9月25日 Williams 症候群の音程感知能力の神経生物学(9月23日 Cell オンライン掲載論文)
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9月25日 Williams 症候群の音程感知能力の神経生物学(9月23日 Cell オンライン掲載論文)

2022年9月25日
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ウイリアムズ症候群に関しては、自閉症の科学28(https://aasj.jp/news/autism-science/11104) 及び2019年4月の論文ウォッチ(https://aasj.jp/news/watch/10085)、さらには言語発生について述べた長い文章(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954)の中でも紹介しているので詳しいことはそちらを参照して欲しい。ざくっと説明すると、7番染色体の21遺伝子を含む大きな領域が片方の染色体から欠損した結果起こる発達障害だ。ただ、発達障害と言っても社会性は極めて高く、自閉症の正反対の性質を示す。言い換えると、他人への警戒がない。その結果、単語を音として吸収する能力が高く、言語の修復が社会性とリンクしていることがよくわかる。また、いくつかの研究で、ウイリアムズ症候群(WS)の子供達が高い比率で絶対音階を獲得できることが示されており、このピッチを聞き分ける能力も、単語を吸収する能力と関係していると考えられている。事実、WSでは皮質が退縮しているが、聴覚野は正常の大きさを保っている。

今日紹介する St.Jude 子供病院からの論文は、WSモデルマウスを用いて聴覚、特にピッチを区別する能力についての神経生理学を丹念に重ね、背景にある分子メカニスムを解析した力作で9月23日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Innate frequency-discrimination hyperacuity in Williams-Beuren syndrome mice(ウイリアムズ・ボイレン症候群モデルマウスの音の振幅を認識する内因的な高い能力)」だ。

学ぶところの多い論文だ。まず、マウスでピッチの感知力をどう評価するかについてだが、16.4Hzのバックグラウンドに、少しだけ振幅を変化させた音を重ね、その後で大きな音で脅かすという実験を行っている。すなわち、他の音が聞こえてくるとこれは何か違うぞと感じて身構えるため、大きな音に対する驚きが減る。ただ、バックグラウンドと同じ振幅の音では、変化を感じないので身構えない。これを使うと、バックグラウンドとの振幅の違いを認識できているかどうかがわかる。結果は、WSマウスでは、振幅が数%違うだけで完全に認識される。すなわち、元々ピッチを区別する能力が高いことが明らかになった。

後は、聴覚神経に電極を刺しシナプス活動を記録し、WSマウスでは抑制性神経の活動が高く、その結果シナプス活性が低下していること、そしてこの抑制性神経活動を低下させることでピッチ認識能力が正常マウスレベルに低下することを明らかにしている。

次に面白かったのは、ピッチの認識の差がどうして生まれるのかについての神経科学的検討だ。このために、聴覚野の個々の神経活動を記録しながら、その反応パターンがピッチの変化にどう関わっているのか、機械学習によって調べている。そして、機械学習させたデコーダーにより、脳がどのピッチを聞いているのかを正確に予測できるかを調べ、ピッチを感じるための条件を探っている。この結果、細胞のアンサンブルと言うより、細胞がどの程度長く反応しているかが重要な指標となることを明らかにしている。なるほどと納得する。

後は、抑制神経の過興奮の分子機構について、欠損部分に存在する21種類の遺伝子の中から、以前認知機能に関わると紹介した Gtf2i の発現量が低下することが、様々な電位作動性のチャンネルへの影響を持つ Vipr1 遺伝子の発現低下を誘導し、これが聴覚野の抑制性神経の興奮を高めていることを明らかにする。

事実、正常マウスで Vipr1 を抑えると、WSマウスと同じようなピッチ感知能力が生まれる。残念ながら、Vipr1 のリガンド自体は皮質にかなりあるようで抑制実験が出来ないため、正常マウスがピッチを獲得できるようになるかどうかは調べられていない。

WS の一つの症状だが、生理学から分子生物学まで徹底的に調べた力作で、人間の WS の聴覚能力についてよく説明できている。実際、人間でも WS では Vipr1 の発現は低下しているようだ。

WS とともに、私たちがピッチをどう区別しているのかもよくわかった。音は脳で聞くと言うが、聴力の落ちてきた私にとっても、なんとか脳を鍛えて音楽を聴くことの重要性がよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ