英国経験論の最後として、今、デビッドヒュームを読み直しているが、以前から感じていたように、それまでの哲学の収束点とも言うべき巨人だと思う。なかでも、統計学的現象を物理的因果性とは異なる因果性として理解していた最初の哲学者と言っていいのではないだろうか。
この統計学的因果性は、今や私たちの脳活動の解読研究には盛んに利用されているし、さらに深層学習アルゴリズムとして、人間活動のあらゆる面に進出している。このニューラルネット= AI が不思議な形で理解できるのがガンの診断だ。
現在様々な動物を使って臭いや味からガンを診断する試みが、特にメディアでは取り上げられるが、これはそれぞれの動物のニューラルネットを用いた AI と言っていい。一つの化学物質で話がすめば検査は簡単だが、もう少し複雑な組み合わせだと、検査に AI を用いる必要がある。ただ、化合物の組み合わせをいちいち調べる代わりに、臭いの入り口が複数ある動物のニューラルネットをそのまま用いてる方法は問題はない。ただ、病気を理解するという意味では、この時感知された化合物を知ることが重要だが、臭いの研究の人たちはそこまで行く気はなさそうだ。
今日紹介するオランダ・アムステルダム自由大学からの論文は、血小板に存在する RNA のパターンからガンの存在を診断するという試みで、タイトルが意表を突いていたので紹介することにした。そのタイトルは「Detection and localization of early- and late-stage cancers using platelet RNA(初期から後期のガンの存在と局在について血小板 RNA を用いて診断する)」で、9月1日 Cancer Cell に掲載された。
血小板に RNA が存在し、蛋白質を合成することで機能を維持することは知っていたが、ガン細胞とは何の関係もない血小板の RNA が、ガンの存在により変化させられるので、ガンの診断に使えるという研究だ。ただ、今日紹介する論文は、この前提での大規模研究で、2400人の様々なガン患者さんを用いて PSO (粒子群最適化)という、少し変わったアルゴリズムを用いた AI を訓練し、最終的に AUC で0.91レベルのガンの診断が可能になったという論文だ。
検出にステージごとの違いは大きくない。一方、全く症状がないヒトの方が診断精度が高くなる。というのも、炎症など様々な変化が合併すると、それ自体が検出感度を下げてしまう。その意味では、全く健康と思っている人たちのガンの診断に役立つ可能性がある。
また、少しアルゴリズムを変えると、肺がん、脳腫瘍などは8割近い確率で場所を特定できる。ただ、膵臓ガンになると、ガンがあるかないかについてはわかっても、膵臓ガンとまでは診断できない。
以上が結果で、まだまだ実地診療に使えるというところではないという印象だが、意外なルートでガンの診断が可能という結論になる。
しかし、診断はともかく、何故血小板 RNA でガンの診断が可能かが最も面白い。気になって論文をたぐっていくと、なんと2015年、同じ Cancer CellにTumor educated platelets の RNA という論文を発表している。
これによると、約5000種類の血小板 RNA の中から、約1000種類の RNA を選び出し、ガンと健常人で変化があるい RNA を選び出して、それを診断に使っていることはわかったが、やはり何故このような変化が起こるのかについては tumor education 以上にはわかっていない。すでに7年もたって、この肝心な点がわかっていないとすると、おそらく検査としては普及しないように思う。統計的因果性をそのまま信じられないのが我々自身のニューラルネットの傾向だ。その点で、臭い診断も、化合物の組み合わせがわからないと長続きしないように思う。