遺伝性のものも含め、肺高血圧はBMPシグナル異常を背景とする平滑筋の増殖が原因であると考えられている。この治療標的としてHECT型E3ユビキチンリガーゼの一つ SMURF1 が有望であることがわかっているが、分子構造上活性中心となるポケットがはっきりせず、創薬は簡単ではなかった。
今日紹介する英国シェフィールド大学、イスラエル・テルアビブ大学、そしてノバルティス生物医学研究所からの論文は、これまで創薬が困難だった SUMRF1 に対する化合物が開発できることを示した研究で、4月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Therapeutic potential of allosteric HECT E3 ligase inhibition(HECT型E3リガーゼのアロステリック阻害の治療薬としての可能性)」だ。
この研究では SUMRF1 が自己ユビキチン化する活性を利用して FRETレポーターシステムを構築し、これを阻害する化合物を探索している。その結果見つかった一つの化合物 compound-8 (C8) の阻害メカニズムを調べることをとおして、逆に SUMRF1 の分子活性を探索する、いわゆるケミカルバイオロジーの方法をとって研究を進めている。
C8 結合時の結晶構造解析も含めて酵素活性阻害メカニズムが解明され、E3リガーゼ活性には蝶番の役割をするリジンを核とするリンカーで繋がった SUMRF1のN-lobe、C-lobe が大きくポジションを変える、アロステリック構造変化が必須なのだが、N-lobe のヒンジ近くに C8 が結合することで、動きが制限され、酵素活性が低下することを明らかにする。
次に、C8 に抵抗性を獲得する変異を大腸菌を用いたアッセー系で特定し、C8 が結合する部位を特定している。
このように自己ユビキチン化を用いた生化学を基礎に、肺高血圧に関わる BMPR2 と SMAD1 シグナル分子を加えた実験系で SMURF1 によるユビキチン化を調べると、これまで示されていた SMAD1 だけでなく BMPR2 も直接 SMURF1 によってユビキチン化されることが明らかになった。すなわち、SMURF1 はシグナル全体を抑制していることがわかる。
これらの生化学的解析から、C8 に加えて C6 も同じようなアロステリック阻害活性があることがわかり、投与実験にはこちらを用いている。SMURF1 阻害が肺高血圧治療の標的であることを確認する目的で、もう一度肺高血圧患者さんの組織を調べ直し、全てで平滑筋の SMURF1 発現が上がっていることを明らかにしている。
そして薬剤でラットに誘導する実験的な肺高血圧でも、BMPシグナルが低下するのと並行して SMURF1 が上昇していること、そしてこのモデルに C6 を投与すると、肺高血圧が改善し、組織学的改善も見られる一方、ラットではほとんど副作用が見られないことを明らかにしている。
SMURF1 についての実験はここまでだが、今回の SMURF1 作用メカニズムを基礎にして、同じ HECT型E3リガーゼに対する化合物を設計できることも示し、これまで難しかった HECT型E3リガーゼに対しても創薬が可能であることを示して終わっている。
SMURF1 は TGFβ/BMPシグナルに関わることから、子宮頸がん、自閉症、神経発生異常など様々な疾患に関わっている。その意味で、アロステリック阻害薬の設計が可能であることが示されたことで、この分野も賑やかになるのではないだろうか。