医学部卒業後、臨床医として働いていた7年間は、外来で結核患者さんを見ることは普通だった。ただ、重症のケースはほとんどなく、7年間で一人だけ胸水貯留を示した患者さんが外来に来たことはあったが、残りの患者さん達の病巣は肺に限局されていた。
元々結核菌は気道感染し、また感染後マクロファージ内にとどまるので、肉芽形成によりマクロファージが限局することが、肺に病巣が限局する理由だと考えてきた。
今日紹介するデューク大学からの論文は、結核菌によるマクロファージ遊走能の調節が、病巣の広がりを決めること、そしてそのメカニズムを明らかにした論文で、感染症研究が私たちに面白いドラマを見せてくれることを示す研究だ。タイトルは「An ancestral mycobacterial effector promotes dissemination of infection(先祖方抗酸菌が持つ分子が感染の伝搬を決める)」で、11月9日 Cell にオンライン掲載された。
このドラマは、最初、一人のベトナム人から拡がった結核患者さんのほとんどが、通常の結核と違い、肺以外の臓器に拡がっているという発見から始まっている。
おそらくこれは結核菌の違いによるのではと考え、分離した結核菌のゲノム解析を行うと、現代主流になっている L2-L4 とは別の、L1 と呼ばれる系統に属していることを特定する。この株は、他の抗酸菌との関係から、「先祖型」と呼ばれる系統に属している。
そこで、ゲノム解析データから、先祖型と現代型を分ける違いを探すと、結核菌から分泌され病原性に関わるESAT-6の類縁遺伝子esxMが先祖型では完全長が分泌されるのに対し、現代型ではストップコドン変異により短い形に変化していることを明らかにする。
幸い、ゼブラフィッシュに感染するM.marinumもこの完全超分子を持っており、ゼブラフィッシュに感染すると、感染したマクロファージの遊走速度が高まり、身体全体に拡がること、そしてこの現象がesxMを欠損した菌では見られないことを確認する。すなわち、結核菌から分泌されるesxMがマクロファージを活性化し、体中に結核菌を運ぶことが、病巣の広がりに関わることを示している。
そこで、esxMのみをマクロファージに発現させる実験を行い、最終的にアクチンの調節因子Arpc2の機能を高めることで、遊走能を高めていることを明らかにする。
また、結核菌のゲノムと感染力を調べた疫学研究を再検討し、esxMを持つタイプのL1結核菌感染者では、骨髄炎の発症率が高いことを示している。
以上、珍しい症例から、結核菌が体内に広がるメカニズムまで、面白いドキュメンタリーを見ることが出来た。残念ながら、esxMによる遊走能の違いがホスト免疫能にどう影響するかについての検討はないが、もし遊走能が高いと免疫が上がるとすると、ワクチンのアジュバントとして利用できる可能性があるし、そもそもアジュバントとして有名なBCGは祖先型に近いはずなので、ドラマの第二幕につながる可能性がある。