腸内細菌の研究の中でも、多くの情報は腸内細菌全体の変化を追いかける研究よりも、無菌動物を用いて個々の細菌とホストの関係を個別に調べる方法を用いる研究が、これまで多くの成果を上げているように思う。とはいえ、個別の細菌に対する免疫反応を調べるという研究はこれまで目にしたことはなかった(実際には多く発表されているのかもしれないが)。
今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文は、大腸菌を無菌マウス腸管に移植し、誘導されるIgAの機能を、その抗体をもう一度感染マウスに投与して調べる研究で、ある意味でただの腸管免疫学といってしまえばそれだけだが、大変な手間のかかった研究といえるが、読後感は大いに不満の残った研究だった。タイトルは「Parallelism of intestinal secretory IgA shapes functional microbial fitness(腸内に分泌される多種類のIgAが機能的細菌の適応を決める)」だ。
研究は単純だ。すなわち無菌マウス腸管に栄養要求性のある大腸菌を移植すると、個々の マウスで様々なV遺伝子レパートリーを持った抗体が合成される。これまでの研究で、21日目では突然変異が蓄積するタイプのアフィニティー成熟は起こらないことが確認されている。
この研究では、こうして腸管に誘導された91個のIgA産生プラズマ細胞について、発現する免疫グロブリン遺伝子をクローニングし、細胞への遺伝子導入を用いて抗体分子を分泌させ、まずそれぞれの抗体の大腸菌への反応性を調べている。91個中、17種類が大腸菌と反応している。かなり確率は高いが、決して抗体産生細胞が増殖を続けた結果というのではなく、ほとんどV遺伝子の突然変異は見られておらず、大腸菌に対しては持って生まれたレパートリーで対応していると考えられる。
これらIgAのなかには、細菌細胞表面に結合するものと、そうでないものに分かれるが、この研究では慶応大学の個々の遺伝子を欠損させた大腸菌をライブラリーを用いて反応する分子の特定を行い、その上でそれぞれの抗体が、細菌感染防御力があるかどうか、IgAとして分泌させて調べている。
これまで細菌感染でも、特定の抗原決定基に反応する抗体がドミナントに誘導されるという報告が多かったが、この研究では無菌マウスは多様な抗原に反応し、IgA抗体を作ることができることを示している。こうしてできたIgA抗体は、様々な効果を発揮する。例えば抗体が結合するとファージウイルスが結合できなくなったり、イオントランスポートを阻害して、10%に及ぶ胃大腸菌の遺伝子発現変化が誘導されたりする。一方、大腸菌の転写に影響がほとんど見られないものもある。もっと驚くのは、細胞壁が抗体でコーティングされることで、胆汁の浸潤を守るという、バクテリアを助ける抗体まで存在するようだ。
それぞれの抗体を静脈に注射して、腸管に到達するか調べ、おそらく胆汁を介して腸管に到達し、腸内の大腸菌と結合することを確認している。ただ、個々の抗体により劇的に腸内大腸菌が減少することは見られていない。
以上が結果で、無菌状態でも複雑な抗原に対しては、持って生まれた様々なV遺伝子レパートリーが反応すること、多くの抗体はバクテリアに対して何らかの機能効果を持っていること、おそらくこれらの効果がが全部合わさってバクテリアとホストの共存が決められることなどが示されている。しかし、仕事の量は大変だが、最終的に何が言いたいのか明確な結論がほとんど示されていない曖昧な論文で、よく採択されたなというのが正直な印象だ。