2024年3月15日
手術後の縫合不全など、不断にモニターしたい状態は数多くあるが、傷を開放にして常に除くというわけには行かない。今日紹介する米国Northwestern大学からの論文は、超音波診断機を用いて組織内の様々な状態をモニターできる面白いアイデアで、3月8日号 Science に掲載された。極めて臨床的な材料研究が Science に掲載されたのは、そのシンプルさとアイデアの卓越性によること間違いない。タイトルは「Bioresorbable shape-adaptive structures for ultrasonic monitoring of deep-tissue homeostasis(深部組織のホメオスターシスを超音波診断機でモニターできる生体吸収性で形態適応性の構造)」だ。
生体に適合し、最終的に吸収されるハイドロゲルなら何でもいいのだが、この研究のアイデアは、それに一定数の金属粉末を円形に塗って超音波診断機で検出可能にしたことだ(百聞は一見にしかずで MedicalXpress の写真をご覧あれ:https://medicalxpress.com/news/2024-03-shifting-ultrasound-stickers-surgical-complications.html)。
要するに円形の金属粉を超音波で周りの組織から際立たせて超音波診断機で検出する。あとは、ハイドロゲルの特性を変えることで、pH の変化で膨張したり、溶けて無くなるように設計すると、深部組織で起こっている組織変化をリアルタイムで簡単にモニターできるというアイデアだ。
実際には pH が低くなると急速に膨張するハイドロゲルや、逆にアルカリ性で膨張するハイドロゲルを使うと、前者は胃の縫合部からの胃液の漏れを、後者は膵臓からの膵液の漏れによるハイドロゲルの漏れを、金属粉サークルの半径の拡大として検出できる。
設計通り pH に反応するかを試験管内で確認した TRAIL 、今度はラットの胃壁に設置して蠕動する胃でも、例えば縫合部位を跨いで切歯したセンサーを十分な解像度で検出できるか確認している。
その後、胃に穴を空けて胃液が流出するようにし、時間ごとに超音波診断機でこのハイドロゲルをモニターすると、20分ほどでふやけて拡大するのを超音波診断機で検出できる。ハイドロゲルの特性を変えてそれぞれの組織に会わせると、腸や膵臓でのリークを検出することが出来る。
最後に人間に近い大きさのあるブタで同じ実験を行うと、全ての臓器でラットよりはゆっくりしたペースで拡大するのを観察できる。実際ハイドロゲルを取り出して見ると、2倍ぐらいに拡大しているのがわかる。
勿論深いほど解像度は落ちるが、画像についてはコンピュータを使って様々に改良することが出来るはずだ。またこの程度の鉄粉や亜鉛粉で組織に問題が起こるはずはないと考えると、ただただ Good Idea というほかない。
2024年3月14日
細胞培養は生体を反映できない人工物という考えは根強くある。しかし、Austin SmithがES細胞の様々な状態を誘導する培養法を開発し、実際の胚と詳しく比較した研究によって、多能性幹細胞の多様性とともに、実際の胚発生過程の理解も大きく進展した。このように、細胞培養と実際の組織の比較の重要性は、腸の幹細胞オルガノイド培養を開発した慶応の佐藤さんの業績からもわかる。
今日紹介するロックフェラー大学 Fuchs 研究室からの論文は、皮膚幹細胞培養を、ES細胞や腸上皮幹細胞培養法のレベルに一段と高めた研究で、3月8日号 Science に掲載された。タイトルは「Vitamin A resolves lineage plasticity to orchestrate stem cell lineage choices(ビタミンAは細胞分化可塑性を解消して幹細胞分化決定を指揮する)」だ。
Fuchsは皮膚幹細胞培養で有名な Green 研出身で、いわば幹細胞培養の先駆者だ。しかし、皮膚幹細胞の培養と、それを用いた皮膚移植治療まで実現しているが、ES細胞や腸管細胞の培養と比べると、皮膚幹細胞培養は大きく見劣りしていた。その結果、未だに培養皮膚はエピスキンのような単純なシステムで我慢しなければならない。
これを根本的に変えようと、オルガノイド培養を基礎に、培養と生体を対応させるための様々な分子マーカー標識を使い、また培養からの結果を生体内で確かめる操作を繰り返したのがこの研究で、妥協を許さない執念の研究だ。
その結果、血清入りで培養した幹細胞は、毛根(HF)と上皮(Ep)両方の分化能を持つ可塑性の高い幹細胞が中心になっていたこと、そして血清抜きの培養では毛根特異的幹細胞(HFS)と上皮幹細胞(EpS)が分離することを見いだす。
次に EpSマーカーを抑える培養条件を検討し、最終的にレチノイン酸(RA)が EpS への分化能を抑え、HFS を選択的に培養するのに必須であることを見いだす。そしてこれに PKC阻害剤 PKCi を加えることでほぼ純粋な HFS を培養できることを明らかにする。
後はここから培養条件を変えてHFで見られる細胞を選択的に誘導できるか調べている。ここまで来ると、毛根についての研究は厚く、結局WntとBMPが分化の方向性を決めることを明らかにしている。
詳細を飛ばしてまとめると次のようになる。
- BMP6はRA存在下で細胞周期をG0休止期へ誘導する。すなわち、バルジ領域の幹細胞への分化を誘導する。
- BMP の影響がなくなると、細胞周期への移行が可能になり、Wnt が増殖を維持する。
- この時、RA の影響がなくなると毛包細胞や Ep への分化が起こる。
- 毛球細胞は特に強い Wntシグナル存在下でRAの影響がなくなることで形成される。
- 皮膚損傷では一過性にRA刺激が消失するため、HFS から可塑性幹細胞、そしてEpへの分化が促進されることで皮膚損傷治癒が促進される。
- これら試験管内の結果は、生体内の毛根で全て検証できる。例えば RA を塗ることで、毛根の維持形成が促進され、逆に RN が阻害されると皮膚損傷治癒は促進されるが、毛根の形成は抑えられる。
以上、HFS の試験管内維持と、そこからの決まった方向への分化誘導、さらにそれを移植して毛根再構成など、完全な分化増殖の試験管内コントロールに大きく近づく一歩だと思う。大分はしょって紹介しているので、是非論文を読んで欲しい執念の研究だ。
2024年3月13日
真核生物のゲノムは mRNA に転写され、アミノ酸に翻訳されたり、翻訳されなくても様々な機能を持つことは、今や、小学生にも教えられていると思うが、翻訳という観点で見ると、ゲノムの7割以上が低いレベルで mRNA に翻訳されていることが何回も報告されている。そしてこの低いレベルの翻訳が重要な機能を持つと考える人も多い。
この問題に答える面白い研究が、酵母の合成生物学を強力に進めているニューヨーク大学の研究グループから3月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Synthetic reversed sequences reveal default genomic states(合成された逆配列はゲノムの初期状態を明らかにする)」だ。
昨年11月このグループの研究を紹介したが、DNA合成機で作成した DNA で酵母ゲノムを置き換えたり、あるいは新たなゲノムを導入する、合成生物学の分野を強力に推進しており、既存の生物と向き合うだけでは得られない面白い視点をいつも示すグループだ(https://aasj.jp/news/watch/23318)。
今回このグループは、完全に合成した長い DNA を我々のゲノムは受け入れることが出来るかどうかを調べている。ただ、完全合成と言っても長い DNA ストレッチをデザインするのは簡単でない。そこで、ヒト HRPT1 遺伝子がコードされている 100Kb の大きな DNA を完全合成するとともに、その配列を逆から並べた裏返しの人工ゲノムを作っている。ここでは 正DNA 逆DNA と呼ぶが、正DNA は合成されたとはいえ進化の過程で形成された配列で、逆は完全に人工的と言える。ただ、逆配列に転写可能な遺伝子がないか、あるいはサイレンシングされてしまう配列がないかを注意深く調べ、一応完全合成 DNA 配列として利用できることを確認している。
次に、表と逆の 100Kb 遺伝子を酵母とマウス ES細胞に導入し、それぞれの遺伝子が細胞にどのように受け入れられているのか、転写や染色体構造をベースに調べている。
勿論人工合成されたとはいえ、正DNA は酵母でもヒトでも正常に転写され、また HRPT1 遺伝子領域以外でも低い転写活性を認める。
さて逆配列だが、酵母では問題なく受け入れられる。しかも、ATACsequencing やヒストンコードから見て、オープンな染色体構造が逆配列にも維持され、その結果、配列中に存在する弱いプロモーターを利用して多くの領域が RNA として転写される。
ところが ヒトES細胞に導入された逆配列は、正配列とは全く異なり、全くサイレントで、ATACseq やヒストンコードから、完全にクローズな染色体構造を持ち、RNAポリメラーゼの結合も全くない。
特徴的なのは導入されたゲノムの境を中心にポリコムによる H3K27me3 ヒストンコードの修飾を受けている。このため、ES細胞のポリコム遺伝子がリクルートされクロマチンが閉じられているのではと考えられる。
しかし、ポリコム分子と結合すると考えられる CpG を逆配列から除いて導入しすると、期待通りH3K27me3 ヒストンコードの結合は抑えられる。にもかかわらず、逆配列の染色体構造は閉じたままで、転写も抑えられたままだ。
結果は以上で一般の方には少し難しかったと思う。ただ、少なくとも ヒトES細胞では、ゲノムが一つの個性にまとまっており、異なる個性の遺伝子を区別して染色体を閉じるメカニズムがあることがよくわかる。
一方、酵母にとってはこのような個性派ない。どんどん外来の遺伝子を取り込んで、それが発現するRNA から役に立つ RNA を進化させる、コスモポリタンゲノムが維持されている。この酵母の培養を続ければ、面白い遺伝子が進化してくる可能性があり、合成生物学としても重要な材料になる気がする。
2024年3月12日
私たちが人類進化を中学校や高校で習った時代は、まずそれらを原人と総称し、しかも別々の場所で発見された原人は、別々の種類として扱っていた。したがって、アフリカ・アルジェリアで出土した原人はアトラントロプス、北京原人はシナントロプス、そしてジャワ原人はピテカントロプスと呼んでいた。
現在では研究も進み、アフリカで250万年前に進化したホモ族が世界に広がったと考えるようになり、ホモ・エレクトスという名前で全てをひとくくりにするようになった。そしてそれぞれの年代測定から、アフリカ以外のホモエレクトスの最も古いのがグルジアドマニシの180万年、ジャワの70−150万年とされている。すなわち、エレクトスの進化の過程で世界中に拡大するためのさまざまな能力を人類が獲得したことになる。例えば男女の体格差が消失し、犬歯がなくなることから、食生活や社会生活が大きく変化したと考えられる。言語も発生した考えている人もいる。
このように、南の方ではグルジア地方のドマニシの180万年前、その後ジャワの150万年とエレクトスが出アフリカを果たした足跡を辿ることができるが、例えばハイデルベルグ原人や、北京原人のように緯度の高いところで生息していたエレクトスになると大体70−80万年前になり、その間のプロセスは明らかでない。
今日紹介するチェコ科学アカデミーとデンマークAarhus大学を中心とする共同研究は、ウクライナ西部、ハンガリー、ルーマニア国境近くのコロレボ発掘サイトの石器の解析と、宇宙線により発生するアイソトープを用いた年代測定などを組み合わせ、最も高い緯度でしかもヨーロッパで140万年前(すなわちヨーロッパ最古)のエレクトスの存在を特定したという研究で、3月6日 Nature にオンライン掲載されている。タイトルは「East-to-west human dispersal into Europe 1.4 million years ago(140万年前、人類は東からヨーロッパに侵入した)」だ。
一にも二にも、この研究のハイライトはヨーロッパ最古のエレクトスの痕跡を特定したことにある。まずアウストラピテクスが使用していたオルドワン型石器とともに、エレクトスから始まるあシューリアン型の石器が混在している。これはアフリカからレバノンにかけて見られる古いエレクトスの遺跡で見られる特徴を有している。
そして、地層中に存在する宇宙線により発生したベリリウムやアルミニウムの濃度から、年代を142万年前と特定している。さらに、この時期が氷河期の間の比較的暖かい時代と重なることから、最も活発にエレクトスが移動できたこと、そしてコロレボのようなヨーロッパの入り口にまで生活圏を広げられていた事を結論している。
これまで、エレクトスのヨーロッパへの移動はイタリアやスペインへの、南からの移動が中心と考えられてきた。これに対し、この研究ではジャワのエレクトスも含め、ユーラシアのエレクトスは、レバノンを通って出エジプトを果たし、コーカサスのドマニシをへて東から西に移動をはじめ、140万年前には、暖かい気候を利用して高緯度の領域まで到達していた事を示している。
以上が結果で、なかなかゲノムを用いた研究とまではいかない古代の領域だが、しかし人類とその文化の発達史を考える意味で、重要だ。この研究で一つの移動経路が示唆されたので、今後は示唆されたルートの発掘を地道に続ける他ないと思う。
2024年3月11日
今日紹介するブラジル Butantan 研究所からの論文は、完全な息抜きになる論文で、一般の人も十分楽しめる、少なくとも日本に住む我々がほとんど想像だにしない生き物の話で、3月8日号 Science に掲載された。タイトルは「Milk provisioning in oviparous caecilian amphibians(卵生のアシナシイモリのミルク供給)」だ。
まずタイトルにあるアシナシイモリだが、先日紹介したように爬虫類では蛇だけでなく手足のない種類が存在することは知っていたが、流石に両生類でそんな種がいるとは全く知らなかった。この論文の紹介がニューヨークタイムズで写真付きでされていたので、まずこのサイトにサーフして( https://www.nytimes.com/2024/03/07/science/caecilians-milk-amphibians-worms.html ) アシナシイモリの姿を見てほしい。熱帯の地下に適応したため、ほとんどミミズと同じ形で、体節形成時の節ができている。もちろん四肢は失っている。
今回研究されたアシナシイモリは卵生であるにも関わらず、メスが孵化した子供を2ヶ月にわたって育てる。この時、外敵から守るだけでなく、ミルク用の物質を皮膚に染み出させることで、餌を与えることが知られており、この結果孵化後急速に体重が増える一方、メスは子育てが終わると30%の体重を失うことが知られていた。
この研究では注意深い生態観察を続ける中で、皮膚に滲み出たミルクよりは、お尻のベントからミルクを分泌して、一種の授乳が行われている事を発見している。実際、子供はベントからミルクを飲むケースが圧倒的に多い。
このベントにつながるのが卵管で、授乳が必要な時期には乳腺のような上皮構造が発達し、ここに脂肪が存在することも確認している。
面白いのは授乳する1分前に子供が高い音を出して母親に知らせているようで、この音と母親の反応についてはまだメカニズムは明確になっていないが、哺乳動物で見られる母子間の相互作用に相当するものがすでに発達している。
最後に、ミルクの成分を調べると、49%がパルミチン酸、49%がステアリン酸で、長鎖脂肪酸がほとんどを占める。他にも上皮細胞が脱落したことによるタンパク質なども存在する。人間のミルクでは、32%がパルミチン酸、18%がスレアリン酸なので、十分以上にミルクとしての機能を果たせることがわかる。 以上が結果で、地球上にはいくらでも想像を超えた生物が生息している事を実感した。しかし、ジャングル歩きをしていて見つけたら、大きなミミズと間違うと思う。
2024年3月10日
細胞が経験した事象を生体内で記録するイベントレコーディングの方法開発が進んでいる。一つは刺激による転写変化を用いる方法で、古くは神経刺激による Fos などの一過性変化を用いて、パーマネントに細胞標識を行う方法だが、最近ではクリスパーを使って新たに細胞内に変異を蓄積してバーコードにする手法などがある。
今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、酵素反応を用いて相互作用している細胞表面に標識を行う方法で、転写をイベントレコーディングのシグナルに用いる方法と比べ、既存のさまざまな技術を組み合わせることができる点で面白い方法だ。タイトルは「Universal recording of immune cell interactions in vivo(生体内免疫細胞間相互作用の普遍的レコーディング)」で、3月6日号 Nature にオンライン掲載された。
この方法は2018年に発表されており、その時は細胞表面の CD40L と CD40 の相互作用を記録するのに使われている。方法の原理だが、細胞表面に黄色ブドウ球菌由来の Sortase を発現させ、この細胞にビオチン化した LPTXTG分子を供給すると、オリゴグリシンを細胞膜上に発現する相手型の細胞をビオチン標識できるという、少しややこしい方法だ。最初の論文では CD40L に Sortase(SrtA) を結合させ、CD40 にオリゴグリシンを結合させる事で、両者が相互作用した時 CD40陽性相手方細胞をビオチンラベルできる事を示していた。
ただ、このようなあまりに分子特異的標識法では用途が限られるため、この研究では SrtA をそのまま細胞表面に発現させ、相手型は Thy1分子N末にオリゴグリシン(g5) を発現した人工分子を発現させることで、特定の細胞がどの標的細胞と反応しているのかを記録できるようにしている。
さまざまな基礎実験を行った上で、免疫系に絞って生体内での相互作用を調べている。
- 卵白アルブミン特異的 T細胞表面に SrtA を発現させ腹腔注射し、抗原をロードした G5発現樹状細胞(DC)とリンパ節内で会合させ、ビオチン化 LPTXTG を注射すると、リンパ節の DC の6%ぐらいがラベルされる。この時 MHC-II をブロックするとラベルされないので、抗原ペプチド/ MHC を介して相互作用した DC を特異的にラベルできていることがわかる。
- 次に Treg と反応する細胞を調べている。全身に G5-Thy1 を発現するマウスで、FoxP3-Cre で Treg 特異的に SrtA を発現させ、刺激なしにビオチン化LPTXTG を注射すると、予想通り Treg と相互作用している DC がラベルされる。そして、DC の中でも全身を移動している DC がラベルされることが明らかになった。ただヘルパーT細胞/DC相互作用と比べると、MHC-IIブロックの影響は大きくなく、Treg が MHC-II を介してだけでなく、他の分子を介して DC と相互作用していることがわかった。Treg刺激の抗原を特定するためには極めて重要な方法になると思う。
- 次にB細胞に SrtA を発現させ、抗原刺激後の胚中心で B細胞と相互作用を行う T細胞を調べ CXCR5 と PD1 を強く発現した FH-T細胞だけがラベルされる事を示し、極めて特異的T/B相互作用を捉えられる事を示している。
- リンパ球以外に SrtA を発現させる実験も可能だ。腸上皮と相互作用するリンパ球を、single cell RNA sequencing と組み合わせて調べている。腸上皮特異的に SrtA を発現させ、ビオチン化 LPTXTG を注射すると、その時腸上皮と相互作用していたリンパ球をラベルすることができる。こうしてラベルされた細胞を DNAバーコードをつけたビオチンに対する抗体と反応させる事で、相互作用がないためラベルされなかった細胞から区別した上で、腸内の全免疫細胞について single cell RNA sequencing を行い、腸上皮と相互作用していた細胞の遺伝子発現を調べると、Eカドヘリンと結合する αE/β7インテグリンを発現したT細胞が特異的にラベルできる事を示している。この結果は、将来の応用範囲の広さを感じさせる。たとえばガン組織に SrtA を発現させる事で、そこでがん細胞自体、あるいは環境細胞と相互作用するT 細胞を特定し、さらには 抗原受容体まで特定できる可能性がある。
- 最後に、LCMウイルス特異的CD8 に SrtA を発現し、G5-Thy1 を発現したマウスに移植、そこに LCMウイルスを感染させるとともにビオチン化LPTXTG を注射して、ウイルス特異的T細胞と相互作用する細胞を調べている。結果、リンパ節では DC だけでなく、さまざまなタイプのマクロファージが相互作用している事、さらにリンパ節だけでなく、肺、肝臓など多くの組織でマクロファージとウイルス特異的CD8T細胞の相互作用が起こっている事を明らかにしている。
以上、詳しく紹介しても仕切れない量のデータだが、免疫系だけでなく、さまざまな細胞間相互作用を調べるのに重要なテクノロジーになる予感がする素晴らしい論文だった。
2024年3月9日
先週 40Hzの刺激を視覚・聴覚から導入して脳内に γ波を発生させることで、脳内 Glyjmphatic を介する脳脊髄液のドレーンが上昇し、アルツハイマー病などの神経変性が抑制されるという論文を紹介した。刺激の性質から当然神経がまず興奮して、それから様々な反応が進むと考えられるが、3月2日に紹介した研究では、刺激興奮した神経細胞から血管作動因子が分泌され、ドレーンを高めるという話だった。
ところが今日紹介するMITからの論文は、光と音を介する40Hzの刺激が脳細胞の遺伝子発現を変化させることで、化学療法に伴う脳変性を抑える働きがある事を示した研究で、3月6日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Gamma entrainment using audiovisual stimuli alleviates chemobrain pathology and cognitive impairment induced by chemotherapy in mice(視覚・聴覚刺激を通して γ波同期を誘導することで化学療法後の病理反応や認知障害を抑えることができる)」だ。
アルツハイマー病の神経変性を抑えることができるなら、化学療法後に起こる神経変性にも効果があるのではないかという素朴な問いからこの研究は始まっている。
まずマウスに電極を装着して視覚、聴覚から40Hz刺激で同期した γ波を脳に発生させる事を確認した後、一般に白金製剤と呼ばれる抗ガン剤の一つシスプラチンを投与し、同時に γ波刺激を1日1時間、21日間続けている。
シスプラチンはDNAに結合して複製時にDNAが切断されるが、γH2AXに対する抗体で検出すると、切断部位が低下している。また傷害部位のミクログリア数の上昇やアストロサイトの活性化も抑えられる。
Single cell RNA sequencing でこの差の原因を調べると、もともとシスプラチンにより多くの遺伝子が変化するので評価は難しいのだが、特にミエリン鞘を形成するオリゴデンドロサイトで、ミトコンドリア代謝などに関わる遺伝子が上昇し、細胞死に関わる遺伝子は低下することがわかる。また、活性の変化が見られるミクログリアを調べると、シスプラチン抵抗性分子や翻訳に関わる分子が上昇、一方で自然炎症に関わる分子が減少している。
オリゴデンドロサイトで最も大きな変化が認められたことから、組織的に調べると、前駆細胞の増殖は見られないが、細胞死が抑えられるため減少程度が抑えられている。
このように神経変性、特にオリゴデンドロサイトが守られ脱髄が防がれる事で、さまざまな認知機能障害が抑制され、また不安神経症の発生も抑えられる。またこれらの改善は、シスプラチン投与と γ波刺激を行った後130日経っても見られる。特にシスプラチン投与を受けない正常レベルへの回復が γ波治療を行った群で著しく、臨床応用への期待が高まる。
一方で、シスプラチン投与後、脳の病理変化が固定されてしまうと、γ波刺激は脱髄も含めて病理学的変化をもとには戻せないが、ミクログリアの活性やアストロサイトの炎症性変化はもとに戻すことができ、問題を処理し解決する能力が回復する。
最後に、シスプラチン以外の抗ガン剤で同じ効果が見られるか、メトトレキセート投与と γ波刺激を行った後、組織学的、認知行動学的解析を行い、オリゴデンドロサイトの減少が防がれ、ミクログリアやアストロサイトの炎症性変化が抑えられる事を示している。
結果は以上で、全てマウスの実験だが、すでに γ波刺激は治験が進んでおり、安全性も確認されているので、特に小児の化学療法時に問題になる脳への副作用を抑えるための治験も進めてほしいと思う。何か急速に γ波刺激両方が拡大してきている印象がある。
ついでに老化による変性にも効くかも知りたい。
2024年3月8日
抗CD20抗体(リツキシマブ)は、悪性リンパ腫や骨髄腫などB細胞系の腫瘍に使われてきたが、この抗体でB細胞が傷害されるメカニズムは、NK細胞によると考えられている。一方NK細胞の活性化には、IL-2 や IL-15 と結合する β、γ 受容体が関わっていることもよく知られている。そこで当然考えられるのが、CD20抗体に IL-2 や IL-15 を結合させ、腫瘍細胞とNK細胞を近づけるだけでなく、腫瘍と結合したNK細胞を活性・増殖させ腫瘍をさらに効果的に抑制しようとする方法だ。このHPでも紹介してきたが、IL-2 や IL-2α 受容体と結合しない変異 IL-2 を結合させた抗体治療は臨床治験が行われるところまできているが、抗体と結合させても非特異反応を完全に防げないことがわかってきた。
今日紹介するドイツ・チュービンゲン大学からの論文は、IL-15α に全く結合できない変異 IL-15 を CD19 や CD20 に対するモノクローナル抗体に結合させると、特異性の高いNK細胞治療が可能な事を示した研究で、3月6日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Immunocytokines with target cell–restricted IL-15 activity for treatment of B cell malignancies(標的細胞上で IL-15 を活性化する免疫サイトカインによるB細胞腫瘍の治療)」だ。
この研究ではまず CD19 抗体に IL-15 を結合させると、CD19 抗体だけを使うより効率よく腫瘍を殺せる事を確認している。その後、構造に基づいて IL-15 の様々な変異体を作成し、この中から βγ 受容体への結合は残したまま、α 受容体との結合性を喪失した変異体を特定し、さらにNK細胞の細胞傷害性および増殖刺激活性を調べ、NKを特異的に活性化する変異体を特定するのに成功している。
次に、こうして作成した変異 IL-15 を anti-CD19 や anti-CD20 と結合させ、B細胞腫瘍とヒト末梢血との混合培養に加えると、末梢血内のNK細胞が増加し、強い腫瘍抑制効果を発揮することがわかる。
そこで最後に、免疫不全マウスにヒトB細胞腫瘍とヒト末梢血を注射。これに CD19 や CD20 抗体結合-変異 IL-15 を投与して主要抑制を調べている。普通の治療用抗体だけを投与するのと比べると、はるかに強い抗腫瘍活性が得られており、この方法で腫瘍に IL-15 を介してNK細胞をリクルートしてガンを抑制することが十分できる事を示している。
結果は以上で、示されたデータを見ると、完全にガンを消滅させるまでにはいっていない。ただ、ヒト末梢血をNK細胞ソースとして投与する実験系を用いているので、十分なNK細胞の供給が望めないのかもしれない。事実、末梢血の代わりにNK細胞を移植する実験系では、より強い効果を認めている。
NK細胞は特異性がない事、MHC 依存性がないことから、ガン局所にうまくリクルートしてやればこれまで以上に治療に使えるのではと考えられている。抗原特異的キラー細胞の場合、まずネオ光源を特定する必要がある。しかし、NKの場合、抗原にこだわる必要がない。さらに、他人のNK細胞でも働いてくれるので、迅速に免疫治療を行える点ではメリットがある。その意味で、NK治療に、ガン特異性を持たせる治療が有望なのは明らかで、これまでのリツキシマブなどの治療効果をさらに確実なものにしてくれる可能性があると思う。
2024年3月7日
先日紹介した40Hzの光と音で海馬に γ波を発生させ、脳の Glymphatic の流れを促進する論文では、血管の拍動とアストロサイト終足部へのカリウムチャンネルの移動が流れを促進していることが示されていた(https://aasj.jp/news/watch/24037)。
この場合、神経活動により様々な作動因子が神経から分泌されることが引き金になるが、今日紹介するワシントン大学からの論文は、神経が協調的に興奮すること自体がイオンの流れを発生させ Glymphatic の流れを駆動することを示した研究で、2月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Neuronal dynamics direct cerebrospinal fluid perfusion and brain clearance(神経のダイナミックスが脳脊髄液の灌流を高め老廃物を除去する)」だ。
以前、人間の脳脊髄液(CSF)の流れを追跡したボストン大学の論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/11657)、脳波の活動と CSF が連動していることが示されていた。この研究にヒントを得て、脳の活動自体が CSF 駆動力になっているのではと考え、脳波をとりながら CSF の流れをイオン流として検出する方法を組みあわせて調べると、神経の協調的興奮を示す大きな振幅の興奮の波に一致して CSF の流れのパルスが生じることを発見する。全体がランダムに興奮している覚醒時にはこのようなイオンのパルスは生じない。
これがイオンパルスだけでなく、脳からの分子の除去に関わることを示すため、デキストランを注射して追跡すると、神経興奮を抑えた側で除去効率が低下する。
以上のことから、神経が興奮後エネルギー依存的にナトリウム・カリウムポンプを働かせることがイオン流を形成し、これが CSF の流れを駆動していると結論している。
次に、睡眠による CSF 流上昇が同じメカニズムか調べるため、睡眠中の脳波とイオン流、そして注入したデキストランの動きを調べ、ケタミンほど大きな協調興奮ではないが同じメカニズムでイオン流と CSF の流れが生じていることを明らかにしている。さらに脳の興奮を抑えると CSF の流れが低下することを、ガドリニウムを用いた MRI による CSF 追跡実験でも確認している。
最後に、光遺伝学的に 1Hz の協調的神経興奮を誘導する実験を行い、神経興奮を誘導した側でデキストランの移動が上昇することを明らかにしている。
以上が結果で、最後の光遺伝学的興奮誘導は決め手になる実験といえ、少なくとも大きな波の神経興奮が CSF の流れを駆動することが示されたと言える。
γ波を用いた実験も正しいとすると、様々なタイプの神経興奮が、異なるメカニズムで CSF の流れを生んでいることになるが、さらに研究が必要だろう。
2024年3月6日
私たちの身体は微生物の感染に対し、まず自然免疫や白血球の骨髄からの動員で対応する。造血系で他の系列にバイアスがかかった前駆細胞もバイアスを外して白血球分化へと振り向ける。
今日紹介するニューヨーク・コロンビア大学からの論文は、胎児では感染炎症に対する白血球増多反応が強く抑えられていることを示した研究で、2月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Maternal inflammation regulates fetal emergency myelopoiesis(母親の炎症が胎児の緊急白血球増多を調節する)」だ。
この研究は実験としては比較的古典的で大規模な研究ではないが、血液の発生を長く研究していても全く考えもしなかった現象を取り上げていたので驚いた。課題はシンプルで「なぜ新生児は白血球増多が起こりにくいのか?」という臨床的な問いだ。
まず、様々な幹細胞を胎児肝臓と成体骨髄で比べても、特に違いはない。また、ほぼ全ての幹細胞で増殖期が胎児の方が増加している。ところが、培養すると白血球幹細胞の増殖が抑えられている。一方、試験管内で IL1β のような強い炎症シグナルに晒すと、白血球増多は回復する。
この違いを解明するため、single cell RNA seq や ATACseq などを用いて、例えば白血球への運命決定に関わる PU1 などの転写因子へのアクセスが出来ないのかなどを調べているが、クロマチンレベルではほとんど変化は見られず、血液としては白血球増多シグナルに反応出来るはずであることがわかる。
そこで母胎に LPS 注射で炎症を誘導して胎児内の白血球を調べると、炎症は感知しているにもかかわらず、白血球増多が全く見られない。母胎に LPS 投与した胎児の肝臓を取り出して培養しても同じで、白血球分化が見られない。しかし、白血球をリクルートする前駆細胞は全く正常に反応していることがわかる。
要するに母親で炎症が誘導され、様々な炎症性サイトカインが分泌されると胎児もそれにしっかり反応するのだが、白血球への最終分化が抑えられていることになる。
すなわち環境からの炎症を抑える要因によりこの現象が誘導されているようなので、炎症を抑えるサイトカイン IL-10 に注目し、IL-10 欠損マウス母胎を用いる実験を行うと、胎児が IL-10 発現にかかわらず、母胎からの IL-10 が存在しないときに母胎の炎症刺激が胎児の白血球増多を誘導できることを発見する。
すなわち、母胎は炎症に晒されると IL-10 を分泌して胎児を炎症から守っていることになる。実際、IL-10 が母胎から来ないと、白血球増多は起こって感染に対応できる可能性はあるが、胎児が死産になることも示している。
最近、IL-10 とセラミドの関係についての Flavel 研からの論文を紹介したが、IL-10 は新しい展開を見せてきたようだ。