糖尿病により出来る皮膚の潰瘍は治療が難しい。これに細胞を混ぜたハイドロゲルで蓋をして治療を促進する方法はこれまでも開発されているが、今日紹介するシンガポール国立大学からの論文は、このゲルを磁場で動かすことで、埋め込んだ細胞を機械的に刺激し、損傷治癒を高めようとする研究で、10月19日 Advanced Material に掲載された。タイトルは「Mechano-Activated Cell Therapy for Accelerated Diabetic Wound Healing(糖尿病患者さんの創傷治癒を促進する磁場により活性化する細胞治療)」だ。
細胞のメカノセンサーや刺激についての研究が進んでおり、線維芽細胞に持続的機械刺激を加えることで、増殖やマトリックス合成などの機能を高められることはわかっている。従って実際の臨床現場で実現可能な方法の開発が勝負になる。
この研究ではよく用いられる PEG-dyacrylate に細胞の接着を促すインテグリン結合ペプチド、そしてチオールでコートした磁石を結合させ、これにより磁場によりゲルに接着した細胞に機械的刺激を加えられるようにしている。
まず試験管内実験として、このゲルに人間の線維芽細胞とケラチノサイトを埋め込み、磁場で刺激すると、YAP分子を介する細胞の増殖が、線維芽細胞で約2倍、ケラチノサイトで30%上昇することを確認している。また、同じシグナルによりコラーゲンマトリックスの分泌が上昇、また線維芽細胞の活性化により分泌される様々な刺激因子により、ケラチノサイトから血管増殖因子も誘導されることを示し、期待通り植えた細胞を持続的に活性化出来ることを明らかにしている。
ただ、これだけでは期待通りの効果が得られなかったのだろう。次に、機械刺激に強く反応する線維芽集団が CD55 を発現していることを発見し、治療にはこの集団を植えたハイドロゲルを用いている。
潰瘍をゲルで蓋をして残った創傷の大きさを調べているが、1日3回20分の磁場刺激を加えたグループが、14日目で見たとき、創傷の治りが一番早かったことを示している。また、組織学的にも、血管新生が最も強く誘導されており、増殖細胞数も多いことを示している。
結果は以上で、ここまでやる必要があるかは別として、様々なオプションを用意することは重要だ。以前、機械刺激で開くチャンネルを導入して、磁場に晒されると特定の神経が活性化される方法を紹介したことがあるが、今後ますます機械刺激の医療や生物学への応用が進む予感がする。