このブログでも何回か紹介したが、ガン周囲組織に白血球(好中球のつもり)が集まると、ガンに対するキラー細胞の作用が抑えられることが知られている。そのため、例えば白血球の浸潤を抑えるケモカインを抑制して、リンパ球の浸潤を増やす試みも行われている。とはいえ、なぜ白血球がガンに対する免疫を抑えるのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、白血球が腫瘍組織でおこすフェロプトーシスがキラー細胞の増殖抑制の中核にあることを示した論文で、11月16日 Nature にオンライン出版された。タイトルは「Ferroptosis of tumour neutrophils causes immune suppression in cancer(腫瘍組織の好中球のフェロプトーシスがガンの免疫を抑制する原因になる)」だ。
アポトーシスと、ネクローシスが細胞の死に方と考えておけばよかった時代から見ると、細胞の死に方レパートリーがこれほど多様化してきたことは驚きだ。これは、細胞が死ぬための分子メカニズムがわかってきたためで、それほど生体内では死にゆく細胞をどう処理するかが問題になっていることを意味している。
タイトルにあるフェロプトーシスとは最近報告された、細胞死の調節様式で、酸化還元反応の異常が引き金となって、鉄依存性に飽和脂肪酸のエステル化が亢進することでリン脂質が上昇し、細胞死プロセスのスイッチが入るプロセスを言う。幸い、他の細胞死ではなくフェロプトーシスが進んでいることを確実に捉えることは出来るようになっている。
この研究は、ガン組織の白血球を集めて遺伝子発現を調べると、フェロプトーシスを示唆する分子の発現が高まっていることを発見している。これは腫瘍組織だけで見られる現象で、結核のような慢性炎症でも、同じような変化は認められない。
そこで、まずなぜ腫瘍組織だけでフェロプトーシスが誘導されるのかを調べ、ガン組織で見られる低酸素状態や、アラキドン酸を介して、白血球のフェロプトーシスが誘導されていると結論している。様々なガンで同じようなフェロプトーシスが起こっているので、トリガーについて他の要因も考えられると思う。
いずれにせよ、ガン組織のみで白血球のフェロプトーシスが起こるとすると、白血球によるがん免疫の抑制は、フェロプトーシスが誘導されるためと考えることが出来る。そこで、ガンを移植し、そこにフェロプトーシスを誘導した白血球を移植する実験を行い、フェロプトーシスが誘導された細胞だけががん免疫を抑制出来ることを示している。
以上の結果から、ガン組織では様々な条件が合わさって白血球のフェロプトーシスが上昇し、フェロプトーシスで死に行く細胞が何らかのメカニズムでキラー細胞の増殖を抑えルことが明らかになった。
次に、ガン組織でフェロプトーシスが誘導された細胞で変化している遺伝子発現を調べ、プロスタグランジンE2の分泌や、フェロプトーシス細胞から吐き出される酸化脂肪酸がT細胞に直接働いて、ガン免疫を落とすことを明らかにしている。
最終的には様々なエフェクターが合わさって効果を及ぼす可能性も大で、おそらく関わる全ての分子を機能的に特定するのは難しいと思う。代わりにこの研究では、移植したガンの増殖を、ホストの白血球をリポスタチンのようなフェロプトーシス阻害剤でブロックしたとき、ガンの免疫が働き、腫瘍サイズが縮小するかモデル実験を行っている。結果は期待通りで、リポスタチン処理だけで腫瘍の縮小が誘導される。また、PD1抗体を組み合わせるともっと高い効果が発揮できることから、これが免疫を介して作用していると結論できる。
最後に、人間のガンでも同じことが言えるか調べる目的で、ガン組織遺伝子発現を調べたデータベースから、膵臓ガンや肺ガン組織でのフェロプトーシスに関わる遺伝子発現レベルを算定、ガンの予後と比較すると、フェロプトーシスが見られるガンでは明らかに予後が悪く、また肺ガンでPD1抗体治療を受けている患者さんでは、フェロプトーシスが予後を決定すると言っていいぐらい、フェロプトーシスが人でもガン免疫を抑える大きな要因になっていることを示している。
結果は以上で、これが正しいとすると、がん免疫治療でフェロプトーシスを阻害することは治療効果を高めるために必須の方法になるのではと期待が膨らむ、重要な貢献だと思う。