9月20日 行動習慣とゲノムの相関(9月7日 Nature Genetics オンライン掲載論文)
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9月20日 行動習慣とゲノムの相関(9月7日 Nature Genetics オンライン掲載論文)

2022年9月20日
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私たち人間のゲノムは、大体1000塩基に一つは配列に違いが存在し、この多型の組みあわせの違いが、個人から民族までの遺伝的違いを形作っている。この解析が可能になったおかげで、病気や様々な身体的特徴と関連することが統計学的に示される多型が現在数多くリストされている。ただ、この HP で何度も紹介しているように、それぞれの多型が、それぞれの形質にどう関わるのか特定することは簡単ではない。中でも生活習慣に関わる多型の解析には、生活習慣そのものが大きく影響し、さらに習慣もゲノムの影響を受ける可能性がある。例えば、肺がんのリスク多型の中には、喫煙が習慣性になるゲノム多型が含まれる可能性が考えられる。

今日紹介する米国マウントサイナイ医科大学と、スウェーデンウプサラ大学を中心に200近い研究機関が集まって発表した論文は、肥満や高脂血症と言ったメタボに直結する行動習慣と相関する1塩基多型(SNP)を調べた研究で、9月7日 Nature Genetics にオンライン掲載された。タイトルは「Genome-wide association analyses of physical activity and sedentary behavior provide insights into underlying mechanisms and roles in disease prevention(運動と座って動かない行動についてのゲノムワイド相関研究は行動の背景のメカニズムと病気予防に示唆を与える)」だ。

UKバイオバンクをはじめとして多くのデータが蓄積されることで、このような研究が可能になっている。この研究では、メタボに関わる習慣を調べるため、休日に強めの運動をするか(MVPA)? 休日は座ってテレビを見たりパソコンに向かっていることが多いか(LST)? 仕事中はほとんど座っているか? 通勤は車か? の4つの質問についての自己申告による答えを相関させている。

この分野に詳しくないと、行動とゲノムの相関と聞いて奇異に思われるとおもう。ただ、100万人近いデータがあると、どんな行動調査を取り上げても、相関のある SNP は出てくるものだ。実際この研究で、4つの質問に関して99の SNP がリストされている。後は、統計学的に有意かどうか、遺伝子発現パターンとの相関、他の形質との関係などを重ねて、その相関の意味を探っていくことになる。

次に、他の形質との相関を調べると、LST が低い(座っている時間が少ない)ケースや、MVPA が高い(よく運動する)ケースでは、BMI や高脂血症リスクが低いことがわかる。さらに、MVPA の高い人は、心臓病のリスクも低下している。

なるほどと思うが、この相関は、行動が先か、身体的性質が先かが問題になる。これについてはどちらが原因かを調べるソフトがあるようで、例えば BMI と LST で言うと両者が密接に関わる以上に、白黒をつけることは難しいが、傾向としては今回リストされた SNP はまず LST と相関し、その結果として BMI が来ると結論している。

行動に関わる遺伝子なので、当然脳神経系に関わる遺伝子を想像するが、単純ではないようだ。勿論ドーパミン神経に関わる遺伝子と MVPA との相関、ご褒美回路に関わる遺伝子、さらには網膜や視覚野に関わる遺伝子などがリストされ、なるほどと思えるが、面白いことに APOE や αアクチンのような、脳とは無関係の遺伝子がリストされてきたため、この2種類の多型についてさらに詳しく調べている。

まずアルツハイマー病との相関が知られている APOE の SNP、rs439538がCで、LSTが低いことは有意の相関が存在する。なぜ座らずに活動的な形質とアルツハイマーリスクが一致するかはわからないが、本当なら面白い。

さらに、休日の活動性と相関する αアクチンの多型はコーディング領域にあるため、さらに詳しく調べ、なんと行動的なヒトはアクチンの構造がフレキシブルで、運動によるアクチンのストレスが少ないことを示している。これが本当だとすると、筋肉の機能に合わせて活動性が上昇することになり、よく出来た話だ。

以上、この結果だけで何か結論するのは早い気がするが、行動とゲノムというかけ離れた領域を結びつける地道な研究が今後も重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ