自律神経研究紹介の最後の仕上げは、ハーバード大学からの論文、消化管の感覚野マップ作成を目指した研究で、8月31日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A brainstem map for visceral sensations(内臓感覚の脳幹マップ)」だ。
これまで2日にわたって、内臓感覚が、感染から食事の種類まで、実に様々な刺激を感知していることを見てきた。今日紹介する研究は、内臓感覚についての一種の集大成を目指した研究で、様々な種類や場所からの内臓刺激が延髄孤束核でどう表象されるかについて調べている。
読者の皆さんは、例えば体性感覚野が脳皮質上に、頭から足まで全て備えた、しかし、顔や手の領域が異常に大きなホムンクルスとして描かれているのを見たことがあると思う。この地図作りは、カナダのペンフィールドが転換手術の際に体性感覚野に電気刺激を与えて、どこに刺激を感じたかを丹念に聞き取るという大変な作業に始まっている。その後、体性感覚を刺激した時、どの領域が興奮するかについての研究も進み、このホムンクルス型感覚野は確認されている。
同じような感覚マップを、内臓の迷走神経を介する感覚について描こうとしたのがこの研究で、内臓局所に風船によるメカノ刺激、様々な化学刺激などを加え、その時に反応する延髄孤束核の神経細胞を、カルシウムセンサーの光をモニターする研究を重ねて地図を書いている。
まずストレッチによるメカノ刺激に対するマップを見てみると、ホムンクルスほどはっきりとはしないが、口腔・咽頭部位、胃、十二指腸・空腸がまとまって、上から下へと並んでいる。ただ、口腔と咽頭、あるいは十二指腸と空腸はひとまとまりの塊になっている。
反応する神経は、胃、十二指腸、咽頭の順で多く、迷走神経支配に限ると、口腔刺激に反応する細胞は少ない。これは、顔面神経など他の神経系が発達しているからだろう。
昨日の論文で示されたように、内臓刺激は甘み、うまみ、脂肪の全てに一つの細胞が反応することがある。実際、十二指腸に対応する神経で調べると42%のブドウ糖反応性の神経細胞が、ストレッチによるメカノ刺激にも反応する。すなわち、反応する臓器については比較的明確な階層性が存在しているが、対応する刺激については重なり合っている。
実際、それぞれの臓器から来ている迷走神経の端末と、感覚野の細胞の反応を調べると、感覚野の領域分けが、孤束核に投射してきた迷走神経端末の配置に対応している。
以上、迷走神経は孤束核に地図として表象することが出来、この表象は内臓の位置関係を反映している。一方、刺激については、例えば視覚野、聴覚野といった区別は全くなく、これは一つの神経が様々なインプットに反応することを反映している。
最後に、それぞれの臓器の感覚に対する反応が、狭い領域の孤束核に、臓器の配置に対応する領域を形成できる生理条件について検討し、迷走神経の端末から刺激を受けた抑制性ニューロン、例えば胃領域に存在する抑制性神経が、腸や喉頭領域に投射を伸ばして他の領域の反応を抑えることで、感覚野の局在性を高めていることを示している。
以上が結果で、内臓感覚マップを作るための苦労話も含めて、ゆっくりではあってもこの領域の進歩が感じられる論文だ。しかし、摂食異常など様々な内臓刺激に影響される病気の理解には欠かすことの出来ない過程だ。ただ、残念ながら延髄という場所柄から考えて、人間で正確なマップを描くことは、他の感覚と比べると簡単ではないだろう。それでも、この問題を乗り越えた研究が進むと期待する。