てんかんは抑制性神経の働きが弱った部位で始まる神経の過興奮が周りへと伝播する病気で、大小様々な発作を引き起こし、日常生活が著しく阻害される。これを抑える薬剤もあるが、脳の興奮を抑える治療なので副作用も多く、そもそも30%以上の人が、薬剤に反応しない。このため、てんかんが始まる場所の特定できるケースでは、皮質電極を設置して場所を特定し、その部位を取り除く治療が行われる。また、てんかん部位を切り取ってしまう代わりに、神経興奮を抑制する分子を導入する遺伝子治療の開発も進んでいる。
今日紹介するUniversity College Londonからの論文は、遺伝子治療で導入した遺伝子の影響を、実際のてんかん発作に参加する細胞だけに限定するための方法を模索した研究で、11月4日 Science に掲載された。タイトルは「On-demand cell-autonomous gene therapy for brain circuit disorders(脳内回路以上に対するオンデマンドで細胞自発的な遺伝子治療)」だ。
発想はシンプルだ。これまでも紹介している様に、神経興奮は Fos など転写因子を急性に誘導することがわかっており、これらを immediate early gene (IER:最初期遺伝子) と呼んでいる。この IER の発現に関わるプロモーターを用いると、てんかんで興奮した細胞だけで神経興奮を抑制する遺伝子を発現させ、その後続く発作を抑えることができるというアイデアだ。実際、IER プロモーターに蛍光分子を結合させ培養細胞に導入し、薬剤でてんかん発作を誘導すると、GFP が6時間で誘導され48時間程度は続くことから、その間発作を抑えることが期待できる。
次に、この IER プロモーターに遺伝子操作で活性を高めたカリウムチャンネル (EKC) を繋いで神経細胞に導入すると、神経興奮を強く抑えることが確認した上で、マウスを使った実験に進んでいる。
まず EKC をマウス海馬に局所的に導入、一度薬剤でてんかん発作を誘導した後、脳を切り出すスライス培養で電気生理学的にモニターしながら発作を誘導すると、過興奮を完全に抑制でき、また興奮の閾値を上げることができる。次に、スライス培養ではなく、マウスに薬剤によるてんかんを誘導する実験を行うと、24時間までは完全に発作を抑えることができるが、2週間経つとこの効果が失われる。アデノウイルスベクターでの遺伝子発現は続いていると考えられるので、この結果は最初の発作による IER の発現が消失したためと考えられる。
また、自然発作が誘導されるてんかんモデルを用いて、てんかん発作が始まった後から遺伝子導入する実験を行い、始まった発作も局所に IER プロモーター / EKC 遺伝子を投与することで発作を強く抑えられることを明らかにしている。
もちろん、IER は活動する脳で常に発現することから、いくらオンデマンドの遺伝子発現と言っても、脳の正常活動に対する影響が心配されるが、一般的行動試験では異常が認められないことから、副作用はないと結論している。おそらく局所への遺伝子投与であること、そして IER の活性が一般神経興奮では長く続かないことなどから、副作用が抑えられていると考えられる。
最後に、ヒト前頭葉細胞のオルガノイド培養を用いて発作抑制実験を行い、将来ヒトでも利用可能になると結論している。
以上が結果で、オンデマンド型の遺伝子発現をうまく使うと、てんかんだけでなく、様々な過興奮に基づく病態を制御できる可能性が生まれたと思う。