我が国でも、iPS 由来の様々な細胞の移植治療が行われているが、細胞移植による治療もそろそろ普及してきた印象がある。今年早々 Nature Medicine に、あまり想定していなかった細胞移植治療に関する治験論文が、2報同時に出ていたので簡単に紹介することにした。治験登録番号はそれぞれ( NCT03289071 と NCT03132922 )
最初の論文はイタリアミラノにある San Raffaele 科学研究所を中心にした研究で、進行性の多発性硬化症にヒト胎児から樹立した神経幹細胞を髄膜注射する治療法で、主に安全性を見る第一相治験だ。タイトルは「Neural stem cell transplantation in patients with progressive multiple sclerosis: an open-label, phase 1 study(進行性多発硬化症に対する胎児神経幹細胞移植:第一相オープン試験)」だ。
様々な量の細胞(最高で体重1kgあたり570万個)を投与後、2年間追跡を行い、症状、MRI、そして髄液中のサイトカインやプロテオームを行い、安全性と、効果について見ている。
細胞移植を行う理由は、幹細胞から分化したグリア細胞が神経保護作用を発揮してくれることを示す前臨床研究が基礎になっている。
結果だが、腫瘍や病気の悪化などは2年間いずれの患者さんでも認められなかった。
症状については、細胞投与量と症状スコアとの明確な相関は見られないが、MRI で最も多くの細胞を移植されたグループで脳や灰白質の萎縮が明確に抑えられている。さらに、髄液中の GDNF、VEGF-C、SCF などグリアなどの増殖促進分子とともに、炎症を抑える IL10 などが上昇していることも観察しており、これらの結果から効果が期待できるとして、次のフェーズに進むと思う。
もう一つはテキサス大学を中心としたチームからの論文で、決まったペプチド抗原と決まった MHC を認識する T細胞受容体を遺伝子導入した T細胞を用いて固形ガン治療を試みた治験だ。タイトルは「Autologous T cell therapy for MAGE-A4 + solid cancers in HLA-A*02 + patients: a phase 1 trial(HLA-A*02型のMAGE-A4陽性固形ガン患者さんでの自己 T細胞治療:第一相治験)」だ。
抗体の抗原結合部位を T細胞受容体と置き換えた CAR-T の最大の問題は固形ガンに効果が見られない点だ。この問題は少しづつ解明されつつあるが、キメラ受容体ではなく、ガン抗原を認識する T細胞受容体自体を導入した T細胞なら固形ガンにも対応できるのではと期待して、ガン抗原として MAGE-A4 内のペプチド、そしてそれと結合できる HLA を持つ患者さん限定で、特異的 T細胞受容体を遺伝子導入した自己 T細胞を作成、移植するのがこの治験だ。
条件に合う患者さんが最終的に38人が、様々な量のガン特異的 T細胞の移植を受け、安全性と、効果が調べられている。
CAR-T と同じで、サイトカインストームなど様々な副作用がほぼ100%で見られ、一部に神経細胞に対する反応を起こしたと考えられる症状も見られている。ただ、副作用で治療を中断した患者さんは3例にとどまっている。
効果だが、滑膜肉腫以外のガンでは効果は低いことから、固形ガンの問題を完全に克服できていないことがわかった。以上の結果から、今後まず肉腫を中心に次のフェーズが行われるように思う。
以上、細胞治療もしっかり根付いてきた。