奈良の茶がゆと食道ガンの発生が連動するという話は、食道ガン発生率の地域差に食文化の違いが強く関わっていると考えられてきた。これを認めるとして、次の問題は、この食生活が、直接ガン発生に関わる遺伝子突然変異の発生率を高めるのか、あるいはエピジェネティックな影響を通して関わっているのかだ。
今日紹介する英国サンガー研究所を中心とする国際チームの論文は、この問題を、食道ガン発生率の高い国(我が国も当然入っている)と低い国での食道ガンゲノムプロファイルから調べた研究で10月18日号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Mutational signatures in esophageal squamous cell carcinoma from eight countries with varying incidence(食道ガン発生比率が異なる8カ国の突然変異の特徴)」だ。
この研究ではガンと正常組織の全ゲノム解析ができている食道ガンを各国から集め、突然変異のパターンを調べている。ここでパターンというのは、点突然変異、欠損や重複、といった変異の種類ではなく、点突然変異部位でおこった塩基レベルの変化の出現頻度(例えばCからGへの変化、全部で6種類ある)を指す。もちろん一つのガンには、様々なタイプの変異が混在しており、それぞれのガンについて各変異の出現頻度をプロットすることができる。
これまでの研究で、それぞれのパターンのなかには、変異を誘導する原因との相関がはっきりとついている変異がある。例えばタバコなどのDNA障害性の要因に起因するパターンでは、CからAの変異が最も多く、それにいくつかの変異が集まってみられる。あるいはAPOBECデアミナーゼによる塩基転換によるパターンでは、CからGへの変異を中心に、CからA, CからTが少しずつ集まってみられる。当然、発生に地域差のある食道ガンを詳しく調べることで、これまで知られなかった原因と、変異パターンの相関を発見する可能性もある。
全体で552人のガン突然変異を調べ、それぞれの変異パターンを20種類に分けているが、これまで知られている以上のパターンは発見されていない。
当然、我が国は、中国東アフリカに並んで発生率の高い国だ。一方、英国では発生率が低く、ブラジル、イランと続いている。驚くことに、この変異パターンは、飲酒、タバコ、さらには麻薬なにより変化するが、発生率の地域性とほとんど相関していない。すなわち、文化や生活習慣の違いは、直接ゲノムに作用していないことがわかる。
この研究では、食道ガンでAPOBECによる変異が早い段階から存在することに注目しているが、最終的にこれが多い原因はわからない。基本的には、DNAが一本鎖になっている時間が長いことを示しているが、早い段階でゲノム不安定性が発生した結果、このタイプの変異が増えたと考えている。
一方で、ゲノムとの相関は高い。例えば日本人の食道ガンはほとんどでアルコールでハイドロゲナーゼの変異が見られる。日本人では、この上に飲酒が重なり、食道ガンが発生している。
主な結果は以上で、結局タバコや飲酒を別にすると、茶がゆの例で見られるような食文化の差は、ゲノムに直接作用せず、おそらく粘膜の損傷と修復の繰り返しを誘導したり、エピジェネティックは変化を誘導することで食道ガン発生を後押ししているようだ。