今日紹介するローザンヌ工科大学からの論文は、脊髄背側を走る脳からの神経が脊髄内に侵入する後根侵入部を刺激してパーキンソン病の運動障害を治療する可能性を示した研究で、11月6日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A spinal cord neuroprosthesis for locomotor deficits due to Parkinson’s disease(脊髄の神経刺激によるパーキンソン病の運動障害治療)」だ。
最初は香港大学からの論文で、妊娠中に Covid-19 に感染した時、ウイルスに比較的特異的と考えられる3Cプロテアーゼ阻害剤を服用した妊婦さんと胎児の経過についての調査で11月1日 Nature Medicineにオンライン掲載されている。タイトルは「Nirmatrelvir/ritonavir use in pregnant women with SARS-CoV-2 Omicron infection: a target trial emulation(新型コロナ感染妊婦の Nirmatrelvir/ritonavir 使用:標的試験模倣観察研究)」
2番目は若年者CTのリスクを調べる大規模コンソーシアムからの論文で、22歳以前に受けたCT量と、それ以降の血液型腫瘍の罹患率を調べた調査で、11月9日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Risk of hematological malignancies from CT radiation exposure in children, adolescents an d young adults(小児期、思春期、そして青年期のCT放射線暴露による血液系腫瘍のリスク)」。
最後はスウェーデンカロリンスカ研究所からの論文で、マンモグラフィーで一度陽性と診断され、その後の検査で乳ガンでないとわかった人たちは、その後乳ガンになる確率が高いことを示す研究で、11月2日 JAMA Oncology にオンライン掲載された。タイトルは「Breast Cancer Incidence After a False-Positive Mammography Result(マンモグラフィーで偽陽性と診断されたグループの乳ガン発症率)」だ。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、前立腺ガンのエピジェネティックス異常の一端が DNA メチル化酵素の発現上昇に起因し、これを標的にすることで、他のガンの標的分子まで誘導して新しい治療が可能であることを示した面白い研究で、11月15日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Targeting DNA methylation and B7-H3 in RB1-deficient and neuroendocrine prostate cancer( RB-1欠損および神経内分泌型前立腺がんのDNAメチル化と B7-H3 を標的にした治療)」だ。
エピジェネティックス調節機構は複雑だが、この研究では色々考えず、まず DNA メチルに絞って見ている。典型的前立腺がん(PCA)、CRPC、および NEPC で調べると、NEPC が圧倒的に高い。そこで、この高い発現がガンの増殖に寄与しているか調べるため NEPC から DNMT1 や DNMT3A をノックアウトすると、どの処理でも増殖が低下するが、メチル化維持に関わる DNMT1 ノックアウトが最も効果が高い。そこで DNA メチル化全体を阻害するデシタビンにもガン抑制作用があるかを調べ、移植腫瘍の増殖を抑制する効果があることを確認する。
今日紹介するドイツ霊長類研究所とハーバード大学人間新科学研究所からの論文は、コンゴでの2つのボノボグループを2年間観察し続け、グループを超えて生まれた協力関係を調べた研究で、11月17日号 Science に掲載された。タイトルは「Cooperation across social borders in bonobos(社会的境界を越えたボノボの協力関係形成)」だ。
原理的に考えるとガンの免疫療法の成否は、ガン局所に十分な数のガンに対するT細胞が存在するかどうかで決まる。ただ、これまでガン局所のリンパ球( TIL )の解析に限界があったが、single cell RNA sequencing(sRNseq)の出現で大きな可能性が開けた。すなわち、TIL の個々のリンパ球が発現する抗原受容体とリンパ球の刺激状態を相関させることが出来るおかげで、局所で反応しているT細胞をある程度特定できるようになった。
今日紹介するドイツ・ハイデルベルグ大学からの論文は、膵臓ガン局所に浸潤するリンパ球の詳細な解析からガン免疫の活動状態を予測する方法の開発研究で、11月15日 Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「 Transcriptome-based identification of tumor-reactive and bystander CD8 + T cell receptor clonotypes in human pancreatic cancer(膵臓ガンのトランスクリプトーム解析によってCD8T細胞でガン反応性と、バイスタンダーT細胞抗原受容体を特定することが出来る)」だ。
今日紹介する NFkBコンソーシアムという世界規模の研究集団から発表された論文は、一見ウイルスに対する免疫不全が、実際にはインターフェロンに対する免疫トレランスの破綻で起こっている遺伝病を調べた研究で、11月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Autoantibodies against type I IFNs in humans with alternative NF-κB pathway deficiency( 1型インターフェロンに対する自己抗体がオルタナティブ NF-κB 経路不全で起こる)」だ。
PCR を使い始めた頃は、自分たちでプライマーを合成しており、これに最もお金がかかった。その時も将来技術が進み、また利用が増えることでコストは下がると予想していたが、コロナ禍で見たように全国民が PCR 検査を受ける時代が来るとは予想も出来なかった。この技術革新の結果、長い DNA 配列を比較的安価に合成することが可能になり、DNA 合成機で作成したゲノムを持つ生物を合成する「酵母合成プロジェクト」が始まった。
驚くことに、既に酵母の全ての染色体は合成機由来の DNA で作られ、酵母の中で維持されており、現在は合成染色体で本来の染色体を置き換える作業が進んでおり、50%のゲノムが置き換わった酵母が出来たことを示す論文が11月8日 Cell にオンライン掲載されている。
酵母合成プロジェクトは、38億年の進化で形成された酵母本来のゲノムを合成機で作られたゲノムに置き換えるプロジェクトだが、今日紹介するのはこの論文ではなく、同じコンソーシアムがさらに未来を見据えて、現存の生物には存在しない全く人工的なゲノム(ここでは tRNA だけで出来たゲノム)を合成し、それを生きた酵母内で維持できるかにチャレンジした研究で、同じ Cell にオンライン掲載されている。タイトルは「 Design, construction, and functional characterization of a tRNA neochromosome in yeast(酵母の tRNA だけで出来た新しい染色体のデザイン、合成、そして機能的検討)」だ。
酵母は275個の tRNA遺伝子を持っているが、この研究ではこの全てを集めた一つの染色体を DNA合成機で作成し、酵母の中で機能させようとしている。もともと tRNA は重複して存在していることから、発現量が増えることによる問題が少ないと考えられ、tRNA からだけでできた染色体を作るというのはよく考えられたプロジェクトだ。といっても、素人の私が考えても様々な問題がある。例えばホストとの組み換えをどう抑えるのか、複製のための Ori をどう配置するか、テロメアはどうするのか、最終的にリニアな染色体にどうするのかなどだが、専門家から見るとさらに様々な問題が存在する。
また11月号には生成 AI と脳での画像について、AI で同等(例えば熊を表現している)と認識できる様々な変換画像( metameric model )を人間が認識できるか調べ、人間の認識は完全には AI と一致しないことを示した MIT の論文が掲載された。
AI と脳の比較は私にとっては理解に苦労する分野ではあるが、大きく飛躍しつつあることが実感できるわくわく感はある。事実 MIT の論文の書き出しは「神経科学のゴールの中心は脳の反応と振る舞いを再現するモデルを作ることだ。」と、まさに人工知能研究が脳科学の中心にあることを高々とうたっている。
そして、今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、言葉を処理する人間の脳の各領域の反応と Transformer を用いた言語処理システムで稼働しているニューラルネットの各階層から抽出した活動を比べた研究で、10月30日 Nature Neuroscience にオンライン掲載された。タイトルは「Dissecting neural computations in the human auditory pathway using deep neural networks for speech(人間聴覚経路での情報処理を言語の Deep neural net を用いて解析する)」だ。