冬眠は広く知られているが、Diapause(休眠)についてはあまり知られていないのではないだろうか。冬眠と異なり、休眠は外界の急な変化に対応しており、例えばマウスの胚盤胞は母親が外敵のような強いストレスに晒されると発生を長期間停止し、ストレスが解消してから発生することで、胎児が発達することで生じる危険を回避する。LIF は ES細胞を維持するための重要な因子だが、マウスでは発生の維持ではなく、なんと休眠の維持に関わっていることを Austi Smith らが発表したときは驚きだった。
この休眠が最もドラマチックな形で見られるのがアフリカの African turquoise killifish(以後 killfish )で、乾期で乾ききった池の中で何ヶ月も休眠を続け、短い雨期に生殖を行う種が存在し、休眠の仕組みを理解する重要な動物になっている。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、killfish が休眠性を進化させる過程をゲノムから調べた面白い研究で5月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Evolution of diapause in the African turquoise killifish by remodeling the ancient gene regulatory landscape( African turquoise killfish は古い遺伝子の転写を再構成することで休眠を進化させた)」だ。
この論文ではまず休眠で特異的に発現している遺伝子を探索し、その多くが薬5億年以上前、脊髄動物進化過程で起こったゲノム重複で生まれたパラローグ遺伝子であることを特定する。また、killfish以外の哺乳動物の休眠でも同じ種類の遺伝子が選択的に発現していることを明らかにする。一方、その後魚類の進化で起こったり、killfish 進化過程で起こった遺伝子重複による新しいパラローグ遺伝子はほとんど使われていない。すなわち killfish の休眠には脊椎動物進化という古い段階で発生したパラローグを使い回していることがわかった。
Killfish が休眠性を獲得するのは1千万年よりざらに新しい時代なので、様々な killfish のクロマチン構造を ATAC-seq で比較し、クロマチン構造の進化を調べると、休眠で発現する、極めて古い進化で発生したパラローグ遺伝子の転写調節領域のクロマチン構造が、極めて最近進化してきたことが確認される。すなわち、古い遺伝子に新しい転写システムを導入して休眠という特殊な状況で使っていることがわかる。
そこで、休眠遺伝子の発現に関わる転写因子を、転写調節領域の配列から特定すると、何種類かの転写調節因子の結合部位が、主に点突然変異によって新たに発生し、休眠で発現するようになることがわかる。そして、結合部位の変化が明らかな転写因子全てについて、CRSPR でノックアウトすると、REST、FOXO3、PAPR の3種類の転写因子ノックアウトで休眠遺伝子特異的な発現変化が起こることを明らかにする。
そして、それぞれの転写因子が脂肪代謝、オートファジー、シナプス、細胞周期などを調節して休眠という大きな変化を誘導することを示している。中でも脂肪細胞分化の核といえる PPAR が関与していることから脂肪代謝の変化について生化学的に詳しく調べ、長い脂肪酸のついたトリグリセライドの合成が休眠遺伝子により高まり、結果として細胞内の脂肪滴の量が増えることを示している。
以上、休眠という多くの遺伝子の発現をプログラムし直して、しかし正常とは違った条件で生きるための遺伝子発現システムの進化を、とてもわかりやすい物語として提示し、なるほど休眠とはこんなことだったのかと納得する面白い研究だった。