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8月2日 EGFR と PI3K の両方を阻害できる化合物の開発(7月11日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年8月2日
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これまで薬剤の開発が難しかった Ras に対する阻害剤の開発が、アムジェン社の K-Ras(G12C) 阻害剤ソトラシブを皮切りに加速している。しかしソトラシブの使用が始まってすぐ、ほとんどの症例で K-Ras 阻害を乗り越える耐性が発生し、効果が長続きしないことがわかった。ただ、これは K-Ras 阻害に限らず、多くのガンのドライバーを標的にする治療に共通の問題で、最も重要な課題だ。

この克服の一つの方法は、標的薬に全くメカニズムの異なる免疫チェックポイント治療を組み合わせる治療で、標的薬がガン抗原の免疫系への提示を促進してくれるのではと期待され、多くの治験が行われている。

一方で、耐性の原因を調べ、標的薬を組み合わせる方法の開発も重要だ。幸い、多くのキナーゼ阻害剤に対する耐性が、EGFR と PI3K の活性化によることがわかってきたため、これらに対する標的薬を組み合わせる治療が模索されているが、副作用の問題などで標準治療に到達できていない。

今日紹介するミシガン大学からの論文は、EGFR と PI3K の両方をうまい具合に標的にする薬剤が開発できることを示した研究で、7月11日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A first-in-class selective inhibitor of EGFR and PI3K offers a single-molecule approach to targeting adaptive resistance(EGFR と PI3K 両方に選択的な全く新しい阻害剤はガンの適応的耐性に対する解決法になる)」だ。

この研究では EGFR 阻害剤 NVP-AEE788、及び PI3K 阻害剤 omipalisib がそれぞれの標的に結合する様態の構造解析からスタートして、最終的に両方の分子にほぼ同じような親和性で結合できる化合物 MTX-531 をデザイン、合成している。

こんなうまい話があるかと思うが、実際に EGFR 及び様々な PI3K サブタイプにナノモルレベルの親和性で結合する。もちろん、それぞれの分子に特異的な阻害剤と比べると、標的への親和性は低いが、合わせ技一本の効果を期待して、詳しい生化学的解析の後、ガン抑制効果を様々な細胞株や、患者さんから切除したガン細胞を用いて調べている。

まず、EGFR と PI3K の増幅や変異が発ガンのドライバーになっている頭頸部ガンを標的に効果を調べると、期待通り両方の分子を阻害できる MTX-531 は単独で高い効果を示す。驚くのは、マウスに患者さんのガンを植えた実験で、MTX-531 の方が、単独ではそれぞれの分子に高い親和性を示す2種類の薬剤を組み合わせたより高い効果を示すことだ。ただ、この原因については明確ではないが、後で出てくるように糖代謝への影響によるものかもしれない。

次に、多くのガンに用いられている MEK 阻害剤との併用療法で調べると、MTX-531 を加えた方が高い効果を示す。さらに、K-Ras (G12C) 阻害剤ソトラシブとの併用でも圧倒的効果が見られ、ガンによっては MTX-531 単独でもソトラシブに勝る例も示されている。

通常併用は他の標的薬が効かなくなった後で開始されると考えられるが、すでにソトラシブ治療で耐性を獲得した患者さんのガンについても効果を調べ、MTX-531 単独でも強い抑制効果がえられるが、ソトラシブ耐性になった後も併用するとさらに高い効果が得られることも示している。

この様に EGFR/PI3K 両方に効く阻害剤は期待通りの効果を示すが、しかし研究の最大の驚きは、他の PI3K 阻害剤と比べ MTX-531 がほとんど高血糖症状を示さないことだ。PI3K はインシュリン受容体の下流の重要因子で、PI3K を阻害すると当然インシュリン感受性が損なわれ、高血糖、及び代償的インシュリン上昇を示す。このため、一般の PI3K 阻害剤はケトン食と組み合わせて使わないと、効果が半減していた。ところが、MTX-531 ではインシュリン抵抗性が発生しない。

通常理解できないが、この研究ではなんと MTX-531 が弱くではあるが PPARγ に結合して、インシュリン感受性を挙げることで、PI3K が内在的に持つ問題を解決していることを示している。すでにピオグリタゾンなど、PPARγ アゴニストは糖尿病剤として開発されていることを思うと、納得するが、しかしこれほどうまい話があるのかにわかには信じがたい。

以上が結果で、一石二鳥どころか一石三鳥という話でこれから様々な Ras 阻害剤が臨床に使われるようになることを考えると、早く臨床研究を進めてほしいと思う。今回はうまい話に乗りたいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日 自己免疫病を解析するためのオルガノイド培養(7月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024年8月1日
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亡くなった笹井さんや、慶応大学の佐藤さんなど、我が国はオルガノイド培養開発ではパイオニアだが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、自己免疫病という組織と免疫系が一体となって起こるオルガノイド培養では、これまで苦手だった分野にオルガノイド培養を拡大した面白い研究で、7月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A human autoimmune organoid model reveals IL-7 function in coeliac disease(人間の自己免疫オルガノイド培養はセリアック病でのIL-7の役割を明らかにした)」だ。

セリアック病は、グルテン摂取後、極めて複雑な過程を経て十二指腸上皮の崩壊が起こる自己免疫病で、よく研究されている。セリアック病は誰でもかかるわけではなく、いくつかの条件を満たした人だけで起こる。まず、グルテンが完全に消化できる場合は問題ないが、完全に消化できない人では分解された gliadinペプチドが十二指腸に到達する。ここでこのペプチドはグルタミナーゼでデアミネーションされ、これによって小腸に存在する樹状細胞のクラスII-MHCと強いアフィニティーが付与される。ただ、この glicadinペプチド提示でCD4T細胞が活性化されるのは一部の MHC-II を持つ人だけで、こうして刺激されたCD4T細胞が炎症を誘導するとともに、DC8T細胞も活性化され上皮への障害反応が起こる。

この場合、当然免疫系細胞は組織へと出入りするが、あとは全て十二指腸内で起こる反応で、組織オルガノイドを用いて病気を再現できる可能性がある。そのためには、上皮だけでなく、免疫系の全ての細胞や間質細胞を含もオルガノイド形成が必要になる。

この研究ではフィルター上のコラーゲンジェルで患者さんの十二指腸から採取したバイオプシーサンプルを固め、外に動かないようにした上で、下からは上皮の増殖因子の入ったオルガノイド培地が供給され、コラーゲンゲルは空気に直接開いているという特殊な培養を用いている。

この方法の特徴は、上皮に囲まれたオルガノイド内に、間質細胞やリンパ球を含む血液系の細胞が含まれるオルガノイドができる。このまま上皮増殖因子のみで培養すると、血液細胞は徐々に消失するが、ここに IL-2 と IL-7 を加えることで、リンパ球も維持されたオルガノイドが可能になる。

このままでは患者さん由来のオルガノイドも問題はないが、そこに gliadinペプチドを加えると、患者さんだけで自己免疫反応が起こり、上皮の崩壊が起こる。この過程をこれまで人間のセリアック病で知られていることと付き合わせてみると、

  • Gliadin投与により、セリアック病患者さんのオルガノイドだけで上皮の IL-15 産生が gliadinペプチド反応性T細胞により誘導される。
  • 細胞障害性の反応が誘導され、上皮がアポトーシスに陥る。
  • 通常患者さんでは上皮が消失すると、代償性のクリプト内幹細胞の増殖が見られるが、患者さんからのオルガノイド培養は、gliadinを加えるだけで上皮増殖因子がなくても幹細胞が増殖する。
  • 患者さんで見られる自己グルタミナーゼ抗体もオルガノイドで産生される。

などと、マウスモデルでは決して再現できなかった、セリアック病の特徴が再現できることがわかる。

次にオルガノイド内のgliadin反応性のT細胞を調べると、gliadin投与でいくつかの反応性CD4細胞クローンが増殖していること、これに続いてCD8キラー活性、自己反応性B細胞、そしてマクロファージや樹状細胞が一団となったネットワークを形成しているのがわかる。

最後に、これらのネットワークを維持するための核となるサイトカインを探索し、IL-7 が gliadinペプチドで刺激されたときだけ、おそらくペプチド反応性CD4T細胞により刺激された間質細胞から分泌され、これが全体のオーガナイザーとして CD8T細胞誘導、そして上皮細胞障害へとネットワークを導いていることを明らかにする。

以上が結果で、詳細な細胞間相互作用についての説明は割愛したが、セリアック病の鍵となるサイトカインとしてこれまで全くノーマークだった IL-7 を特定するまで、圧巻の研究だと思う。オルガノイドが進化し続け、人間の病気解析にどんどん使われるようになっていることがよくわかる論文だ。

現役時代、ストローマ細胞から分泌される IL-7 を研究していた時、人間での役割がはっきりせず、残念な気持ちだったが、セリアック病では、リンパ組織形成で見られるのと同じような組織構造になっていることを知って、個人的にも面白い論分だった。

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