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8月21日 人間の細菌叢から抗生物質を探す(8月19日 Cell オンライン掲載論文)

2024年8月21日
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バクテリアから人間まで、抗菌作用がある比較的短いペプチド(anti-microbial peptide :AMP)は、細菌感染の第一線、あるいは細菌同士の競合に関わることが明らかになっている。さらに、このような抗菌ペプチドを薬剤として使うための開発も進んでおり、すでに使われている AMP としては、ポリミキシンB、コリスチン、バンコマイシンなどが挙げられる。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、人間の腸管、口腔、皮膚、膣の細菌叢の全ゲノム解析データの中から AMP 候補を323種類見つけた研究で、8月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Mining human microbiomes reveals an untapped source of peptide antibiotics(ヒトの細菌叢を探索するとまだ知られていない抗菌ペプチドソースが明らかになった)」だ。

現在ヒトの様々な組織から分離した細菌の全ゲノム解析データベースが整備されているが、このデータから、まず50アミノ酸以下の44万種類のペプチドをリスト、その中から抗菌活性を予測する AI モデルを用いて、最終的に323種類の、AMP 候補をリストしている。

In silico で候補を323種類にまで絞れれば、あとは抗菌活性が本当にあるのかを調べるだけになる。まず、それぞれの AMP の由来を調べているが、これは簡単ではない。323種類のうち294種類については属レベルで由来が特定できるが、系統レベルまで特定するのは難しい。驚くことに、78種類がウイルス由来であることもわかった。また、細菌叢の mRNA 解析データと比較し、これら AMP が実際細菌で作られていることも確認している。

ここまで来ると、あとはペプチド一つ一つについて抗菌活性を調べる段階に入る。このため、抗菌活性予測値が高い78種類のペプチドを全て合成し、11種類のバクテリアを用いて抗菌活性を調べている。この結果、半分以上55種類の AMP が少なくとも一種類の細菌に対する抗菌活性があることがわかった。

また、十分臨床的にも用いられる広範囲の細菌に活性を持つ AMP を5種類選び、さらに詳しい解析を行っている。構造的には多様で、αヘリックスが多いが、βシート型のペプチドも存在する。そして、抗菌メカニズムは、膜の破壊で、細胞膜の電位が AMP により脱分極することが示されている。

最後に、マウスの皮膚膿瘍モデルを用いて抗菌活性を調べ、特に5種類の中の prevotella 由来の Prevotellin-2 がポリミキシンB に匹敵する抗菌活性を持っていることを示している。

以上、ペプチドに絞って探索すれば我々の身体からも有用抗生物質を特定できるという話になってしまうが、本当はもっと重要な内容も含んでいる。すなわち、AMP の細菌叢での役割と、細菌叢形成過程の理解だ。今回特定された AMP は様々な抗菌活性を持っている。例えば AMP 同士が協力して、その細菌叢には存在しない細菌を除去しているケースや、さらには同じ種類同士で作用し合ってニッチを巡る競争に関わる AMP もある。さらに、動物は常に大便からの感染が起こる習性を持つが、口内細菌の一つ fusobacterium 由来の AMP が直腸の細菌叢常在菌に高い活性を示すのも意味深だ。このように、細菌間の関係を AMP を通して整理することで、細菌叢の成立と機能をより深く理解できる様になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月20日 食思不振は治療できるか(8月14日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年8月20日
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神経的に食事を拒否するため極端に体重が減少し、10%近い患者さんが死に至る病気は、神経性食思不振と我々の頃は習ったが、検索してみると最近では神経性やせ症と呼ばれている様だ。どちらもAnorexia Nervosa (AN) となっているので同じ病気と考えていいのだろう。AN だけでなく、食事をする気にならない症状は抗ガン剤治療でも起こり、有効な治療法の開発が急務になっている。

今日紹介するフランス INSERM からの論文は、ちょっと変わったメカニズムで症状を軽減できるかもしれない治療法の研究で、8月14日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Acyl-CoA binding protein for the experimental treatment of anorexia(食欲不振に対する Acyl-CoA 結合タンパクを用いた実験的治療)」だ。

Acyl-CoA は TCA サイクルと脂肪代謝をつなぐ必須の補酵素だが、この輸送に関わると考えられている結合タンパク質 (ACBP) が AN で低下することが知られていた。この研究ではまず AN 患者さんのコホートを重症者と軽症者に分けると、体重減少で入院が必要な患者さんのほとんどで ACBP の血中濃度が低下していることを確認している。

次に動物モデルとして、強いストレスを与えて食欲を抑える実験系でも、ACBP が低下することを確認し、今度は逆に血中の ACBP を上昇させると食欲が出ないか調べている。

実際静脈に ACBP2 を注射すると、食欲が回復して体重減少を抑えられるのだが、よりストレスのかからない方法として、肝臓に遺伝子を発現させる LIVE ベクターを用いて、ビオチンを注射したときに ACBPが末梢血に現れる様操作した遺伝子を、ACBP 欠損マウスに導入し、ACBP の食欲や体重に対する影響を調べている。結果は同じで、血中 ACBP が上昇すると、食欲が出て、体重減少が防がれる。この効果は、抗ガン剤シスプラチンを投与したときに起こる食欲減少も抑えてくれる。

面白いのは、ACBP は脳血管関門を通らず、例えば GLP のような食欲中枢に直接働く効果を持たない。逆に、脳に投与する実験では ACBP は食欲を抑えることがわかっており、末梢での上昇と中枢での上昇の効果が全くことなる。

詳細は省くが、ACBP の効果の背景にあるメカニズムを様々な角度で調べ、ACBP2 の効果はグルコース濃度を一定にすることで消失することから、グルコース代謝を変化させることが最初のトリガーになっていることを明らかにする。

ここからの経路は明確ではないが、この肝臓内での変化が神経炎症の原因になる GDF15 や lipocalin-2 の合成を抑制し、その下流にある食欲を抑えるメラノコルチン受容体の活性化を抑えることで、食欲を正常化させる。さらに、コルチゾンやノルエピネフリンの様なストレスホルモンも正常化する働きがある。

結果は以上で、さらにメカニズムの詳細がわかれば、他の薬剤開発も可能かもしれないが、生体タンパク質で副作用に問題がなければ、とりあえず ACBPを、他の方法が効かない患者さんに使ってみる価値はあると思う。これは AN だけでなく、抗ガン剤治療の食思不振を抑えることは最重要課題だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月19日 脊椎動物海から陸への上陸作戦を肺魚ゲノムに探る(8月14日 Nature オンライン掲載論文)

2024年8月19日
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進化の大きなエポックの一つは生物の海から陸への上陸作戦だ。植物や節足動物では4億5千年前前後に陸上進出を果たしたと考えられているが、脊椎動物となると、かなり遅れて3億7千万年前のデボン紀の肉鰭類や四足類の間に位置するアカントステガなどが知られているが、ゲノムを調べることは難しい。その代わりに、シーラカンスや肺魚など現存の肉鰭類のゲノムから、エラ呼吸から肺呼吸への転換、四肢の発生など上陸作戦の道程を調べる研究が進んでいる。

今日紹介するドイツビュルツブルグ大学とコンスタンツ大学からの論文は、アフリカ、南アメリカに生息する2種類の肺魚のゲノムを解析し、2021年に発表していたオーストラリア肺魚ゲノムと比較しながら、上陸への道程を調べた研究で、8月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The genomes of all lungfish inform on genome expansion and tetrapod evolution(全ての肺魚のゲノムはゲノム拡大と四肢の進化の道程を教えてくれる)」だ。

肺魚は、4億年前に進化しているが、現存しているのは分布が異なる上に挙げた3種類で、この中で先祖に最も近いとされているオーストラリア肺魚(AL)については2021年の論文で、エラ呼吸から肺呼吸への進化、嗅覚の発生、鰭から足への進化などに必要な遺伝子に焦点を当てて詳述している。

この研究では、さらにジュラ紀(1億8千年前)にアフリカと南アメリカが分かれた際に分岐したアフリカ肺魚と南アメリカ肺魚のゲノムを、long read 可能なシークエンサーを使って解読し、染色体3次元トポロジー解析も合わせて、最終的にゲノム全体の構成を明らかにしている。すなわち、現存3種類全部の肺魚ゲノムを比べることで、さらに詳しく進化の道筋を探っている。

通常のゲノム解析とは異なる方法を用いる必要があったのは、肺魚はゲノムサイズが我々人間と比べてもはるかに大きく、繰り返し配列が多いためで、long read を繰り返す大変な作業だったと推察する。

そして新しく配列が決定されたアフリカ肺魚と、南アメリカ肺魚のゲノムサイズはそれぞれ 91G、40G で、アフリカ肺魚はなんと人間の30倍の大きさになっている。すでに報告されているオーストラリア肺魚は 40Gで、これまで知られている脊椎動物の中では肺魚のゲノムが一番大きい。一方で、機能的遺伝子の数は、どれも2万前後で、独立して2億年以上進化し、しかもゲノムのサイズが倍以上違うのに、遺伝子の構成は極めてよく保存されていることが明らかになった。遺伝子の大きくなったほとんどの原因はジャンクと呼ばれるトランスポゾンの数が増えた結果になるが、それにもかかわらず重要なゲノム構造は進化の過程で維持されている。

この研究のハイライトは、3種類の肺魚でトランスポゾンが現在も増大している原因を探り、トランスポゾンを不活性化するために使われる、PIWI と呼ばれる小さな non-coding RNA 量が、1/10程度に低下している結果であることを明らかにする。すなわち、現存の肺魚でもジャンク DNA は増大し続けていると考えられる。PIWI 合成が低下している原因については、合成システムが欠損しているのではなく、3種類それぞれに異なるメカニズムが働いていることを示している。

もちろん大きな形質の変化が必要な進化では、トランスポゾンであってもゲノムの多様性が重要になるが、人間の30倍というゲノムを複製するためには、細胞周期システムから、予想される DNA 損傷への対応など、多くの遺伝子が変化する必要があり、その一部はゲノム解析から推定できる。

他は、オーストラリア肺魚の論文で示されたことの追認だが、鰭から足への進化でまず失われる、鰭の複雑性を誘導するシステムは、古代型に近いオーストラリア肺魚では、鰭の遺伝子発生に必要なマスター遺伝子を導入することで、プログラム全体を再活性化できることを示し、今後さらに鰭から足への進化のメカニズムを追求できる可能性を示している。

2021年の論文とセットなので、是非両方読んでほしいが、上陸作戦の道程についていくつかのシナリオが示されたので、今後が楽しみになる論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月18日 記憶を夜つくるための脳システム(8月16日 Science 掲載論文)

2024年8月18日
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人工知能と我々の脳を比べたときの大きな違いの一つが、我々の脳は睡眠し、しかもその間に覚醒時の記憶をよみがえらせ、その中から長期間留め置く記憶を形成する点だ。一方人工知能ニューラルネットは、神経回路の重み付けをするという意味では似ていても、常にインプットの嵐に晒される中での重み付けで、膨大なエネルギーを必要とする。

この睡眠時に行われる記憶の選択は、我々の人生そのものといえる脳の個性の基礎となっているが、睡眠中の記憶呼び起こしに海馬で観察される sharp-wave-ripple (SWR) という同期した神経興奮が関わることが知られていた。しかし、覚醒時のどの経験が SWR により組織化されているのかは、そのとき処理されている情報を特定する必要があり、簡単ではない。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、まだまだ現象論ではあるが、これまで記憶の定着に関わるとされてきた SWR に加えて、新しいタイプの興奮が存在し、これが SWR による記憶への組織化を妨げていることを明らかにした研究で、8月16日号 Science に掲載された。タイトルは「A hippocampal circuit mechanism to balance memory reactivation during sleep(睡眠時の記憶呼び起こしをバランスさせる海馬の回路)」だ、

記憶の定着が覚醒時の神経興奮を SWR としてポジティブに選択するとしても、覚醒時の経験インプットは膨大で、ポジティブ選択だけで大丈夫かと思う。この研究ではマウス海馬の CA1、CA2、CA3 に複数の神経を同時に記録できる多重電極を設置し、睡眠中の神経興奮を記録し、これまで観察されてきた SWR に加えて、特に海馬 CA2 領域深部に BARR (barrage of action potentials)と名付けた、ゆっくりした周期の、しかも長時間続く集団的興奮が起こっていることを突き止める。

SWR は覚醒時の学習に関わった神経細胞で起こることが知られているので、学習時に活動した神経と、SWR、BARR の関係を調べると、SWR はこれまで知られている様に学習時に活動した神経が興奮するが、BARR は学習に関わった神経を抑える方向に働き、学習時と SWR に強く興奮した神経では、BARR時期には強く抑制されることがわかった。

また、このときの興奮に関わる神経細胞も、光遺伝学的に調べると、SWR では Parvalbumin 陽性介在神経、BARR ではコレシストキニン陽性のバスケット細胞が、錐体細胞と異なる回路を形成し、学習時の神経興奮を、それぞれポジティブ、ネガティブに調節していることがわかった。

最後に、BARR の発生を光遺伝学的に抑制する実験を行い記憶の定着について調べると、BARR を抑えても記憶の定着が抑えられることがわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月17日 脳でわかっていても身体で反応できない(8月15日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2024年8月17日
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昨日Zoom開催した「大規模言語モデルと人間の脳を比較した研究論文」についてのジャーナルクラブをYouTube配信しているので是非ご覧いただきたいが(https://www.youtube.com/watch?v=lpzWzTTdcjc)、一般には難しい内容をうまく伝えられたか心配だ。ご覧いただいて、是非問題点を指摘してほしい。

ただ、このジャーナルクラブで伝えたかったのは、Transformer 誕生以前も脳活動と単語や意味を相関させるために機械学習を多用していた脳科学が、Transformer ベースの大規模言語モデルによってさらに新しい可能性を切り開いていることだ。大規模言語モデルは、我々の言語世界を、多次元空間に分布している単語などの構成ユニットとして表現している。すなわち、我々の頭の中で繰り返し行われてきたユニットのコンテキストをベクトル空間の位置として表現できる様になった。これを利用することで、同じコンテクストを感知している脳の神経活動を、コンテクストレベルで言語へと再変換できる様になり、これまでの様な脳活動と単語といった単純な相関を遙かに超えた研究可能性が生まれている。

この脳活動と大規模言語モデル (LLM) を比較し、統合する研究の可能性を示せるいい例はないかと論文を調べていたところ、8月15日号の The New England Journal of Medicine に、コーネル大学を中心とした国際チームからCognitive Motor Dissociationについての論文を見つけたので、紹介することにした。タイトルは「Cognitive Motor Dissociation in Disorders of Consciousness(意識異常で見られる認知と運動の乖離)」だ。

Cognitive motor dissociation (CMD) は、周りで起こっていることを認知できているのに、運動機能が完全に傷害されているため、わかっていると伝えられない状況を指す。従って、一般的な検査だけだと、植物状態として十把一絡げにされてしまう危険がある。

これを調べるためには、植物状態であることを診断したあと、脳の活動を見る機能 MRI (fMRI) や脳波系を用いて、患者さんに例えば「手を開いたり閉じたりしてみて」といった認知課題に、それに合わせて運動しようとする脳反応が現れるかを調べる必要がある。この検査は、ただ音が聞こえるとか、光に反応するといった以上の脳の認知機能を必要とする課題で、これによって患者さんが本当は周りの会話を理解していることすら診断できる。

この研究では北米とヨーロッパの様々な施設に入院している植物状態の患者さん241 名について、マニュアルに精通した専門家による認知反応検査と、脳内で行動を思い浮かべる様指示したときに見られる神経反応を fMRI や脳波計で調べる検査を行い、認知反応検査で植物状態と診断された患者さんの何パーセントが指示を頭の中で思い浮かべられるかを調べている。

結果はなんと植物状態と診断された25%の方が CMD 状態で、わかっているのに動けないだけであることが明らかになった。ただ、この研究では患者さんの反応を完全に理解できているわけではない。刺激に対する反応以上であることはわかるが、しかし患者さんの訴えたいことを理解できているわけではない。

しかし、言語をベースにした脳活動の解読が可能になると、おそらく CMD の患者さんの中には、大規模言語モデルを通して、会話が可能になるのではないかと想像する。遠い未来の様に思うが、実際には一定のレベルであれば実現は早い気がする。そんな世界を GPT-4 に書かせてできたイラストも掲載しておく。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月16日 ストーンヘンジの祭壇はスコットランドから運ばれてきた(8月14日 Nature オンライン掲載論文)

2024年8月16日
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今日は、ほとんどのメディアが昨日報道していた、オーストラリア・パースにあるカーティン大学から発表されたトーンヘンジの祭壇石がスコットランドから運ばれてきたことを示した論文を、自分なりに紹介することにした。

上の図は2011年、最後の大学院生だった木下夫婦とストーンヘンジを訪れた時に撮影した写真だが、3000年前から建設を始めた理由は何であれ、ホモサピエンスの発明した最大の道具、言語の壮大さを感じる構造物だ。言語は音と言う媒体を持つが、道具の中では最も物性に乏しい。しかも、個人の中にとどまらず社会的に勝手に進化した上で、また個人に寄生する。このおかげで、物理的に存在できない未来を表現できるようになり、それは死後の世界といったフィクションを可能にした。エジプトと異なり、ストーンヘンジが構築された時代、ブリテン島にはまだ文字はなかったと思う。とすると、ストーンヘンジは、見たことのない言語世界に多くの人が動かされ、協力してそれをこの世に実現使用とする驚くべき努力を示している。

その意味で、これらの巨石をどこから切り出し、運んできたのかは人類学にとって重要なテーマで、研究が続けられてきた。まず、ストーンヘンジを代表する外側のサークルはイングランド南部のサーセン石で、大きい石だが近くで調達している。

これ以外にはウェールズ地方から運ばれてきた小さな石が存在し、何回にもわたって建築が進められた際持ち込まれたと考えられる。なぜわざわざウエールズとも思うが、場所的には200kmぐらいで、特に異なる種類の石を配置することを構想したのだろう。

この論文が調べたのは、近くには存在しない石の中でも大きな砂岩で、6 t もある。これまではこの砂岩もウェールズから運ばれてきたとされてきたが、これを疑って調べ直したのがこの研究だ。

紹介した様に、責任著者はオーストラリアの大学に属しており、国宝級の構造物から、30ミクロンのセクションをオーストラリア在住の研究者に託したというのにまず驚く。

この論文を読むと、現代の鉱物学がどのように進められるのかもよくわかる。砂岩は様々な成分が固まっているので、それぞれの成分の形成年代をアイソトープの年代測定を使って調べたあと、岩石自体が形成される過程をベースに、砂岩全体の特徴を決めている。

こうして決められた岩石ができる過程をベースにした特徴を、英国に分布する様々な砂岩と比べると、スコットランドの Laurentia 楯状地をベースに、グランピアン地方のオルドビス紀のマグマ活動由来の珪長質岩と苦鉄質岩が合わさって形成された砂岩とほぼ同一と結論できる。

ヨーロッパの自然博物館に行くと、膨大な鉱物コレクションが展示されているが、現代の鉱物学の手法と重要性を改めて認識させられる研究だ。

そして、これが正しいとすると、スコットランド北東部グランピアン地方から、はるばる750km、言語的に形成された共同幻想に駆られて6tもの石をストーンヘンジまで運んできたことになる。産地が海辺にあり、陸路はほぼ考えられないので、すでにイギリスを一周する海路ができていたと結論しているが、それにしても驚くべき人間の共同エネルギーを駆り立てる言語の力を思い知る論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月15日 欠陥エイズウイルスでエイズウイルス感染をコントロールする(8月9日 Science 掲載論文)

2024年8月15日
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エイズが問題になり始めた1980年代からエイズ研究を見てきたが、当時、訳のわからない死の病だったエイズも、いくつかの薬剤を組み合わせる抗レトロウイルス療法 (ART) の開発によって、患者さんも免疫不全から解放され、死の病ではなくなった。とはいえ、HIV を体内から除去する方法は達成しておらず、患者さんは一生涯 ART 治療から解放されないため、現在ワクチンや、遺伝子操作をはじめとする、ART から患者さんを解放する方法の研究が進められている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、毒をもって毒を制するというか、欠陥エイズウイルスを感染させて、エイズウイルスの増殖を邪魔する方法の開発で、8月9日号 Science に掲載された。タイトルは「Engineered deletions of HIV replicate conditionally to reduce disease in nonhuman primates(HIV に欠損を導入して感染させるとサルのエイズ症状を抑えることができる)」だ。

ウイルス感染が続くと、欠陥ウイルスゲノムができて、これがウイルスとして放出することで、病原性ウイルスの伝搬が防がれるという現象は、特に RNAウイルスで観察されてきた。従って、エイズでも欠陥ウイルス感染が持続感染することで、病原ウイルスの増殖を一定程度抑えられるのではと期待される。しかし残念ながら、エイズウイルスではこのような現象はほとんど報告されてこなかった。

そこで、CD4T細胞が持続的に供給される長期培養系で、蛍光ラベルした HIV を感染、維持する実験系を作成し、100日間培養を続けると、HIVウイルスの増殖とT細胞数が逆相関的に上下を繰り返しながら HIV感染を維持できるが、50日目ぐらいから、HIVの数が持続的に低下する状態が生まれる。このときに、欠陥ウイルスが発生したと予想し、このときに発生した HIV を調べると、2回実験を行って2回とも、Pol遺伝子の一部から、vif、vpr修飾遺伝子が欠損したウイルスが発生していることがわかった。

この欠陥ウイルスは HIV と同時に感染させると、試験管内でのウイルス増殖を抑えるが、効果が長続きしない。そこで、自然発生した欠陥ウイルスをさらに操作して、増殖や感染性を高めたウイルスTIP-2 を完成させている。このウイルスでは、最初の欠損により除去された central polypurine tract と呼ばれるプラス鎖合成に必要な部位を再導入し、tat、 rev調節遺伝子から env構造遺伝子まで除去している。この結果、感染すると、病原性を持つ完全な HIVウイルス粒子ができるのを邪魔するとともに、自らもウイルス粒子に取り込まれて CD4T細胞に感染し、感染した細胞で病原性HIVウイルスの増殖を抑えることで、トータルの病原HIVウイルス量を抑えると期待できる。

実際の身体の中でも、理論通りトータルのウイルス量を抑え、免疫不全の発生を抑えられるか調べるため、サル型エイズウイルスモデルで、TIP-2 を前もって投与すると、致死量のサルエイズウイルス感染でのウイルス量を低下させ、ART なしにサルの生存を維持できることを明らかにしている。

この動物で血中ウイルス量を調べると、1例で全く低下が見られず死亡したケースを除くと、大体ウイルス量を 1/1000 に抑えることに成功している。さらに、免疫不全の発生が抑えられることから、HIV粒子に対する抗体の産生もコンスタントに見られる。

あとは人間の CD4T細胞培養を用いたモデル系で、ART を使っている患者さんが治療をやめたときに、HIV産生量を抑えられるか、あるいは T細胞数が保全されるかなどを調べ、最終的に人間でも一回の注射で、HIV をコントロールできる可能性は高いと結論している。

実際には HIVウイルスを除去できるわけでもないし、欠陥ウイルスも感染するので、飛び込んだゲノム部位に応じて様々な問題が起こることは理論的に予想できるが、例えばサハラ以南のアフリカで治療を受けられるのは今も50%程度にとどまっていることを考えると、一回の注射でトータル HIV ウイルス量を落とす治療は魅力的だ。100日間 CD4T細胞を飼い続ける培養で発見した執念の欠陥ウイルスなので、ぜひ治験にまで進んでほしい気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月14日 気になる検査法2題(8月8日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2024年8月14日
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ほとんど検査法の開発論文については紹介したことがないと思うが、今日は面白いなと思った検査法開発論文を2編紹介する。

最初のハーバード大学とオックスフォード大学からの共同研究は、血中のタンパク質を使って生物学的老化度を測定しようとする試みで、8月8日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Proteomic aging clock predicts mortality and risk of common age-related diseases in diverse populations(タンパク質による老化時計は、様々な集団の死亡率と、老化に関わる病気を予測できる)」だ。

現在、生物老化を測定できると標榜して提供されているのは、Horvath 時計の様なメチル化DNAを調べる方法がポピュラーだが、例えば単純な死亡率との相関が得られないなどの問題があった。これに対して、メチル化にせよ最終的には身体のタンパク質の変化につながることから、様々なタンパク質の量を組み合わせて老化を図る方法が研究されている。この典型が細菌老化研究の大ヒットとして紹介した IL-11 が老化を促進しているという論文で(https://aasj.jp/news/watch/24856)、一つのタンパク質でも機能がはっきりしていることで、老化との相関が明確に理解できる。

この研究では UKバイオバンクに登録された平均57歳、4万5千人規模のコホート参加者を11年から14年観察した結果を、血清中の2897種類のタンパク質の中から、老化に相関するタンパク質204種類、及びさらに絞り込んだ20種類を総合的に計算したスコアと相関させている。

まず、204種類でも、20種類でも、英国内の集団だけでなく、中国やフィンランドのコホート参加者についても、ほぼ同じように実年齢と強い相関を示す。

ただ、実年齢だけでなく、どちらのスコアでも、たとえばテロメアの長さ、あるいは自覚的老化指標や、歩く速さなどと相関する。さらに、腎臓、肝臓、心臓疾患とも関連することから、同じ実年齢の中での老化度をかなり正確に知ることができる。

この検査の最大の売りは、単純な死亡率や、心臓、肺、肝臓、腎臓など、様々な病気の起こりやすさとも相関することで、例えばスコアの高い場合、早発性のアルツハイマー病のリスクも予測できる。

このように様々な指標で比べたとき、DNAメチル化を指標とする老化時計より優れており、特に死亡率を反映することがこの方法の最大の売りになっていることが示されている。

この指標に用いる20種類のタンパク質は、細胞外マトリックス6種類、炎症4種類、ホルモン産生調節3種類、細胞シグナル3種類、エネルギーバランス2種類、発生分化3種類で、その気になれば安価で提供できると思われる。今後、介入でこの指標を若返らせることができるかなどの研究が行われると思うが、手軽な老化時計の検査にかなり近づいている気がする。

もう一編は、スペイン La Rioja 大学、イタリアベローナ大学を中心とする国際チームからの論文で、膵臓ガンの早期診断を、なんと自己抗体を用いて実現しようとする研究で、Angewandte Chemie にオンライン掲載されている。タイトルは「Detection of Tumor-Associated Autoantibodies in the Sera of Pancreatic Cancer Patients Using Engineered MUC1 Glycopeptide Nanoparticle Probes(ガンに関連する自己抗体を、膵臓ガン患者さんの血清で操作した MUC1 糖ペプチド結合ナノパーティクルで診断する)」だ。

通常ガンの診断は、ガン細胞が分泌する分子をいち早く捉えて診断に用いる方向で行われるが、この研究では膵臓ガンが産生するムチンの一つ MUC1 の20−120回繰り返す20アミノ酸が糖修飾された場合、自己抗体が作られやすいということに着目し、MUC1 ペプチドに反応するモノクローナル抗体との結合を指標に、糖鎖修飾を受けた短いペプチドを14種類設計し、膵臓ガン患者さんの血清で、膵臓ガンとそれ以外を区別できるか調べている。2種類の抗体との結合を指標に設計した中で、5E5 という抗体に結合する4種類のペプチドは、全てコントロールと膵臓ガンを明確に区別することに成功している。

結果は以上で、早期診断可能かどうかはこれからの問題だが、一般に使われるゴールドナノ粒子を用いる、かなり特異的なガン診断が、なんと自己抗体を指標に可能になるとは驚きだ。かなり期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月13日 N-acethyltaurine は新しいやせ薬になるか(8月7日 Nature オンライン掲載論文)

2024年8月13日
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以前、腸内細菌移植で自閉症スペクトラム症状が抑えられる原因の一つが、細菌叢の変化に起因する脳内タウリンの上昇で、タウリンを妊娠中から食べさせると自閉症様症状が抑えられるとするカリフォルニア工科大学からの論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/10310)、この論文を読まれた方が、自閉症スペクトラムにタウリンを飲ませていいかと聞いてこられた。ただ、紹介したのはマウスの実験で、元々タウリンが神経系に影響する詳しいメカニズムがよくわかっていないので、タウリンは飲んで悪いという話は少ないが、それでも消化管症状や糖代謝が変化することも指摘されているので、飲むとしても慎重に様子を見た方がいいと答えた。このような、動物実験と実際の臨床ギャップについては論文紹介でいつも頭を悩ませる点だ。

ただ、今週読んだ8月7日 Nature オンライン論文の中にスタンフォード大学から、これもネズミでの結果だが、タウリン研究としては重要な研究が発表されていたので、紹介することにした。タイトルは「PTER is a N-acetyltaurine hydrolase that regulates feeding and obesity(PTER は摂食と肥満を調節する N-acetyltaurine hydrolase )」だ。

この研究は最初から N-acetyltaurine (NACT) をタウリンとアセテートに分解する酵素特定を目指す、極めて古典的な仕事だ。NACT はその合成経路も明確ではないが、運動や飲酒に伴って上昇する面白いタウリン化合物だ。

腎臓組織ホモジネートを分画し、NACT を分解する酵素 (PTER) の活性を持つ分画を絞っていって、最終的に NACT にかなり特異的な PTER を特定し、遺伝子クローニングに成功する。久しぶりに古典的手法の研究を読んだ気がして、逆に不思議な気分だ。

次に生化学的特異性、そして αフォールドを利用した構造解析を行ったあと、ノックアウト実験に進んでいる。PTER をノックアウトすると、期待通り様々な組織で NACT の濃度が上昇する。もちろん血中濃度も上昇するが、心臓、脾臓、腎臓、筋肉での上昇は大きい。

次に、ノックアウトによる代謝変化を調べると、ノックアウトでは体重上昇が軽度に抑えられ、また食事の摂取量も低下し、インシュリン感受性も上昇する。

次に高脂肪食を与えたときに、代謝改善効果があるか調べると、ノックアウトだけでは大きな変化はないが、タウリンを投与してさらに NACT を上昇させると、摂食量の低下が見られる様になる。

そこで、ノックアウトではなく NACT をそのままマウスに投与する実験を行うと、50mg/kg 投与で、摂食が低下し、体重も減少する。以上の結果から、NACTは直接代謝を変化させる作用は低いが、摂食を抑制することで代謝の改善と体重減少を誘導することが明らかになった。

最後に、この摂食抑制作用のメカニズムを調べ、脳幹の摂食中枢神経のGDNF受容体が刺激される際の閾値を変化させることで、摂食を抑制しているのではないかと結論しているが、メカニズムについてはまだまだ研究が必要だと思う。

最後に、タウリンから NACT が合成される経路を検討し、1)PTER 自体によるタウリンとアセテートから NACT 合成経路、2)酵素非依存的経路、3)そして腸内細菌叢による経路が存在する可能性を示している。

タウリンは健康飲料としてポピュラーな分子だが、実際の代謝経路についてはまだまだ研究が必要なこと、そしてその中から思いもかけない健康への介入方法が生まれる可能性がよくわかる論文だと思う。多くの患者さんたちが注目しているので、研究を加速してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月12日 迷走神経がハブとして働く腸脳相関(8月8日 Cell オンライン掲載論文)

2024年8月12日
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プロバイオやプレバイオで不安を和らげ、自閉症スペクトラムの社会性を回復できることを示した論文について一度まとめて紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/autism-science/11102)、このような相関関係は腸脳相関と呼ばれて盛んに研究されている。

腸脳相関は細菌叢が脳に働くと言うだけでなく、例えば迷走神経を刺激して細菌叢を変化させ腸のバリアーを高め、炎症性腸疾患の症状を改善できることを示した論文の様に、逆方向の関係を示した論文も多い。

今日紹介するマウントサイナイ医科大学とチュービンゲンマックスプランク研究所からの論文は、迷走神経刺激と細菌叢の相互作用について、特に十二指腸のブルンナー腺に注目して明らかにした研究で、8月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Stress-sensitive neural circuits change the gut microbiome via duodenal glands(ストレスに感受性の神経回路が十二指腸腺を介して腸内細菌叢を変化させる)」だ。

ブルンナー腺は十二指腸粘膜下にある粘液腺で、アルカリ性の粘液を分泌して胃酸を中和し、消化酵素の働きを助ける重要な腺で、粘液を作るという点では小腸以降の腺組織と同じでも、ペプシノーゲンの発現、Mucin6 の強い発現、EGF分泌などはブルンナー腺特異的で、独立した粘液組織と考えられる。

以上の特徴は、消化だけでなく、当然細菌叢にも影響があると考え、この研究ではまずコレシストキニンによりブルンナー腺を刺激したときの小腸細菌叢を調べ、特に乳酸菌の増殖が高まることを発見する。

コレシストキニンは消化管ホルモンなので、このブルンナー腺の特徴が腸脳相関にも関わることを示す目的で、ブルンナー腺の神経支配を光遺伝学的方法を用いて探索し、最終的に延髄の dorsal motor nucleus (DMV) 由来の迷走神経がブルンナー腺を支配していることを確認する。

この結果に基づいて、様々な方法で迷走神経を刺激したり、除去したりする実験を繰り返し、迷走神経刺激によりブルンナー腺が活性化され、粘液が分泌されることで乳酸菌の増殖が起こることを明らかにする。ただ、変化は細菌叢にとどまらず、例えば迷走神経刺激が伝わらなくすると、腸上皮バリアーが弱まり、感染が起こりやすくなり、腸内リンパ組織や脾臓の免疫反応低下にまで影響が及ぶことがわかった。その結果、病原菌感染によるマウスの死亡率は上昇する。

重要なことは、ブルンナー腺刺激、あるいは抑制の効果が、全て腸内細菌叢を介して起こっていることで、ブルンナー腺を除去したマウスでも、健康マウスの便移植、あるいは乳酸菌とビフィズス菌を会わせたプロバイオ投与で、バリアー機能や免疫機能を回復させることができる。

まさに文字通り、腸脳相関の系といえるが、研究ではさらに高次脳機能との関わりを調べるため、まず DMV 領域に投射する中枢神経を探索し、不安やストレスに関わる脳領域である扁桃体と DMV との結合を特定する。次に、扁桃体を刺激する実験を行い、扁桃体の興奮は、MDV を介してブルンナー腺を活性化し、乳酸菌の増殖を促す。一方、不安やストレスは、扁桃体神経の興奮を抑制し、その結果ブルンナー腺の活動が低下し、腸管の炎症や免疫異常を誘導することを明らかにする。

一方、マウスにストレスを与えた時に起こる細菌叢や腸内免疫系の変化は、迷走神経系刺激で回復できることを明らかにしている。

以上、脳高次機能、自律神経、消化管ホルモンサーキット、そして細菌叢の複雑な相関が明らかになった。いずれにせよ、ストレスが続いたときは迷走神経を刺激するか、プロバイオは効果がありそうだ。

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