死海で泳ぐと言うより浮かんだことがあるが(実際泳ぐなと言われた)、そんなとき私たちの皮膚細胞は強烈な高浸透圧に晒される。この時細胞は瞬時に縮んだあと、細胞の体積を上昇させるメカニズムを働かせるが、この時 WNK-SPARK/OSR1 経路が活性化され、細胞のイオンポンプの活性化が起こることがわかっている。すなわち、高浸透圧により WNK (キナーゼ) が活性化され、この分子が引き金を引くリン酸化カスケードの結果、イオン全体を取り込むポンプが活性化し、またイオンを排出するポンプが低下する。
このようにキーとなる分子カスケードはわかっていたが、WNK 活性化が高浸透圧ショックで誘導されるメカニズムについては、まだコンセンサスは得られていなかった。
今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、細胞が縮んだ際に起こる蛋白質濃度の上昇が、WNKの相分離を誘導し、これが WNKキナーゼ 活性を高める可能性を示した研究で、10月31日号 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「WNK kinases sense molecular crowding and rescue cell volume via phase separation(WNK キナーゼは分子の混雑を感知し相分離を起こすことで細胞のボリュームを調節する)」だ。
これまで高浸透圧の感知については、細胞膜上のイオンセンサーが関与するという説と、細胞内の変化を感知するという考えが存在していた。このグループに限らず、後者の考えに立つグループは、細胞内の分子濃度が変化することから相分離がセンサーになっているのではないかと狙っていた。例えば東大の一條グループは低浸透圧似反応する ASK3 が相分離で不活化されることが、WNK の活性化を促す可能性を示している。
これに対し、WNK 独自の相分離が下流のリン酸化シグナルを活性化することを示したのがこの研究だ。研究では、WNK が高浸透圧ストレスの細胞で相分離を起こすこと、その結果下流のシグナル分子も WNK 相分離体に集まること、さらにこの相分離が蛋白分子の濃度が上昇することで誘導されることを、細胞内にフィコールを注入する実験で示している。
後は、WNK 自体が外部からのシグナルなしに相分離出来る分子基盤について、部分的に構造を改変した様々な WNK 分子について調べ、C末端の無構造なドメインが相分離に必須の部位で、これを分子内のcoiled-coil ドメインと呼ばれる場所が促進する役割を持つことを示している。
面白いのは、WNK はほとんどの動物で保存されており、アミノ酸配列は多様化しているとはいえ、相分離する性質は完全に一致していることを示し、このメカニズムの進化は古いことを示している。
最後に、WNK が欠損した細胞に、様々な WNK を導入する実験を行い、WNK の相分離が高浸透圧に対応したイオンポンプの活性化や抑制に関わることを確認している。
以上が結果で、高浸透圧に対して、様々な分子が相分離を起こすことで、細胞内のイオン変化に影響されず分子活性化カスケードのスイッチを入れることが出来るという納得の話だと思う。
ただ相分離研究には欠かせない試験管内での相分離実験が示されておらず、最終的に WNK の相分離だけがシグナル活性化に十分なのか、あるいは一條グループのような他のシグナルが必要なのかは、今後研究が必要になるだろう。