表題に記載したPROTACという言葉はほとんどの人になじみはないと思う。これは Proteolysis targeting chimera の略で、タンパク質の機能を抑える通常の薬剤と異なり、標的タンパク質に結合してそこに様々なユビキチンリガーゼをリクルートし、標的タンパク質を壊してしまう薬剤のことを指す。おそらくサリドマイドが骨髄腫発症に関わる転写因子分解に用いられたのが最初だと思うが、現在では新しい創薬モダリティーとして開発が進められている。ただ、通常の化合物と異なり、最低2種類の分子と結合するためサイズが大きい。
このようにサイズは大きいのだが、経口投与可能で細胞内で転写因子を標的にできるということから、細胞膜を拡散で通過できると(少なくとも私は)考えてきた。これに疑いを持ち、実際には細胞表面のCD36に結合してエンドサイトーシスで細胞内に取り込まれることを示したのが、今日紹介するアーカンサス医科学大学を中心とする研究グループの論文で、4月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「CD36-mediated endocytosis of proteolysis-targeting chimeras(CD36を介するエンドサイトーシスがタンパク分解を標的にするキメラ分子の取り込みを媒介する)」だ。
この研究では500Daを超える大きな化合物が簡単に膜を拡散で通過できるはずはないと疑うところから始めている。そこで、VHLをリクルートしてBRD4を分解するPROTACにビオチンを結合させ、細胞内でこの分子と反応するタンパク質を調べている。もちろんVHLやBRD4のような標的の結合が検出されるが、それ以外に細胞膜に存在するCD36やそのエンドサイトーシスに関わるいくつかの分子が特定された。すなわち、PROTACがCD36と結合してエンドサイトーシスで細胞内に取り込まれる可能性が示された。
そこで、CD36やエンドサイトーシスに関わる分子をノックダウンする実験を行い、PROTAC特異的に細胞の取り込みと効果にこの過程が必須であることを示している。また、蛍光化合物を結合させた実験でも、これを確認している。
さらに、様々なPROTACや大型の化合物についても検討を行い、500Daを超える多くの化合物がCD36を介して細胞内に取り込まれることを示している。
この経路が多くのPROTACの取り込みに関わる経路だとすると、最初からCD36への結合性も考慮した分子設計により薬剤の効果を高めることが可能になる。この点を検討するために、PROTAC活性はあっても細胞内に取り込まれにくい化合物に様々な化学修飾を行い、その結果CD36との親和性を高める修飾が薬剤の取り込みだけでなく、効果を高めることができることを明らかにしている。
そして最後の仕上げとして乳ガン細胞株を移植した実験系で、CD36への親和性を変化させたPROTACによる治療実験を行い、同じ標的で、同じユビキチンリガーゼをリクルートするPROTACでもCD36の親和性が高まるほど治療効果が格段に上昇することを示している。
結果は以上で、これまで薬剤効果検証時に想定されていない過程が明らかになることで、薬剤の設計や効果の予測などが今後可能になると言える。著者らはこの例としてアンドロジェン受容体を標的にするPROTACが患者さんによって効果が大きく変化するのは、前立腺ガンのCD36発言程度に関わる可能性を示唆している。このようにより高いレベルのプレシジョンメディシンが可能になるだけでなく、エンドゾームや小胞体を標的にしたPROTACの開発など、結構面白い世界が広がると思う。
この研究が行われた大学は米国の小さな大学で、著者は名前から見ても中国系とインド系がほとんどで、一人だけスペイン系の名前だが、今後このような活動が米国で維持できるのか心配になるほど、面白い研究だと思う。