以前、熊本大学の三浦さんから、ハダカデバネズミだけでなく多くの長生きでガンになりにくい哺乳動物で、ネクロプトーシスを調節する RIPK と MLKL がともに欠損していることを聞いて、驚いたことがある。現象としてはネクロプトーシスを抑えるとガン発生が抑えられることになる。直感的に考えると、ガンのネクロプトーシスが上昇する方がガンになりにくいと思うのだが、三浦さん達は発ガン実験を通して、ネクロプトーシスメカニズムが炎症を抑えることが、この現象の一因であると考えている。
ただ、炎症とガンの関係は極めて複雑で、一つの図式に押し込むことが難しい。今日紹介するハーバード大学からの論文は TBK1 と呼ばれる自然炎症や代謝調節のハブに存在する TBK1 分子が、ネクロプトーシスにも関わっていて、ガンの免疫治療を高めることを示した面白い研究で、1月19日 Nature にオンライン掲載された。
この研究はメラノーマのチェックポイント治療抵抗性を調べているとき、メラノーマから TAB1 を欠損させるのが最も効果的であることを発見する。TAB1 はもともと STING 分子を介して自然炎症を高めることが知られていたので、TAB1 欠損でガン免疫が高まることは不思議に思える。
そこで、リンパ球も含むガンオルガノイド培養系を構築し、TBK1 欠損はガン自体の増殖に影響はないが、チェックポイント治療に用いる PD1 抗体と組みあわせると強い腫瘍抑制効果を示すことを明らかにする。
動物実験系で、TBK1 阻害剤がチェックポイント治療を高めることを確認した後、single cell RNA 解析を用いて腫瘍組織の細胞の種類を調べると、特に CD8T 細胞が抗原刺激で疲弊しないこと、および白血球の数が高まっていることを発見する。
これで一件落着に見えるが、阻害剤を用いた実験は、様々な細胞の TBK1 機能を抑制する。事実、最近 STING 分子を T 細胞からノックアウトすると、記憶細胞への分化が促進されることが示されており、この結果も同じ現象を見ている可能性がある。
また、STING 分子、TBK1 分子と続くシグナルは 1 型インターフェロン産生に重要で、TBK1 阻害は炎症を抑えるように思ってしまうが、実際には TNFα や IL2 、そしてγインターフェロンなどの組織でのレベルは高まる。すなわち、TBK1 の阻害は、腫瘍免疫に関する限りトータルで良い効果が得られることはわかるが、腫瘍で TBK1 が抑制されたための効果とは思えない。
そこで、TBK1 欠損の腫瘍自体への影響を探索した結果、TBK1 が TNFα からのシグナル経路で活性化される ネクロプトーシスを抑える働きをしており、これが欠損するとガン細胞が死にやすくなることを発見している。実際、メラノーマの患者さんで見ると、チェックポイント治療に反応できなかった患者さんではγインターフェロンや TNFα が高いまま経過することがわかった。
以上が結果で、一つのシグナル分子が、ガンとガン免疫の複雑な関係を支えていることを見事に示している。面白いのは、TBK1 阻害によるガン細胞のネクロプトーシス亢進は、三浦さん達がガンになりにくいとして示した RIPK3 や MLKL を阻害すると、完全に消えることだ。すなわち、ガン細胞にとって、ネクロプトーシスの系は、文脈によってポジティブにもネガティブにも働けることがわかる。
これは私の勝手な想像だが、ガンになりにくさとネクロプトーシスの関係は、炎症だけでなく、ガン細胞や老化する細胞自体からも見直してみると面白いように感じた。