アルツハイマー病 (AD) は、神経細胞が失われることが症状につながるとされているが、昨日紹介した AD のエピジェネティックス研究は、細胞が失われる前から、例えばクロマチン構造が全体的にはっきりしなくなる(論文では epigenetic erosion と呼んでいた)ため、遺伝子発現に大きな変化が起こり、細胞機能に変化が見られることを示している。すなわち、細胞機能異常も AD の重要な要因であることを示している。
なぜ AD で epigenetic erosion が発生するのか明確ではないが、一つの可能性はDNAが切断され、ゲノム自体に大きな変化がエピジェネティックス異常を誘導している可能性だ。今日紹介する論文は AD というより、細胞老化と切断DNA蓄積の結果起こるクロマチン3D構造の変化をマウスとヒトで追求している。タイトルは「Neuronal DNA double-strand breaks lead to genome structural variations and 3D genome disruption in neurodegeneration(神経変性疾患では、神経細胞でのDNA二重鎖切断がゲノムの構造変化と3Dゲノム構造の破壊の原因になる)」だ。
DNA切断をヒストン染色や Repair seq と呼ばれる方法で検出することが出来るが、single cell RNA sequencing に組みあわせることは難しい。そこで、神経細胞のように静止期にある細胞で切断が起こったとき修復に用いられる non-homologous end joining の結果として発生する異なる遺伝子が融合したRNAの存在で、切断部位を定量している。
死後標本を用いた解析で、予想通りADで融合RNAの上昇が見られ、DNA切断部位が上昇していることが推察された。
ただこれ以上の解析は人間では難しいので、次にDNA切断が上昇するメカニズムをマウスで調べている。その結果、ADに限らず細胞老化が始まると、転写の活発な遺伝子や長い遺伝子でDNA切断が発生し、その結果DNAの構造的変化が誘導される。この結果、特に神経系で必要な遺伝子異常が持続する次の段階の老化細胞が発生し、最終的には細胞死による神経変性につながるが、それまでも神経機能が傷害された状態が続く。
このような異常神経細胞の持続に関わるエピジェネティックな変化が、昨日紹介した epigenetic erosion だが、この研究ではこれと平行して核内でのクロマチン3D構造を維持するコヒーシンや LaminB1 の転写異常による3D構造の崩壊も見られることを示している。
すなわち、切断部位の蓄積は、クロマチン3D構造を崩壊させ、またこれによる重要な遺伝子発現の変化は、さらにこの崩壊を加速させる。その結果、クロマチン構造の維持も困難になり、細胞機能の低下とともに、細胞老化を進行させて、細胞死を早めるというシナリオが示された。
今日紹介した研究は、DNA切断が上昇し、クロマチン3D構造が大きく変化するという現象を示したのみで、これがADと直接関わることは示せていない。しかし、ADの最大リスクが細胞老化であることを考えると、DNA二重鎖切断はADの進行過程をモニターするために必須であることがわかる。
レカネマブが利用されることで、初期ADの進行が遅らされている内に、新しい治療を併用し、進行を完全に止めることが重要になる。そのためには、様々なAD進行に関わる因子の研究が重要になるが、明日紹介するミクログリアは最も期待されている治療標的になる。