to autoimmune disease in mice (脳にとどまっているメモリーT細胞が幼児期の感染で誘導され自己免疫病のリスクになる)」だ。

この研究では幼児期の一過性の感染が、脳に及ぼす影響を調べる目的で、神経感染症のモデルとして用いられてきた弱毒化したLCMV(実際にはウイルス自体ではなく、ベクターに組み込んだウイルスDNAを用いている)を脳に感染させ、基本的には感染部位の自然免疫が一過性に高まった状況を作っている。

この方法では生後1週間でも3−4週に感染させてもLCMV特異的なT細胞を同じ程度に誘導することができる。ところが成熟してから同じマウスに多発性硬化症を引き起こすT細胞を移入すると、幼児期に一過性の感染を経験したマウスは、症状でも病理的にも強い炎症が起こる。

この原因が、一過性の感染を起こした脳細胞自体になんらかの変化が誘導され、ニッチとして機能しているのかどうか、感染時にラベルする実験で、感染細胞を全て除去する実験を行なっているが、病気の発症は抑えられない。

結局、幼児期に感染したマウスの脳を、4週で感染させたマウスの脳と比べる実験から、CCL5ケモカインが浮上し、最終的にCCL5ケモカインを発現する局所メモリーT細胞が、幼児期に感染した病巣(すでに治癒している)を認識して止まって、全身に存在する自己抗原に反応するT細胞を脳内に流入させている可能性を突き止めた。また、このメモリーT細胞を局所にとどめているのが、クラスII MHCを発現する抗原提示細胞であることも示している。

すなわち、幼児期に細胞障害性でないウイルス感染が起っただけで、脳内に一種の入れ墨の様に抗原提示細胞とメモリーT細胞のセットが維持され、CCL5を分泌して自己免疫性のT細胞を脳に呼び入れるという話だ。最後にこの仮説を頭に実際の患者さんの組織を調べると、ほとんどの患者さんでメモリー型T細胞の存在が見られている。

遺伝子操作による細胞標識を駆使することで、幼児期の感染場所がわかる様にしたことで、メモリーT細胞と以前の病巣の相関が明らかにできたわけだが、細胞障害性がないウイルス感染だけでこの様なことが起こるとすると、まず発見することはできない。また、同じことは1型糖尿病などの他の組織の自己免疫病でもおこる可能性も高い。この入れ墨とも言えるマクロファージ+リンパ球の局在を誘導し、維持する機構を是非明らかにして欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月7日 発達障害とナトリウムチャンネル(8月21日発行予定Neuron掲載論文)

2019年7月7日
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自閉症スペクトラム(ASD)との相関が示されている遺伝子は100を超えるため、個々の変異遺伝子の機能とASDの因果性についての研究は意外と遅れている。また、変異遺伝子の多くはクロマチン構成やシナプス機能のサポートのような、多くの細胞で働く遺伝子が多く、症状との因果性を調べるのは難しい。

ところが今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、分子機能とその発現がはっきりした分子、すなわち電位依存性ナトリウムチャンネルの変異による電気生理学的異常からASDの発症を説明しようとした研究で8月21日号のNeuronに掲載される予定だ。タイトルは「The Autism-Associated Gene Scn2a Contributes to Dendritic Excitability and Synaptic Function in the Prefrontal Cortex (自閉症と関連づけられるScn2a(電位依存性ナトリウムチャンネル)は、前頭前皮質の樹状突起の興奮性とシナプス機能に寄与する)」だ。

Scn2a 遺伝子が片方の染色体で失われるとASDと知能障害が起こることがわかっている。この分子はグルタミン酸作動性の錐体細胞の軸索起始部に発現して神経の興奮に関わっていることがわかっている。そこでこの研究では、片方の染色体のScn2a遺伝子が欠損したマウス(Scn2a+/-マウス)を作成し、錐体細胞の興奮の変化により神経ネットワーク形成が障害される過程を探っている。

結果をまとめると次の様になる。

  • 脳の発達過程では、Scn2aは軸索の根元で発現しており、局所の神経興奮の強さを調節している。発現量の低下により興奮の引き金が入りにくくなる。しかし、この異常は成熟とともに、正常化する。
  • 成熟後は、錐体神経の樹状突起のシナプスに発現がみられ、樹状突起への興奮の広がりが障害され、樹状突起の先端に行くほど興奮性が低下する。
  • この結果新皮質でのシナプス形成の細胞学的異常がおこる。すなわち、スパインと呼ばれる突起が長く弱々しく、成熟しきれていない。
  • しかし、この異常は発生過程で形成されるものではなく、Scn2aの発現の量的な低下による直接の効果を反映している。
  • Scn2aの発現異常を誘導したマウスでは、学習障害と、社会性の異常を示す。
  • 従って、シナプスの機能さえ取り戻せれば、症状を改善させることができる。

ナトリウムチャンネルは神経細胞のイロハで、軸索を通って興奮が伝播することをホジキン、ハックスレーが発見し、沼先生のグループによって遺伝子がクローニングされた。自分の頭の中で極めて単純にイメージしていたナトリウムチャンネルが、特異的で微妙な神経興奮調整に関わり、ちょっとした変化がASDにつながることがよくわかった論文だった。

今後、このスキームが他の遺伝子の異常でも起こっているのか知りたい。またうまく特異的な刺激剤が開発できれば、治療可能性も生まれる。古典的分子がまた表舞台に登場する様な気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月6日 市民の正直度を測る(7月5日号Science掲載論文)

2019年7月6日
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旅行中にスリにあったことは何回かあるが、だからと言ってその国の市民が不正直だとは決して思わない。何をもって、市民の正直度を測定できるのか、心理学的にも経済学的にも面白い問題だ。

今日紹介するミシガン大学からの論文はこの課題にチャレンジし、実に40カ国で市民の正直度を測った研究で7月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Civic honesty around the globe(世界の市民の正直度)」だ。

この研究では持ち主がわかる名刺と、買い物のレシート、そして鍵の入った、外から中身が見える名刺入れを小道具として用意する。実験場所は銀行、ホテル、役所、文化施設、郵便局、そして警察署を選び、窓口の人に「名刺入れをここで見つけたので持ち主に連絡してほしい」と頼んで立ち去り、連絡があるかどうかを、40カ国で17,000回繰り返して調べている。この時、名刺入れに、それぞれの国民の経済感覚で約10ドル程度のお金を入れておく場合と、お金の全く入っていない場合を設定し、お金が入っていることが連絡する確率にどう影響しているか調べている。

道で落とした財布が返ってくるかではなく、公的な機関の従業員に名刺入れを預けて持ち主に連絡させる点がポイントで、確かに一般市民の正直度を調べるいい方法だと納得する。

結果だが、持ち主に連絡する率は、ほとんど連絡されないと言える10%からほぼ連絡される70%まで大きな開きがある。最悪が中国で、最も連絡率が高いのはスイスだ。正直度の高い国には北欧の国が並ぶが、なかにポーランドや、チェコが混じっているのも興味を引く。一方、最悪国の中には、中国、マレーシア、インドネシアといったアジアの国が、アフリカや南アメリカの国と一緒に並ぶ。

ただこの結果が、お金欲しさというわけでないのは、名刺入れにお金が入っている方が連絡率が平均で10%近く上昇する。これは調べたほぼ全ての国で見られる現象で、逆はメキシコとペルーだけだ。おそらく、お金が入っていることで、自分は泥棒になるという倫理観がどの国でも働くのだろう。実際名刺入れの中に100ドル近くのお金が入っていると、さらに持ち主に返却される率は高まる。

ただ、いろいろ条件を割り出して、これが処罰されるという恐怖や同僚に監視されているという心配からでないことは確認しており、結局相手の困り方を考慮して連絡するかどうかを決めていることになる。実際、鍵の入っていない名刺入れの場合、さらに連絡率が落ちる。

最後に米国の一般市民がこの様な実験の結果をどう予想するか聞いてみると、実際の結果とは逆で、お金が入っている場合は連絡されないと思っている。一方、経済専門家に同じ予想をしてもらうと、お金が入っているから返却されないと単純に考える人は少ない様で、少しは市民心理がわかっている様だが、結局正確な予想はできていない。

以上が結果で、40カ国で17,000回の実験を行ったことだけで頭がさがるし、結果も納得できるものだ。ここで測定されている正直度は、相手の困難を想像する能力と、それに合わせて行動する意志にかかっている様に思える。すなわち、自己中心主義をどう克服できているかになる。残念ながら、我が国ではこの実験は行われなかった様だが、どんな結果になるか、我が国の将来を占う意味でも興味がある。

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7月5日 バクテリア+ラマの抗体=ガン免疫療法(Nature Medicine掲載論文)

2019年7月5日
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免疫治療がガン治療の大黒柱になることを疑う人はもういなくなったが、しかし10年後にどの免疫治療が中心に来ているのか予想することは難しい。というのも、論文を読んでいると、多様で豊かな発想の免疫治療法が開発されており、免疫治療のレパートリーは急速に拡大しているからだ。そんなわけで、7月19日AASJのジャーナルクラブでは、これまで紹介した新しい免疫治療についてまとめることにした(https://www.youtube.com/watch?v=vxZFpDx4rIg)。

今日紹介するコロンビア大学からの論文も是非紹介したいと思われる免疫治療法の新顔で、なんとラマの抗体を分泌するバクテリアをガン局所に注射して免疫を高める、一種のアジュバント治療といっていいい。タイトルは「Programmable bacteria induce durable tumor regression and systemic antitumor immunity(プログラム出来るバクテリアは持続的ガンの退縮と全身性のガン免疫を誘導できる)」だ。

バクテリアを遺伝子操作することは簡単だが、ヒトの抗体のような2種類のペプチドが折りたたまれた複雑な構造を安定に分泌させるのは簡単ではない。この問題を解決してくれるのがラクダ科の動物の抗体で、なんと一本のH鏁ペプチドだけで機能する。

主にラマで作らせた抗体の遺伝子を利用する技術は現在急速に発展しており、4月には食べられる抗体として家畜の餌に混ぜて食べさせる抗体の論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/9968)。すなわち、バクテリアや酵母に安定的に抗体を作らせることができる。

この研究ではすでに開発されていたラマのCD47抗体遺伝子をバクテリアに導入し、細胞内に蓄積した抗体を、バクテリアが局所増殖して一定の数に達したとき破壊されるようにして(バクテリアのクオラムセンシングと呼ばれる性質を利用している)吐き出させるという戦略をとっている。CD47は細胞がマクロファージに食べられるのを阻止する分子で、これを抑制するとガン細胞がマクロファージに貪食され、ガン抗原が調整されるのを促進するという発想だ。

吐き出された抗体が、CD47を阻害することなど様々な条件設定を行った後、このバクテリアをガンを植えた局所に注射し、ガン免疫が誘導されるか調べると、腫瘍組織に注射したときだけ強い抑制効果がみられる。

また、他の場所に移植した腫瘍も消失するし、リンパ組織にガン特異的なペプチドに対する免疫細胞が誘導できることも示しており、読んだ限りはかなり有望に思えた。おそらくすぐに治験が始まるように思うが、この方法だとCD47の抑制だけでなく、様々なアジュバント作用をバクテリアに期待することも可能で、発展性は高いように思う。もちろん、オブジーボなどのチェックポイント治療との相性はいいだろう。

実際のデータの詳細はほとんど割愛したので、詳しく知りたい人は是非7月19日夕方7時のジャーナルクラブを見て欲しい(https://www.youtube.com/watch?v=vxZFpDx4rIg)。

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7月4日 肺がん転移のマスター遺伝子と酸化ストレス(7月11日号Cell掲載論文)

2019年7月4日
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ガンゲノム研究から、転移ガンに特有の様々な遺伝子変異がリストされてきた。ケモカインや、マトリックス分解酵素、あるいは上皮間葉転換など、なるほどとわかりやすい遺伝子変異もあるが、まだまだ解析が必要な分子も多い。特に多くの転移ガンに共通に見られる変異は、将来治療標的のヒントが得られることから、研究が進められている。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は転移肺ガンの3割近くに見られる変異が転移に関わるメカニズムを明らかにした研究で7月11日号のCellに掲載された。タイトルは「Activation Promotes Lung Cancer Metastasis by Inhibiting the Degradation of Bach1 (Nrf2の活性化はBach1の分解を抑制して肺ガンの転移を促進する)」だ。

この研究は、30%の非小細胞性肺ガンがKeap1遺伝子欠損か、Nrf2遺伝子の発現上昇があるという現象を理解しようと始められている。久しぶりに生化学的過程の分子経路を丹念にときほぐす論文を読んだ気がする研究で、逆に新鮮だった。

さて、この研究ではKeap1遺伝子が肺ガンで欠損すると、Bach1と呼ばれる転写因子とその下流の分子の発現が上昇し、この中にケモカインや、マトリックス分解酵素など転移に関わる遺伝子が多く含まれていることを発見する。

研究ではまずKeap1遺伝子欠損とBach1タンパク質発現の上昇の間を埋める生化学的解析を行い、Keap1が失われたことで、酸化ストレス反応と同じ状況が生まれ、Keap1の抑制から逃れたNrf2タンパク質が壊されずに、様々な遺伝子発現を誘導するが、この中に存在するHo1遺伝子により酸化反応を促進する細胞内ヘム分子の増加が抑えられる。この結果、ヘムにより活性化されBach1の分解を促進するFbox22の機能が低下することで、Bach1タンパク質の分解が抑えられ安定化する結果、Bach1が転移関連遺伝子の転写を上昇させ、転移が誘導されるという分子経路を明らかにしている。

簡単にまとめてしまったが、実際には多くの生化学的、細胞学的研究が組み合わされた力作だ。さて、この結果からわかるのは、肺ガンにとって細胞内ヘムの濃度は活動にとっては重要だが、転移にとってはBach1を分解するという意味で抑制的に働くことを意味する。したがって、一つはガン特異的に細胞内のヘム代謝を変えることは重要な介入手段になる。こう考えた時に頭に浮かぶのは、ビタミンC大量療法で、以前紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/6679)、ビタミンCは一般には還元作用と考えられるが、ガンにとって大量のビタミンC は細胞内のフリーの鉄を酸化させることで、さらにフリーの鉄を上昇させて、ハイドロオキシラジカルを生産するサイクルが働くことがわかっている。この作用はこれまでラジカルにより細胞を殺すという経路だけで理解されていたが、今回の研究では同時にヘムが上昇することでBach1の分解が促進され、転移が抑えられるという効果も期待できる気がする。これは私の勝手な考えだが、少なくとも非小細胞性肺ガンでは、ビタミンC大量療法は重要な選択肢の一つではないだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月3日 Akkermansia muciniphila菌はロイテリ菌に続くか(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2019年7月3日
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腸内細菌叢の研究の現状を見ていると、かってドイツで起ったコッホとペッテンコッファーの論争を見ている気がする。この時コレラは一種類の細菌で起こると考えた細菌説をとなえたのがコッホで、これに対し生活環境の問題だと公衆衛生説を唱えたのがペッテンコッファーだ。病気の原因という意味ではコッホが正しいのだが、病気の予防という観点からはペッテンコッファーも正しい。

同じように例えば病気と腸内細菌叢の関わりについての考え方も、特定の菌の因果性の問題としてとらえるグループと、何かよくわからないが全体の構成が変化したディスビオーシスだとするグループに分かれている。細菌説と公衆衛生説と同じで、おそらくどちらの考えも重要だと思うが、医療という観点から言うと、細菌説と同じく因果性がはっきりした介入方法が主流になるように思う。すなわち、よくコマーシャルで目にする〇〇菌が〇〇を防ぐという、プロバイオ効果を正しく計画された治験をとおして医学的に証明することが重要になる。しかし、薬品と同じ程度の治験を通して開発されたプロバイオは数えるほどしかなく、最も有名なのはスウェーデンで開発されたロイテリ菌だ。

今日紹介するルーヴァンカソリック大学からの論文はAkkermansia菌のメタボリックシンドロームへの効果を確かめた第2相の治験論文でNature Medicineに掲載された。タイトルは「Supplementation with Akkermansia muciniphila in overweight and obese human volunteers: a proof-of-concept exploratory study (Akkermansia muciniphilaの肥満への効果:コンセプトの証明のための探索研究)」だ。

これまで、Akkermansia菌の割合が肥満や2型糖尿病の人で低下していることが知られていた。このグループは動物を用いた研究からAkkermansia菌の投与が肥満軽減効果を持つことを発見し、すでに第一相の治験も終えていた。この研究は探索研究とはいいながら、無作為化2重盲検法を用いた治験で、健常人32人を3群に分け、偽薬、Akkermansia菌100億個/day, 低温殺菌したAkkermansia菌100億個/dayを3ヶ月投与し、前後で様々な代謝指標を調べている。

結果は期待通りで、インシュリン抵抗性を抑制し、高脂血症を著明に改善させる。また脂肪量も低下し、ウエストも細くなる。ただもっと驚くのは、インシュリン抵抗性や炎症を抑える効果については生菌の方が効果があるが、高脂肪や肥満などの脂肪代謝に関しては低温殺菌した菌の方が効果がある点だ。

いずれにせよ、国際的な治験登録機関に登録してコントロールされた臨床治験が行われ、安全性とともに一定の効果が確かめられたことから、次の治験に進むことは間違いない。

結局因果性を一つ一つの菌の効果として確かめる方法が、最も信頼おける方法として定着し、今後FDAレベルの検証を受けた菌の利用は高まっていくと思う。一方、ディスバイオーシスを唱える人たちは、明確な治療や予防法のための介入方法として、細菌叢全体を移植する以外にまだ明確なアイデアがないため、まず方法論から確立することが必要だろう。しかし、かなり新しい発想がないと、今の状況は打ち破れない気がする。

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7月2日:試験管内iPS細胞分化の多様性の遺伝的背景(6月28日Science掲載論文)

2019年7月2日
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少しでも正常細胞を試験館内で分化させたり増殖させたりする経験がある人なら、培養結果が一定するようになるまで繰り返さなければならない試行錯誤の苦労を経験しているはずだ。このためか、自分で追試ができないと、「間違っている」と一言で済ませてしまう人も多い。しかし、一度この苦労を味わうと、追試ができないのは自分が何か間違ったことをしているのではと考えてしまう方が多い。

この培養が安定しないという問題は、血清を用いない完全defined培地を用いることで解決されるが、人間の細胞の場合それでも「遺伝的背景」と片付けてしまっていた多様性が残る。今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文はこの培養結果の多様性を生む遺伝的背景を、ゲノムと形質を対応させるeQTLと呼ばれる方法を用いてマッピングしようとした研究で6月28日号のScienceに掲載された。タイトルは「Dynamic genetic regulation of gene expression during cellular differentiation(細胞分化時の遺伝子発現調節のダイナミックな遺伝的調節)」だ。

研究では19人の正常人から樹立したiPSを試験管内で、比較的分化させやすい心筋細胞へと分化させる系を使って、分化の各時期に遺伝子発現を調べ、分化の動態の多様性と相関するゲノムの多様性を特定しようとしている。書いてしまうと簡単だが、実際にはゲノムの違いを反映している培養結果の多様性を抽出することが必要で、簡単ではない。

実際、培養期間を通じ、各iPS株の心筋細胞分化の動態はかなり変化する。このようなこれまで培養には避けられない多様性として片付けられてきた変化を、遺伝子発現全体から見直してみると、2つの異なる遺伝子発現パターンに分かれることがわかる。

次に、培養を16のステージに分け、発現している各遺伝子の量とゲノム変異の相関を調べ、それぞれのステージで100近くの遺伝子でeQTL、すなわち遺伝子発現に関わるゲノム多型が検出でき、それぞれは発生段階での遺伝子調節の違いを反映していることが数理的に確認できる。

この解析から、各ステージごとのeQTLだけではなく、分化全過程にわたって調べることの重要性が示唆され、550のeQTLの動的変化を算出し、eQTL、すなわち遺伝子発現に関わるゲノム多型が関わる分化時期について、初期、中期、後期にわけて調べると、最初はiPS自体のクロマチン構造と関わる領域がリストされる一方、後期では心筋細胞自体のクロマチン構造に関わる領域がリストされる。

この解析から得られるいくつかのeQTLの例が示されているが、ほとんどはこれまでの研究で予想できるものだ。しかし、中期の分化との相関が特定されるeQTLの中には、心臓発生過程には全く発現がない、これまで軟骨発生と関わることがわかっているZNF606分子の発現と相関する多型(rs8107849)や、やはり心臓発生とは関係のない肥満と関係するC15orf39遺伝子の調節に関わる多型が発見されている。おそらく、これらの遺伝子多型は、新しい心臓発生に関わる遺伝子を特定するのに役立つ可能性がある。

結果は以上で、最後に示した思いがけない相関を除くと、何か大きな発見があったという論文ではない。しかし、これまで特定の時期、細胞、形質との関わりで研究されてきたeQTLを、細胞分化過程という時間経過の中でとらえることの重要性を示した研究といえるだろう。現役時代細胞の分化培養を重要な手法として利用していた経験から考えると、人間のように遺伝的背景が多様な集団の培養にとって、今後真剣に取り組むべき重要な領域ではないかと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ