今日のお昼、Bain 症候群という極めて希な病気の子供を持つお母さんと、この病気について勉強会をする予定だ。リアル配信はやめて、録画をYouTube にアップロードする予定だ。2016年にようやく原因遺伝子が特定されたが、メカニズムを理解するのがとても難しい病気だ。というのも、ほとんど全ての細胞に発現しており、RNAスプライシングという、私もほとんど理解できていない過程に関わっている分子だからだ。なぜ RNAスプライシングがこれほど複雑な調節を受けているのか、詳細を知るたびに途方に暮れる。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はその典型で、なんとブドウ糖に結合してRNAスプライシングに関わり、皮膚細胞の分化を調節しているという分子の話で、1月5日号 Cell に掲載された。タイトルは「Glucose dissociates DDX21 dimers to regulate mRNA splicing and tissue differentiation(ブドウ糖が DDX21二量体を解離させて mRNA スプライシング調節を介して組織文化を誘導する)」
タイトルでこの論文の内容がわかった人はよほどの専門家だと思うが、素人はまずブドウ糖が蛋白質の分子変化を誘導するという点に驚く。勿論ブドウ糖に特異的に結合する分子は数多く存在するが、ほとんどエネルギー代謝やブドウ糖の輸送に関わると考えていた。しかし、それ以外の役割をブドウ糖は果たしていたようだ。
この研究ではまず、ブドウ糖が結合したレジンを利用して、ブドウ糖に結合する蛋白質を探索すると、91種類もの蛋白質が特定され、しかもその多くが RNAのプロセッシングに関わる RNA結合タンパク質であることがわかった。今後それぞれの分子について研究が行われるのだろうが、この研究ではその中のトップランクに位置する DDX21 に焦点を当てて調べている。というのも、この分子は元々核小体で、ATP依存的にリボゾームRNA と結合し、一本鎖へとほどく役割を演じていることが知られていた。
この研究では、ブドウ糖が DDX21 の ATP結合部に結合して、2量体を解離させることで核小体局在活性を阻害、代わりに核全体に拡がって、転写されたばかりの mRNA の特にイントロンだった部分に結合し、そこでスプライシング複合体を形成する分子をリクルートすることを明らかにしている。
というと簡単なのだが、実際には実験の詳細はほとんど割愛している。昨日紹介した Pourquier の論文もそうだが、細胞レベルで代謝物を研究するための様々な技術が存在し、それらがうまく利用されていることがわかる実験で、現役の研究者には絶対役に立つので一読を勧める。
DDX21 が結合できた mRNA(結合モチーフも特定されている)の多くは、そのエクソンがスキップされるが、皮膚細胞で見るとその多くが皮膚細胞の分化に関わる分子で、実際これらの働きによる細胞分化に細胞質内での一定レベル以上のブドウ糖が必要なことを明らかにしている。
結果の要約は以上だが、皮膚細胞は分化が始まると、転写全体が低下し、エネルギー代謝も低下する。この過程で、元々転写に必要な DDX21 がブドウ糖の働きにより核小体から離れ、今度は必要なくなったブドウ糖を利用して分化に関わるとは、本当にうまく出来ているし、それをスプライシングを介して行っているのを知ると、この分野の複雑性を改めて認識する。