若い人たちにはにわかに信じられないことだと思うが、以前は、我が国のみならずほとんどの先進国で、公共交通機関でタバコが吸えた。今もたまにへんぴな国で飛行機に乗ると、まだ灰皿付きの座席に出会い懐かしく思う。かくいう私も、飛行機では喫煙席に座っていたし、驚くなかれ外来もタバコを吸いながら患者さんを診ていた。
現在でもタバコが吸えるレストランがあるように、我が国の取り組みはまだまだ腰が引けているが、それでも禁煙に向けた取り組みは進んでおり、その効果もガン統計に表れている。このように、ガンのリスクを明らかにし予防することは、ガンを減らすための1丁目1番地になる。
今日紹介するワシントン大学を中心とする何百もの研究機関が集まって発表した論文は、2019年に行われた、Global Burden of Disease, Injuries, and Risk Factor Study(GBD)と呼ばれる、疾患リスク分析調査の結果で、予防可能なガンのリスクを洗い出すことを目的にした研究で、8月20日 The Lancet に掲載された。タイトルは「The global burden of cancer attributable to risk factors, 2010–19: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2019(リスク要因が特定できるガンは2010−2019年の地球規模の問題である:GBD研究の総合的解析)」だ。
地域ごとにデータの質はまちまちと思えるので、国際比較についてはいろいろ問題もあるかもしれないが、このような試みが続けられて、それぞれの国でガンを減らすための科学に裏付けられた政策がプラン出来るのは素晴らしいと実感できる。
結果は膨大なので、一部重要と思った点を箇条書きに書き留めておく。医療に関わるひとは是非自分で読んでみて欲しい。
- まず、現在もなお予防可能なガンによる死亡は全体の44%に及ぶ。
- DALYと呼ばれる指標で、ガンにより失われた時間を換算する方法を用いることで、より正確にガンの世界的課題を算定できる。これによると、いまだ42% DALY が予防により取り戻せる。
- 予防可能なガンのリスクファクターのトップ3は、タバコ、アルコール、そして食事で、これは男女変わらない。特に男性ではいまもタバコが大きな位置を占めていることがわかる。
- 地域別に見ると、この生活習慣によるリスクは東欧、中国が高い。不思議なことに、我が国のリスクは比較的低い方に属している。
- 肥満など代謝との関わりで見たとき、予想通り米国は最も悪い地域になるが、同じように英国と東欧も最も悪い地域になる。一方、日本はアフリカやインド、そして北朝鮮とともに、代謝リスクが最も低い国になる。
- ガンの場合、子宮頸がんのようにセックスにより媒介されるケースがあるので、出生率の高い国と低い国で統計を分けることが出来る。当然、セックスにより媒介される子宮頸がんなどは、多産の国で多い。一方、代謝リスクによるガンは、特に出生率の低い国で今も増加している。
- とはいえ、DALY で計算すると、喫煙と飲酒によるガンの失われた時間は低下しており、喫煙では 10年で12%低下している。これに反し、肥満リスクによるガンは上昇している。
以上が私が気になった点だ。いずれにせよ、このような努力のおかげで DALY、ガンによって失われる時間は改善しているが、まだまだ道半ばというところだ。