1月20日 細菌叢伝搬ルール(1月18日 Nature オンライン掲載論文)
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1月20日 細菌叢伝搬ルール(1月18日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月20日
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最初、細菌叢のメタゲノム解析はリボゾーム領域の配列を用いて行われていたが、細菌系統レベルの解析は難しいため、母親と子供で細菌叢が共有されていることを本当に証明することは出来ず、大体そうだろうと言った結論で終わっていた。しかし、ショットガンやさらにはロングリード配列決定などが行われ、またインフォーマティックスパワーが進歩することで、存在する細菌のゲノムを再構成することが出来るようになってきた。

今日紹介するトレノ大学からの論文は、世界中から細菌叢の全ゲノム解析を集め、独自に開発した情報処理方法を用いて、細菌叢の個人から個人への伝搬について詳しく調べた研究で、1月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The person-to-person transmission landscape of the gut and oral microbiomes(腸内及び口内細菌叢のヒトからヒトへの伝搬)」だ。

まず驚くのが、親子から双子の兄弟まで、これほど多くの細菌叢全ゲノムデータが、研究者に利用できる形で存在していることだ。さらに、個々のデータセットに関しては論文も出ているだろうが、全体を新しい視点で見直すことで、この論文の様な重要な貢献が出来ることだ。我が国の若者からも、このような論文が多く発表されることを期待している。

系統レベルで細菌を特定することが出来ることから、例えば母親から子供にどの細菌が伝わったのかを特定することが出来る。特に、系統レベルでは区別がつかない、例えば食事などを通して摂取した環境経由の細菌系統を、人から人へ伝わった細菌系統と区別できる。

結果はこれまで示されてきたことと特に変わりはないが、しかし解析パワーのおかげで、読んだインパクトは大きい。主な内容をまとめると、次のようになる。

  1. 腸内細菌叢の伝搬は母親から子供への伝搬が最も大きく、後は家族内、同じ村、と共有細菌種はどんどん低下する。これまで種レベルでは明確ではなかったが、全く共通の系統を共有していないという個体が5%近く存在することで、全ゲノムレベルの検討の必要性を痛感する。
  2. 生後すぐの母親と子供の共通性が平均50%という数字を考えると、まず我々の細菌叢は母親から来ると結論できる。また、この高い共通性は1歳前後まで維持されるが、その後急速に低下するが、20%近くはそのままほぼ死ぬまで維持される。すなわち、外界とのコンタクトが増えると家族内、村落内の社会的コンタクトに応じて細菌叢が変化するが、系統レベルで生まれてからずっと維持される細菌叢も存在している。
  3. 母親から子供以外で、家族内全体で共有される細菌系統が大体20%ほど存在し、また同じ村落内で共有される細菌系統も10%前後存在する。すなわち、結局細菌叢の多くは、人間同士の関係で形成される。
  4. 口内細菌についても調べており、この場合は母親の役割は強くない。例えば夫婦間の共有と比べると、母親と子供の共有系統は少ない。面白いのは、共有細菌種は子供の年齢とともに増えることで、基本的にはスキンシップをベースに形成される。
  5. どの細菌が共有されやすいかを調べると、グラム陰性で、好気環境に耐性のある菌系統が伝わりやすい。

以上が結果で、繰り返すが特に目新しさはないが、しかしデータのインパクトは高い。というのも、こうして整理された伝わり方と伝わりやすさは、これからの細菌叢操作を考える上で極めて重要になる。このような研究が進むと、薄っぺらいデータだけで訴える世間の細菌叢議論も、いつか淘汰されるだろうと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ