細菌叢は何千もの細菌が形成するエコシステムなので、ゲノム技術のおかげでその変化を捉えることが出来るようになったが、その変化がなぜ起こるのか明確に理解することが難しい。このため、言ったもの勝ちという状況が生まれ、善玉菌を増やすとか、悪玉菌を除くといったコマーシャルが溢れることになる。
しかし、現象の記述で論文が採択された時代はずっと昔の話で、まともな雑誌の場合、なぜその現象が起こるのかを問われることになる。しかし、無菌動物に限られた種類の細菌を移植して、個々の細菌の機能的影響を調べる研究は別として、人間の細菌叢を統計学的に調べる研究から、その背景にある因果性を探るのは簡単でない。
今日紹介するハーバード・ブロドー研究所と、スイス・ネッスル社研究所からの論文は、人間で起こっている統計学的現象の背景を調べるという点では学ぶところの多い研究で、11月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A distinct clade of Bifidobacterium longum in the gut of Bangladeshi children thrives during weaning(ロンガム・ビフィズス菌の特別の系統がバングラデシュの子供の離乳期に増加する)」だ。
多様な生活様式による変化をなるべく減らすため、この研究ではバングラデシュの発達期の子供に焦点を絞り、なるべく生活様式が揃うようにしている。そして、母親のミルクから離乳期、細菌叢が大きく変化する時期に焦点を当て、細菌叢の変化を調べている。
また、細菌叢とともに、便の代謝物を調べるメタボローム解析を徹底的に行うことで、細菌叢やその影響の変化を、より直接的代謝物の変化と対応させられるように計画している。
これ以外はほとんどこれまでの細菌叢研究と同じだが、この2つの工夫のおかげで、研究はずいぶん面白くなっており、以下に箇条書きにする。
- まず、生後から2歳まで、細菌叢の量と多様性はコンスタントに上昇するが、これに伴い便中の代謝物の量と多様性が増加し、細菌叢と代謝物が一体化していることがわかる。
- 生後は母親のミルクが主食になるので、これまでの報告通りビフィズス菌が細菌叢の大半を占める。このロンガム・ビフィズス菌も、今回特定された系統を含め、大きく3系統に分かれ、離乳期前から徐々に増加する2系統のビフィズス菌が特定される。
- この移行期のビフィズス菌が離乳期前から上昇するのは、バングラデシュの子供だけで、これまで報告された他の国での発達期細菌叢データを調べると、他の8カ国には全く認められない現象であること。また、メタボロームの解析から、これはバングラデシュ特有の離乳食が含む特有のグリカンへの適応であることがわかる。
- また移行期のビフィズス菌と相関する様々な代謝物が、子供の成長に大きな役割を果たすことが、伸長や体重の増加から特定できる。
- 重症の下痢は、好気性菌の増殖を契機として起こってくるが、これによりロンガム・ビフィズス菌は消失する。この時免疫を活性化する様々な代謝物も強く抑えられる。このように、好気性菌と免疫に関わるフェニル化乳酸の量を下痢のサインとして使うことが出来る。
以上が面白いと思った点で、発達期ではプロバイオとプレバイオを組みあわせて、細菌叢に介入する可能性が高いことが示された。また、メタボロームと同時解析をすることで、統計現象の背景の因果性をより理解できる可能性もよくわかった。アカデミアとの共同とは言え、こんな論文がネッスル研究所から出てくるのは、21世紀の食の科学の重要性を物語っている。我が国の食品業界からも、是非このレベルの研究が発表されることを期待する。