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6月6日 ガンの免疫サーベーランス機構がガンのサブタイプを決める可能性(5月31日 Science オンライン掲載論文)

2024年6月6日
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ガンは生まれついて持っている遺伝子に突然変異が重なって(somatic mutation)発生するが、一般にガン家系とか、ガンの遺伝とか言われてきたように、遺伝可能な多様性(germ line variation)が関わることも間違いない。もちろんガン遺伝子やガン抑制遺伝子そのものの多様性はガンの発生しやすさに直結するが、それに限らず実に多様な遺伝子がガンの遺伝リスクとして特定されており、例えば乳ガンだけでも200種類のゲノム多型がリストされている。

免疫反応を低下させる様々な多型もガン発生リスクになることはわかっているが、免疫を誘導するガン抗原そのものが遺伝性要因になる可能性はほとんど研究されていない。というのも、somatic mutation と比べると、germ line の変異は免疫発生時期から発現して、免疫系の自己と認識されるため、germ line変異はトレランスになると考えられてきた。

ところが今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、この先入観を疑い、トレランスになっている自己抗原でも免疫を誘導し、これがガン発生の免疫サーべーランスに関わる可能性を追求した面白い研究で、先入観を持たないことの重要性を示す論文だ。タイトルは「Germline-mediated immunoediting sculpts breast cancer subtypes and metastatic proclivity(生殖系列に媒介される免疫編集がガンのサブタイプと転移しやすさを決める)」だ。

自己抗原でも場合によっては自己免疫反応を誘導するように、全く変異のないガン遺伝子ERBB2 や H4ヒストンに対して T細胞反応が起こっていることが報告されている。すなわち、ホストの MHC との結合が弱いケースでは、トレランスが成立しない可能性がある。

この研究では、ガンで遺伝子増幅が起こる分子では、somatic 変異がなくても、それに対する免疫反応の起こりやすさがガンの発生頻度の差を生むのではないかと考え、様々なサブタイプ(例えば HER2 陽性、あるいはトリプルネガティブなど)が知られている乳ガンを例に、ゲノムデータベースを解析して、自己分子に対する免疫反応が乳ガンの発生に影響している可能性を調べている。

最初に調べたのは、乳ガンで増幅が見られる HER2 分子で、この分子由来のペプチドと高い親和性を持つMHCを持つ人と、親和性の低い MHC を持つ人を比べると、前者は HER2 陽性のガンになりにくいことを示している。すなわち、HER2 ペプチドを抗原として提示できる MHC を持つ人では、HER2 の増幅が始まると免疫サーべーランスが働くために、HER2 陽性のガンが発生しにくいことになる。

この現象をさらに裏付けるため、次に HER2 の germ line 変異が片方の染色体に存在して、複数のペプチドが提示できる場合と、変異が存在せず同じペプチドしか提示できない場合で HER2 陽性乳ガンの発生リスクを調べている。予想通り、MHC がペプチドを提示できる場合、変異の数が多い HER2 陽性腫瘍は起こりにくい。

他にも乳ガンで増幅がおこる遺伝子 MYC、SCKE などでも同じような現象が見られルことが示され、乳ガンに見られる増幅遺伝子の多くが、ガン抗原としても働いて、遺伝子増幅が始まった細胞の免疫サーべーランスに関与し、特定の乳ガンサブタイプの起こりやすさを決めていると結論している。

面白いことに、転移ガンについて同じように germ line 遺伝子の免疫原性とガンのサブタイプを調べると、初期ガンとは全く逆の現象が見られることを次に示している。HER2 を例に説明すると、転移ガンでは HER2 を提示して免疫を誘導できる MHC を持っている方が、HER2 陽性腫瘍の率が高くなる。他の増幅ガン遺伝子でも同じ傾向が見られることから、おそらく抗原に対する免疫反応が、ガンに対する選択圧となって、免疫をすり抜けた悪性のガンで見ると、逆境となる抗原を持っているガンの方が増えるという結果を招いたと考えられる。

結果は以上で、ガン発生時には、ガン発生に必要な増幅遺伝子は、免疫原性が高いほど免疫サーべーランスによりがんリスクを下げるが、このサーベーランスはより悪性で免疫をすり抜けるガンの選択圧としても働くため、悪性再発例では逆に germ line 変異が多いほど悪性になる傾向があるという結論だ。

実際の免疫反応は全く調べていないので専門外には少しわかりにくい論文になっているが、データベース解析だけからガンの免疫サーべーランスを見事に示した研究だと思う。

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