2019年12月6日
NASHは脂肪代謝の変化により肝臓の脂肪化が急速に進む病気で、他の肝炎と同じように肝硬変や肝ガンへと進展する危険を孕む病気だ。この脂肪代謝の変化を抑える可能性として、Triacylglycerol合成の最終ステップに関わる酵素diacylglycerol
acyltransferase (DGAT)抑制が効果があるのではと考え、阻害剤の開発が続いている。これまでDGAT1の阻害剤は臨床治験にまで到達したが、消化器症状が強くそれ以上進んでいない。これはDGAT1の基質特異性や組織発現の問題と考えられ、より強いDGA特異性を持つDGAT2阻害剤の開発が進められ、ファイザーはPF-06427878(PFと略す)という化合物を開発した。
今日紹介するファイザー社研究所からの論文はこの化合物の全臨床実験から第1相の治験までの結果をまとめたもので11月27日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Targeting diacylglycerol acyltransferase 2 for the treatment of
nonalcoholic steatohepatitis (Diacylglycerol
acyltransferase 2阻害によるNASH治療)」だ。
ファイザーの研究所からの論文だけあって、創薬のプロセスがよくわかる。最初からDGAT2という標的とそれに対する阻害剤が存在しており、この効果を臨床まで順番に見ていくことになる。
試験管内での酵素活性阻害効果確認の後は、肝臓細胞を使ってトライグリセライド(TG)合成阻害を11nM程度で抑制することを示し、ラットを用いた試験に移る。予想通り西欧型食事を摂取させたラットでも血中TGの低下を誘導することが確認される。それだけではなく、おそらくDAG合成が阻害されることで、脂肪合成全体に影響が見られる。実際、肝臓で脂肪合成を調節する転写因子SREBP1の発現を高脂肪食ラットで調べると、発現が正常化することも確認される。
この結果を受けて次にNASHモデルマウスを用いてこの化合物を投与すると、脂肪肝を元に戻すことができるだけでなく、炎症や繊維化を防ぐことができる。すなわち脂肪代謝を正常化することで、それによる肝臓細胞への刺激を抑えて炎症を止める。
つぎにサルを用いて毒性テストを行い。高い濃度でもほとんど毒性がないことを確認して、第1相の臨床テストに写っている。39人の正常人に様々な用量を経口投与し、2週間目の副作用を調べたところ、はっきりしたものは認められなかったが、心拍数の増加が見られた。
つぎに正常人の肝機能を調べると、GOTやGPTの値が低下するとともに、ALPも低下が見られた。ただ、有意差がない程度の低下。またTGの低下についてははっきりと認められなかった。特に、MRIを用いた肝臓脂肪の検査で、31%の低下がみられ、期待が膨らんだ。
というところで、この研究は終わっている。そしてディスカンションで、この化合物はまだ完全に至適化できておらず、慢性投与に向かないという一言で終わってしまっている。
従って、DGAT2を標的にした創薬可能性については明確だが、薬はまだできていないという結果になる。結局、論文を書いて終わろうといった感じだが、ちょっと拍子抜けだ。しかしぜひ至適化された化合物まで、どこでもいいので作って欲しい。
2019年12月5日
この2日に母が急死し、今日の葬儀を前に10年間やりとりしたメールを読み返していると、2年ほど前から言葉が崩壊していく様子が、言葉による会話を通してより強く感じられる。自分の言葉もいつか崩壊するのだろうかなどと考えながら、今日も論文紹介しようと朝早く探していると、言語誕生を扱ったライプチヒのトマセロさんのグループの論文が目についたので紹介することにした。タイトルは「Young children spontaneously recreate core properties of language in a new modality (小児には言語の基本性質を異なる方法で自然に作り直す能力がある)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。
ニカラグアで両親から遺棄されストリートチルドレンとして生活していた聾唖の子供を養育する施設ができ、そこで暮らす子供の数が増えていくにつれて、自然に皆が同じ手話を使うようになったという発見は、言語誕生に関する最も重要な発見として現在もニカラグアの手話として研究されている。ニカラグアの手話だけではなく、聾唖の発生率の高いベドウィンや奄美の村で自然発生した手話も知られており、社会生活に必要な言語を発生させる能力が人間には備わっていることの証拠として考えられてきた。ただ、これらはすべて手話が発生した後の結果を追いかけるもので、最初どのようにその手話が発生するかについては全くわかっていなかった。
これに対し、トマセロさんたちは子供同士に言語を介さない(離れた部屋でビデオモニターを通して相互に全身は観察できるが、音による交流は完全に遮断した状況)で、単語や文を相手に伝える遊びを行わせる中で、その際に生まれてくるジェスチャーによるコミュニケーション手段を詳しく分析するという実験を思いついた。
ニカラグアの言語はずいぶん昔に発見されていたのに、なぜこのような実験ができなかったのか不思議だが、おそらくすでに言語体験を持っている小児を使って実験を行っても、あまり信用されないと思ったのではないだろうか。しかしトマセロさんたちはこんな問題を意に介さず、言語の構造を考えるときに重要なポイントに絞って、子供同士のジェスチャーによるコミュニケーションを分析している。
結論を言ってしまうと、少なくとも6歳になると簡単な文章を伝えるジェスチャーによる言語を新たに作り出す能力があることがわかった。
最初は形態を模したイコンを用いて会話を始めることができる。その後、例えば大きいとか、幾つとか、もう少し抽象的な概念も表現するジェスチャーによって表現するようになる。こうして考案されたジェスチャーは相手にすぐに理解され、一旦それが使われ始まると、今度は相手もそれを使うようになる。また、最初はすべてイコン的ジェスチャーを用いて行われる表現も、徐々にシンボルに置き換えられて、単純なジェスチャーの組み合わせで多くのことを表現できるようになる。この合意が成立すると、今度は複雑な文章を、各要素に区切って(すなわち「大きな」「象」が「いる」といった単語からなる構造)、しかも文法的に表現するようになる。要するに私たちが言語と呼んでいるほとんどの性質が短い間に考案される。とはいえ、対象に選んだドイツ人の子供の頭の中にある文法構造とは全く無関係の構造で、言語体験とは関係なく構造化されると結論している(もちろんもっと検証が必要だと思う)。
最も重要な観察は、イコンを用いた表現を単純なシンボルへと変える力は、その単語を使う頻度で、表現にかかる時間を減らすために、イコンがシンボルへと変わっていく。
他にも、同じ形容詞でも大きさを表す時の方がジェスチャーを区切って表現することなど面白い発見があるが、詳細は省くことにする。
言語誕生についての研究は21世紀の代々の課題だ。是非多くの若者にチャレンジしてほしい分野だ。このホームページでも、言語誕生について少し長い文章を書いて掲載しているので是非何かの参考にしてほしい(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954 )。
個人的には、母のメールを分析して、言語能力の崩壊について考えてみたいと考えている。
2019年12月4日
私が免疫学に強い興味を持った頃、自然免疫という概念はなかった。しかし動物を免疫するとき、あるいはワクチン接種により高い免疫反応を誘導するには必ずアジュバントが必要なことはわかっていた。その後、このアジュバント効果こそが、自然免疫により誘導される局所炎症であることがわかった。この概念を最初に私に教えてくれたのは脳腫瘍で亡くなったJannewayだが、その後この経路に関わるメカニズムの解明は急速に進み、阪大の審良さんや、東大の三宅さんなどを中心に、我が国はこの研究分野をリードしてきた。特にこの二人は、自然免疫システムが刺激される入り口、TLRやMyd88の機能研究で大きな貢献をしており、私も自然免疫というと、これらの分子から、NFkBへの経路をすぐに頭に浮かべることができる。
しかしそれぞれのTLRがどのようにリガンドを認識するのか、これは難しい問題だ。特にRNAウイルスなどを認識するシステムの場合、細胞の中に存在するRNAとどう区別するのか理解する必要がある。また、これが理解されると、新しいアジュバントを開発することができる。
今日紹介するドイツ・ミュンヘンのルードビヒ・マクシミリアン大学からの論文はTLR8を刺激する条件について明らかにした研究で11月27日号のCellに掲載された。タイトルは「TLR8 Is a Sensor of RNase T2 Degradation Products (TLR8はRNaseT2の分解産物のセンサーとして働く)」だ。
RNAが分解された産物を認識するシステムにはTLR7とTLR8が知られているが、TLR7に比してTLR8については研究は進んでいなかったようで、確かに私もあまり論文を読んだ記憶がない。この研究では両方のTLRを発現する白血球細胞株を選んで、それぞれの分子をノックアウトし、まずオリゴヌクレオチド(ON)RNA40がTLR8特異的刺激を誘導できることを確認する。
次に、多くのRNaseを検討し、ついにRNaseT2がRNA40を分解した時だけTLR8が活性化されることを発見する。この発見が研究のハイライトで、あとはTLR8を刺激できる分解産物の特定を行い、刺激に至るプロセスを一歩一歩生化学的に解明している力作といえる。
詳細なデータ紹介は省いて、現れてきたシナリオだけを紹介すると次のようになる。
例えばバクテリアが細胞内に侵入すると細菌はリソゾームで分解されるが、それが合成しているRNAはリソゾーム内のRNaseT2により、プリンとウリジン(U)の配列部位で切断し、5‘端にUを持つオリゴヌクレオチドと反対側の3’プリン基に環状フォスフェートを持つオリゴヌクレオチドを生成する。
この環状フォスフェートを持つオリゴヌクレオチドがまずTLR8に結合するが、これだけでは刺激としては不十分で、これにウリジンが供給されるとスイッチが入るという仕組みだ。このとき必要なウリジンも、RNaseT2により切断されたもう一方のオリゴヌクレオチドの端末から供給されるので、結局RNaseT2はTLR8の刺激に必要なすべてのリガンドを供給することになる。
以上がシナリオだが、RNAの生化学の高い能力と免疫学が合体して可能な、面白い研究で勉強したという気になった。このRNaseの遺伝変異によりウイルスに対する抵抗の欠如とともに、これと相反する自己免疫性炎症が発生するという面白い現象も存在するようで、私たちがアジュバントとして片付けていた現象が、本当に大きな世界へと広がっていることを感じさせる。
2019年12月3日
慢性の腎臓病を総称してCKDと呼んでいるが、その指標として重要なのは腎臓の濾過率で、現在ではeGFRとして血中クレアチニン濃度から計算している。私も年齢とともに低下し、ちょうど60ぐらいになっており、少し気にしている。実際、45を切ると、心血管障害や腎不全に陥る確率がぐんとあがる。ただ、クレアチニンは筋肉由来のため、どうしても筋肉の状態に左右されるため、完全に腎臓の濾過率を反映するのは難しいと考えられていた。
これを解決する検査として開発されたのがシスタチンCの濃度をクレアチンの代わりに使う方法で、体のすべての細胞から産生されるため、安定した指標になると考えられ、保険も適応になっている。ただ、クレアチニンと比べると検査料は高い。
今日紹介するグラスゴー大学からの論文はUKバイオバンクに登録された人の検査記録と死亡率、あるいは心血管系の発作や腎不全の発生を追跡し、シスタチンCを用いる検査の優位性を示した研究でNature Medicine 11月号に掲載された。タイトルは「Glomerular filtration rate by differing measures, albuminuria and
prediction of cardiovascular disease, mortality and end-stage kidney disease (糸球体濾過率測定方法、タンパク尿、そして心血管病、死亡率、腎不全の予測)」だ。
研究ではUKバイオバンクから44万人を抽出し、クレアチンによるGFR算出、シスタチンによるGFR算出とともにタンパク尿の有無などを調べ、その結果と心血管病の発症頻度、末期の腎不全の発症頻度、および理由を問わない死亡率を調べ、それぞれの検査がこれらのリスクをどの程度予測できるか調べている。
さて結果だが、もちろんクレアチニンによるeGFR数値は死亡率や、心臓病の発生率と逆比例し、検査自体は有効であることがわかる。しかし、綺麗に逆比例するというより、カーブは蛇行している。
一方、シスタチンCを用いて同じように死亡率、心臓血管病の発症率、そして末期の腎不全発症率との相関を調べると、ほぼ直線の逆比例関係が見られ、正確にリスクを予想するには圧倒的にシスタチンCを用いる方がいいことが明らかになった。
他にも、両方の検査方法を合わせてみた時、あるいは蛋白尿を合わせてみた時、よりリスク計算が正確になるかも調べているが、あまり効果はない。
以上の結果から、シスタチンCの検査はコストが高いが(実際我が国では1200円ほどで、クレアチニン検査より10倍高い)、それに見合うだけの正確性があるという結論になる。 この結果はすでに何度も指摘されてきたが、UKバイオバンクという驚くべきダータベースのおかげで、間違いないことが完全に確認されたと思う。臨床医にとっては重要な研究で、おそらく健康診断でも標準になっていくような気がする。
2019年12月2日
一般の人むけに、今日から気になるの治験研究を探して別枠で紹介することにした。第一回目は、自動車を運転するとき音楽をかけた方がいいか実際に調べた結果を報告したブラジルの研究で、Complementary Therapies in Medicine: vol 46 p158に掲載されている。
研究ではたった5人だが、ラッシュアワー時でイライラする時間に、同じコースを同じ車で運転してもらう。さらに運転席に座った後10分間気持ちをしずめてゆっくり呼吸をしてもらい20分同じコースを運転してもらう。この20分の間、音楽を聞いたときと、聞かなかった状態で、連続的に心拍数の変動を調べている。それぞれの被験者は音楽あり、音楽なしで1回づつ同じコースを運転するが、いつどの順番でテストするかは無作為化してテストしている。
結果だが、心拍数の平均で見ると音楽を聞いていても、聞いていなくてもそれほど変わらない。しかし、フラクタル次元解析と呼ばれる方法で時間・時間の変化を解析すると、やはり音楽を聴いた方が心臓にはいいという計算結果だ。
はっきりいって、単純な方法で見られなかった差も、複雑な解析方法で見れば差が出てくるという結果だが、なににせよ5人だし、音楽の種類や民族性で結果も異なることは間違い無いので、信じるかどうかは皆さんにお任せする。
このような変わり種の治験は問題も多いが、しかし何事も思いつきで決めないで、統計学的に調べてみようという考えは重要だ。その意味で、ドライブ中に音楽を聴く方がいいかどうかすら治験対象になる。ただ、統計学だからそのまま信用できるかどうかについての個人的感想は、今後積極的に述べていく。
2019年12月2日
先日ゲノム情報からデニソーワ人の骨格を推察する研究を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/11407 )、本当に可能かという疑問は残るにしても、メンデル以来続いてきた遺伝学が全く新しい方向に進み始めたことを感じる。
これはイスラエルの仕事だったが、ゲノムから形質を予想する情報処理法の開発にイスラエルが力を入れているなと感じさせる研究が同じヘブライ大学から発表された。タイトルは「Screening Human Embryos for Polygenic Traits Has Limited Utility(複数の遺伝子が関わる性質を胚選択で達成するには限界がある)」で、夫婦が少しでも優れた子供を産むため、10個の胚の中から一番いい形質を持った胚を選ぶことができるかという問題を扱っている。
はっきり言って、この問題をシミュレーションで調べようと思いついた着想がこの研究のすべてで、あとは情報処理といってCellに掲載されるほどの新規性はほとんどないのではないかと思う(といっても数理については私は全く理解できていないので、そのつもりで読んでいってほしい)。
現在米国でなんらかの遺伝子解析を受けた人が2000万人を越したそうだが、100万を越すデータが集まり始めると、ゲノムから身長やIQを推察するための方法開発が加速している。この計算のために最もよく用いられるのがpolygenic
score(PS)で、NBAのバスケットプレイヤーの一人の身長の高さが遺伝要因であることを示すことができている。また、掛け合わせのつがいを自由に選べる育種でも、PSは重要な指標として用いられている。
ただ、人間の場合子供は子供のために自由に生殖相手を選ぶというわけにはいかない。そのため、夫婦からできるだけ多くの受精卵を採取してゲノムを解析、その中でPSができるだけ高い胚を選ぶ方法が考えられる。この研究では、この方法でどの程度の期待する形質が得られるか、完全にゲノム解析が行われている102組の夫婦のコホートデータを用いてシミュレーションした研究だ。
通常体外受精の場合3−4個の胚が作られるが、この研究では10個の胚から選択するという状況で、身長とIQについて胚選択でどこまで高い子供を選択できるか計算している。
これは各夫婦がどPSに関わる多型をどれだけ持っているかに関わるが、多くの多型を選ぶことができて10個の胚を選択する場合でも、身長で3cm、IQで3ポイントあがるのがやっとであることを示している。さらに、選べる胚をさらに増やした場合の計算もしているが、だいたい15個でプラトーに達する。
結論はこれだけだが、これが正しいかどうかすでに子供が成長した28組の大家族で調べて、身長の違いを予測することは難しいことを示している。
もちろんさらに予測に使える多型が増えていくことも考えられるが、結局望む形質を選ぶ目的に胚選択は意味がないという結論になる。なるほどと納得する研究だが、考えてみると当たり前の話で、一般の人たちの倫理観の隙間をうまく利用して論文に仕上げただけの研究だと思う。とはいえ、このようなしたたかさの研究を繰り返す中で、ゲノムから形質を正確に予測する方法が開発されていく。研究にはコンピュータ以外必要ないので、ぜひ多くの若者にチャレンジしてほしいと思う。
2019年12月1日
最近報告されたバージニア大学からの論文は、身に着けるセンサーを用いて毎日の運動を測定し、運動と死亡率を調べたコホート研究だが、日常の運動量が長生きに重要なことを明確に示している (Smimova et al, Journal of Gerontology: doi:10.1093/gerona/glz193 )。しかし、なぜ動脈硬化を防ぎ、長生きにつながるのか、代謝システムのリモデリングを誘導するという以外にメカニズムを創造することは簡単でない。
今日紹介するハーバード大学からの論文はマウスを用いて運動が血液幹細胞の増殖を調節することで慢性炎症を防いでいるという意外な結果を示した論文でNature Medicine 11月号に掲載された。タイトルは「Exercise
reduces inflammatory cell production and cardiovascular inflammation via
instruction of hematopoietic progenitor cells (運動は血液前駆細胞を調節することで炎症細胞の産生と心臓血管系の炎症を抑える)」だ。
この研究ではマウスの飼育環境にホリールランニングをおいて、自由に楽しんで運動を促している。すると、6週間後には食事の量は増えても体重は低下する。この条件で、炎症に関わる様々な条件を調べると、なんと血液幹細胞の数が低下し、その結果炎症に関わる白血球の数が低下することを発見する。
この原因を突き詰めていくと、脂肪細胞が運動で低下することで、脂肪細胞が分泌するレプチンが低下し、これが血液細胞の微小環境に働いて血液幹細胞を静止期に止めることを突き止める。また、レプチンは血液微小環境のケモカインCXCL12の発現を高めることでこの効果を発揮していることも確かめている。
運動、脂肪細胞減少、レプチン減少、微小環境でのCXCL12発現上昇は、血液幹細胞に一時的な変化だけではなく数週間続く変化を誘導するが、これは多くの遺伝子のプロモーターのクロマチン構造が閉鎖型に変化することによることを示している。
こうして生まれた白血球のリクルート率の低下の効果を調べるため、まず急性の敗血症を誘導する実験を行うと、白血球の動員が少ないおかげでマウスの生存が維持される。またレプチンのシグナルを遺伝的にブロックして血液の産生を低下させると、動脈硬化になりにくく、また心筋梗塞の程度が低くなることを示している。
最後に心筋梗塞経験者のコホート研究の参加者の好中球の数と、レプチン濃度を調べ、週に2−5時間の運動を続けている人の白血球数やレプチン濃度が、運動しない人より低いことを示して、マウスの結果が人にも当てはまることを示している。
以上が結果で、少なくとも私にとっては意外なメカニズムだった。私もできるだけ歩くように心がけてはいるが、もし運動の効果がレプチンを介しているとすると、運動しても内臓脂肪が落ちていない私では、この研究で示されたメカニズムは動いていないと思った方が良さそうだ。
2019年11月30日
今月も自閉症スペクトラム(ASD)に関する多くの論文を読んできたのですが、これは重要だと思える論文を見つけることができませんでした。そこで、ASD児を持つ多くの親がおそらく共通に感じていると思われる、睡眠障害を取り上げ、自閉症の治療を目指す米国の団体Autism Speaksが作成した眠りにかんするガイドラインを紹介することにしました。
ASD児の多くは睡眠障害を抱えている
2015年に発行されたSeminars in Pediatric Neurologyに掲載されたZimmermanの総説を読むと(Vol22, Pages 113-125: http://dx.doi.org/10.1016/j.spen.2015.03.006 )、ASDの子供を持つ両親のなんと50-80%が、子供の睡眠異常に気づいていることを報告しています。症状ですが、「寝つきが悪く、就寝中なんども起きるので、睡眠時間が短くなる」とまとめられます。
なぜ睡眠障害がおこるのか、様々な仮説に基づいた研究が行われていますが、はっきりしたことはまだまだよくわかっていないと言っていいでしょう。原因がわからないということは、根本的治療はまだ開発できていないということです。このため、現在行えるのは症状に合わせた治療法だけです。例えば米国では重症の子供に対して、睡眠サイクルに関わる脳内物質メラトニンを睡眠前に投与することが行われていますが、おそらくメラトニンが買えない我が国では、薬物を使う治療は一般的ではないと思います。
しかし、睡眠時間が足りないことは、ASDの症状に影響するという報告があります 。
今年の10月に発表された台湾での6832人の調査研究によると、ゴール達成のために自分の行動や周りの状況を判断し、適切な行動を選ぶ時に必要な実行能力 が、睡眠不足により障害されることが示されています(Tsai et al, Psychological Medicine 2019: https://doi.org/10.1017/ S0033291719003271)。
また、比較的症状の軽い7-13歳のASD児についての調査ですが、英国ヨーク大学のグループは、脳波を測る装置を睡眠中に装着してもらって(通常のASD児では寝ている時にこのような検査を行うことは簡単ではありません)睡眠の状態を測るとともに、聞き言葉を判断する検査を行い、ASDの症状の中でも、睡眠、特にREM睡眠の量が言葉の学習効果と相関することを示しています(Victoria et al, Journal of Speech, language, and hearing research 2019: http://eprints.whiterose.ac.uk/149777/ )。
このように、ASDの子供の睡眠時間を少しでも延ばすことは本当に重要です。言い換えると、睡眠が不足することでよりASDの症状が重くなる心配があるのです。ではどうすれば睡眠時間を伸ばせるのでしょうか?もちろん簡単なことではないのですが、家庭でできる方法についてAutism Speaksはうまくまとめてくれているので、以下にまとめてみます。
図1ASD児の睡眠を改善する方法についてAutism Speaksから発行されているパンフレット
1、快適に眠れる環境をつくる
寒すぎず、暑すぎず、外の光がカーテンなどで遮られた、暗い部屋(すこしは薄明かりはあるほうがいい)。 ASD児はちょっとした音の変化に敏感なだけでなく、普通なら睡眠を誘うwhite noiseにも敏感なので、兄弟からも離れた静かな部屋で睡眠できるのが望ましい。 パジャマを着た時の感触も睡眠に影響するので、タイトなパジャマがいいのかルーズなパジャマかなどいろいろ試してみる。
2、決まった時間に寝起きする習慣をつける
まず、寝る時間と起きる時間をできるだけ守る習慣をつける。そして、寝る前はなるべく身体的な興奮を避け、テレビやゲームをやめて、寝る準備を15-30分かけておこなうようにする(例えば1歳児では15分ぐらい、もう少し大きくなると30分ぐらい。ただあまりに長すぎると逆効果で、準備に1時間もかけるのは間違い)。
3、寝るための準備についてのコツ
パジャマを着る、トイレをすます、手を洗う、歯を磨く、水を飲む、本を読み聞かせる、ベッドに入ると言った寝るまでのセットを決めて、毎日その順番を変えずに、静かに行う習慣をつける。
この時、トイレや手洗いの後のセットは全て寝室で行うようにする。
この順番を絵に描いて部屋に貼って子供にもわかってもらうとより有効。
それぞれの行動の中でどうしても子供が興奮しやすい行動がある場合は、その行動を寝る準備のセットから切り離す方がいい。
4、寝起きの時間を決めることの重要性
決まった時間に寝て、また起きることは大変重要。しかし、子供が成長すると寝る時間は遅くなっていく。しかし、出来るだけ寝起きの時間が1時間以上遅くならないように教える。
子供の習慣にあわせて、親も同じようにできる限り規則正しい生活をおくるよう心がけるのも重要。
昼寝をする場合も、できるだけ決まった時間に取るように心がけ、また可能なら昼寝も同じ寝室で行う。
昼寝の場合は4時までには起こす。十分成長して昼寝が必要なくなったら、昼寝は逆に夜の寝つきを妨げるので避けた方がいい。
規則正しい睡眠にとって、食事の時間が一定していることも重要。夜遅い時間のおやつなどはできるだけ避けるが、炭水化物の多いスナックなどは眠りを誘う効果があるので、ほどほどに使うことはよい。
5、子供が一人で寝られるよう辛抱強く教える
大人も子供も睡眠中に何回も目が覚める。そんな時、普通はまた寝入ってしまうが、一人で寝られない子供は、その度に誰かを頼ることになる。その意味でも、自分一人で寝られるよう教えることは大事。
ではどのように教えればいいのか?
添い寝が必要な子供の場合、自分で寝る習慣がつくには何週間もかかる。まずは添い寝をする時、横に寝るだけでなく、ベッドに座る時間を設けるなど、少しづつパターンを変えてみる。それが成功したら、次は添い寝をやめてベッドの横に椅子を置いて見守るようにする。この間、話しかけたり、見つめたりする時間を減らしながら、椅子を徐々にベッドから離していく。これで様子を見ながら、最初から部屋にいない日を増やしていく。
途中で子供に呼ばれても、部屋にいる時間をできるだけ短くするよう心がける。夜中に起きた場合も、同じようにふるまう。
図2 一人で寝る習慣をつける時に使うクーポン(Autism Speaksのパンフレットより)
成長した子供の場合、就寝中に両親に何かしてもらう時には、図のようなクーポンを使うのも一案。寝る前にこのクーポンを何枚か渡して、夜中に親を呼んだり、抱いてもらったり、親に頼った場合は親にクーポンを返すようにさせる。もしクーポンを使わなかったら、朝に褒美が貰えるようにして、徐々にクーポンを使わず一人で寝る習慣をつける (このようなクーポンも使ったASD児の睡眠プログラムの効果を確かめる、科学的な臨床治験がカナダで進められています(Papadopoulos et al, BMJ Open 2019: doi:10.1136/ bmjopen-2019-029767 )。
6、日中も夜の睡眠を考えて行動する。
睡眠に最も効果が高い行動は日中の運動で、もし学校では運動が足りないと感じたら、家に帰った後も運動するよう指導する。ただ、就寝前の運動は興奮して逆効果になるので、少なくとも身体的運動は睡眠の2−3時間前にはやめるよう教える。
コーヒーやお茶だけでなく、ソーダやチョコレートにもカフェインが入っており、食べた後3−5時間効果を発揮するので、夜はカフェイン入りの食べ物は口にしないよう指導する。
7、兄弟姉妹への影響
一般的に、規則正しい生活を一緒に続けることは、典型児の兄弟姉妹にとってもいい影響がある。また、ASD児の兄弟のために何ができるのか一緒に考えさせることも重要で、できるだけ多くの時間を一緒に過ごした上で、それぞれが就寝しやすい環境を探ることが重要。
以上、私なりに脚色して書いています。同じことが日本の住環境で十分可能かどうか、様々な工夫が必要だと思いますが、ぜひ参考にして自分の家族用のプログラムを作ってください。オリジナルの文章はAutism Speaksのホームページよりダウンロードできます(https://www.autismspeaks.org/tool-kit/atnair-p-strategies-improve-sleep-children-autism )。英語もわかりやすく書かれていますので、Google翻訳なども使いながらぜひ読んで欲しいと思っています。
2019年11月30日
20世紀の終わり、ヒトゲノムが解読されつつある時、様々な病気と相関がある遺伝子多型のリストが急速に拡大した。このトレンドは、最近の公的バンクの整備により100万を超える対象を調べられるようになると、さらに加速している。ただ問題は、多型を分子機能と対応させるためには、動物実験も含めた丹念な実験が必要で、多型解析の成果を臨床に生かすまでの道は長い。
今日紹介するハーバード大学からの論文は高脂血症に相関づけられていたGタンパク質共役型受容体GPR146がコレステロールの分泌に関わることを突き止めた研究で11月27日のCellに掲載された。タイトルは「GPR146 Deficiency Protects against Hypercholesterolemia and Atherosclerosis(GPR146の欠損は高コレステロール血症と動脈硬化を防止する)」だ。
この研究は血中コレステロールの濃度と関連するrs11761941の下流に存在する遺伝子が薬剤の開発が可能なGタンパク質共役型の受容体GPR146であることに気づき、これが高脂血症治療の治療標的になるのではと着想する。
この可能性を確かめるため、まずGPR146が欠損したマウスを作成すると、HDL, IDL/LDL,及びVLDLと全てのコレステロールレベルが低下することがわかった。すなわち、コレステロールを下げるという意味では、新しい創薬ターゲットになる。
あとはメカニズムを詳しく調べているが、簡単に想像される経路はほとんどノックアウトで影響されず、解明に結構時間がかかったようだ。しかしともかく、細胞レベル、及び個体レベルで納得いく経路を特定している。それをまとめると次のようになる。
まずこの受容体が刺激されると、ERK1/2分子を介して細胞内のコレステロールを感知する転写因子SREBP2を活性化、SREBP2が核に移行してコレステロール代謝酵素などの転写を高め、最終的にVLDL分泌上昇、高コレステロール血症が起こるというシナリオだ。すなわち、コレステロールの代謝経路に関わる分子の転写調節の核と言えるSREBP2の活性をさらにチューニングするシステムであることを明らかにしている。
またLDL受容体が欠損したマウスで起こる動脈硬化を防止できることも示しており、この受容体が高脂血症治療の重要な標的になりうることを示唆している。
結果は以上で、多型解析の結果を創薬などと結びつける研究がようやく進み始めたことを実感させる研究だ。ただ、結局この下流にスタチンのターゲットであるHMGCRも存在しており、これを超える安全な化合物を開発できるかはまだまだ予想できないように思える。少し様子を見よう。
2019年11月29日
免疫システムの調節に関わる腸内細菌の重要性は、無菌マウスに特定の細菌を丹念に移植して免疫を調べる研究からかなり明らかになっている。この細菌の中には、自ら発現する分子や構造で直接ホストの細胞に作用を及ぼすものもあるが、腸内で様々な代謝物を生成し、これを通してホストの免疫系に作用するものもある。なかでも、脂肪の消化を助ける胆汁酸はコレステロール由来の分子で、これが細菌により変化させられると、様々な生理作用が生まれることが知られている。
今日紹介するハーバード大学とニューヨーク大学からの論文は胆汁由来の化合物をスクリーニングして炎症に関わるTh17と免疫制御にかかわるTreg細胞の機能を調節する化合物を発見した研究で11月27日号のNatureオンライン版に掲載された。タイトルは、「Bile acid metabolites control T H 17 and T reg cell differentiation (胆汁酸の代謝物はTH17とTreg細胞分化を調節する)」だ。
もともと共著者の一人でこの分野の第一人者Dan Littmanは2011年に強心剤として知られるジゴキシンがTh17の発生を調節するRORγ分子を阻害するという発見を報告していた。今回の研究はジゴキシンが胆汁酸と同じようにステロール核を持つ化合物であるということから、胆汁酸由来代謝物が腸内の免疫反応を変化させているのではと着想したことに始まる。
全部で30種類の胆汁酸由来代謝物をあつめ、CD4T細胞がTh17 及びTregへと分化する培養系に加える実験を行い、3-Oxo-lithocholic acid(LCA)とisoalloLCAがそれぞれ、Th17分化抑制、Treg細胞分化促進活性があることを発見する。この発見がこの研究のハイライトで、胆汁酸が代謝物を通して重要なT細胞サブセット分化を強く変化させられることを示した。
あとはメカニズムと、生体内での機能を調べるだけだが、まずOxoLCAはRORγ分子機能を直接阻害し、Th17分化を抑えることを示している。
一方isoalloLCAの作用メカニズムは簡単ではなく、Foxp3分子の転写を促進してTregを増やすが、作用はミトコンドリアの活性化酸素の合成を高め、これがFoxP3のエピジェネティックな調節を介してFoxP3の発現量を上昇させ、Treg分化を促進すると結論している。
最後に、これらの代謝物が実際に腸内の免疫機能を直接変化させられるかどうかをマウスに炎症を誘導する実験系で調べ、期待通り、
1)3-oxo-LCAはTh17の分化を抑制し、炎症を抑える。
2)3-oxo-LCAとisoalloLCAを同時投与するとTreg の量を高められること。
を示している。
以上が結果で、胆汁酸由来の代謝物のちょっとした変化で、免疫システムのバランスが変化してしまう可能性を示している。今後、これらの物質と腸内での免疫状態との相関が明らかになると、検査の指標や治療に役に立つ可能性が出てくると思う。特に重要なのは、この効果には、腸内細菌叢は必要ないことで、Th17、Tregという最も重要な細胞を直接操作する方法が開発できるのではと期待される。