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11月3日 SGLT2阻害剤が効果を示す遺伝的腎障害(11月1日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年11月3日
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ブドウ糖の吸収と排泄は糖代謝のファーストステップで、主に2種類のトランスポーターにより調節されている。一つは SGLT1/2 で sodium/glucose-cotransporter で、ナトリウムの勾配を利用して細胞内にブドウ糖を取り込む。もう一つは4種類存在する GLUT で、濃度差に応じてブドウ糖を出し入れする。例えば腎臓の近位尿細管では、取り込みに SGLIT2、細胞外への排出に同じ GLUT2 が用いられているが、GLUT2 が欠損すると細胞内のブドウ糖が上昇し、グリコーゲンが蓄積、尿細管機能不全症に陥る。これが Fanconi-Bickel 症候群(FBS)で、尿細管と肝臓のグリコーゲン蓄積症として知られている。一方、小腸上皮でも細胞外のブドウ糖を主に SGLT1 を使って取り込み、それを GLUT2 を通して細胞外へ移行させることでブドウ糖を取り込んでいるが、GLRT2 をノックアウトしても、リン酸化ブドウ糖を小胞体内で再処理して、細胞外へと運ぶ仕組みがあり、大きな異常は発生しない。当然ブドウ糖の調節が重要な筋肉では、GLUT1 と GLUT4 が働いており、FBS では異常は起こらない。

今日紹介するイタリア・ナポリにあるカンパニア大学からの論文は、GLUT2 を近位尿細管細胞(PT)で欠損させた、FBSモデルマウスを作成し、この症状を現在糖尿病薬として広く使われている SGLT2阻害剤で治療できることを示した研究で、11月1日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「The SGLT2 inhibitor dapagliflozin improves kidney function in glycogen storage disease XI(SGLT2阻害剤Dapaglifozin は11型グリコーゲン蓄積症の腎機能を改善する)」だ。

GLUT2 が全身で欠損する FBS は、低血糖だけでなく、アシドーシス、低カリウム症、低リン血症とそれによるくる病、そしてグリコーゲン蓄積による肝臓肥大と尿細管機能不全が起こる。

マウスで GLUT2 を PT だけで欠損させると、肝肥大以外のほとんどの症状を再現することが出来、アシドーシス、低カリウム症、低リン血症、そしてくる病の全ては尿細管機能不全に依ることがわかる。

また試験管内の実験で、GLUT2欠損PT ではグリコーゲンの蓄積の結果、オートファジーの機能不全が生じ、PT の変性を誘導していることも明らかになった。

GLUT2欠損で PT は SGLIT2 の発現量を低下させ、細胞内へのブドウ糖の取り込みを抑えるが、効果は限られている。そこで、現在糖尿病治療の重要な薬剤として広く用いられるようになった SGLIT2阻害剤Dapagliflozin をマウスに投与して、症状の改善が見られるか調べている。

結果は予想通りで、カリウム、リン、プロトンなど全てのイオンバランス障害は見事に改善し、これに対応して PT でのグリコーゲン蓄積も低下することが明らかになった。

この前臨床研究の結果を見て、一人の患者さんに Dapagliflozin投与を行うと、カリウムやリンの血中濃度が上昇し、尿に排出される尿細管のグリコーゲン量が低下し、またリン再吸収トランスポーターの発現量が上昇することを確認している。

以上が結果で、予測可能で驚くほどの話ではないが、前臨床を経て治療法を確立できたことはFBSの患者さんには朗報だ。それと同時に、今慢性腎疾患の特効薬として最も注目されている SGLT2阻害剤や、尿細管でのグルコーストランスポートを勉強し直すには最適の論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月2日 チェックポイント治療による心筋炎は胸腺異常が背景にある:臨床の気づきに基づく発見(10月26日 Nature Medicineオンライン掲載論文)

2023年11月2日
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チェックポイント治療(IC)は、抗原刺激が続くことで起こるT細胞の持続的活性化を抑えるフィードバック機構を抑制することで、過活性をあえて誘導し、ガンに対する免疫反応を持続させる治療だ。これがガンに効くことは明らかだが、治療自体に特異性がないため、他の免疫も活性化してしまい、多くの自己免疫反応を副作用として誘発することが知られている。幸い、多くの経験に基づいて、自己免疫反応を抑える治療法も開発され、使用が始まった当初と比べるとコントロールできるようになっている。

IC が原因の自己免疫反応の中で最もやっかいなのが、αミオシンを主な標的にする自己免疫性心筋炎で、発症すると3割以上の致死率という恐ろしい副作用だ。また、心筋炎が発症する患者さんでは、呼吸に関わる筋肉炎も併発し、重症筋無力症のような症状が現れる。

現在重症筋無力症に胸腺摘出が行われているのか把握していないが、私が臨床に関わっていた時代は胸腺摘出が行われていた。すなわち、胸腺でのトレランスの異常が背景にあると考えられていた。

ここまでは私でも連想できるが、今日紹介するフランス・ソルボンヌ大学からの論文は、さらに連想を拡大して、胸腺上皮腫瘍(TET)の患者さんに IC が使われることに気づいた。そして、TET に対する ICが心筋炎発症リスクが極めて高いことを明らかにした研究で、10月26日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Thymus alterations and susceptibility to immune checkpoint inhibitor myocarditis(胸腺の変化とチェックポイント治療による心筋炎の感受性)」だ。

様々なデータベースを用いて、TET への IC と一般腫瘍への IC を比較し、一般腫瘍 IC 治療での心筋炎発症率が1%に対し、TET 患者さんが心筋炎を発症する率が16%に達することをまず確認し、これをソルボンヌの関連病院などの症例でさらに確認している。

そして、TET患者さんの IC治療では、心筋炎の症状も強く、重症筋無力症と同じレベルに発展すること、さらに治療後すぐに副作用が発生することを明らかにしている。

以上の結果は、重症筋無力症のような筋肉を標的にする自己免疫疾患には胸腺異常が潜んでいることを示している。そこで、一般腫瘍の IC で心筋炎を発症したケースについて、CTでの胸腺像を比較し、心筋炎を発症した人の15%が治療前に胸腺肥大が見られたことを明らかにしている。実際にはレントゲン形態的な詳しい検討が行われ、TET になる手前のグレード3の胸腺像が見られることを明らかにしている。

次に胸腺異常を末梢血で調べられるかにもチャレンジしている。まず、重症筋無力症で上昇するアセチルコリン受容体への自己抗体が当然上昇している。さらに、TcR の再構成で発生する環状DNAを指標に胸腺からのアウトプットが明らかに低下していることを明らかにした。

結果は以上で、心筋炎、重症筋無力症、胸腺、胸腺上皮腫と連想を続け、そこから胸腺異常と心筋炎のリスクを突き止めた、まさに臨床の気づきの研究と言える。

研究はここまでだが、結果は様々な免疫学的連想を生む。例えば最近紹介している胸腺動物園との関係は?あるいは、昔、胸腺リンパ体質と言われた体質との関係は?臨床研究はこのように連想が連想を呼ぶ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月1日 サルの網膜が動きを追跡する仕組み:高等動物の神経研究の難しさ(10月25日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月1日
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私が在籍していた頃、京大では、医学部や理学部の教室が集まって研究発表会をしていた。当時の私にとっては、専門以外の現象を直接学ぶ素晴らしい機会だったが、中でも中西先生が話された網膜のガングリオン細胞の研究は、精緻な神経回路の合目的性に感心した記憶がある。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、様々な動物で研究されてきた中枢機能とは別に、網膜自体に備わる対象の動きを追跡する神経回路が、サルにも存在し機能していることを明らかにした研究で、10月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An ON-type direction-selective ganglion cell in primate retina(霊長類のオン型方向特異的神経節細胞)」だ。

網膜の視細胞は双極細胞により内部の神経節へシグナルが伝達されるが、中枢で統合されるまでに、網膜内で光のオン、オフを感知して対象を追いかける特殊な神経節システムが存在し、詳しく研究されている。両眼視が発達する前でも赤ちゃんは対象を追いかけるので、人間を含む霊長類も当然網膜内で動きの方向性を感知する仕組みがあると思っていたが、実際にはこの機能を担う細胞が特定されていたわけではないことがこの論文を読んでわかった。それほど高等動物を使った研究が難しいと言うことだ。

この研究ではこれまで蓄積されたサル網膜細胞の single cell RNA sequence データを元に、神経節細胞の種類を調べ直し、全部で18種類に分けられる神経節細胞の中から、他の動物についての研究でわかっている性質に最も近い神経節細胞をまず特定している。

ただ、遺伝子発現でオン型方向特異的細胞と言うだけでは証明にならない。この研究のハイライトは、サル網膜を取り出して、試験管内で異なる方向を持った動きに対する反応を調べ、特定した細胞がこの機能を担っていることを証明したことだ。サルの網膜を自由に調整できないことを考えると、大変な苦労があったと思われる実験で、これにより初めて霊長類のオン型方向特異的神経節細胞が特定されたと結論できる。

後は同じ網膜の培養を用いて、オン型神経節が上の層のオン型アマクリン細胞とシナプス結合を形成し、GABA作動性シナプス阻害によりこの結合を遮断すると、動きに対する反応が消失することを示している。

結果は以上で、大変な苦労をしてサルでも他の動物と同じような網膜内の方向性感知システムがあることを証明したのがこの研究で、高等動物での研究の苦労がよくわかる論文だった。その上で、人間網膜の single cell RNA sequencing データ解析と組織学から、ほぼ同じ仕組みが人間にも備わっていることを示している。このように人間にも当てはまる、方向性の追跡に必要な網膜内の細胞と回路の遺伝子発現プロファイルがわかることで、おそらくニスタグムス(眼振)を伴う遺伝性疾患のメカニズム解析が進むのではと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月31日 BCG 接種が死に至る感染症に発展してしまう突然変異(10月23日 Cell オンライン掲載論文)

2023年10月31日
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以前も話したように、私が患者さんを見ていた1973年から1980年の時期には、外来で結核患者さんを見るのは普通のことで、また保健所の胸部X線検査の読影も結核を念頭に置いて見ていたが、この時代、結核にかかりやすい人、あるいはかかると重症化しやすい人、といった遺伝的背景を考えたことは全くなかった。しかし、20世紀後半から、ほとんどの病気について多型研究が進むことで、病気の理解は一段と深まってきた。すなわち、病気の分子メカニズムを、責任遺伝子と関連させて説明できるようになってきた。実際、コロナパンデミックでも、感染や重症化に関わるコモンバリアントだけでなく、希ではあるが病気のコースを決めてしまうレアバリアントも続々明らかにされた。

今日紹介するフランスのネッカー研究所、Inserum、そして米国ロックフェラー研究所からの論文は、ほとんどの微生物に対して抵抗力は維持しているにも関わらず、結核など抗酸菌感染特異的に重症化する突然変異の研究で、10月23日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human MCTS1-dependent translation of JAK2 is essential for IFN-g immunity to mycobacteria(MCTS1依存性のJAK2分子の翻訳がインターフェロンγ が媒介する抗酸菌への人間の免疫反応に関わる)」だ。

BCG は生菌ワクチンで結核予防のためまだ利用されている国もある。このような国では、摂取後 BCG が全身に広がり時には命に関わる抗酸菌症を起こす、比較的男性に多い遺伝的抗酸菌高感受性(MSMD)が希ではあるが発見され、遺伝疾患として認識されている。この研究では、様々な国で発見された MSMD 家族を集め、まずエクソーム解析で共通の変異を探し、最終的にX染色体上にある MCTS1遺伝子が変異により、機能できなくなっていることを発見する。

MCTS1 は、あらゆる細胞に発現しており、DENR と結合してリボゾームと脱アシル化された tRNA を外して、リボゾームを再利用したり、あるいは翻訳を再開するのに機能している分子で、この変異が抗酸菌に対する抵抗性だけに関わるというのは全く予想外の結果と言える。

そこで、なぜこのようなあらゆる細胞で機能しているメカニズムが特殊な症状につながるのかを徹底的に追求している。

長い話なので結論だけをまとめると以下のようになる。

MCTS1 の相手方の DENR が欠損するとマウスは生まれてこないが、MCTS1 は他の分子で代償可能で、欠損しても正常に生まれてくるし、驚くことに抗酸菌以外の微生物への抵抗性は全く傷害されていない。しかし細胞レベルで調べると、翻訳再開などの効率が低下する結果、蛋白質の合成効率は多くの分子で低下する。ただ、これも量的問題で、結局一番大きく MCTS1 に依存していたのが、様々なサイトカインシグナルを伝える JAK2 であることが明らかになった。

ただこれだけでは説明にならない。というのもJAK2 は様々なシグナルの下流で働いている。また、この変異では JAK2 の低下も完全ではなく、大体正常の 1/3 ぐらいに低下する。この条件でシグナルが強く抑制される経路を探していくと、なんと Vδ2陽性 γδT細胞と、Vα7.2遺伝子を発現する MAIT細胞の IL23への反応が強く抑制されていることを発見する。

実際には一歩一歩犯人捜しをした結果なのだが、結論としては JAK2 への依存性が細胞やサイトカインごとに異なる結果、このような特殊な欠損が発生してしまったことになる。そして、結核菌が侵入したとき、マクロファージから分泌される IL23 に反応するこの極めて限られた経路から作られるインターフェロンγ が欠損し、抗酸菌による重症の感染症を発症するというシナリオだ。

なぜ抗酸菌感染に対して、この細い経路を利用するようになったのかは極めて面白い謎だ。昔、結核患者さんを見ながら、面白い病気だといろいろ考えたが、それを遙かに超える人間と細菌の関係が拡がっていることがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月30日 腸内細菌叢への免疫反応から1型糖尿病免疫抑制治療の効果を予測できる(10月25日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年10月30日
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1型糖尿病は膵島に対する自己免疫反応を基盤としているので、早期診断して免疫反応を抑え、発症を抑える治験が進んでいる。その中で、T細胞が刺激されるときに必須の CD3 に対する抗体を投与して自己免疫を抑える治療が FDA 認可されている。

行われた治験の中でも、2019年にイェール大学を中心に行われた、自己抗体は検出されるが無症状の患者さんに対して行われた治験は画期的で、無作為化偽薬治験で発症までの期間を24ヶ月から48ヶ月と倍に伸ばせることが示された。

今日紹介するトロント大学からの論文は、この大成功した治験で残っている血清を用いて腸内細菌叢への免疫反応と1型糖尿病の発症や抗CD3抗体の効果との相関を探った研究で、10月25日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Immune responses to gut bacteria associated with time to diagnosis and clinical response to T cell–directed therapy for type 1 diabetes prevention(腸内細菌への免疫反応は1型糖尿病の予防治療での発症までの時間と治療効果を予想できる)」だ。

医師として働いているとき、検査データの中に何か面白い相関が認められないか、いろいろ探ることを常としていた。そんな中で、汎細気管支炎の患者さんに、不思議なことに寒冷凝集反応が中程度上昇していることを見つけ、論文にはしなかったが学会発表をした覚えがある。臨床データ、既に経過がわかっているデータは、それ以上検査を増やせないので、結局残っているサンプルから何か出てこないか探ることになる。

この研究では抗CD3 治療の効果をさらに正確に予測できないかいろいろ調べる中で、腸内細菌叢への抗体のいくつかが相関を示すことに気がつく。

例えばビフィズス菌(B.longum)に対する IgG2抗体の低い患者さんと高い患者さんを分けて調べると、高い患者さんの方が治療による効果が高い。一方、低い患者さんでは差はない。一方、治療を受けなかった偽薬群で調べると、抗体価が高いほど、発症が早いことがわかる。同じことは、Enterococcus fecales に対する IgG2反応でも見られる。

よく気がついたと思うが、考えてみると腸内細菌叢に対する反応が高いと言うことは、T細胞の活性化が起こりやすいことを示しており、抗体が高い、すなわち活性化がされやすい人は、発症しやすいし、逆に抗CD3抗体治療の効果が高いというのはよく理解できる。

さらに HLA―DR4陽性の人がハイリスク群であることを利用して、T細胞の活性化が起こりやすいと考えられる DR4陽性の人で見ると、DR4陰性群と比べ発症までの時間は短いく、また細菌に対する抗体価が高いと発症がさらに高まる。しかし、抗CD3抗体を投与すると、効果はよりはっきりとし、特に細菌に対する抗体価が高い人ほど効果が高い結果になっている。

相関をいろいろ調べる内に、母数は減ってしまい、バラツキが大きいが、要するに免疫反応が起こりやすくなっている人をバクテリアに対する抗体で早く層別化することで、より治療効果のある患者さんを選べると言うことになる。

ゴチャゴチャしてわかりにくい論文だが、臨床時代が思い出される論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月29日 ニューラルネットは経験した言語を一般化する能力があるか(10月25日 Nature オンライン掲載論文)

2023年10月29日
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ChatGPT も含めて今人工知能(AI)と呼ばれるモデルの背景に、1950年ぐらいから研究が始まったニューラルネットワークと呼ばれる結合性を学習に応じて変化させられる回路が存在することは、理解しているが、ChatGPT がほとんどチューリングテストをクリアしているのを経験すると、簡単なコンパートメントしかないニューラルネットでも、規模を拡大さえすればここまで可能なのかと感動する。一方で、この事実を突き詰めると、サルもネットワークを拡大すれば人間になれると言うことで、心配した哲学者によって、「単語の意味や機能を一般化することで、全く経験したことがない文章も理解できるようになる人間の言語獲得過程は、ニューラルネットでは再現できない」と予測した。

実際、人間は ChatGPT のように言語を処理しているのかという問題について様々な実験が行われている。昨年紹介した言語に対する人間の脳の反応と深層学習モデル(実際には GPT-2 )を比べたプリンストン大学の研究は、完成した我々の脳ネットワークはGPTと同じように単語の並びの確率論的予想に基づくことを示していた(https://aasj.jp/news/watch/19237)。しかし ChatGPT の学習モデルでは出来ないことがあるのは明らかだ。ただこの困難がニューラルネットやトランスフォーマーのようなアルゴリズム自体の問題かどうかはやってみないとわからない。

今日紹介するニューヨーク大学とスペインPompeu Farba大学からの論文は、一般的なニューラルネットをメタ学習という方法で教育することで、人間と同じように単語の意味を一般化して捉え、新しい文章に使えることを示した研究で、10月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Human-like systematic generalization through a meta-learning neural network(ニューラルネットがメタ学習すると人間のような系統的一般化が出来るようになる)」だ。

この研究の売り、は Meta-learning compositionality(MLC) という学習方法でニューラルネットに学習させたという一点にある。調べてみるとメタ学習は「learning to learn」といわれるように学習法を学ばせる方法で、一般的ニューラルネット(NVIDIA Titan)を用い、エンコーダーとデコーダーの2つのコンパートメントを持つトランスフォーマーがあればできる。この Titan は30万円ほどのGPUシステムなので、現在広く使われている高機能の新しいGPUマシンと比べると機能は低い。いずれにせよ、私はどう学習させているのかについては全く素人なので、理解できていない。

あとは、一般化の能力を調べるためのタスクが重要で、図2に示される色に当たる記号(primitiveと表示されている)と、その並べ方を指示する記号(functionと表示されている)を、few shot learning と呼ばれる少量の訓練データを用いて学習させることで、学習した中から法則を考えて記号の並びを合成したり理解出来るようになるかを調べている。

オープンアクセスなので図をそのまま引用させていただき説明すると、最初の赤や緑の円は primitive と呼んでいるが、一種の名詞に当たる。この色の並びを決めるのが function で、fep=は3回繰り返すを意味し、lug fepは青を三回繰り返すになる。他にもいくつかの機能が示されているが、色の並びを見ると、我々はその機能を推察することが出来る。例えば Function3 の lug kik wif の kik は青(lug)と緑(wif)を逆さまに並べると推察できる。

すなわち primitiveとfunction が使われた記号と結果を少し学ぶだけで、記号の指示に合わせて色を並べることが出来るようになる。

実際にボランティアに同じ課題を行ってもらった結果、少し学習すれば8割程度の正解率でどんな指示にも答えられるようになる。これが Human response として示されている。この同じ課題に対し、MLC学習したニューラルネットは、正解率で人間を凌駕することが出来ており、この結果から系統的一般化が普通のニューラルネットでも可能であるというのが結論になる。

結果は以上で、哲学者(著者は Fodor をわざわざ引用している)が人間の脳機能と機械についてその場の思いつきで考えたことは、科学や技術の進歩で否定されてしまうことを見事に示している。

私も Fodor の論文を読んでみたが、勿論全てが答えられているわけではなく、ともかく初歩的な一般化機能がニューラルネットにも存在することを示したと考えればいい。従って、今後哲学からも様々な批判が続くように思える。

論文を読んでいて、最も感心したのが、MLC による学習と人間の学習を比べていくことで、子供の言語獲得過程を解析できるようになる可能性が示されている点だ。この領域にはチョムスキーという大御所も控えている。このように、AI はますます人間に近づいていると実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月28日 ガン特異的代謝経路を探す(10月25日 Nature オンライン掲載論文)

2023年10月28日
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ガン特異的代謝経路を狙い撃ちにしてガンを制御する研究が着実に進んでおり、このHPでも何回も紹介してきた。単独で治療というわけにはいかないと思うが、現在使われている抗ガン剤と併用薬として開発が進むのを期待している。

今日紹介するマサチューセッツ医科大学からの論文も同じ方向の研究だが、ガンで生産される毒性のある代謝物の処理をブロックして、その代謝物によってガン細胞の増殖が抑えられるような経路を探索するというユニークな研究で、10月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Disruption of sugar nucleotide clearance is a therapeutic vulnerability of cancer cells(糖ヌクレチド処理経路は治療可能なガンの脆弱性になる)」だ。

タイトルにある糖ヌクレチドはゴルジでの糖転移反応に必須の分子だが、溜まりすぎると毒性を発揮する。研究では、毒性がある中間代謝物の合成と分解のバランスが変化するケースをガンのデータベースから探索し、ウリジンーブドウ糖かUGDHにより合成され、UXS1酵素により分解される UDP-glucuronic acid(UDPGA) を候補として特定している。

実際ガン細胞ではUDGHが上昇し、それと並行してUDPGAを分解するUXS1も上昇することでUDPGAの濃度が抑えられている。そこで、UXS1をCRISPRを用いてノックアウトするとガン細胞の生存が低下する。またUXS1と同時に合成系であるUGDHをノックアウトすると、細胞派生上に維持される。すなわち、期待通りUDPGAは合成系と分解系のバランスをとることで、溜まり過ぎるのが抑えられており、ガンでは正常細胞と違って合成、分解を高めることでバランスが維持されているので、UXS1を標的にする抗ガン剤の可能性が示された。

あとはUDPGAが蓄積することが細胞毒になるメカニズムを探索し、UDPGAが溜まりすぎるとゴルジ体の形態が変化するとともに、ストレスマーカーが上昇し、これと平行してゴルジで進む糖添加反応が強く抑制され、多くの膜蛋白質のゴルジから細胞膜への移行が強く抑制されることを明らかにしている。そして、EGF依存性のガンを例に、EGF受容体の細胞膜上の発現が低下するため、増殖因子への反応性が失われることを示し、おそらくゴルジ機能の低下で生じた細胞膜蛋白質の発現低下がガン増殖を抑制すると結論している。

次に、なぜガン細胞特異的にUDPGA合成経路、分解経路が高まるのかについて調べ、ガン細胞が様々な薬剤耐性を獲得する過程で、この変化が起こることを示し、このような適応は正常細胞では見られないことを明らかにしている。

最後に、ガンを移植するモデルで、ガン細胞からUXS1をノックアウトする手法を用いて、UXS1発現抑制単独でガン細胞の増殖を抑えられることを示している。また、正常細胞は元々合成系のUDGHが低く、UXS1ノックアウトの影響はほとんどないことも示している。

結果は以上で、UDGHとUXS1酵素が同時に上昇しているガン細胞では、UXS1阻害剤を開発することでガン増殖を抑制する可能性があることが示された。毒性を持つ中間代謝物の蓄積を狙う点ではユニークな研究だが、このようにガンの代謝を標的とした治療の可能性が続々発見されており、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月27日 リーシュマニア寄生虫感染2題(10月25日 Nature オンライン掲載論文他)

2023年10月27日
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我が国では馴染みがないが、リーシュマニア原虫による感染症は今でも多くの国で蔓延している。リーシュマニアはサンチョウハエをベクターとして人間に感染する。ハエの消化管内では原虫は promastigote と呼ばれる細長い鞭毛を持った形態をとっているが、ハエに刺された人間に感染するとすぐに白血球内に潜り込み、そこで amastigote と呼ばれる鞭毛のない丸い形へ変化し増殖する。感染した白血球が細胞死で破裂すると、人の体内で再感染して拡大するが、通常血液内の白血球が吸血によりハエの消化管に移り破裂すると、遊離された amastigote は mastigote へと変化し、この中で接合による遺伝子交換を行うことが知られている。

先週このリーシュマニアとホストの関係について、人間の中での生活サイクルと、ハエの中での生活サイクルについて研究論文が出ていたので紹介することにした。

最初のペンシルバニア大学からの論文は、皮膚感染したリーシュマニアと皮膚細菌叢、そしてホストの炎症メカニズムの関係を調べた研究で、10月18日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Multiomic profiling of cutaneous leishmaniasis infections reveals microbiota-driven mechanisms underlying disease severity(皮膚リーシュマニア感染のマルチオミックス研究は細菌叢によるメカニズムの関与を明らかにした)」だ。

次の論文と比べると、この論文はあまり面白くない。リーシュマニアに感染した皮膚を、感染していない皮膚と比べ、皮膚細菌叢の構成が異なることに気づく。そして、リーシュマニアに感染した皮膚ではブドウ球菌が増え、その結果リーシュマニア感染が治りにくくなる。メカニズムとしては、ブドウ球菌が誘導する IL-1 を主体とする炎症が、リーシュマニアの感染を助けるという話だ。

問題は、ほとんどがオミックスに基づく現象論で、少し考えてみるとリーシュマニアは白血球内感染を起こすことを考えると、局所の感染でどうして細菌叢が変化するのかが一番面白いと思うのに、そこに踏み込めていない。

これに対し、次の米国国立衛生研究所からの論文は、ハエの消化管内でリーシュマニアが接合と遺伝子交換を行う過程になんと哺乳動物の IgM が関わっていることを示した面白い研究で、10月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Leishmania genetic exchange is mediated by IgM natural antibodies(リーシュマニアの遺伝的交換は IgM 自然抗体により媒介される)」だ。

リーシュマニアのどの形態も分裂増殖が出来るが、適応性を維持するためには遺伝子交換が必須で、これはハエの腸管内で mastigote 同士が融合することで起こる。融合して異なる染色体間で組み換えによる遺伝子交換が起こる。

ハエの腸管内でこれが起こるためには、吸い取った血液が必要であることはわかっていたが、この研究では血液を分画し、この血中因子がなんと IgM であることを発見する。すなわち、試験管内で IgM の含まれた血液を加えるとリーシュマニアは凝集し、融合する。

次に IgM と結合するリーシュマニア側の分子を探すと、グルカンなど複数の分子が関わっていることがわかり、免疫前の血中 IgM が様々な分子に低いアフィニティーで結合する性質を利用して、凝集していることを発見する。実際5分子が重合した IgM は必須で、重合前の IgM は融合を誘導できない。これはアフィニティーがさらに低下する結果と考えられる。また、IgM は必要十分条件で、IgM が移行していない臍帯血では全く作用が見られない。

後は、リーシュマニア研究のプロの仕事で、IgM とリーシュマニアを含む血液を吸入させたハエの腸管内で起こるプロセスを追求し、まず IgM で凝集すると、リーシュマニアの遺伝子発現が変化し、融合や遺伝子交換のメカニズムが誘導される。

ただ、これだけでは不十分で、引き続いて血を吸うことで、接合、及び組み換えが初めて完遂することも明らかにしている。勿論、後からの血液にも IgM が必要で、これにより接合、組み換えメカニズムが維持されることがわかる。

結果は以上で、今後は IgM によるリーシュマニアの凝集が遺伝子発現を誘導するメカニズム、またそれぞれの遺伝子の役割についての研究が必要になるが、面白い研究だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月26日 リキッドバイオプシー2題(10月号 Nature Medicine 掲載論文)

2023年10月26日
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一般の方はリキッドバイオプシーという言葉は耳慣れないと思うが、細胞が壊れたときに血中にも流れると期待されるガン由来のDNAを特定し、その量をガンの活動の反映として利用する方法だ。勿論血中には様々な細胞に由来するDNAが存在し、ガン細胞由来のDNAはほんのわずかだが、今のテクノロジーを用いれば難しい話ではない。

今日最初に紹介するジョンズ・ホプキンス大学及びカナダ・クイーンズ大学からの論文は、レントゲンではフォローが難しいステージ4のガンの活動測定にリキッドバイオプシーが使用可能か調べた治験で、10月号 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「ctDNA response after pembrolizumab in non-small cell lung cancer: phase 2 adaptive trial results(非小細胞性肺がんの Prebrolizumab 治療での血中腫瘍由来DNAの反応:第二相治験結果)」だ。

1人のステージ3、39人のステージ4の非小細胞性肺がん患者さんにPD-1抗体を用いたチェックポイント治療が行われるが、この時血中のDNAを次世代シークエンサーで配列を決定し、その中に存在する明らかにガン由来と確認できる遺伝子配列(例えばRAS遺伝子変異)を特定、それをガン活動の診断基準として使い、チェックポイント治療開始後の変化を調べ、患者さんの予後との関係を見ている。

結論としては、患者さんあたり2種類以上の指標となるDNA断片が特定でき、ガンの治療効果と、この指標の低下とが期待通り相関している。免疫治療の場合レントゲンでは効果が測定しづらいので、経過を追跡するためには十分良い指標となると結論している。

ただ、遺伝子配列を調べる検査の整備が極めて遅れている我が国でこれを使えるかは疑問だ。また、生化学的なマーカーが得られる可能性もあり、少なくとも我が国では実用とは言えないだろう。

次に紹介するハーバード大学からの論文は、血中のDNAに結合しているヒストンを用いてガンのエピジェネティックスを調べる可能性を示した論文で、10月21日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Liquid biopsy epigenomic profiling for cancer subtyping(リキッドバイオプシーによるガンの分類」」だ。

どれほど進行しても、身体全体から比べるとガン細胞の量は少ない。それでもガン細胞由来の変異を特定できるなら、細胞ごとに異なるエピジェネティックな状態の中からガン特異的エピジェネティックな変化を特定する可能性はある。これにチャレンジしたのがこの研究で、血中のDNAを、クロマチンが開いたプロモーターに結合している H3K4me3ヒストン、あるいは活動しているエンハンサーを H3K27acヒストンを指標に濃縮し、その中からガン特異的なヒストンコードとして使える領域があるか調べている。

タイトルを見たとき本当に出来るのかと思ったが、案ずるより産むが安しで、前立腺ガンから肺がんまで7種類のガンについて、ガン特異的プロモーターのエピジェネティックプロファイルを特定することに成功している。

また、主にスーパーエンハンサーとして活動している領域については、ガン特異的プロフィルを特定でき、例えばホルモン分泌性ガンへのシフトを捉えられる可能性を示している。

さすがにエピジェネティックスは無理だろうとの予想を裏切る結果で、ちょっと真面目に取り組むと面白い分野に発展しそうな予感がする。特に、スーパーエンハンサーを標的にした治療の経過観察などは面白そうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月25日 DNA二重鎖切断部位のクロマチンは核内で集まることで修復を促進する(10月18日  Nature オンライン掲載論文)

2023年10月25日
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DNA は様々な原因で切断されるが、その部位に大きな修復分子複合体が速やかに形成される。この修復分子複合体の速やかな形成には、クロマチン構造により修復部位に目印をつける反応が重要で、この主役が H2AXヒストンのリン酸化で (γH2AX)、修復部位を中心に拡がることで修復部位をまとめ、相分離を介して様々な分子を集合させることが知られている。

今日紹介するフランス・トゥールーズ大学からの論文は、γH2AX が拡大することによるクロマチン変化と、核内でのゲノムのトポロジー変化の関係を詳しく調べ、DNA 切断カ所が新しい核内ドメインを形成し、修復だけでなく、修復に必要な分子の転写を統合していることを示した研究で、10月18 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Chromatin compartmentalization regulates the response to DNA damage(クロマチンの領域化がDNA損傷反応を調整している)」だ。

この研究では、タモキシフェンを投与すると制限酵素が核内に移行し決まった箇所を切断する細胞株を用いることで、切断箇所を限定できるようにし、そこで起こるクロマチン変化とともに、切断場所の核内トポロジー (TAD) が解析できるようにしている。

TAD は何度も紹介しているように、立体的に隣接するゲノム領域を特定するための Hi-C と呼ばれる方法で検出できる。勿論、TAD はダイナミックだが、DNA 損傷が起こると、その部位は多くのゲノム領域と相互作用を起こし始めることがまず明らかになった。

この TAD の変化は、最初に損傷部位にリクルートされる ATM 分子に依存しており、普通なら隣接しない損傷部位同士が、しかも染色体を超えて相互作用することも明らかになった。すなわち、修復部位が集まる核内のトポロジードメインが新たに形成されていることが想像される。

様々な解析から、この現象は損傷部位が cohesin 分子の働きで新しいループを形成し、そこに集まった修復分子が一種の相分離を起こして、そこに新しい修復分子が集まったドメインが形成されることを示している。

ここまででもうまく出来ていると思うが、さらに驚くのはこの修復のために集まったドメインを調べると、なんと修復に必要な遺伝子のいくつか、特にガン抑制遺伝子として知られる遺伝子が集まっていることを発見する。これらの遺伝子由来の RNA は R-ループと呼ばれる構造を形成する特徴があり、転写時にこの R-ループを目印に、修復ドメインに集められることがわかった。この修復ドメインは γH2AX が結合したオープンなドメインで、その結果ここに集まったゲノムの転写は促進されることも示している。

結果は以上だが、まさに修復に必要な要素を、修復箇所に集めて効率を上げるという巧妙な仕掛けだ。ただ、こうして重要なゲノム領域を集めることには危険が伴う。すなわち、集められた部位同士の転座が起こりやすくなる。この実験系では、決まった領域だけに切断が入るが、普通の切断はランダムに入る。そこに修復に関わるガン抑制遺伝子が集められると、当然発ガンに関わる転座が起こりやすくなる。実際、データベースを調べてこの可能性を確認している。とすると、このような危険を冒してまで、修復ドメインを形成して修復を統合することがいかに重要かがわかる。勉強になった。

カテゴリ:論文ウォッチ
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