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1月31日 ウイルス感染は脳の神経変性疾患発症のリスクになる(1月16日Neuron オンライン掲載論文)

2023年1月31日
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Covid-19では、brain fogと呼ばれる脳症状が高い頻度で発生した事が知られ、後遺症として位置付けられている。ただ、ウイルス感染が脳へ波及しなくとも、ウイルス感染自体が神経変性疾患のリスクになることは、昨年の10大ニュースの中にサイエンスが選んだ「EBウイルス感染が多発性硬化症の原因になっている」という発見からもわかる。

今日紹介する米国国立老化研究所からの論文は、極めてシンプルだが恐ろしい論文で、様々なウイルス感染が、アルツハイマー病を含む様々な神経変性疾患の引き金になっている可能性を示した研究で、1月19日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Virus exposure and neurodegenerative disease risk across national biobanks(国レベルのバイオバンクデータからわかるウイルス感染と神経変性疾患リスク)」だ。

この研究では、30万人のデータが集まっているフィンランドバイオバンクのデータから、アルツハイマー病(AD)、側索硬化症(ALS)、痴呆、多発性硬化症(MS)、パーキンソン病(PD)、そして血管性痴呆の発症前にウイルス感染症の既往があるかどうかを調べている。

これにより、ウイルス感染とそれぞれの神経変性疾患の関わりが、感染しなかった人と比べた時のオッズ比として計算される。次に、英国の50万人のデータが集まっている UK バイオバンクで、フィンランドのバンクで抽出されたリスクが確認できるかを調べ、両方でリスクが確認された時に、ウイルス感染がその神経変性疾患の何らかの引き金になったと結論している。

さて結果だが、最も相関が見られるとして EB ウイルス感染と MS がリストされると思いきや、もちろん強い相関はあるが、オッズ比でいうと3.8程度になっている。これは、EB 感染は必須の条件でも、感染= MS 発病ではないからで、実際世界的にも EB ウイルス感染はほとんどの人で感染しているが、MS の発症率は10万人に7人程度だと知ると納得する。

では、神経変性疾患の最も高いリスクはどのウイルス病か?答えを知るとなるほどと納得だが、ウイルス性脳炎と AD 発症の関係で、オッズ比がなんと30というスコアで、UK バイオバンクでも確認される。これ以外にも、脳内でのウイルス感染は AD や痴呆症のリスクになっている。間違ってはいけないのは、ウイルス感染が AD の原因になっているわけではない点で、あくまでも病気を誘発するリスクがあることを示している。事実、AD 診断よりかなり前から、β アミロイド沈着など病気が始まっていることを考えると、AD に関しては、おそらく発症までの過程を促進したと考えたらいいように思う(論文ではここまでは言っていない)。

もっと驚くのは、脳に感染が波及しなくとも、インフルエンザ肺炎が起こると、ALS や痴呆がその後起こるリスクオッズ比が高まることで、UK バイオバンクでは ALS でオッズ比が7を超え、痴呆のオッズ比が6を超えており、インフルエンザ肺炎を起こしやすい高齢者にとっては恐ろしい話だ。

他に気になる結果だが、肺炎を併発しなくても、インフルエンザにかかった後でパーキンソン病が発症するオッズ比が2−3に上昇することで、メカニズムはわからないが、間違いなくウイルス感染は神経変性性疾患の引き金になっている可能性が高いと思われる。この研究では、実に16種類のウイルス感染と、様々な神経変性疾患の組み合わせがフィンランド、UKのバイオバンク共に確認できている。

主な結果は以上だが、面白いのはウイルス感染から神経変性性疾患発症までの期間ごとにオッズ比プロットすると、ほとんどの場合間隔が短いほどオッズ比が高く、時間と共にオッズ比が低下していくことが示されている。このことから、ウイルス感染の急性効果が神経変性性疾患発症に関わる可能性が示唆される。今後この二つのイベントをつなげるメカニズムについて検討する必要があるだろう。

今後膨大な数の人が感染したCovid-19についても、多様な病像と神経変性疾患との関わりについての相関がわかって、この研究で明らかになった組み合わせに新しい組み合わせが加わると予想でき、ウイルスに感染することの恐ろしさが認識されていくだろう。

しかし、両者の関係が認識されたとして何か対処の方法はあるのだろうか。現在のところ、唯一の対策はワクチンということになる。例えば昨年、インフルエンザワクチン接種により AD リスクが下がることを示す論文が出た。この研究の結果、ウイルス感染を防ぎ、重症化を防ぐワクチンのそれ以外の役割については研究が進む予感がする。そして同じ延長線上に、将来コロナワクチン接種と、アルツハイマー病やパーキンソン病と言った神経変性疾患の相関がわかってくると、新しいワクチンの意味が理解できるような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月30日 オキシトシン受容体はつがいの絆には関わっていない(1月27日 Neuron オンライン掲載論文)

2023年1月30日
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性行動、自発的行動ときて、今日はPair bonding、すなわち、つがいになった個体間のつながり、人間に当てはめれば夫婦の絆に関わる行動についてのカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文を紹介する。タイトルは「Oxytocin receptor is not required for social attachment in prairie voles(オキシトシン受容体はプレーリーハタネズミの社会的愛着には必要ない)」で、1月27日 Neuron にオンライン掲載された。

このブログでも紹介したが、プレーリーハタネズミ( PH )は、一定期間過ごすことで、つがいとして生涯を過ごす事が知られている。実際、動物行動学では PH のペアは同じ罠にかかる事が極めて高い事が知られており、いつも行動を共にしするほどの絆の強さだ。このような pair bonding を示さない種と比べると、オキシトシン受容体の脳内での発現が大きく異なる事が示され、これを裏付ける様々な実験が、動物だけでなく、人間でも行われ、まさにトリスタンとイゾルデを結び付けた魔法の薬として一般メディアにも取り上げられた。

しかし本当にそうなのか、問い直したのがこの研究で、何とPHを実験室で飼育し、さらにオキシトシン受容体遺伝子を CRISPR/Cas を用いた遺伝子操作で受精卵で変異させ、その親から生まれてきたオキシトシン受容体欠損PHを確立した、まさに執念とも言える研究だ。

それぞれ変異の異なる3系統を樹立しているが、結論は明確で、少なくともpair bondingに関わる限り、オキシトシン受容体は必要ないという結論になる。また、オスメス両方がこの遺伝子を欠損していても、子供を協力して育てることもできる。

もちろん異常も見られる。この遺伝子が欠損したメスマウスは子供が育てられない事が知られている。理由は、母乳を与えられない事が知られているが、同じ異常を PHメスにも見る事ができる。ただ、マウスと比べてもその程度は弱く、生後失われる子供が確かに存在するが、一部は間違いなく成長し、離乳するので、子供を育てる能力も残っていると言える。

以上が結果で、これまでの実験結果はなんだったのかと思える驚くべき結果だ。ただ、pair bondingは PH で見られることから、当然他のメカニズムが存在する事が示唆され、これにオキシトシンが関わる可能性もある。この結果は、行動という複雑な過程を一つの遺伝子で語ってしまう難しさを語っていると言える。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月29日 自発行動に見えてもドーパミンにより意味付けられ構造化されている(1月18日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月29日
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今日もドーパミンと行動の話だが、条件づけられていない自由行動を扱っている点で、面白い研究だ。

昨日紹介した性行動で示されたように、特定の行動の動機づけにドーパミンが深く関わっていることは一般にも広く知られるようになっている。すなわち、私たちの行動も結局ドーパミン分泌により得られる快感を動機として構造化されるということになる。

とはいえ、同じ結果が得られるように褒美を与えるような条件づけを前提とする実験的状況は別として、我々の行動の多くは、最初から目標が決まっているわけでない、自発的行動だ。そんな場合、その行動の動機はどこから来たのか不思議だ。今日紹介するハーバード大学からの論文は、外界からの刺激や条件づけのない状況でマウスが自然にとる行動も、ドーパミンの分泌と相関することで、行動の意味づけと構造化が行われている事を示す研究で、1月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Spontaneous behaviour is structured by reinforcement without explicit reward(自発的行動も明確なご褒美がなくても強化により構造化される)」だ。

この研究では、一見自発的に見える行動も、必ずドーパミン分泌と相関することで、その行動に意味づけが行われ、一定の構造化がおこなわれると決めて研究している。これを調べるために、ドーパミンセンサーを線条体に注入して、分泌されたドーパミン量を継時的に記録できるようにしたマウスの自発的行動をビデオで撮影し、行動とドーパミン分泌の関係を探索している。

こう書いてしまうと簡単に見えるが、自発的行動を類型化して、その行動を定義することは極めて難しい。この研究では、マウスの行動をまず動きの要素に完全に分解し(前への動き、上下の動き、左右の動き等々)、これら運動要素を AI により一連の運動セット(例えば、じっとする、起きあがる、前に歩くなどで、ここではシラブルと呼んでいる)へカテゴリー化し、このシラブル単位とドーパミン分泌の関係を探っている。

このように、運動を要素化し AI でカテゴリー化出来るようにした事がこの研究のハイライトで、これまで人間の観察による判断として行われた事が、完全にコンピュータでできるようになった事で、初めて高い時間解像度で行動要素(シラブル)の開始から終わるまでを、正確にドーパミン分泌の時間経過と相関させられるようになった。

結果だが、特定の行動が目的づけられているわけではないため、特定のシラブルやシラブルが重なった行動にドーパミン分泌が結びついているわけではないが、各シラブルの開始すぐから様々なレベルのドーパミン分泌が見られる事がわかった。すなわち、各行動に自発的にドーパミン分泌が割り振られている事がわかる。

この時のドーパミン分泌レベルは、思いがけなく食べ物にありついたときのドーパミン分泌レベルに匹敵することから、自発的であっても、ご褒美反応と同じレベルの動機づけが行われているように見える。

ではどんな動機づけかを調べるために、それぞれのシラブルでのドーパミンレベルと、シラブルが起こる頻度や、シラブル同士のつながりを調べると、個体毎に結果は異なるが、シラブル毎のドーパミンレベルは、そのシラブルが現れる頻度を反映しており、自発行動とはいえ、シラブルごとに意味づけが行われている事を強く示唆している。その結果、高いドーパミンレベルと相関しているシラブルは、多様なシラブルと結合して行動を形成できることから、行動のオーガナイザーとしての機能を持っている。

そこで、自発行動のシラブル発生に合わせて、光遺伝学的にドーパミンの分泌を増加させると、期待通り一定時間内にそのシラブルの利用される頻度が増加する。すなわち自発運動でもドーパミンにより意味づけられる事が明らかになった。

結果は以上で、自発的に見える行動も、おそらく成長過程で行動を形成する要素がドーパミン分泌と結合し、意味付けされることで、どう行動した方がいいのかが自然に学習されていく話になる。いずれにせよ、自発的行動を分析できる AI 技術開発がこの研究の鍵で、面白い技術だと感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月28日 セクシータッチの脳科学(1月23日 Cell オンライン掲載論文)

2023年1月28日
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光遺伝学のおかげで、生きたマウスの特定の神経回路を刺激する事が可能になり、脳活動の解明が進んでいるが、特に本能行動を支える脳回路の研究の進展は著しい。そんな中でも、今日紹介する性行動を促すタッチセンサー回路についてのコロンビア大学からの論文は、読者の様々な想像を膨らませる面白い研究だ。タイトルは「Touch neurons underlying dopaminergic pleasurable touch and sexual receptivity(快楽のタッチと性行動受容に関わるドーパミンを誘導するタッチ神経)」で、1月23日 Cell にオンライン掲載された。

愛撫に代表されるような柔らかで緩やかな動きに対するタッチ感覚は、ゆっくり伝達される Cファイバーによる触覚、C触覚として知られている。そして、最近の研究でこのような触覚に関わるメカノセンサーとしてMrgprb4 が特定されており、この研究ではこのメカノセンサーを発現する C触覚回路を光遺伝学的に操作できるマウスを開発して、この回路刺激によるマウスの行動を調べている。

この神経に続く回路や Mrgprb4発現の特異性など、基礎的な検討はすっ飛ばして、Mrgprb4刺激が誘発する行動解析に進むことにする。Mrgprb4神経は全身に存在し、性行動に関わる生殖器から肛門にかけての皮膚にも発現があるが、背中一部の皮膚Mrgprb4神経を光で刺激するだけで、マウスはのけ反り反応を示し、快楽刺激が起こっていることがわかる(少し脚色して紹介している)。

さらに面白いのは、Mrgprb4を発現する神経細胞にジフテリアトキシンを発現させて除去すると、オスとメーティングさせたとき、普通はオスを受け入れる回数が経験と共に上昇していくのに、Mrgprb4神経が除去されていると、逆に回数が増えるごとにオスを受け入れなくなり、快楽反応を示すどころか、逆に攻撃的になる。

この2種類の行動変化がこの研究のハイライトで、あとは Mrgprb4神経が最終的に刺激されることで快楽反応が誘導されるのは、この回路が最終的に側坐核でのドーパミン分泌を促すためである事を Mrgprb4神経の光刺激と、ドーパミン光センサーを用いた実験で示している。

また、性行動で起こる、マウンティングや、生殖器や肛門への刺激が、それぞれに対応する側坐核の細胞は異なるが、同じようにドーパミン分泌を誘導することも明らかにしている。

以上が結果で、Mrgprb4神経による C触覚は、側坐核ドーパミン分泌を通して快楽を誘導する回路により、基本的には性行動を調節しているという結論になる。わかりやすくまとめるとネズミの世界でも、タッチを介した前戯が大事という結果になる。このように論文で示された現象を人間に当てはめて考えてみると、様々な想像が沸いてくる。私自身、こんな事も、あんなことも出来るのではと読みながら想像をかき立てられたが、やましい心の中を覗かれるのは嫌なので、ここでストップする。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月27日 リンパ管内皮から血液細胞が発生できる(1月18日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月27日
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自分で実験をして論文を最後に書いたのは、京大医学部分子遺伝に移って2−3年ぐらいだったと思うが、後始末の悪い教授がクリーンベンチやセルソーターの前で怒鳴っているのを見るのは、教室の人たちには苦痛だったと反省している。その時の実験の目的は、胎児血管内皮をソーティングして、血管内皮から血液が間違いなく出てくることを証明することで、Immunityに掲載された。そのあとは引退するまでまともな実験はしなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、読んでいて自分でおこなった最後の実験のことを思い出す仕事で、リンパ管分化に必須分子、Prox1 の転写を調節するエンハンサーの活性を調べる過程で、Prox1分子の発現が低下すると、リンパ管内皮細胞から血液が発生できるようになる事を示した研究で、1月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A Prox1 enhancer represses haematopoiesis in the lymphatic vasculature(Prox1エンハンサーはリンパ管で血液発生を抑制している)」だ。

このグループは以前 GATA2 変異により Emberger 症候群と呼ばれる遺伝的リンパ浮腫が起こることを発見しており、今回の研究はその延長にある。GATA 結合部位とともに、リンパ管発生に必須の様々な転写因子が結合する Prox1 発現調節エンハンサーを染色体免疫沈降により特定したあと、この領域 800bをレポーター遺伝子と結合させ、トランスジェニックマウスを作り、エンハンサー活性を調べている。結果は明瞭で、発生期から成長後も常にリンパ管内皮に発現が見られる。成長後は特に大きなリンパ管の内皮やリンパ管の弁に発現が限局されてはくるが、この領域が Prox1 によるリンパ管発生調節に最も重要な領域であることを確認する。

この結論をさらに確認するため、エンハンサー領域を含む11kbをゲノムからノックアウトすると、生き残るマウスもいるが、半分以上が発生過程でリンパ管発生異常をきたして死亡する。リンパ管内皮細胞は分化していても、組織化されたリンパ管が形成できない。これは、GATA2 だけでなく、この領域にある様々な転写因子の結合ができなくなるため、リンパ管発生に必要な Flt4 などが発現できないためで、Prox1 が機能するためにはこの領域が様々な調節因子のハブになっている事がわかる。

そしてこのリンパ管異常を示すマウスの頸部リンパ管内腔に、なんと Runx1 陽性、c-Kit 陽性の血液細胞様のクラスターを発見する。そこで、このマウスからリンパ管内皮をソートして培養すると、CD45陽性の血液細胞が発生することを確認している。

以上の結果は、リンパ管のアイデンティティーを保つためには、Prox1 の発現調節が必須で、リンパ管発生に関わる分子の発現だけでなく、血液や血管内皮への分化を抑制する役割をしていることが示された。逆に、血液、血管内皮、リンパ管内皮が、それぞれ簡単にプログラム変更が起こる可能性を持っていることも明らかになった。この研究で特定された領域に、多型が存在しているかどうか確かめてみたくなった。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月26日 c-Abl阻害剤を用いたパーキンソン病治療の可能性(1月18日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年1月26日
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パーキンソン病(PD)の多くが αシヌクレインタンパク質の折りたたみ異常によって引き起こされることがわかってきて、レビー小体型認知症、多系統萎縮などと合わせてシヌクレイン症として扱うようになってきた。最近、αシヌクレインをリン酸化し、折りたたみ異常を誘導する分子として、慢性骨髄性白血病のドライバーとしても知られる c-Abl が関わっている事がわかってきた。このことは極めて重要で、c-Abl阻害剤が PD治療に使える可能性を示唆している。この考えで、白血病に用いられている nilotinib をパーキンソン病の治療薬として使う治験が行われたが、脳内移行が限られているため、うまくいっていない。

今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文は、脳内移行が可能な c-Abl阻害剤を開発し、その効果を確かめたマウスを用いた前臨床研究で、1月18日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「The c-Abl inhibitor IkT-148009 suppresses neurodegeneration in mouse models of heritable and sporadic Parkinson’s disease(c-Abl阻害剤 iKT-148009 は遺伝的および孤発性パーキンソン病マウスモデルを抑制できる)」だ。

これまでの研究から c-Abl が PD の治療表的になる可能性はわかっていたので、この研究では独自の化合物デザイン方法を用いて設計、合成した化合物の中から、経口投与可能で、脳内移行できる c-Abl特異的化合物として IkT-148009 を突き止める。これが研究のハイライトで、あとはこの化合物の効果を様々な PDモデルで確かめている。

まず、シヌクレインとは関係がない、細胞毒注射による黒質細胞障害モデルで IkT-148009 を投与すると、細胞死を抑制する。これは、c-Abl によりドーパミン神経細胞死に関わる Parkin や Paris、AIM2 などの活性化が起こるからで、c-Abl阻害が一般的神経細胞し保護効果を持つことを示している。

次に、異常αシヌクレインを発現させたトランスジェニックマウスモデルに IkT-148009 投与実験を行い、機能的、病理的にも PD の進行が抑えられること、また αシヌクレインのリン酸化が期待通り抑制できていることを確認している。

最後に、脳内に異常αシヌクレインを注入して、孤発性PD を誘導するモデルに IkT-148009 を投与する実験を行い、PD 発症を強く抑制するだけでなく、シヌクレイン沈着、伝搬を抑えられることを示している。

以上が結果で、脳内移行、阻害活性など、まだまだ改善できるのではと思うが、c-Abl阻害剤が、αシヌクレインのリン酸化、沈殿、伝搬を抑制するだけでなく、ドーパミン神経の細胞死一般も抑制できる、一種夢の治療薬になる可能性を示唆している。

もう一つ知りたいのは、どのステージで治療を始めれば PD 進行を止められるのかだ。おそらく、ドーパミン神経が残っておれば、治療効果を期待できると思うが、今後詳しく調べる必要があるだろう。大きな進展を期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月25日 高齢者の感情の特徴の背景にある神経基盤(1月12日 Nature Aging オンライン掲載論文)

2023年1月25日
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歳をとると涙脆くなるという人もいるし、逆に鈍感になるという人もいる。ただ、うつ状態が広がっているという話を聞くと、ここでも紹介してきた何もしない時に活動し、自分自身に向いた思考を支えるdefault mode networkが老化と共に変化する可能性は高い。

今日紹介するジュネーブ大学からの論文は、人が辛い思いをしているビデオ、あるいは毎日の普通の生活のビデオを見た時の感情と、そしてそれをみた後の脳の活動を機能的MRIで調べ、若者と高齢者を比較した研究で、1月12日 Nature Aging にオンライン掲載された。タイトルは「Exposure to negative socio-emotional events induces sustained alteration of resting-state brain networks in older adults(ネガティブな感情的出来事は高齢者特異的に見終わった後も安静状態の変化を誘導する)」だ。

まず、自己申告形式で高齢による様々な変化を調べてみると、感情の起伏が少しではあるが低下しているが、多様な見方ができなくなっているという結果だ。

次に、やはり自己申告形式で、ビデオに対する気持ちを聞くと、一見、若者と比べた時の変化は素人には大きくないように見える。ただ、いろいろ調べると、ビデオに対する共感とネガティブな気持ちがほとんど連関しない。言い換えると、ネガティブな感情に鈍感といえる。

この変化の脳科学的背景を調べるため、社会性認知に関わる後帯状皮質および前頭前皮質、そして感情に関わる扁桃体や島皮質の活動を調べると、年齢を問わず、深い共感とネガティブな感情に襲われた時、感情に関わる扁桃/島皮質と、後帯状皮質/前頭前野の活動が連動するようになる。ただ、感情領域自体の活動はビデオでは特に変化するわけではない。

同じビデオに、高齢者も心を動かされるというわけだが、ではなぜ高齢者でネガティブ感情が強くならないのか。

一つは、高齢者は強い共感を呼ぶビデオに対して、感情に関わる領域の反応は若者と比べて低く、逆に社会性に関わる領域の活動は高い。

さらに重要なのは、このネットワークの結合反応がビデオを見終わった後も高齢者で長く続くことで、これにより感情の時間的起伏が抑えられることになる。まさに、emotional inertia として知られる、感情変化への抵抗性が高齢者に存在することがわかる。この結果は、ネガティブ感情を強く抱かないという自己申告結果と一致している。

以上が結果で、自分に当てはめると当たることも当たらないこともあるが、このような脳科学的知見をベースに、もう一度それぞれの感情状態を調べることは重要だと思う。

老人はキレやすいのか、キレにくいのか?この研究ではキレにくいということになるのだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月24日 骨に存在するリンパ管の役割(1月19日号 Cell 掲載論文)

2023年1月24日
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現役時代は骨髄造血についても研究していたが、骨や骨髄にリンパ管が存在するかどうか考えたこともなかったが、その一因はそもそもリンパ管の様子を組織学的に調べるのが難しいためだ。その結果、脳内のリンパ管の存在が広く認められるようになったのはついこの前のことだ。

今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、骨のホールマウント染色を工夫して骨髄を含む骨全体のリンパ管を観察できるようにし、放射線照射後の骨リンパ管のダイナミックスやその役割について調べた研究で、1月19日号 Cell に掲載された。タイトルは「Lymphatic vessels in bone support regeneration after injury(骨のリンパ管が傷害後の再生を支持している)」だ。

なんと言ってもこの研究のハイライトは、マウスの骨を脱灰も含む様々な処理をして見えるように出来たことだ。その結果、骨の中でもリンパ管が血管の中に見事に染め上げられており、骨端に近づくにつれリンパ管の密度が上昇していることがよくわかる。

あとは、リンパ管のダイナミックスを見るため、放射線照射+骨髄細胞移植後の再生に焦点を絞り、リンパ管の変化を観察している。驚くことに、放射線照射により骨全体でリンパ管の密度は15日をピークに急速に上昇し、骨や骨髄の再生に何らかの役割を持つように見える。

そこで、リンパ管の増殖に必須の VEGFR3 に対する阻害剤、あるいはリンパ管特異的にジフテリアトキシンを発現させてリンパ管を除く方法を用いて、リンパ管の増殖を止めたときに、造血や骨再生が受ける影響について調べている。

結果は明瞭で、血液幹細胞の骨髄での維持や、骨の再生が強く阻害される。すなわち、放射線照射後の骨リンパ管の増殖が、骨髄造血や骨の再生に密接に関わることを示している。

このメカニズムを探ると、阪大の長沢さん達により示された骨髄造血細胞ニッチ分子、CXCL12 をリンパ管が分泌し、この分泌を遺伝的にノックアウトすると、造血幹細胞の骨髄での維持が著しく阻害される。

骨の再生で見ると、血管外皮由来の、いわゆる多能性を持つ間質幹細胞も CXCL12 の働きにより増加し、骨芽細胞に分化して骨の再生を促進する。事実、この細胞を特異的に除去する遺伝操作により、放射線障害時の骨の再生が低下する。さらに、同じ細胞は骨髄の造血細胞ニッチにも分化し、血液細胞の造血支持にも関わることを示している。最後に、老化とともにリンパ管内皮細胞の修復力が低下することも示している。

以上が結果で、これまで全く忘れ去られていたリンパ管を骨や骨髄再生に位置づけることで、全く新しいシナリオが生まれることを示している。特に造血を支えるニッチについては、骨に接する間質細胞、血管内皮など様々な可能性が追求されているが、リンパ管内皮が CSCL12 を発現することは、これまでのデータも新しい目で再検討する必要を示唆している。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月23日 TKB1 阻害によるガン免疫増強(1月19日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月23日
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以前、熊本大学の三浦さんから、ハダカデバネズミだけでなく多くの長生きでガンになりにくい哺乳動物で、ネクロプトーシスを調節する RIPK と MLKL がともに欠損していることを聞いて、驚いたことがある。現象としてはネクロプトーシスを抑えるとガン発生が抑えられることになる。直感的に考えると、ガンのネクロプトーシスが上昇する方がガンになりにくいと思うのだが、三浦さん達は発ガン実験を通して、ネクロプトーシスメカニズムが炎症を抑えることが、この現象の一因であると考えている。

ただ、炎症とガンの関係は極めて複雑で、一つの図式に押し込むことが難しい。今日紹介するハーバード大学からの論文は TBK1 と呼ばれる自然炎症や代謝調節のハブに存在する TBK1 分子が、ネクロプトーシスにも関わっていて、ガンの免疫治療を高めることを示した面白い研究で、1月19日 Nature にオンライン掲載された。

この研究はメラノーマのチェックポイント治療抵抗性を調べているとき、メラノーマから TAB1 を欠損させるのが最も効果的であることを発見する。TAB1 はもともと STING 分子を介して自然炎症を高めることが知られていたので、TAB1 欠損でガン免疫が高まることは不思議に思える。

そこで、リンパ球も含むガンオルガノイド培養系を構築し、TBK1 欠損はガン自体の増殖に影響はないが、チェックポイント治療に用いる PD1 抗体と組みあわせると強い腫瘍抑制効果を示すことを明らかにする。

動物実験系で、TBK1 阻害剤がチェックポイント治療を高めることを確認した後、single cell RNA 解析を用いて腫瘍組織の細胞の種類を調べると、特に CD8T 細胞が抗原刺激で疲弊しないこと、および白血球の数が高まっていることを発見する。

これで一件落着に見えるが、阻害剤を用いた実験は、様々な細胞の TBK1 機能を抑制する。事実、最近 STING 分子を T 細胞からノックアウトすると、記憶細胞への分化が促進されることが示されており、この結果も同じ現象を見ている可能性がある。

また、STING 分子、TBK1 分子と続くシグナルは 1 型インターフェロン産生に重要で、TBK1 阻害は炎症を抑えるように思ってしまうが、実際には TNFα や IL2 、そしてγインターフェロンなどの組織でのレベルは高まる。すなわち、TBK1 の阻害は、腫瘍免疫に関する限りトータルで良い効果が得られることはわかるが、腫瘍で TBK1 が抑制されたための効果とは思えない。

そこで、TBK1 欠損の腫瘍自体への影響を探索した結果、TBK1 が TNFα からのシグナル経路で活性化される ネクロプトーシスを抑える働きをしており、これが欠損するとガン細胞が死にやすくなることを発見している。実際、メラノーマの患者さんで見ると、チェックポイント治療に反応できなかった患者さんではγインターフェロンや TNFα が高いまま経過することがわかった。

以上が結果で、一つのシグナル分子が、ガンとガン免疫の複雑な関係を支えていることを見事に示している。面白いのは、TBK1 阻害によるガン細胞のネクロプトーシス亢進は、三浦さん達がガンになりにくいとして示した RIPK3 や MLKL を阻害すると、完全に消えることだ。すなわち、ガン細胞にとって、ネクロプトーシスの系は、文脈によってポジティブにもネガティブにも働けることがわかる。

これは私の勝手な想像だが、ガンになりにくさとネクロプトーシスの関係は、炎症だけでなく、ガン細胞や老化する細胞自体からも見直してみると面白いように感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月22日 新しいエピジェネティック老化モデル(1月19日号 Cell 掲載論文)

2023年1月22日
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老化は様々な原因が合わさって進む過程だが、古くから知られた重要な要因は、DNA 損傷が繰り返されることだ。DNA 損傷は当然突然変異の原因になるので、DNA 損傷に様々な箇所に起こる突然変異による機能不全が、老化の一つの原因と考えられてきた。

今日紹介するハーバード大学からの論文はこの通説を覆し、DNA 損傷もエピジェネティックな再編成を通して老化を進めることを明らかにした重要な論文で、1月19日 Cell に掲載された。タイトルは「エピジェネティック情報の喪失が老化の原因である」だ。

これまで DNA 損傷誘導には、放射線照射や抗ガン剤、あるいは活性酸素などゲノム全体にランダムに起こる損傷を用いて研究が行われてきた。CRISPR/Cas 系が開発されてからは、部位特異的損傷も可能になったが、系が複雑なためか DNA 損傷手段としてはあまり使われていない。そもそも、DNA 損傷とその修復自体が老化のドライバーなどとは誰も考えていなかったと思う。

この研究は細胞内の DNA 損傷を、制限酵素 I-PpoI を細胞内で発現させることで誘導して、突然変異とは全く無関係の DNA 切断効果を調べることを可能にした。

もう少し詳しく説明すると、I-PpoI は CTCTCTTAA;GGTAGC という極めて長い配列を認識してカットするため、マウスゲノムには20カ所しか切断可能箇所がない。しかもそのうち19箇所はノンコーディングで、基本的には切断が突然変異につながらない。また変異が起こったかどうかを20箇所で調べるのは簡単だ。

この方法を着想したことで、純粋に DNA 切断と修復自体が老化に及ぼす影響を調べることが出来る。実験は、生後2−6ヶ月目に3週間だけ I-PpoI を全身で発現させ、老化の程度を観察している。勿論ゲノム配列を徹底的に調べ、これによる突然変異は起こらないことを示し、切断が起こり、きれいに修復されるという過程が3週間繰り返したことがわかる。

このマウスの観察を続けると、3週間しか処理しなかったのに、あらゆる臓器で老化が促進する。例えば認知機能を調べると、著明な記憶障害が起こるとともに、脳ではアストロサイトやミクログリアが活性化し、いわゆる神経炎症状態になっている。筋肉も同様で、筋肉機能や筋肉量が低下する。

この原因を調べると、3週間という短い期間の処理で、しかも正確に修復が行われているにもかかわらず、H3K27 ヒストンのアセチル化で見たときのエピジェネティックス状態が、クロマチンがオープンなところでは閉じる方向に、閉じたところではオープンになっていることがわかる。さらには、染色体の 3D 構造にも変化が起こり、エンハンサーとプロモーターの位置がずれて相互作用が起こらなくなっていることがわかる。

すなわち、全ゲノムでたった20カ所しか切れていないのに、それを修復する過程により、ゲノム全体でクロマチン構造が大きく変化し、その結果老化が進むことを明らかにしている。実際、これにより例えば筋肉で免疫系の遺伝子が発現したりする異常な状態が出来ている。

ただ、これはあくまでもエピジェネティックな変化で、山中4因子を導入することで完全にリプログラムできる。

以上が結果で、老化領域では極めて重要な貢献だと思う。切断と修復の箇所が限定されているため、今後修復によりエピジェネティックを支える分子がどう変化していくかの詳しい過程が明らかになるだろう。例えば本当にサーチュイン分子活性化で老化を抑えられるのかなど、重要な問題の理解が進むように思う。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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