1981年 ES細胞が樹立されたとき、留学中の私は、この細胞をうまく使うと、個々の細胞の分化とともに、バラバラの細胞からスタートして、胚構造が形成される過程を研究出来るはずだと、未来を語り合ったのを覚えている。あれから40年の時間がたち、昨年の8月、イスラエルJacob Hannaのグループが、ES細胞から体節形成も始まったマウス初期胚を誘導したときは(https://aasj.jp/news/watch/20257), 40年はかかったが期待が徐々に実現していることを感じた。
このように全胚を形成するのは別にすると、胚中の特徴的な構造の形成原理研究になるが、中でも体節形成に関する研究が極めてホットだ。おもしろいことに、昨年の Nature オンライン版の最後は、ヒトiPS から試験管内で体節を形成させたという論文が2報 side by side で掲載されている。一報は体節で初めて Hairy分子の波を観察し、体節形成の時間プロセスを研究してきた大御所、現在はハーバード大の Pourquieグループだが、もう一報は、京大に斉藤さんを中心に新たに生まれた世界拠点ASHBiで研究を行っている Cantas Alev のグループからだ。大御所の論文は成熟しており、さすがと思うが、Cantasは日本に来たときからずっと見守ってきたので、今回は日本での研究は紹介しないという禁を破ってCantasの論文を紹介することにする。
Olivier も Cantas も2年前にやはり同時に、iPSから試験管内で体節細胞が誘導でき、細胞レベルで遺伝子発現の波が観察できることを発表していた。従って、今度は構造化した体節で何が起こるか調べる段階に移っている。
Cantasグループは、iPSから中胚葉を誘導した後丸い細胞塊が長く伸び始めた時期にマトリジェルに封入して培養を続けると、自然に体節が形成されることを観察する。このように構造化が可能になったことが最大のハイライトで、後はこの構造が体節としての条件を備えているか、そして構造化のメカニズムについて、研究を進めている。
体節構造では、中胚葉からの上皮化が起こること、前後軸の延長とともに体節数が増え、各体節で Hox遺伝子を中心に前後軸に応じた分化が起こっていること、HES7分子などを指標に見られる時間経過にリンクして観察される遺伝子発現の波が見られることなどが揃う必要がある。
研究では基本的に全てが揃った体節が作られること、また人間の12体節期の single cell RNA sequencing による解析と比べ、極めて良く似た細胞が誘導されており、実際の胚で起こる過程に近いことを single cell解析や in situ hybridization を用いて示している。
そして、それまで体節形成に関わる3種類のシグナル分子、レチノイン酸、Wnt、Notchを個別に検討し、
- レチノイン酸の役割はこれまで考えられてきたのとはかなり異なり、基本的には中胚葉から上皮化が起こる過程を支配している。すなわち体節形成自体のシグナルになっていることを明らかにしている。私の知識はあまりアップデートできていないが、前後軸の違いの形成に全く関わらないというのは驚きだ。この点は新しい領域として重要になる気がする。
- これに対して、Notch は転写の波を形成するのに重要な働きをしている。これは、Hes7 が波のマーカーになってくることからも当然だ。
- 一方、同じように波の形成に関わると思っていた FGF や Wnt は前後軸を伸ばし、体節の数を増やすのに関わることが示された。
以上、個人的に驚くのは、体節構造にリンクして統合されているように思えるこれらのシグナルが、完全に独立した過程に因数分解できることで、今後構造と細胞という関係がさらに明らかになると期待される。また、ヒトiPSを使って、様々な発生異常研究できることも示しており、今後は催奇形物質の作用研究にも役立つと期待される。
最後に Cantas は20年ほど前にCDBに現れ、様々な研究室を渡り歩いて、京大世界拠点に落ち着いた。最初会ったときからよく話すスマートな若い研究者という印象だったが、何がしたいのかがよくわからなかった。今、ヒトiPS と出会って、これまでの経験を生かせる分野を確立しつつあるようで、是非日本に残って頑張って欲しいとおもう。彼がオーガナイザーの一人として働く淡路での Cold Spring Harbor Asia シンポジウムの情報も最後に添付しておく(https://www.facebook.com/photo?fbid=5680593085350662&set=a.644546182288736)