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10月14日 従来の哲学課題を科学的に研究する(10月6日 Cell オンライン掲載論文)

2023年10月14日
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今日紹介するチュービンゲン大学からの論文は、ひょっとしたら全く理解できていないかも知れないと思うほど、難しい論文だ。それでもあえて紹介したいと思ったのは、論文の書き方が凝っているように思えたからだ。論文は10月6日 Cell にオンライン掲載され、新しい像を既に存在する要素から構成し直す人間の脳過程を調べた研究で、タイトルは「Generative replay underlies compositional inference in the hippocampal-prefrontal circuit(海馬と前頭前皮質回路での構成的組成に関する推論には生成的再生が背景にある)」だ。

私の感じた凝った言葉の選び方から解説しよう。タイトルの generative という言葉は生成AI を彷彿とさせるし、実際 embedding という言葉とセットで使われている。また、サマリーの書き出しは「Human reasoning depends on reusing pieces of information by putting them together in new ways.(人間の推論は情報の一部を新しい方法で集めて新たに使い直すことに依存している)」で、ほとんどの人は気にならないと思うが、reasoning という単語は、カントの pure reason(純粋理性)を思い起こさせ、また以下に解説する実験の内容も、カントの提出した課題に通じるところが多い。要するにカントから大規模言語モデルまで、全て脳の問題として研究しているという著者の意志を感じてしまった。

この論文は責任著者が筆頭著者の Schwartenbeck さんだが、気になってラストオーサー Behrens さんの論文もいくつか読んでみたが、同じような手法で同じような課題を扱ってはいるが、この論文のような凝った単語の選び方は全く見られないので、Schwartenbeck さん自身の書き様だろう。結局私の深読みかも知れないが、人間の脳研究がカントから ChatGPT までつながっていることをはっきり認識して研究しているように思えた。

話が長くなったが、研究では画面に示された新しい複雑な構築を、イメージの中で要素となるレゴブロックを組み合わせて再構成する課題、すなわちシルエットとして提示される形を、頭の中で要素ブロックを組みあわせて分析している間に我々の脳の中で起こっている過程を調べている。

まず要素ブロックや、それを組みあわせた様々な形を見たときに起こる脳の興奮を fMRI で調べ、ブロック自体の視覚刺激とは別に、要素の数や、複雑性などを判断する reasoning のプランに関わる脳領域を特定している。すなわち経験を処理するための抽象的枠組みが脳に存在することを確認している。

次にブロック数を減らした単純な課題を行っている過程を、時間解像度の高い脳磁図計を使って調べている。この結果、3種類のブロックの組みあわせ程度のシルエットであれば、それぞれの要素ブロックとシルエットの形や大きさの比較が頭の中で1秒足らずの間に進むことを確認する。

その上で、それぞれの要素ブロックの視覚に対応する脳の表象領域の興奮を指標に、ブロックの組み合わせを考える時に頭の中で起こっているとき、それぞれの要素ブロックが同頭の中に浮かぶかを再現し、土台ブロックの上に、様々なブロックを組みあわせる試行を順番に繰り返し、正しい答えに到達していることを明らかにしている。

結論としては、新しい経験は、視覚経験(要素ブロック)を、空間、複雑性などの reasoning にもとづいて構想し直し、一般化しているという結論になる。

最後にこの結論をもう少しカント的に直して終わる。カントは経験を処理する枠組みとして量、質、関係、特性の4つのカテゴリーを示しているが、この研究はまさにこの経験を処理する枠組としてのカテゴリーが脳のサーキットとして存在し、従来の経験をこの回路上で再生しながら新しい知識へと変えていくという結論になる。著者はこの脳過程が生成AI とつながっていることまで、用いる単語に慎重に選ぶことで示しているのに感心した。今後が楽しみな研究者に思える。

カテゴリ:論文ウォッチ
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