2月8日 自閉症リスク遺伝子の機能解析(2月2日 Nature オンライン掲載論文)
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2月8日 自閉症リスク遺伝子の機能解析(2月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年2月8日
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これまで紹介してきたように、自閉症スペクトラム(ASD)は遺伝性の強い状態だが、特定の共通遺伝子が原因というわけでは無く、比較的一般的に見られるゲノム上の様々な違いが(コモンバリアント)集まったところに、頻度は低いがASD発症の寄与度の高い違い(レアバリアント)が相互作用して起こるのではと考えられている。このような複雑な違いにより、脳ネットワーク形成の変化が誘導されるのだが、細胞レベルで見てみると、前回の自閉症の科学50で紹介したように(https://aasj.jp/news/autism-science/18807)抑制性の介在神経が最も影響を受けるのではと考えられるようになった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、ASDと相関する遺伝子の機能をiPSを用いて調べたところ、GABA作動性介在神経への影響が一番大きいことを示した研究で、2月8日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Autism genes converge on asynchronous development of shared neuron classes(自閉症と相関する遺伝子には神経細胞の発生時間が同調できないという共通の異常に関わる)」だ。

このHP では、ES細胞やiPS細胞を用いたASD研究については紹介してきた(https://aasj.jp/news/autism-science/11091 )。その中でこの研究の重要性を考えてみると、2つ重要なポイントがある。

まず、調べる遺伝子として、レアバリアントとしてASD発症への寄与が特定されている3種類の遺伝子、ヒストンのメチル化に関わる遺伝子SUV420H1、クロマチン調節を担うSWI/SNF複合体の中核分子ARID1B、そしてやはりクロマチン調節に関わる遺伝子CHD8、といずれもクロマチン調節に関わる遺伝子を選んでいる点が面白い。

さらに、それぞれの遺伝子の神経発生への作用を、同じiPS細胞に変異を導入することで、遺伝背景をそろえた上で調べていること、また同じ実験を異なるiPS細胞でも行い、遺伝子背景の影響についても調べている点が重要だ。

結果としては、3種類の遺伝子でほぼ同じなので、SUV420H1について述べる。iPS細胞の片方の遺伝子を欠損させ、脳オルガノイド培養を行い、6ヶ月以上培養している。そして、遺伝子発現が低下することで、GABA抑制性神経が早期に出現すること、そしてオルガノイドに占める割合も、iPSによっては50%を超すまでになる。この結果は遺伝背景の異なるiPSでも同じで、GABA作動精神系の早期の分化が、この遺伝子の特徴になる。

ただ、こうして早期の分化があるからと言って、GABA作動性抑制神経がオルガノイド内で持続するわけではない。iPSの中には、培養が半年を超えてもGABA神経優位を示すものもあるが、他のiPSでは後期になるとGABA神経の数はコントロールと同じになる。

オルガノイド培養では、笹井さんが示したように神経の層構造が形成されるが、この下層に存在する投射神経の分化も促進されることが観察される。

これらの異常は、オルガノイド内での神経興奮に反映され、コントロールに比して刺激反応性が低下しており、成熟が進んでいることが分かる。

他の遺伝子についても全く同じ結果が得られているが、オルガノイド全体の遺伝子発現の変化は、それぞれの遺伝子で異なる。

結果は以上で、

1)レアバリアントに対応する3種類の遺伝子発現を低下させると、異なるメカニズムではあっても、最終的にはGABA神経の早い増殖と分化とともに、deep layerの投射ニューロンの早い分化に収束する。

2)iPSを変えて遺伝子背景を変えると、同じ遺伝子変異でも異常の程度が大きくばらつく。

が結論になる。

ASDの場合、発達後には逆に介在神経活性が低下していることが一般に知られていることから、試験管内の結果とは一見逆になっており、今後この点についての研究が進むと思える。

ただ、バックグラウンドを変えてレアバリアント変異を研究できることは、まさにコモンバリアントとレアバリアントの相互作用を研究できると言うことで、この可能性が示されたことは重要だと思う。

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