サリドマイド薬害が明らかになったのは1957年からで、安全な睡眠薬として服用した妊婦さんから生まれた子供が、四肢発達障害など、様々な臓器の発達不全を示したことから大騒ぎになった。その後、サリドマイドやその誘導体が、骨髄腫などに効果を示すことが明らかになり、骨髄腫や骨髄異形成症候群の特効薬として新たな利用が始まる。しかし、その作用機序がわかったのは、2010年のことで、東京工業大学のグループにより、サリドマイドが Fgf8 遺伝子転写に関わる分子ににユビキチンリガーゼ複合体分子セレブロンをリクルートし、その結果転写因子が分解され、Fgf8 発現がうまくいかず、四肢などの発達異常が起こることが明らかになった。また、骨髄腫ではイカロス転写因子が同じようにセレブロンによりユビキチン化され分解されることが明らかになった。
現在セレブロンを用いて標的分子を分解する分子治療は精力的に研究されており、既に BRD4 阻害剤はその代表で、さらに対象が拡大すると期待されている。
しかし、よく考えてみると、セレブロンがサリドマイドなどの治療薬と結合したのは運命のいたずらで、本来自然に発生する標的分子をユビキチン化する機能が存在するはずだ。すなわちセレブロンの通常の機能は何かという問題にチェレンジしたのが今日紹介するハーバード大学からの論文で、筆頭著者は市川さんという日本の方だ。タイトルは「The E3 ligase adapter cereblon targets the C-terminal cyclic imide degron(E3リガーゼアダプター分子セレブロンはC末の環状イミドを分解シグナルとする)」だ。
生化学のプロの仕事と言えるが、この研究ではサリドマイドや BRD4 阻害剤のセレブロンの結合部位を参考に、人工的なディペプチドを合成、それを BRD4 結合 JQ1 と合体させて BRD4 分解を誘導できるか調べることで、セレブロン結合に必要な条件を調べ、グルタリミドにアミノ酸が結合したディペプチドであれば、相性に差はあるが、アミノ酸の種類にかかわらずセレブロンに結合し、蛋白質をユビキチン化することを発見する。
この結果は、セレブロンは自然状態でもサイクリックイミド基をC末端に持つペプチドであればユビキチン化し、分解することを示している。そこで、サイクリックイミドがセレブロンの基質であることを確認した上で、C末にサイクリックイミドを有するペプチドが細胞の中に存在するか網羅的に調べている。
結果6800種類の蛋白質が分解されたときに生まれる2万種類の分解部位にサイクリックイミドが発生すること、これらが蛋白質分解や、脱アミノ酸過程の産物であることを明らかにしている。
そしてセレブロンノックアウト細胞を用いて、このように細胞内で発生したサイクリックイミドをC末端にもつペプチドが、セレブロンにより分解されることで、傷ついて必要なくなった蛋白質の細胞内での蓄積が抑えられていることを明らかにしている。
かなり省略して紹介したが、セレブロンが傷ついた蛋白質の清掃システムであることを示した力作だと感心する。また、サリドマイドからガン治療、そして新しい分子標的治療までの過程を見てきた老兵にとっては極めて印象深い論文で、この研究により、セレブロンをもっと上手に利用して様々な分子標的を分解する薬剤の開発も夢でないと期待している。