この HP で何度も紹介してきたように、レット症候群は X染色体上の MECP2 遺伝子に、生殖細胞の発生過程で突然変異が入った女児に起こる病気で、発達異常や運動障害など様々な神経症状が特徴になる。従って、病気の根本的治療は、遺伝子から突然変異を除いて正常化することだが、X 染色体遺伝子の場合、もう一つの方法がある。
一般に X 染色体は発生過程で片方が遺伝子発現できないようにエピジェネティックな抑制が起こるため、一つの細胞で働くのはどちらか片方の X 染色体になっている。従ってレット症候群の場合、細胞の半分は正常の MECP2 遺伝子が発現し、もう半分で遺伝子欠損が起こった状態になっている。すなわち、レット症候群の異常は、正常細胞の中に MECP2 が欠損した細胞が混じっていることで起こる。そこで浮上するのが、MECP2 変異 X 染色体を発現した細胞で、不活化されている方の X 染色体上の MECP2 遺伝子を活性化して、細胞レベルで MECP2 発現を正常化するという治療法だ。幸い、X 染色体不活化のメカニズムは詳しく解析されており、標的は明瞭だ。
今日紹介するコロンビア大学からの論文は、レット症候群からの iPS 細胞を用いて、不活化された方の遺伝子を CRISPR/Cas を用いた再活性化する方法の開発で1月18日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Multiplex epigenome editing of MECP2 to rescue Rett syndrome neurons(レット症候群の神経を正常化するための複合的エピゲノム編集)」だ。
X 染色体不活化の最終結果は、遺伝子発現に必要な領域がメチル化により完全に不活性になることだ。従って MECP2 遺伝子領域の DNA からメチル基を除いて、使えるようにするというアイデアはおそらく多くの研究グループが行っていると思う。この研究でもまず、メチル化を除去する働きのあるTET遺伝子を遺伝子切断活性を除いた Cas9 と結合させ、ガイドとともに細胞へ導入することで、基本的には不活化された方の X 染色体だけで遺伝子発現の活性化が起こることを明らかにしている。
今日紹介するトレノ大学からの論文は、世界中から細菌叢の全ゲノム解析を集め、独自に開発した情報処理方法を用いて、細菌叢の個人から個人への伝搬について詳しく調べた研究で、1月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The person-to-person transmission landscape of the gut and oral microbiomes(腸内及び口内細菌叢のヒトからヒトへの伝搬)」だ。
この研究はチェコの昆虫から発見された原虫のゲノムを調べるうち、この原虫では GC 配列が低下していて、おそらく GC が AT へと変化するイベントが起こった結果、3種類のストップコドンに対して、UGA に対してはトリプトファン、それ以外に対してはグルタミン酸の tRNA が対応してしまったことを明らかにする。
しかし、こんなことが起こると蛋白合成は大きな変化を起こしてしまって、生物は増殖できないのではと調べていくと、この動物では UGA はトリプトファンとともに、ストップコドンとして使われること。そして、確率論的に tRNA が結合してトリプトファンとして読まれたり、あるいはストップしたり、競争が起こること、そして合成の高い蛋白質では特にトリプトファンとして読まれる確率が高いことを明らかにする。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、このニーズに応えてマウス T 細胞に高い遺伝子導入効率を可能にするAAVベクターの開発と、それを用いたガンの免疫治療研究で、1月12日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「An evolved AAV variant enables efficient genetic engineering of murine T cells(AAV変異体の進化形はマウスT細胞の高効率の遺伝子操作を可能にする)」だ。
研究の目的の一つは、AAV ベクターの特異性や効率を進化させて目的に合ったベクターを開発できるかだ。このために、マウス T 細胞にはほとんど感染しない,
ヒト用に開発された AAV6 をスタートラインとして、このカプシドの一部をランダムなアミノ酸配列に置き換えたベクターをマウス T 細胞に吸着させ、T 細胞に侵入されやすい配列を特定する進化サイクルを3回繰り返し、最終的にマウス T 細胞に高い遺伝子導入効率を持つ Ark133 ベクターを完成させている。
今日紹介するフランス人類進化研究所からの論文は、過去1万年を遡ってヨーロッパ人のゲノムの現在の形成に関わってきた自然選択要因を明らかにしようと、3000人近い古代ゲノムデータのゲノム解析から、選択されてきた多型をリストし、その意味を調べた研究で、1月13日 Cell Genomics にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic adaptation to pathogens and increased risk of inflammatory disorders in post-Neolithic Europe(新石器時代以降の病原体への遺伝的適応は炎症性疾患へのリスクを高める)」
今日紹介するワシントン大学からの論文は、Tau による神経変性が促進される突然変異が起こったヒトTau遺伝子と、アルツハイマー病(AD)のリスクを高める APOE4遺伝子を導入したマウスを用いて、腸内細菌叢が明らかにTau異常を促進することを示した研究で、1月13日号 Science に掲載された。タイトルは「ApoE isoform– and microbiota-dependent progression of neurodegeneration in a mouse model of tauopathy(ApoEアイソフォームと細菌叢により Tau異常症モデルマウスの神経変性が進む)」だ。
無菌的に生きるというのは臨床的に難しいので、次に成長期に短期間抗生物質を投与し、腸内細菌叢を変化させたときに AD 進行を遅らせられないか調べている。結論的には無菌マウスと同じ効果はない。ただ、なぜカオスマウスでTau異常症を少し抑える効果は認められる。
とすると、より詳しく細菌叢を操作して、AD を抑える腸内細菌叢が実現できればいいことになる。その結果、腸内細菌叢の中で短鎖脂肪酸を合成する系統を抑えることで、AD の進行が抑えられることがわかった。これを確かめるために、3種類の短鎖脂肪酸をマウスに摂取させると、グリア増殖とリン酸化 Tau の増加による海馬の萎縮が進むことがわかった。
以上が結果で、腸内細菌叢が神経炎症を高めて Tau 異常症、AD を進行させるという話は、特に驚きはない。しかし、一般的に代謝の改善にいいとされ、多くの食品メーカーが良い菌叢の指標として宣伝している短鎖脂肪酸が、AD の進行を促進することになると、これは大変だ。もしこの結論が正しいとすると、短鎖脂肪酸の元になる食物繊維は危険という話になってしまう。
今日紹介するドレスデンにあるマックスプランク研究所の論文は、ハチドリだけがホバリング能力を獲得するようになった秘密にチャレンジした面白い研究で、1月13日号 Science に掲載された。タイトルは「Loss of a gluconeogenic muscle enzyme contributed to adaptive metabolic traits in hummingbirds(グルコース新生に関わる酵素欠損がハチドリの代謝適応力に寄与している)」だ。
今年期待される臨床治験でエーザイのアルツハイマー薬がランクインしていたことを1月6日に紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/21299)、まさにその日にレカネマブを FDA が承認したというニュースが飛び込んできて、世間も学会も騒がしいが、ほぼ同じ日、もう一つ注目の治験論文が The New England Journal of Medicine に報告された。これまで何度も紹介してきた G12C 型変異 K-ras の機能阻害薬 sotorasib を全身に転移があるステージIVの膵臓ガンをもつ38人の患者さんに投与した1/2相治験だ。
さて、関係ない話が続いたが今日紹介したいワシントン大学からの論文は、病院を悩ませているアシネトバクター感染症が、細胞内寄生菌再活性化の結果である可能性を示した研究で、1月11日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Catheterization of mice triggers resurgent urinary tract infection seeded by a bladder reservoir of Acinetobacter baumannii(マウスのカテーテル挿入により活性化される尿路感染症はアシネトバクターの膀胱内のリザバーに由来する)」だ。
今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、脳のくも膜と軟膜の間に、中皮に似た新しい膜構造が存在することを発見した研究で、様々な病気を考える新しい視点を与える重要な研究になる。タイトルは「A mesothelium divides the subarachnoid space into functional compartments(中皮がくも膜下の空間を2つの機能的コンパートメントに分離する)」だ。