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10月2日 コロナウイルス機能進化を振り返る:獲得免疫と自然免疫回避のバランスの妙(9月21日 Cell オンライン掲載論文)

2023年10月2日
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久しぶりにCovid-19論文を取り上げるが、実際にはコロナ感染はようやく夏に始まった波が下降に転じたところだ。巷では科学を離れて(or 科学の一部を抜き出して)自分の信念だけを声高に述べる風潮が続いているようだが、一方の科学は3年間に蓄積された知見を元に、新しいフェーズの研究に進んでいる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校やマウントサイナイ医科大学などを中心とする世界中の研究室が共同で発表した論文は、これまで私たちが経験したCov2の様々なバリアントの細胞内での増殖の違いを、ゲノム、プロテオームなどの網羅的解析を元に詳しく調べた研究で、9月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 variants evolve convergent strategies to remodel the host response(SARS-Cov-2 変異ウイルスの進化はホストの反応を構成し直すことで進む)」だ。

この3年間Cov2は、α、β、δ、そしてオミクロンへと変化していった。特にδからはウイルスが急速に変異体で置き換わることを経験してきたが、この理由については、ほとんどが感染に関わるスパイクの変異とリンクさせて研究されてきた。事実、オミクロンのようなスパイクの大きな再構成を伴い、感染メカニズムすら変化する変異体の出現を考えると、それも当然だ。

ただ、スパイクからだけ感染を見てしまうと、細胞内に感染後のプロセスの影響を見過ごすことになる。この研究では、この細胞内の過程をウイルスごとに調べる目的で、感染後の細胞での、ウイルス増殖とともに、ウイルス蛋白質の量や修飾を中心に、ホスト蛋白質との相互作用を徹底的に調べている。

まず増殖だが、面白いことに現在流行中のオミクロン株は細胞内での増殖力が低い。これがδを置き換えると言うことは、抗体反応をすり抜け、さらに新しい感染モードを獲得したことがウイルスの優位性につながったかがわかる。

そしてウイルスの増殖を支える様々なプロセスを、ウイルス蛋白質、ホスト蛋白質の変化として捉え、それをウイルス側の変異と対応する努力を重ねて、以下の結果が得られている。実際には膨大なデータで、重要と思われる点だけを紹介する。

  1. それぞれの変異により、ウイルスRNAの量、蛋白質の量、リン酸化など翻訳後修飾、さらにはホスト蛋白質の量のそれぞれは大きく変化し、それぞれの変異がウイルスの特徴を形成していることが感染実験からわかる。
  2. αからδまでの進化では、細胞内のウイルス増殖は、ウイルスに対する自然免疫抑制と、ウイルス粒子パッケージの効率化の方向へ進んでいる。
  3. ウイルス増殖率を決める粒子パッケージ過程で見ると、ホスト蛋白質の翻訳レベルの調節、ウイルス蛋白質のリン酸化に関わる変異が、パッケージ効率に関与していることがわかる。
  4. これと平行して最も重要なのがホスト自然免疫システムの抑制で、オミクロン株以外はすべて、インターフェロンにより誘導される細胞メカニズムを抑える新たな変異が獲得されている。ただ、メカニズムはそれぞれ異なり、γやδ株ではIRF3の核移行を抑えているが、αやβではIRFの転写や翻訳レベルの抑制が行われる。
  5. ここで問題になるのがオミクロンで、全く自然免疫抑制機能を持っていない。その結果、オミクロンの出現時BA1株では、ウイルスの細胞内増殖が低下している。ただ、最近のBA5株では、Orf6の変異により、自然免疫抑制脳が獲得され始めており、かなり強力なウイルスに変化してきた可能性がある。

他にも、変異により相分離をパッケージに使うようになった変異や、ウイルス増殖抑制薬剤の効果など、面白いデータが示されているが、このぐらいにしておく。

こうして振り返ると、面白いのはやはりオミクロンの誕生で、抗体をすり抜け、さらに感染性を高めたウイルスが、逆に自然免疫を抑制しないのに、他のウイルスを凌駕したのは面白い。おそらく最初はδなどの感染細胞に重感染した状況、すなわちホストの自然免疫は既に抑えられている状況で、より効率よく増殖し、細胞外へ排出後はホストの抗体反応をかいくぐることで優勢を獲得できたと考えるが、今後エキサイティングな領域に発展する予感がする。このようにCovid-19の科学は着実に進んでいる。

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