2023年12月3日
感染症やガンに対する免疫を解析する時、B細胞の反応する抗原を見つけるのは、受容体即ち抗体が抗原自体に結合するので、比較的簡単だ。実際、コロナの時どの抗原エピトープに対して抗体ができて来るのか調べるのは簡単だった。一方T細胞が反応するのは抗原自体ではなく、抗原がプロセスされてできたペプチドと MHC 抗原の結合した複合体なので、抗原に反応するT細胞が反応しているペプチドの特定は困難だった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、T細胞が反応している短いペプチドを特定できる網羅的方法の開発で11月27日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「TScan-II: A genome-scale platform for the de novo identification of CD4 + T cell epitopes(TScan-II:CD4T細胞の認識するエピトープを新たに特定するゲノムスケールの枠組み)」で、今後この分野での大きな貢献が期待できる。
同じグループは、2019年 TScan-I を Cell に発表しているので、そちらでまず説明する。例えばコロナウイルスに反応していると思われるT細胞があると、CD8キラー細胞の場合、コロナに感染した細胞に反応すれば、免疫が成立していることはわかるが、どのペプチドに反応するかは、ペプチドを一個一個調べる以外に方法はない。これに対しTScan-I は、ペプチドに対応する DNAライブラリーを刺激側の細胞にバーコードと共に導入し、さらにこの刺激細胞がT細胞と反応した時、T細胞から標的細胞へと移行してくる Granzzyme に反応して標的細胞が発色する様にしておくと、反応するT細胞を刺激するペプチドを発現する細胞だけが発色するので、セルソーターで分離することができる。こうして分離した刺激細胞の発現するペプチド遺伝子は、次世代シークエンサーで特定できることになる。
実際には反応するT細胞は一つではないので、数千のペプチドライブラリーの中から20種類ぐらいのペプチドが同定できる。
以上がクラス I -MHC+ ペプチドに反応する CD8T細胞についての TScan-Iプラットフォームになるが、今回チャレンジしたのはクラス II MHC+ ペプチドに反応する CD4T細胞が認識するエピトープを特定する実験システムだ。クラス I の時と同じでいいのではと思われるかもしれないが、クラス II の場合ペプチドのロードされ方が違い、抗原を分解処理するリソゾームシステムが、マクロファージと同じ様な細胞を新たに設計して用意する必要がある。さらに、Granzyme による蛍光標識の活性化についても問題があり、一筋縄では行かなかった様だ。その結果、TScan-I から TScan-II まで、4年の歳月が経過している。
この様に苦労して完成させた TScan-II もパワフルで、例えばエイズウイルスに対するT細胞の反応ペプチドを29種類に絞り込むことに成功し、またこれらに変異を導入して、ウイルスの変異に対するT細胞側の反応を調べ、変異分子に対してもT細胞は反応することが可能であることなどを示している。今後この方法を用いてワクチンの設計なども行えると思う。
この方法をテストするため、HIV に対する反応をはじめ、さまざまな実験系が用いられているが、個人的に最も興味を引いたのは、膵臓ガンのガン抗原エピトープの特定実験だ。この実験では膵臓ガン患者さんの末梢血を膵臓ガンのオルガノイドで刺激、反応しているT細胞のエピトープを、膵臓ガンネオ抗原エピトープから設計したペプチドセットを発現する TScan-II でスクリーニングし、まだ機能がわからない分子由来の一つのペプチドが膵臓ガン抗原として働いていることを明らかにしている。
また、シェーグレン自己免疫反応に関わるペプチドの特定を試み、DDIAS および MTK1キナーゼ由来のペプチドを特定することに成功している。これらの分子は、唾液腺上皮に発言しており、さらに唾液腺上皮はクラス II MHC の発現が見られるので、これが自己光源として働いていることが明らかになった。
他にも口内細菌叢との関係など、面白い結果も示されているが、TScan-I および II の活用はこれからで、大きなブレークスルーになると期待している。
2023年12月2日
2日前、新しい発見とは言え、マウスの眠りを完全に遮断する恐ろしい方法を開発して眠りの重要性を調べた後味の悪い中国の研究を紹介した。これに対し、今日紹介するフランスの神経科学研究センターと韓国の極地研究所からの論文は、野生のペンギンに GPS とともに脳内電極とその記録系を設置して、卵やヒナを抱いている時、ヒゲペンギンは一日中短いうたた寝を繰り返して睡眠を確保しているという、ちょっと微笑ましい研究で、12月2日 Science に掲載された。タイトルは「Nesting chinstrap penguins accrue large quantities of sleep through seconds-long microsleeps(巣を守るヒゲペンギンは十分な量の睡眠を数秒のうたた寝を繰り返して確保している)」だ。
南極海にあるキングジョージ島のヒゲペンギンに、GPSトラッカーを設置して行動を調べるのは普通に行われているが、この研究ではこれに加えて、両方の脳半球に電極を2個づつ設置し、脳波を測定できる様にし、さらに頚部に筋電計を設置してうたた寝の身体的側面も記録している。もちろんこれらはテレメーターに集められ、観察基地で記録できる様になっている。また、地上にいるうちはビデオで観察し、目が閉じたなども調べる念の入れ様だ。
野生の生物に脳内電極まで設置するとは、マウスの拷問より酷いと思われる向きもあると思うが、脳波の研究はよく行われている様で、論文ウォッチでも一度ガラパゴスのグンカンドリの脳に電極を挿入し、高く舞い上がったグンカンドリが脳波から見ても完全に睡眠しながら飛び続けていることを示した論文を紹介した (https://aasj.jp/news/watch/5615) 。
まず確かめる必要があるのは、この様な仕掛けを装着されたペンギンも、正常に行動できるかだ。これについては GPSトラッカーの行動から確かめており、巣で卵やヒナを守る仕事が始まると、ペアは交代で餌を探しに行く。この装置を背負っていても、平均1日8時間、34kmにわたって餌を探し、50m近く海に潜る。そして巣に戻ると平均22−36時間、ほぼ立ったまま子供を守る。
ではいつ眠るのか?大事な卵やヒナを寝ずに見守るのか。驚くことに、この時の眠り、すなわち除波の出現は、2秒から長くても30秒続くだけで、しかも8割は10秒以下で終わる。すなわち、ほんの数秒うとうとするという状況が BSW、USW それぞれ800回近く繰り返される。
こんな睡眠で大丈夫かと思うが、狩に出かける番になると、確かに水の中でも短い除波が現れることはあっても、それが続くことはなく、しっかり覚醒状態で狩を何時間も続ける。すなわち、うとうとも数を重ねれば十分寝たことになる。
この様な寝方をするのは、カモメなどの外敵からひなをまもろうとしての習性か調べるため、襲われやすい集団の端に巣を持っているペンギンと、真ん中のペンギンを比べると、期待に反して集団の端にいるペンギンの方が除波が長く続き、また深く眠っていることがわかった。すなわち、中央に巣を持つと、他のペンギンからの介入があるため、短いうたた寝を繰り返すしかないと考えられる。
以上が結果で、巣にいる時は短いうたた寝を繰り返してなんとか睡眠時間を稼いでいる種が存在することが明らかになった。まさに、四六時中夢か現かという状態が続く様だ。前回紹介した論文と比べると、ともかく除波を一定期間発生させられれば、眠りは稼げることになり、人間でもさまざまな睡眠パターンが取れるのかもしれない。
2023年12月1日
すでにヨーロッパに来て1週間が過ぎたが、その間自分が主催したり、または参加したリモート会議は今日で5回目になる。以前は考えられなかったが、Covid-19が残してくれた最大のレガシーといえる。おかげで対面で行うコンサルテーションがない週には、ゆっくり外国に行ける様になった。現役時代の忙しい旅行とは雲泥の差で、旅行を楽しむことができる。ただこれは私の様にすでに現役を引退して、自分のラボの運営がなくなった後、様々な会社のアドバイザーとして拘束の少ない仕事についているからで、実際の研究に取り組んでいる現役の人だと、実験はともかく、ディスカッションはリモートで良いと割り切れないのではないだろうか。実際、10年前の感覚を思い起こしてみると、研究員と同じ場所で働くことは絶対必要だと確信する。
さて、今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、離れた研究室同士の共同実験では、イノベーションが起こる確率が減ること、そして研究で概念が形成される過程は、今でも同じ場所での議論から生まれることが多いことを解析した研究で、11月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Remote collaboration fuses fewer breakthrough ideas(遠距離の共同研究はブレークスルーのアイデアを融合させる確率が低い)」だ。
論文のインパクトファクターやさまざまな統計データをどう使うかは議論の多いところだが、この研究の様に1960年から2020年まで60年間に行われ、著者の所属から論文のさまざまな統計までが利用できる2千万にも及ぶ論文のパテントを解析するという様な、科学活動の分析には欠かすことができない。
この研究ではまず、この60年間に論文やパテントでの共著者間の距離が、1960年の100kmから、2020年には1000km近くに達していることを示している。面白いことに、芸術や人文科学の論文ではさらに距離が伸びている。
人分科学でさらに距離を超えた共同研究が行われているとすると、人間同士のアイデア交換には距離がないのかと思えるが、科学論文やパテントがそれまでの考えを変えるほどの破壊的イノベーションだったかを測る Disruptive score(D score) を用いて評価すると、共著者間の距離が離れているほど Dスコアが低く、さらにタイムゾーンが異なるほどその傾向が強くなる。
Dスコアの例として、これまで最もスコアの高い論文がワトソンとクリックの有名な Nature 論文で、0.96(満点は1)、逆に低い例がヒトゲノム解読でー0.017になるそうだ。どちらの論文も極めて重要な論文だが、たしかにゲノム解読は破壊的イノベーションとは言えない。
この様に、距離の離れたもの同士の研究で破壊的イノベーションが生まれにくい原因を探す目的で、研究の着想など概念形成と、実際の実験過程などに分けて共同研究のあり方を調べると、概念形成は距離が離れるほど共同では行われていないことがわかる。
さらに、概念形成に関わった共同著者を、研究社会でのポジションで調べると、遠距離の研究者が共同した場合は、引用数から計算できる研究社会のポジションが同等であることが多いが(例えば教授同士)、近くにいる研究者同士の場合は回想を超えた共同研究が行われていることがわかる。すなわち、教授とポスドクや、学生など様々な階層が一緒に概念形成に関わるためには、同じ場所にいることが望ましいことになる。
以上が結果で、現役の研究者の実感に近いのではないだろうか。完全に読んではいないが、最近最も注目された論文は Google の8人の研究者が2017年に arXiv に発表している「Attention is all you need」論文で、すでに引用は10万回に達しており、いうまでもなく、αFold や ChatGPT などに使われているモデルを提案した論文だ。著者欄を見ると、Google 研究所以外の所属も2人いるが、全ての研究は Google 研究所で行ったとなっているので、まさに破壊的イノベーションは同じ場所での議論から生まれることの典型だろう。
研究助成に関わる組織こそ、この様な解析をしっかり行い、研究者の何を支援するのかまで本当に理解しないと、日本の凋落を止めることはできない気がする。
2023年11月30日
これまでも動物を眠らさないと何が起こるか調べた研究はあったと思う。もちろん、人間でも眠らさない拷問は常套手段だったのではないだろうか。しかし、眠りを完全に妨げることは簡単ではない。例えば眠りを妨げる外側からの刺激にも関わらず、寝てしまっていることはありうる。
今日紹介する北京の国立生物学研究所からの論文は、確実に眠りを妨げる方法を開発して、48時間以上全く睡眠が取れないとサイトカインストームが起きて死に至ることを示した論文で、読んでいて少しゾッとした。タイトルは「Prolonged sleep deprivation induces a cytokine-storm-like syndrome in mammals(哺乳動物で、長く睡眠を妨げるとサイトカインストーム様の症状が発生する)」だ。
ちょっとゾッとしたと述べたのは、この研究の売りが、これまで達成できなかった睡眠を完全に妨げる方法を開発できたことを、誇らしげに述べている点だ。
研究では、マウスが眠る時どの様な姿勢を取るのかビデオで仔細に観察し、眠りで意識が失われると鼻が下向きの体勢に陥ることを発見する。この発見から開発された方法が、マウスをくるぶしまで水につからせて生活させる方法で、眠り始めると鼻が水に浸かるため、息ができないためすぐに起きてしまう。もちろん足が水に浸かっているというストレスはあるとは思うが、水があってもプラットホームに上がると息ができ、寝られる様にして、ストレスの影響だけを測定できる群も作っている。
この新しい方法で、脳波上でもほぼ完全に眠らせないことができること、そしてこの状態を4日も続けると多くのマウスは力尽きて死んでしまうことを、新しい工夫として淡々と記述している。私はヒューマニズムや一方的倫理を振りかざして実験動物愛護を訴える人間ではないが、それでもこの部分の記述は新しい拷問法の開発を誇っている気がして、これが中国独自のメンタリティーでないことを祈った。
4日でマウスは力尽きるのだが、何が起こっているのか。組織的には肝臓や肺、そして脾臓にまで血液浸潤がおこり、組織構造の破壊が起こっている。これはサイトカインストームと呼ばれる状態に近いと考え、血中のサイトカインを調べると予想通り IL-6、IL-17A を中心にサイトカインストームが起こっている。そしてこの状態は睡眠できないと24時間ぐらいから始まる。
これまで使われていた外からの刺激で眠りを妨げる方法ではここまで強いサイトカインストームは起こらない。すなわち、眠らさない拷問は体の内部から臓器を傷害する。
Single cell RNA sequencing を用いて細胞レベルの変化を調べると、リンパ球ではなく、ほぼ完全に白血球の関わるサイトカインストームで、骨髄と末梢血を比べると、眠らないことで骨髄の白血球が末梢に動員され、これがサイトカインストームを起こしていることがわかる。
眠れないのは頭の中の問題で、これがなぜ白血球の骨髄からの動員とサイトカインストームを誘導するのか調べ、眠れないことで脳血管関門からの分子の湧出が上昇すること、そして脳内でプロスタグランジンD2 の濃度が高まり、これが障害された脳血管関門から末梢に流れ出し、サイトカインストームの原因になっていることを突き止める。実際、脳血管関門から抹消への流出に関わることが特定できたトランスポーターABCC4 が欠損したマウスでは眠らなくてもサイトカインストームは起こらない。
以上が結果で、メカニズムはよくわかるが、読後感はよくなかった。
ただ読みながら、学生時代に生化学を習った早石先生が頭に浮かんだ。早石先生は日本の生化学を国際レベルに高められた大先生で、本庶先生をはじめ多くの研究者を育てられたが、大阪バイオサイエンス研究所に移られてから、プロスタグランジンD2 が睡眠物質の一つであることを見つけられた。それを考えながらこの論文を読むと、眠らせないと、脳の方では頑張って睡眠物質としてプロスタグランジンD2 をこれでもか、これでもかと作り始める。そして、それでも眠れないと、体に漏れ出して体を蝕むという話になる。なんと酷い拷問か。
2023年11月29日
今日の話題は食物繊維で、論文ウォッチでも取り上げてきたが、ほぼ全て腸内細菌叢を整えて、体に良い働きをするという研究の紹介だったと思う。ところが、食物繊維が、病気、特にクローン病を悪化させることがわかっていたようで、今日紹介するミシガン大学からの論文は、なぜクローン病にとって食物繊維が悪いのかについてのメカニズムを調べた研究で、11月14日 Cell Host and Microbiome にオンライン掲載された。タイトルは「Fiber-deficient diet inhibits colitis through the regulation of the niche and metabolism of a gut pathobiont(食物繊維を含まない食事は腸の病原性細菌のニッチと代謝の調節を介して腸炎を阻害する)」だ。
ここで実験的クローン病マウスについて説明しておく。クローン病は TH1 型免疫反応による腸の強い炎症で、自然免疫に関わる NOD2 とマクロファージの NADオキシダーゼが欠損して自然免疫が弱まったマウスが Taconic.社由来マウスの細菌叢に触れると、細菌叢内の Mucispirillum菌が体内に侵入し、これに対する免疫反応が引き金になり炎症が発生する。この菌が存在しないJakson研究所由来のマウス細菌叢では病気は起こらない。
この実験系で、マウスに食物繊維が全くない食事を与えると炎症が起こらないことが知られていたが、メカニズムについてはわかっていなかった。この研究では、食物繊維を与えないマウスと、与えたマウスを比較する実験から、
- 食物繊維を与えないと、粘液層が縮小する。
- その結果、通常粘液層に存在して、クローン病を引き起こす原因になる Mucispirillum(Tacoma社のマウスには含まれ、Jakson社マウスには存在しない)が粘液外に追いやられ、体内への侵入が防がれクローン病が発症しない。
- 遺伝的に粘液層が形成できないマスでも Mucispirillum 菌が増殖できず、クローン病は起こらない。
を明らかにする。すなわち、食物繊維依存的に形成された粘膜層があると、Mucispirillum がそこで増殖でき、結果体内へ侵入する一方、粘膜がないと上皮近くで増殖できないため、体内への侵入がなくなる。
もともと Mucispirillum は粘膜を分解し利用する能力は持っていないので、粘液層で増殖する理由がない。そこで、おそらく粘液を好む細菌が、通常は粘液内で増殖しない Mucispirillum を助けるのではないかと考え、食物繊維に依存性の高いバクテリアの中から、R. torques を、粘液層合成には関わらないが、粘膜層を分解して発生した代謝物を通して、粘膜内での Mucispirillum 菌の増殖を可能にしている菌であることを明らかにする。
あとは細菌の発現分子の解析および細菌培養実験を行い、R.torques が主に H2 を提供することでMucipirillum 菌の増殖を助けることを明らかにしている。
以上、少しややこしいのでまとめ直すと、食物繊維は粘液層の維持に必須で、この粘液層を好んで増殖する菌が存在する。その中に、R.torque が存在すると、Mucipirillum 菌が増殖することができる。もちろんこの菌が存在し、体内に入っても自然免疫系で対応するのだが、Nod2 など自然免疫系が欠損すると、そのまま Th1 型の炎症へと発展する。しかし、この場合も食物繊維を止めると、粘膜層が低下し、結果 R.torque が消滅し、ここから H2 供給がなくなるため、Mucipirillum 菌が粘液外へ追いやられ、炎症を抑えることができるという話だ。
食物繊維や粘液も時には問題になることがわかるとともに、細菌叢での複雑な相互作用の一端を垣間見ることができた。
2023年11月28日
今日から2日間、食物について考えてみたい。取り上げるのはトランス脂肪酸と食物繊維で、それぞれ健康に悪い、健康に良いの代表として考えられている。ただ、これはあくまでも一般的な話で、逆のケースも数多く存在するが、科学的に突き詰めた研究は少ない。幸い、今週そんな論文に2報も出会ったので、順番に紹介する。
今日紹介するはシカゴ大学とSt.Jude小児病院からの論文で、身体に悪いとされている脂肪、トランス脂肪酸の一つが CD8T細胞のキラー活性を高めているという研究で、11月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Trans-vaccenic acid reprograms CD8 + T cells and anti-tumour immunity(Trans-vaccenic acid はCD8T細胞をリプログラムして抗ガン免疫を高める)」だ。
この研究では最初からトランス脂肪酸に着目していたわけではなく、T細胞免疫を高める血中の代謝物を探索していた時、調べた633種類の代謝物の中でT rans-vaccenic acid (TVA) がトップにリストされ、この作用の研究を始めている。
元々トランス脂肪酸というのは不飽和脂肪酸を溶けにくくする目的で人工的に水素化した脂肪酸で、多くの食品に使われている。必須脂肪酸の代謝を阻害し、ERストレスを高め、自然炎症を高めることで、動脈硬化を促進することから、多くの国で規制されている。ただ、自然の食品の中にもトランス脂肪酸は存在し、TVAはその一つで乳製品に多く含まれている。当然多くの人の血中に存在している。
腫瘍を移植したマウスに TVA を摂取させると、それだけで腫瘍の増殖が一定程度抑えられるが、シス型の Vaccenic acid (CVA) には全くこの効果はない。
TVA の細胞への効果は、細胞内に取り込まれた後代謝を変化させるか、細胞外の受容体を介して作用するかだが、ラベルした TVA を用いた実験から、細胞内で他の分子へと代謝されることがないので、細胞外の受容体を介して効果を発揮していることがわかる。
そこで、脂肪酸の受容体になりそうな G共役型受容体で CD8T細胞で発現している分子をノックダウンにより探索し、通常は短鎖脂肪酸と結合して CD8T細胞の増殖抑制に関わる GPR43 が TVA の作用に関わることがわかった。具体的には、TVA は低い濃度で GPR43 と結合することで、短鎖脂肪酸の刺激をブロックし、ネットの効果として細胞内の cAMP を高め、PKA-CREB というオーソドックスな回路を介して、T細胞の細胞増殖やエフェクター機能に関わる遺伝子の転写を誘導していることがわかった。
最後に臨床応用する可能性については、試験管内ではあるがヒトリンパ腫にヒトT細胞を加え、CD3 および CD19 を認識する2重特異性抗体を用いたキラー検出(一種の CAR-T )で、キラー活性を VTA が高めること、また CAR-T治療を受けた患者さんの血清VTA量を調べ、VTAが高いほど効果が高かったことを示し、なんらかの形で臨床応用が可能であることを示唆している。
以上が結果で、自然にできたトランス脂肪酸には我々の健康を助ける脂肪酸も存在することがわかった。
2023年11月27日
皮膚では細胞の動態を外から観察できることを利用して、細胞学からゲノムまであらゆる方法を駆使して、幹細胞動態についての面白い研究が数多く行われている。
今日紹介するブリュッセル自由大学の Blanpain 研究室からの論文は、皮膚基底細胞ガンの発生について、Question から研究手法までこの分野のプロと思える面白い研究で、11月15日 Naturen にオンライン掲載された。タイトルは「The extracellular matrix dictates regional competence for tumour initiation(細胞外マトリックスが腫瘍発生過程の局所的決定要因になっている)」だ。
この研究は、最終的に Smoothened (Smn) 分子が活性化されて起こる shhシグナルを遺伝的にオンにすることで誘導される皮膚基底細胞ガンが、耳介の皮膚では誘導できるのに、背中の皮膚では誘導できないという、まさにプロの疑問に答えるため、活性型 Smn (aSmn) を蛍光標識とともに発現させた細胞を耳介および背中で発現させ、単一細胞レベルで追跡している。
この結果、耳介では aSmn 発現により増殖が高まった細胞が2週間もすると皮膚上皮層から離れて縦に増殖を始めるのに対し、背中ではいつまでも上皮層内のみで増殖することがわかった。
面白いことに、耳介と背中で増殖中の細胞の遺伝子発現を調べると、耳介の細胞では胎児毛根型の遺伝子が発現してくるのに対し、背中では正常皮膚細胞とあまり違いのない遺伝子発現パターンになっている。すなわち、耳介の細胞では aSmnシグナルに加えて他のシグナルが合わさって悪性化への道を取るのに対して、背中側では増殖は高いが、新しいプログラムの発現がないため、ガンにまで発展しない。
この原因をマトリックスとの関係にあると睨んで、メカニカルな刺激で誘導される Yapシグナルを調べると、耳介の細胞だけで Yap の核内移行が見られ、これが新しいプログラムを発現させることがわかる。
この耳介と背中のマトリックスの違いをコラーゲンの量の違いと睨んで、次にコラーゲンの量を調べると、耳介と背中で最も大きな違いが見られたのがコラーゲン1であることがわかった。そこで、コラゲナーゼを皮下に注射して背中のコラーゲン1の量を減らすと、ついに背中でも耳介と同じように縦に細胞が増殖しはじめ、最終的に基底細胞ガンへと発展することがわかった。
結果は以上で、皮膚の上で単一細胞の運命を追跡することで、増殖が高まった上皮細胞から基底細胞ガンへのステップアップをコラーゲン1が抑制していることがわかった。とすると、我々のような高齢者では皮膚のマトリックスは年々薄くなってくるので、これがガンの発生を高めている可能性が示されたことになる。ガンに限らず、高齢者の皮下組織を守ることは重要で、皮膚アンチエージングでは最重要課題と言っていい。
2023年11月26日
昨日は黄色ブドウ球菌のプロテアーゼの一つが直接神経系のPAR1受容体を切断し、刺激を誘導することで痒みが誘導されることを示した論文を紹介した。今日紹介するテキサス大学からの論文は、マスト細胞がストレスによる副腎皮質刺激ホルモン放出因子の直接作用で脳内にメディエーターを湧出し、その結果、数日頭痛が続く過程を明らかにした研究で、10月30日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Mast-cell-specific receptor mediates alcohol-withdrawal-associated headache in male mice(マスト細胞特異的な受容体がオスマウスのアルコール離脱時の頭痛を誘導する)」だ。
以前から頭痛にマスト細胞が関与す可能性は示されていたようだ。しかし、このような話を聞くと、一体マスト細胞がどう刺激されるのか不思議に感じられる人もいるだろう。というのもアレルギーの研究者にとって、マスト細胞の刺激はもともと細胞表面上の IgE が抗原で架橋されることで起こると思っているからだ。ただ、最近になってマスト細胞特異的に発現している Gタンパク質協約型受容体 MrgprB2 もマスト細胞の活性化に関わること、さらにこの場合ヒスタミンやセロトニンの豊富な小胞ではなく、トリプターゼと呼ばれるプロテアーゼの豊富な小胞が刺激により放出されることがわかっている。
この研究では MrgprB2 が脳内でのマスト細胞の活性化に直接関わるのではと考え、研究するためのシステムを探し、最終的にアルコール依存性を誘導したマウスにアルコール断ちを強いた時に起こる頭痛などが MrgprB2 刺激によるのではと着想した。
マウスに頭痛があるか聞くわけにはいかないので、三叉神経の興奮や、眼球の周りの痛みへの感受性、さらには運動の低下などで調べている。また、アルコール依存症は水と10%エタノールを自由に選べるようにして、アルコール依存度を高めている。
こうしてアルコール依存度が高まったところで、アルコールボトルを取り除くと5日間ぐらい、痛みに感受性が高まり、自発行動が低下、また三叉神経の自然興奮が高まるのを検出できるが、MrgprB2欠損マウスでは、アルコール離脱症状が全く見られない。すなわち、アルコール離脱時の頭痛は MrgprB2 の刺激によると考えられ、あとは MrgprB2 刺激が起こるプロセスを解析し、アルコール離脱のストレスで誘導される副腎皮質ホルモン刺激因子が直接 MrgprB2 に作用することを示している。これまでの研究でも MrgprB2 を刺激する分子は様々な神経ペプチドであることがわかっており、アルコール刺激で脳内で増加したマスト細胞に副腎皮質刺激ホルモン遊室因子が作用したと考えられる。
このような刺激形式ではヒスタミンではなくトリプターゼが湧出されることがわかっているので、おそらく昨日紹介した論文と同じように PAR を介して刺激が起こっているのではと思うが、この点については全く検討されていない。
代わりに、この刺激により TNF-α が分泌され、この抗体が症状を和らげることを示している。以上が主な結論で、MrgprB2 がマスト細胞活性化に関わる現場を特定したのは大きい。また、TNF-α をはじめ様々な治療標的も示唆されており、トランスレーションも進む可能性がある。
2023年11月25日
皮膚の上(すなわち体の外)に常在する黄色ブドウ球菌が、内部に侵入することなく我々の体の細胞と複雑な関係を持っていることはこのブログでも何度も取り上げてきた(例えば、今年2月の黄色ブドウ球菌による神経再生誘導など:https://aasj.jp/news/watch/21477)。ただほとんどは、元々細菌に反応する血液系細胞との相互作用を介して起こることが多い。
これに対して今日紹介するハーバード大学からの論文は、黄色ブドウ球菌の発現するプロテアーゼが直接神経に働きかけてかゆみの原因になっていることを示し、「エ!こんなことが本当にある?」と驚く、極めて特殊な細菌とホストの関係を明らかにした研究で、11月22日号の Cell に掲載された。タイトルは「S. aureus drives itch and scratch-induced skin damage through a V8 protease-PAR1 axis(黄色ブドウ球菌は V8プロテアーゼと PAR1 の直接作用を介してかゆみを誘導し、その結果引っ掻き傷による皮膚損傷を起こす)」だ。
黄色ブドウ球菌を皮膚の上に塗りつけると、マウスは痒くてその場所を引っ掻き皮膚に損傷が生ずる。一方、皮下に注射すると膿瘍を作り、痛みの原因になる。このかゆみを誘導するのは、これまでマスト細胞など血液系からヒスタミンやサイトカインが誘導され、これが神経を刺激すると考えてきた。
この研究ではマスト細胞や、現在アトピー治療の標的になっているサイトカインをノックアウトしたマウスを用いて、黄色ブドウ球菌に関しては血液系の関与は全くなく、細菌の直接作用であることを発見する。
次に、細菌側で神経刺激に関係しそうなトキシンやプロテアーゼをノックアウトした黄色ブドウ球菌を皮膚に植える実験を行い、最終的に10個あるうちの一つのプロテアーゼ V8 が直接神経に働くことを突き止める。
プロテアーゼにより直接神経興奮が起こるためには、切断されると受容体の一部がリガンドとして働く PAR 受容体が働いていると考えられるので、V8プロテアーゼがどの PAR受容体を切断するかを調べ、トロンビン受容体として知られる PAR1 に最も強く反応すること、さらに抹消感覚神経がかなりの割合で PAR1 を発現していることを発見する。そして、トロンビン受容体の刺激を抑制する Vorapaxar がブドウ球菌によるかゆみを抑え、引っ掻き傷による皮膚損傷が怒らなくなることを明らかにしている。
結果の概要は以上で、人間でも同じことが言えるのかについては判断が難しいが、黄色ブドウ球菌が人間のアトピーの原因になっていることもあるので、可能性は高い。とすると、ステロイド軟膏や抗ヒスタミン剤以外にも、痒みを抑える可能性は出てくる。
2023年11月24日
永久歯のエナメル質は我々の持つ最も硬い組織で、歯が残る限りいつまでも機能してくれる。エナメル質はアメロブラストと呼ばれる特殊な細胞により形成され、この細胞が分泌する様々なマトリックスタンパク質にカルシウムとリン酸を取り込み、ハイドロオキシアパタイトを形成することで完成する。この様に数多くの分子や過程が関わるため、それぞれの分子に応じて多くの遺伝的エナメル質形成異常が存在する。
ただ、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、アメロブラストに発現が見られない遺伝子変異に起因するエナメル質形成異常に注目し、アメロブラストが発現する分子に対する自己抗体が形成されることでもエナメル質形成異常が発生することを明らかにした研究で、11月22日 Nature にオンライン掲載された。
このグループが注目した遺伝子異常は、胸腺上皮で自己分子を発現させ、免疫トレランスを誘導する胸腺動物園に関わる分子AIRE遺伝子で、この分子の機能不全は自己免疫が多発する多臓器自己免疫症(autoimmune polyglandular syndrome:APS)を引き起こす。AIRE の詳しい機能については昨年のブログ(https://aasj.jp/news/watch/19920)を参照してほしい。
APSの患者さんの半分ほどがエナメル質形成不全を合併するので、エナメル質形成異常も他の自己免疫症状と同じ様に胸腺での免疫トレランス成立不全に起因するのではと着想し、マウス胸腺上皮の遺伝子発現を調べると、期待通りアメロブラストが分泌する様々なタンパク質が胸腺上皮で発現し、AIRE がノックアウトされるとこの発現が消失することを明らかにする。すなわち、AIRE遺伝子異常により胸腺動物園でのアメロブラスト分子へのトレランスが成立せず、この結果自己免疫反応がアメロブラスト分子に対しておこることがわかった。
次にマウスモデルで関与する免疫反応の型をしらべると、T細胞免疫型より、アメロブラストが発現する分子に対する自己抗体による自己免疫病であることがわかる。また IgA 型の自己抗体が存在することを突き止める。また、エナメル質形成異常を発生したマウスの血清を注射することで、正常マウスにも一定程度のエナメル質形成異常を誘導できることを明らかにしている。
以上のことから、エナメル質形成異常がアメロブラストの分泌するマトリックス分子に対する自己抗体で起こりうることが明らかになった。
とすると、APS 以外にも自己免疫性のエナメル質形成不全が存在する可能性があり、その例として取り上げたのが腸に対する自己免疫反応を基盤とするセリアック病で、これまでほぼ半数に一定程度のエナメル質形成異常が起こることが知られている。
そこで、セリアック病の患者血清を調べると、数種類のマトリックス分子に対する自己抗体を患者さんで検出できる。また、セリアック病の自己抗原として知られているトランスグルタミナーゼ2がアメロブラストでも発生初期に発現しており、セリアック病で発生した自己抗体が腸上皮だけでなく、アメロブラストとも反応してエナメル質形成異常につながる可能性を示唆している。
最後に、やはりセリアック病の抗原として有名は牛乳のカゼインに対する抗体も、エナメル質を形成する分子と交差反応を示し、エナメル質形成不全の原因になることを明らかにしている。
以上、自己抗体も遺伝的発生異常と同じ作用を示す場合があることが示された。