2024年10月3日
Acinetobacter baumannii (Abm) のような病院内で発生する多剤耐性菌は現代の医療に残された重要問題で、このブログでも紹介したように、耐性のでない新しい抗生物質の開発が続いている。一方で、抗生物質とは異なるメカニズムで細菌を殺す溶菌ファージを用いて耐性菌を制御するための研究も進んでおり、やはり何度も紹介してきた。
今日紹介するハンガリーの生物学研究センターからの論文は、治療の対象となる Abm のゲノムを世界中から集め、その系統進化と多様化を徹底的に調べ、最適なファージ治療の可能性を追求した研究で、9月26日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Genomic surveillance as a scalable framework for precision phage therapy against antibiotic-resistant pathogens(多剤耐性病原菌に対するプレシジョンファージ治療の大規模なフレームワークのためのゲノム探索)」だ。
ハンガリーからの論文を見ることはほとんどないが、ノーベル医学生理学賞で言えば、RNA ワクチンのカリコさんもハンガリー人だし、私たちの世代にとってはビタミンCや筋肉研究で有名なセントジェルジが思い出される。
研究の着想は極めて論理的で、ファージ治療を成功させるために、まず Abm の多様性を徹底的に調べ、できるだけ多くをカバーできるファージ分離の原理を突き止めようとしている。まさに、Covid-19 の際全世界で進んだウイルスの進化地図作成と同じ方向性だ。
日本を含む Abm ゲノムデータベースから15410のゲノムを取り出し、配列に基づく系統樹とともに、ファージ感染では最も重要になるカプセルの合成に関わるゲノム領域に焦点を当てた系統樹を作成している。
こうして浮き上がってきたのは、コロナウイルスと異なり、都市や地域に限定されて進化していく点で、病院を中心として感染が起こることを裏付けている。従って、地域が異なると多様性は大きくなるが、それでもほぼ全ては31種類の頻度の高いタイプに分類することができる。
もう一つ重要なのは、各地域で見ると多様性の形成が遅く長期にわたって変化が少ないことで、コロナウイルスのように同じ地域で急速に多様化するようなことはない。すなわち、現存の Abm から有効なファージを分離できる可能性が高い。
そこで、ハンガリーやルーマニアから実際の Abm 株を分離、そこから最も頻度が高い11タイプの Abm に反応できる、15種類のファージを分離することに成功している。
このファージを実際の Abm に感染させ、ファージに対する耐性の出方を調べた結果、それぞれのファージに対して異なる遺伝子の変化が起こることが明らかになり、いくつかのファージを組み合わせることで、ほぼ耐性の出現を抑えられることを示している。その上で、マウス腹腔に Abm を注射し、そこにファージを感染させる実験で、一週目での生存を調べると、ファージなしでは1日で全部が死亡するが、ファージにより7日目の生存率が80−100%になることを示している。
さらに、ファージ感染で発生した耐性菌は、驚くことにそれまで耐性を持っていた抗生物質に対する感受性が戻ることも明らかにし、抗生剤との新しい協調を誘導できる可能性を示している。
以上が結果で、よく読んでみると、論理立てに読者の頭を導くような仕掛けで、本当は世界中の Abm を調べなくても、ファージ治療を開発できるのではと思うが、査読者も含めてうまく読者を誘導することも重要な技術だと思う。おそらく限られた予算の中で、できることをうまくストーリーに仕上げた点で、勉強になる論文だと思う。
2024年10月2日
このブログでも何度も取り上げたが、細胞内の標的分子にタンパク質分解システムをリクルートして抑制する方法が、創薬の一つの方法として利用されるようになっている。そのほとんどは標的タンパク質にユビキチンリガーゼをリクルートする方法なので、細胞内のタンパク質に限られる。
これまで細胞表面に存在するタンパク質については、細胞膜からリソゾームへとリクルートし分解する方法が試みられている。ただ、表面タンパク質が細胞内小胞へ取り込まれてからの輸送経路が複雑で、完全に分解する経路へ導くことは簡単ではなかった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、細胞表面から常に細胞内小胞へインターナライズされ、その後また細胞表面へリクルートされるトランスフェリン受容体を用いて、細胞表面分子をリソゾームへとリクルート、分解する方法の開発研究で、9月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Transferrin receptor targeting chimeras for membrane protein degradation(膜タンパク質分解のためのトランスフェリン受容体へリクルートするキメラ分子)」だ。
トランスフェリン受容体に着目したのは、常にインターナライズされ膜と小胞を行き来しているという性質と、正常細胞と比べるとガン細胞で何十倍も発現が高いという性質だ。これにより、標的分子が正常細胞に発現していても、ガン細胞だけリサイクル経路で処理する可能性が出る。
そこでまず T細胞白血病細胞に発現させたキメラ抗原受容体 (CAR) をモデルとして、様々なタイプの CAR に結合するタンパク質とトランスフェリンに結合するタンパク質(抗体やリガンド)を結合させた分子を結合させ、CAR-T に加えると、細胞表面分子をトランスフェリン受容体へとリクルートし、細胞内小胞へインターナライズすることができるが、トランスフェリンと同じように一部がリサイクルされてしまって、分解されないことがわかった。
そこでトランスフェリンに結合するリガンドと、標的分子に結合する分子の間に、小胞体で働く酵素によって切断できるようにし、トランスフェリン受容体とは異なる、リソゾーム経路へ標的分子をリクルートする方法を開発し、最終的に80%近くの標的分子を完全に分解できる方法に発展させている。
次に、CAR のような人工的標的ではなく、PD-L1、EGF 受容体、CD20 など、抗体治療の標的として使われている分子を標的に同じ方法が使えるか調べ、全ての分子をリソゾームへとリクルートし分解できることを示している。
最後に、EGF 受容体に依存性の非小細胞性肺ガンをモデルに、EGF 受容体を分解できるか検討している。非小細胞性肺ガンに対しては EGF 受容体を標的にする抗体治療が行われているが、様々な変異により抗体の効果が失われる。しかし、ともかく EGF 受容体が発現しておれば分解経路へとリクルートできるこの方法は、抗体治療の効果がなくなったガンに対しても効果がある。また、EGF 受容体を発現する正常線維芽細胞にはほとんど影響がない。
最後に、EGF 受容体に対する抗体治療が効かなくなった腫瘍を移植したマウスに、この方法を試すと、EGF 受容体を分解して、ガンの増殖を抑えることを示している。
結果は以上で、臨床応用までは時間がかかるとしても、細胞表面分子をリソゾームへと導く方法開発の意義を明確に示した研究だと思う。特に驚いたのは、EGF 受容体に対する抗体と、トランスフェリン受容体に対する抗体を結合させた、彼らが TAC と名付けたキメラ分子の血中の半減期が、抗体より長く16日もあることで、治療する側から見ても使いやすい方法に成長するのではないだろうか。
2024年10月1日
これほどメタゲノミックスが進んだ現在でも、新しい細菌が発見され続けている。今日紹介する米国、クリーブランドクリニックからの論文は、マウス腸内細菌叢を IgA 分解活性を指標にスクリーニングし、Tomasiella immunophila と名付けた新しい細菌を発見した研究で、9月27日 Science に掲載された。タイトルは「A host-adapted auxotrophic gut symbiont induces mucosal immunodeficiency(ホストに適応した栄養要求性腸内共生細菌は粘膜免疫不全を誘導する)」だ。
細菌は様々なタンパク質分解酵素を持つので、腸内免疫に働く IgA を分解する活性を持ってることは十分考えられる。そこで、腸内の IgA が高いマウスと、低いマウスの細菌叢を分離して、IgA に作用させると、低いマウスのみ IgA を分解することを発見する。
次に、細菌培養を繰り返して IgA 解能を持っている細菌を絞り込んでいくと、テトラサイクリン抵抗性の Muribaculaceae 科に属する新しい細菌が特定され Tomasiella immunophila と名付けている。
この細菌の培養には細胞壁成分で、通常のバクテリアは自分で産生するN-アセチルムラニル酸が必要で、これを回りの細菌から調達して生きていると考えられる。さらに、無菌マウスに移植しても腸内で増殖できず、他の細菌叢との協力の下初めて腸内に居着くことができている。面白いことに、免疫不全マウスでは他の細菌叢が助けてくれても腸内での生存が低下していることから、IgA を何らかの形で細菌叢での生存に役立てている可能性がある。
この細菌、あるいは細菌由来の小胞に存在する酵素は、免疫グロブリンの κ鎖を分解し、こうしてH鎖とL鎖が分離すると、他の酵素がさらに働いて免疫グロブリン、腸内ではIgAが完全に分解される。
この活性はマウス腸間内でも発揮され、この細菌と IgA 分解能のない細菌叢を同時に加えたマウスの腸内では、IgA の量が低下する。そして、感染実験や、硫酸デキストランによる上皮障害実験を行うと、この細菌を加えたときだけ抵抗力が低下することを明らかにしている。
残念ながら、この細菌が持っている IgA 分解酵素の特定には至っておらず、またヒト IgA もこの細菌では分解できないこともわかった。
以上の結果から、Tomasiella immunophila はマウスとともに共進化してきたユニークな細菌で、示されてはいないが、おそらく IgA を一定程度分解することで、他の細菌との協力関係を築いて生存してきた様に思える。ただ、様々な病的状態では、この機能が逆にホストの抵抗力低下を促すことも示されていることから、共生菌としての生態についてはまだまだ研究が必要だと思う。また、同じような菌が人間にも存在するかの特定も残っている。このように、多くの問題が未解決のまま残されたフラストレーションを感じる論文だが、新しい不思議な細菌の発見という点では面白い。