今日から2回、ガンと細菌との相互作用についての論文を紹介する。
今日紹介する南スイスガン研究所からの論文は、前立腺ガンの治療として行われる去勢などのホルモン治療によって腸内細菌叢に現れるバクテリアが、なんとアンドロゲンを合成して、ガンの増殖を助ける可能性を示唆した研究で、10月8日号のScienceに掲載された。タイトルは「Commensal bacteria promote endocrine resistance in prostate cancer through androgen biosynthesis(共生バクテリアがアンドロゲン合成を通して前立腺ガンのホルモン療法抵抗性に関わる)」だ。
元々ガンと腸内細菌叢は重要なテーマとして多くの研究が進んでいる。おそらく、この研究もその一環として行われたのだろう。実験的前立腺ガンが、去勢手術後徐々に抵抗性を獲得する現象に細菌叢が関わるのではと考え、まず細菌叢全体を抗生物質で除去すると、ガンの増殖が強く抑制されることがわかった。一方、去勢療法を行わないケースでは抗生物質の効果はない。すなわち、去勢により腸内細菌叢が変化し、この変化が前立腺ガンを助けることが示唆される。そこで去勢手術有り無しで細菌叢の変化を調べた結果、去勢療法により、Ruminococcus gnavusとBacteroides acidifaciensの2種類が特に増殖することを発見する。
次に、細菌叢が前立腺ガンの増殖を促進しているか調べる目的で、便移植実験を行うと、去勢後の便はガンの増殖を促進すること、また去勢後の便の代わりに、Ruminococcus gnavusを投与しても同じようにガンの増殖を促進することを突き止めている。
この原因について、まず細菌叢の変化による免疫やメタボロームの変化に起因する可能性を追求しているが、明確な因果性は認められなかった。そこで最後に、腸内細菌叢が前立腺ガンの増殖を促進するアンドロゲンを合成するのではと着想し、去勢マウスでの抗生物質投与の影響を調べると、抗生物質投与で血中アンドロゲンが低下することを突き止める。すなわち、細菌叢がアンドロゲンを合成している。
そこで、テストステロンの材料になるpregnenoloneとバクテリアを培養する実験から、去勢により細菌叢で増えてくるB acidifaciensやR gnavusなどがテストステロン合成能があることを示している。またアイソトープ標識したpregnenolone投与実験から、体内でもテストステロンへの変換がバクテリアにより行われていることを確認する。
最後に、同じことが前立腺ガン患者さんでも起こっているのか調べる目的で、去勢後に再発した患者さんの便を調べると、テストステロン合成能を持つRuminococcusが上昇しており、この小さな差がガンの再発を助けている可能性を示唆している。
以上が結果で、結論だけ見ると恐ろしい気がすると思うが、治療という観点からは、最初からアンドロゲン受容体へのテストステロン結合を阻害する治療法を併用しておれば、この問題は起こらないことになる。現在の基本的治療法は、アンドロゲンを減らす治療が中心かと思うが、この研究が本当なら、テストステロンのレベルを細かくモニターするとか、腸内細菌叢を移植などで正常に保つ治療法、そしてアンドロゲン受容体阻害など、なんとか対応しようがあるように思う。